第二百二十五話(カイル歴512年:19歳)魔法騎士団
第三回王都定例会議が終わったあと、俺は狸爺、外務卿でもあるクライン公爵に言われ、席に残っていた。
そこには俺だけでなく、軍務卿のモーデル伯爵、王都騎士団長のゴウラス伯爵が残っていた。
「魔境伯よ、時間を取らせて済まんな。
以前とは違い、其方も領地での責務も多く、気軽に招集して話もできなくなってしまったでな。
さて、今からの話は、ここに同席いただいた御仁にも、既に内容を共有した上で賛同を得ている、その前提でのものとして、聞いてもらいたい」
あの、良くない予感が満々の前振りなんですけど……
「以前に其方の言っておった、勅令魔法士を糾合した部隊じゃが、やっとなんとか形になりつつある。
人数でいえば今のところ、300名と言ったところかの。
正式に発足すれば、貴族の子弟たちの参加も増え、もう少し数が増えるじゃろうが」
「学園長のお手並み、流石ですね。
この部隊は先ほど私が申し上げた脅威への対策、そう考えてよろしいでしょうか?」
「その通りじゃ。勅令魔法士の数だけで言えばもっと多いが、動員可能な者となるとそのぐらいじゃな。
そしてそのうち、少なくとも250名を西に、50名を北に配備しようと考えておる。
そこに、王都にて新たに編成された弓箭兵部隊名1,000名、王都騎士団第三軍内に新設された弓騎兵1,000騎を配備し、主にはファアラート公国の対処、それが無ければ北の侵攻に対処しようと考えておる」
「ほう! 総勢300名の魔法士に加え、2,000の弓箭兵ですか! それは凄いですね。
因みにこの部隊、どなたが率いられるのですか?
きっとそれなりの立場のお方、そう推察いたしますが……」
「……」
ここで百戦錬磨の狸爺が、頭を抱えていた。
よく見ると、ゴウラス騎士団長やモーデル伯爵も。
「まさか……、陛下御自身で?」
「いや、それは我々でなんとか阻止……、いや、お諫めした。万が一のことがあってはならんでな。
だが……、もっと頭の痛いことが……」
ゴウラス団長が沈痛な表情でブツブツと呟いていた。
そんな悩む相手って、いったい誰だ?
「其方が知らんのももっともな話じゃが、其方と入れ替わりで学園に入学した者がおってな。
其方の妻となるべき者や、妹御とも親しくされておるが……」
「……」
そんな話、ユーカさんからもクリシアからも全く聞いてませんけど……
そう思っていると、狸爺が話し始めた。
「あの、じゃじゃ馬姫……、いや、失礼。
クラリス殿下がどこの誰かに感化されたのか、何処からかこの話を聞きつけて以降というもの、この兵団への参加を強く希望されておってな。
陛下も相当手を焼いておられたが、いや、もう……、誰も止められん状態となり……、我らもやむを得ず」
「はぁっ?」
俺はお姫様親衛隊など、頼んでいないぞ!
そんなもの、戦で役に立つのかよ?
確かに俺は、以前ユーカさんや妹に、勅令魔法士たちに影響力を与え、この先に備えるよう頼んだ。
でも……、そんな大物を射止めろなんて言っていない。いや、むしろ知っていたら即座に止めていた。
狸爺も陛下も、ここまで手こずるって、一体どんな姫様だよ!
「陛下もとうとう押し切られてしまってな。
止むを得ず、クラリス殿下にはこの魔法騎士団の団長として、それらを率いていただくことになった。
その側近として、ゴーマン伯爵令嬢、ソリス伯爵令嬢など、名だたる貴族のご令嬢を従えて……」
「はぁっ? 何ですか、それは……」
「そのため、シュルツ率いる王都騎士団の第三軍は、この護衛として付き従うことになり、南と北の対処には第一軍、第二軍が対応することに相成った」
いや、その辺は俺に関係ない話ですよね?
「魔法士の運用には定評があり、この魔法騎士団の発起人でもあり、身内も参加している魔境伯こそ、彼らの訓練に適した人物はいないじゃろう。
我らの中でも、そう結論に達したんじゃ」
「我らも散々手を焼いて、もうお手上げ……、
ゴホン!
