第二百二十六話(カイル歴512年:19歳)説教タイム
俺は王宮を辞去すると、学園へと向かった。
護衛のカーラを先行させ、ユーカさんと妹にサロンで待つよう伝言を携えさせて。
到着すると、お茶の用意が整えられており、俺は席に付くやいなや、給仕がお茶を注ぐそばから2人に話しかけた。
「さて、ちょっと二人にはお話があります。
何か私に隠し事をしていませんか? 王国の重鎮方は相当頭を抱えていらっしゃいましたよ」
俺はまず説教モードで入った。
いくら俺の依頼の遂行のためとは言え、巻き込んではいけない相手を巻き込んでしまったこと。
じゃじゃ馬の暴走を誘発したことは、キツク灸を据えなければならない。
そして、魔法騎士団の件、2人はおそらく双方の父親に、まだ何も言っていないと思われた。
ゴーマン伯爵はまだしも、ウチの父がこの事を知っていれば、今頃大騒ぎしている筈だったからだ。
「あの……、お兄さま、これには訳が……」
「いいえ、クリシアさん。今回の件では、タクヒールさまに多大なご迷惑を掛けてしまったことでしょう。これは私の責任です。本当に申し訳ありませんでした」
「じゃあ、お二人があの、じゃじゃ馬を焚きつけた、そういうことですか?」
二人は俺の言葉に真っ青になった。不敬だとでも思ったのだろうが、俺にはそんなこと関係ない。
クリシアが何か言いたげだったが、俺はそれを制して言葉を続けた。
「今回は正直言って、残念な気持ちでいっぱいです。確かに王都は権謀術数(権謀術策)の渦巻く地です。
2人があのじゃじゃ馬に巻き込まれた、そんな部分もあると思いますが、でも、やっぱり残念です」
「はい、結果的にそうなってしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「戦は遊びではないのですよ!
戦えば必ず誰かが傷つき、仲間の誰かは必ず命を落として二度と帰って来ないのです。
まして、女性の身で……、俺はそもそも、2人の身が何よりも心配なのです。
無事、生き残ったとしても、身体や心に、一生消えない傷を負ったら、どうするのですか!」
「はい、何も返す言葉がありません。
ですが、志願したのと殿下の件は全く別です。私たちは、少しでも次の戦いでお役に立ちたくて……
タクヒールさまがひとり、大きなことを抱えられて悩まれているのを知っていたので」
「魔法士同士が集団戦で戦うこと、これがどう言う事か、その恐ろしさを2人は分かっているのですか?
帝国の軍勢と戦うこととは訳が違いますよ!
数百の火の玉や雷撃が空から一斉に降って来た時、2人はどうします? それを防ぐ手段があるのですか?
じゃじゃ馬自身が、いくら剣の腕が立つといっても、そんな物は何も役に立たないのですよ!
そして万が一、脳筋娘といえども傷でも負えば、その累は二人だけでなく、各々の伯爵家にも及ぶこと、二人はそれを、本当に分っていますか?」
「その……、私たちへのお叱りは構わないのですが、クラリス殿下については……」
「ユーカさん!
お二人はそもそも、間違って女に生まれてきたような、脳筋剣士とは訳が違うのですよ!
剣での戦いになったらどうするのですか? そんな状況を想像しただけで私はもう……」
「お兄さまっ、だめっ!」
クリシアが、何かに耐えかねたように焦った顔をして、俺の言葉に言葉を被せてきた。
戸惑いと一瞬の静寂。
そして、それはすぐに破られた。
「ふふふっ、評判の魔境伯とはいえ、妻と妹をそこまで心配しておるのだ。良いことではないか。
それにしても……、先ずは説教の前に、二人の話を聞いてあげても良いと思うが、いかがかな?」
ん? 誰だコイツ。
そういえば給仕のメイドが、何故か給仕が終わったあともここに居座っている?
しかもこの上から目線の物言いって。
「クリシア、其方の兄は、自身の父が母に求婚した時の話を知らないようだな?」
「はい……、殿下」
ん? 父の求婚時の話って何だ?
俺は聞いたことがないぞ。何かあったのか?
いや……、クリシア! 今、何と言った?
「……」
愉快げに笑うメイドを除いて、全員がこの場に固まっていた。
まだ美少女、そう言って差し支えない幼さを残しつつも、凛とした雰囲気を纏い、不敵に笑う目はその意思の強さを表していた。
「魔境伯とお会いするのは初めてですわね。
間違って女に生まれた、じゃじゃ馬の脳筋剣士、カイル・クラリスですわ。魔境伯のお話は兼ね兼ね父から伺っていました。今日は父が自慢する懐刀、魔境伯の話が聞きたくて、二人には無理を言ってしまったの。
最後まで正体を明かさない約束でしたが、ちょっと二人が可哀そうになってしまい、ごめんなさいね」
「……」
いや、そんな……
知らないこととはいえ、俺はやっちまった。
誰だよ! 脳筋のゴリラ姫とか言ったのは!