あ、いや、外務卿の言う通り、合理的に考えた結果、魔境伯にお任せするのが一番という結論になった」
いや、学園長、騎士団長、俺をスルーして続けないでください。
そして、そんな話は俺も2人から全く聞いてませんけど……
「この話が最終的に決まったのは、ほんの数日前じゃ。殿下が矢面に立ったお陰で、これだけの陣容が一気に整ったのは、皮肉でしかないんじゃが……
それで、其方の知恵を借りたい、そう思ってな」
おいおい! 陛下や狸爺、騎士団長まで手を焼く、じゃじゃ馬姫の相手を、俺に押し付けないでくれ!
ってか……、父たち、ソリス伯爵もゴーマン伯爵も、このことを知っているのだろうか?
「あの……、私に何をしろと?
もう皆さまでも、どうしようもない、いや手が付けられないからこそ、こうなった話ですよね?」
「……」
おい! 何故皆あからさまに見当違いの方向を見て佇んでいる? お願いだから、こっちを見てくれ。
そして、頼むからこれ以上、俺に無理難題を押し付けないでくれっ! ただでさえこちらは忙しいのに。
それとも、二人を裏で扇動していた俺に、今回の事態の責任を取れと言っているのか?
「クラリス殿下の身に危害が及ばぬよう、東部方面の戦いに必勝を期し、負けない算段を付けて欲しいのじゃ。其方の智謀によって……」
「いや……、それって無理ゲーですよ。戦いでは何が起こるか分かりませんし……
必勝とか、保証なんてできる訳がないでしょう?
決して負けない作戦なんて、こっちが聞きたいです!」
いや、皆さん!
そんな子犬がすがるような目をされても……
困っているのは俺の方ですから。
「オホン! もっとも、私が大切にする者たちが戦いに参加するのであれば、最善の策は考えますが……」
明らかに嬉しそうに顔をあげる狸爺やお歴々……
いや、皆さんそんなキャラじゃないでしょう?
それだけ、彼らが困り果てる程、手強い相手なのか?
なんか……、言ったそばから後悔してきた……
「魔境伯、すまんが頼む!」
これも身から出た錆なのだろうか?
そういえば俺は忘れていた。彼女たちは勝者投票でも、完全勝利に向け、容赦ない賭け方をすることを。
目的達成のため、一番強い駒を動かした、そういうことか?
「承知しました。大前提として殿下の御出馬は回避していただく努力は、継続してお願いします。
それと、300名の魔法士の情報を、何の属性か、そしてどの領主、どちらの陣営に紐付いている者かを調査して報告してください。
もちろん、その能力と為人の評価、これらの情報を合わせたものを大至急ください。
私はこのあと、身内の2人にお話がありますので、その後で構いません」
「委細は全て承知した。
儂と騎士団長、軍務卿の三人で努力するとしよう。
其方にはこの魔法兵団の総参謀長として、新たに役職と予算、人事権を与えるゆえ、これらの育成を頼む。
もちろん、実戦で率いずともよい。当然ながら、其方は南に集中してもらいたいでな。
戦が始まる前なら、半年程度は其方の所領へ連れてゆき、彼らを自由に訓練してもらって構わん。
そちらの方が目立たぬ故、むしろありがたいと思う。
生徒に関しては、授業の都合なんぞ儂の方でなんとか帳尻を合わせる故、気にせずともよいぞ」
「ふぅっ、300名ですか……」
「ん? 何を言っておる。2,300名じゃて。
弓箭兵が揃ってなければ、話になるまい?」
くっ! 狸爺め、いとも簡単に2,000名を上乗せするんじゃないよ!
先程の子犬顔は何処に行った?
ってか、そこで手を挙げている人、何でしょうか?