服装はメイドだが、その容貌はどこから見ても、高貴な雰囲気が溢れ出ており、立派な姫様じゃないか……
俺は二人への話に夢中になり、周囲の観察をおなざりにしていた事が、改めてよく分かった。
それよりも、頼むからこんなドッキリ止めてほしい。
と言うか、俺に対してあからさまに女言葉を使ってくるのも……、俺の失言に対する当てつけか?
「し、失礼しましたぁーっ」
俺は反射的に床に膝を付き、いや……、正座して頭を下げて詫びた。
うん、完全な土下座スタイルで。
「ふふふっ、メイド姿の相手に土下座するのも、父親にそっくりですわね。これも親子というべきかしら?
今回は私も悪戯が過ぎました。お互い、これで手打ちにしましょう」
親父も求婚時に母に土下座したのか?
そしてメイド姿って何だ?
そんなことはどうでもいい。この場をどう繕うか、今はそれが最優先だ。
「ご寛容に甘え、失礼します。
恥のかきついでに、敢えて申し上げます。殿下は何故、危険な戦場へ志願されたのですか?
周りがお諫めするのも聞かず、陛下も相当困られていると伺っております。
お立場を考え、心を痛めている者も多いこと、お考えにはなりませんでしたか?」
「あら、そんな切り返し?
最初はただ心配性の、どこにでもいる殿方と思いましたが、私にそれを堂々と尋ねてくるなんて、やはり面白い人ね」
「申し訳ありません。貴族のしきたりにも疎い、不調法者ですから」
「そうね、今回の勅令魔法士の件、当初は全く人も集まらず、お二人が苦労していたのはご存じかしら?」
「いえ、全く知りませんでした」
「私はクロスボウを習ったのが切っ掛けで、ユーカさんと、その後にクリシアさんと知己を得ました。
お二人は私に何も話しませんでしたが、その様子を見て、苦衷を察することぐらいはできましたよ」
殿下の言葉に、二人は無言で俯いた。
そんな彼女たちを優しく見ながら言葉を続けた。
「この国の魔法士や上流階級の者たちは、この国難と現状に、何の危機感もない愚か者が非常に多いこと、魔境伯なら身に沁みてご存じではないでしょうか?
私自身、この事で国王たるお父さまや外務卿たちも、これまで散々苦労してきたことを知っています。
だからです」
「ですが御身に関わることは……」
「私の役目は人(魔法士)を集める象徴となること、皆が与えられた力に等しい、役目をこなすよう、その覚悟を促すことです。
この国では、人の上に立つ者は率先して、戦場に出るべきとの教えもあります。
私の父が初陣したのも、帝国との戦い、まだ父が学園の学生であったころであったと聞き及んでいます。
ならば私も、王族としての責務を果たすだけです。
魔境伯は急ぎ、戦力を集める必要があったのでしょう?」
陛下や狸爺が敵わない訳だ。
性別を忘れれば、このお姫様は相当のタマであることは、もう明らかだった。
「そこまでお考えでしたか……
私の浅慮をお詫びし、二人へのご助力に心より感謝申し上げます。されど……」
「仰りたいことは分かります。ですがこれで、王国は、少なくともそれなりの数の者が本気になり、必死に働くでしょう。王国を救うため、私がその一翼を担うことが間違いでしょうか?」
「間違いではないと思います。お心のうちが伺えて私も少しすっきりしました。
ですがひとつだけお約束ください。
御身を大事にしていただき、状況に依っては後退していただくこと、これを大前提にしてください。
私が敵軍なら先ずは神輿(殿下)を狙います。神輿が失われれば、その軍は崩壊します。
神輿は存在してこそ、味方は思う存分力を振るえること、これだけはご理解いただきたく思います」
「分かりました。魔境伯はご理解が早くて助かりますわ。
ですが……、神輿をご存じなのですね?
初代カイル王が遺したと言われる言葉で、王族しか知らないものと思ってましたよ」
「……」
またやっちゃったか。
堅苦しく話すと、ついつい、昔使っていた単語が出てしまう。
ってか、このお姫様は陛下や狸爺から、俺のことをどこまで聞かされているのだろうか?
なんか、見透かされているような……、気のせいか?