「東国境の守備に配置している魔法士ですが、この機会に、優秀者を選抜し同行させたく思います。
魔境伯の下で鍛えていただければ、何かと心強いのですが……」
「おおっ! モーデル伯爵の言にも一理あるの。
この期に及んで数十名増えても、何の差しさわりもないであろう」
「……、わかりました。
我々も領地防衛を優先しているため、他に回せる余裕はありません。訓練計画立案費用、訓練費、滞在費、必要な消耗品の費用などもきっちりいただきますよ。
それと、迅速に移動するため、全員分の騎馬の手配、そして最低限の乗馬訓練は予め行っておいてくださいね。足手まといは必要ありませんから」
「費用は、必要なだけ請求するが良かろう。
それと現地で装備品が必要になれば、それも対価は支払うものとする。可能なら……、其方が限定品としておるクロスボウも配備してくれるとありがたいの」
「素材次第ですが……、限定品は高いですよ。
装備に関しても、私もただ働きはしませんよ。しっかり商売させていただきますが、よろしいですね?
それに、素材や武具の配備は、南の防衛に割くことが最優先であること、この点はどうかご了承ください」
「もちろんじゃ、キチンと儲けを取って貰わねば、我らも遠慮するでの。対等な商取引なら、全て交渉の上成立するもの。互いに余計な遠慮も要らんじゃろう」
ちっ、その手で来たか。
ってか、遠慮なんて今までしていたか?
ふん、今の俺は恐ろしく高価な素材を持っている事だし、必要経費として、しっかり、そしてたっぷり上乗せした上で、国の予算を骨の髄までしゃぶってやる!
俺の頭には、製品としては高価すぎて、商売が成立しない、ある防具の事が浮かんだ。大義名分はあるし、あれも売りつけてやろう。
此方も防衛予算を得るための、有効な機会として活用させてもらう。その言質は取った!
俺は多分、今は彼らに負けないぐらい悪い顔になっているだろうな。
「必要な素材の件ですが、軍務卿の職責を生かして、ハミッシュ辺境伯を通じ用意します。
魔境伯にはお手数をお掛けして申し訳ないが、どうかお力に縋らせてください」
「モーデル伯爵、承知しました。
所でもうひとつ、そもそもクラリス殿下とは、どんな方なのですか? その、ご自身の身は守れる程度の腕はあるのですか?」
そう、ただやる気満々だけで権威以外は何の力もない、そんなお姫様なんて、ただ足手まといで邪魔なだけだ。
それならば理由を付けて後方に待機いただき、作戦への関与や口出しを防がなければならない。
「ふふふ、知らぬとは恐ろしいものじゃな。
ゴウラス殿、間違えて女に生まれてしまった、あのお転婆の話をしてやってくれんかの?」
「はい、恐縮ながら……
剣の腕は現在、剣豪の位階にあると思いますが、これからまだ伸びる可能性があると思われます。
魔境伯および学園一だったカーラ殿卒業後は、殿下が名実ともに学園を代表する無敗の剣士です」
げ、まさかゴリラ姫?
「クロスボウも、王都で射的場が建設された話をどこからか聞きつけ、真っ先に取り組まれておりまして、腕は騎士団の弓箭兵の中では最上位です」
ふむ……、剣と弓の使い手、ゴリラと言う訳でもないが、脳筋姫には間違いないか。
「更に、幼い頃より兵法や軍略には非常に興味をお持ちでして、学園の騎士育成過程で教える程度の話なら、学園入学前に全て習得されております」
はぁ?
王族の、しかも姫様にそんな事を教えた奴は誰だよ?
ただ学園の授業って、あくまでも基本だし、そんな頭でっかちな机上の空論、戦場で振りかざされたらたまったもんじゃないよな。
それならいっそ、脳筋娘、筋骨隆々のゴリラ姫の方が可愛げがある。
俺自身は、そんな姫様を相手にしたくない気持ちが募っていった……
「最後にこれだけは申し上げます。
我が領内での訓練は、どのようなご身分の方でも一切容赦しません。文句がある方は即帰します。
そして、戦場で役に立たないと判断した場合は、どのようなご身分の方でもお帰り願います。
この点、事前に全員から了解を取り、了承した旨の書面を提出していただきます。よろしいですか?」
俺は彼女たちの面倒を見なくてはいけなくなったことに、大きな不安を抱えていた。
さて、ユーカさん、クリシア、どうしてくれよう。
「では、今日はこれで。遠征訓練は次回の定例会のあと、人員をテイグーンに連れ帰ります。
それまでにご準備をお願いします」
俺はそう言い残すと、会議室を出て、足早に学園へと向かった。
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次回は『説教タイム』を投稿予定です。
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