「まずは、ユーカさん、クリシア、二人の苦労も知らず、頭ごなしで怒ってごめんなさい。
深くお詫びします。そして今から、今日二人に会いに来た本当の目的、この先の対応についてお話します。よろしければ殿下も、ご一緒されますか?」
「ええ、是非! そのお話が聞けると思い、わざわざこんな格好をしておりましたのよ。
やはり来訪は、お説教が目的ではなかったのですね?」
「はい、もちろんです。では改めて……、今後の対応について腹案を述べます。
今回の魔法騎士団の結成ですが、あくまでも表向きは対グリフォニア帝国という形で対応します。
そのため、訓練は主にイシュタル方面で行いたいと考えています。殿下には、慣れない辺境でご不便をお掛けしますが」
「お兄さま、テイグーンではございませんの?」
「そうだね、理由は二つかな。
一つ目は、2,300名もの兵士の訓練なら、テイグーンは手狭で、大規模な魔法演習ができない。
二つ目は、敵を欺くこと。300名もの魔法士の軍団がいると分かれば、相手の出方も変わってくる。
イシュタルは最辺境だし、身内以外は人の行き来も限られているため、情報を秘匿しやすい。
この件については、敵だけでなく味方の中の敵にも、油断してもらう必要があるからね」
味方の中の敵、その言葉に反応して、クラリス殿下は不敵に笑っていた。
彼女にも、色々思うことはあるのだろう。
「始動は三か月後、次回の定例会議終了後に王都を発し、騎馬でテイグーンに、そこからアイギスを経由してイシュタルに向かいます。
訓練が終われば、学生たちは一旦王都に戻ってもらうつもりだけど、本隊はガイアにて待機させる予定だ。
戦況を見て中央を経由せず、西部戦線に駆け付ける。こうすれば、西側の目もごまかせるからね」
「なるほどです。帝国軍左翼が狙う経路を使うのですね!」
「そうですユーカさん、あとは秘匿兵器を幾つかお預けします。信用できる人がいない場合、使用を諦めていたのですが、総指揮官に殿下が、そして二人が従軍するとなれば安心して預けられます」
「それは楽しみですわ。ハミッシュ辺境伯からイストリア皇王国戦の話を聞き、心躍る思いでした。
今度は、どのような秘匿兵器があるのかしら?」
ってか、このお姫様、そんな話まで聞きつけているのか? そんな事に興味を持って……
ホント、生まれてくる性別間違えたとしか、言いようがないよな。
「あら? もしかしてまた魔境伯は、失礼なこと考えていませんでしたか?」
「お兄さまは考えていることがすぐ顔に出る、分かりやすい人なんですから、気を付けてください!」
「……」
返す言葉がなかった。
「あと大事なことだけど、これは狸爺にもお願いしてある内容です。全員が騎馬で移動してもらうため、魔法士たちにはそれなりの乗馬訓練が必要だと思う。
馬は軍務卿が手配してくれることになっている」
「そうですわね。貴族出身者や関係者の多い魔法士はさておき、弓箭兵のうち1,000名は領民からの志願者も多く、乗馬は素人でしょうし……」
「そしてもう一つ大事なこと。今回の魔法士300名、彼らの全員の詳しい情報が欲しい。これは急いで!
戦場で役に立たないと思われるもの、指示に従順でない者は、即座に返すつもりだけど、事前に詳しい情報があれば、時間を有効に使えるからね」
「はい、それはもう集めています。全員の属性、能力、家柄と属する勢力、そして性格なども……
能力は私とクリシアさんが見た採点なので、少し不安ですが」
「へっ?」
俺は少し変な声を上げてしまった。こんなのそう簡単に準備できるものではない。
きっとユーカさんとクリシアは、以前に俺が話した時からずっと準備を進めてきたのだろう。
二人の優秀さには改めて感謝した。
この日、他にも幾つかの打ち合わせを行い、俺は学園を後にした。
もう、お姫様を抱え込むことの覚悟は、否応なしに決まった。遠慮などしている余裕もない。
幸い、俺の想像以上で、彼女が傑物である可能性も見えてきた。
だが俺は、2人がもう一つ、大事な隠し事を抱えていることを、この時は全く知らなかった。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は『サプライズイベント(その②)』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
今回の話しで、クラリス殿下が話していたタクヒールの両親の逸話、求婚時のメイド姿や土下座については、書き下ろしのSSとして既に完成しており、書籍版にて公開される予定です。
ただ、今の時点では、それがどの時点で、どの形態での(本、電子書籍)公開となるかは未定です。
いずれ発売が決定した折に、お知らせさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。
誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。