第二百二十二話(カイル歴512年:19歳)好敵手との再会
俺たちは城塞の中に案内されると、最も奥まった位置にある第三皇子代理総督府へと案内された。
ここに来る途中、城砦内に設けられた商業地区や宿場町を見たが、その豊かさが窺える賑わいを見せていた。
後方基地としての機能も十分に備えているということか?
国境を起点に、サザンゲート砦と距離はほぼ同等だが、街としての機能はこちらが格段に上だな。
正直、そう思わずにはいられなかった。
「魔境伯閣下、ご無沙汰しております。
友好親善のご使者として、この度は遠路帝国までお越しいただきありがとうございます」
ジークハルトは、代理総督府の前で俺を迎えてくれた。
「こちらこそ、お出迎えや案内人の手配を感謝します。
滞在中はケンプファー子爵にも何かとお世話になると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
形通りの挨拶の後、俺は中の一室に招き入れられた。
「前回ジークハルト殿とお会いしたのは、ちょうど2年前でしたか?
今回は場所を入れ替え、再会となりましたね。
それにしても休戦協定が切れる前、ギリギリで訪問が間に合って良かったです」
「今回はその関係でのご訪問ですか?」
「いえいえ、公式に私は王国から何のお役目も担わされておりません。
表向きは、以前の通商の件の延長ですよ。
色々あって、ご要望いただいていたハチミツも、あれ以降たいした量をお送りできなかったので」
「あははは、表向きは、ですか。
やっぱりタクヒール殿は面白い方ですね。
先年は王国を代表する特使として、フェアラート公国へと赴かれたと伺っています。
既に王国内での地歩を固められているようで何よりです。
私も公国のお話を色々聞いてみたかったんですよ。彼方でもご活躍されたと伺っていたので」
「私のつまらない話でも良ければ喜んで。
これは個人的な手土産ですので、先ずはこちらをお納めください。
例外なく商人を通じた取引は一切しない、その建前もあり、表向きは、何かとご不便をお掛けしたお詫びです」
そう言ってはちみつが一杯に詰まった容器を渡した。
量にして10キル(≒kg)程度はある。
「本当の理由は、前回いただいた助言のお礼です。
交易として必要な分は、別途ご要望があればお譲りできる準備もございますので」
「そうですか、ではグラート殿下への献上の品として、ご遠慮なくいただきますね。
私の方からも返礼として……」
ここでジークハルトの表情が変わった。
「いずれ分かることですので、私の職責でお話させていただきます。
スーラ公国との戦いは決着しました。恐らく年内には、領土割譲などの話はまとまるでしょう。
それにより、休戦協定は今年一杯で効力を失いますので、予めご容赦ください。
予め5年と区切った約定なので、暗黙の了解として、正式な使者はおそらくないでしょう。
帝国の向かうところ、我々の陣営の方針と貴方への期待は、以前お話させていただいた通りです」
「なるほど、やはりそうですか。
ご期待に沿えるかどうかは、始まってみないと分かり兼ねますが、最善を尽くすとしましょう。
わが王への返礼、確かにお預かりしました」
ジークハルトは、休戦協定締結の全権代理として、必要以上に筋を通してくれた。
最早その点について、議論する余地はない。
歴史の既定路線ではあるが、その事が決定的となったことを改めて感じた。
俺が非公式の使者として、それを告げる役割を振られたことも理解できた。
だが、彼とはまだ話すべきことがある。
俺は敢えて話題を変えた。
「所で、このあたりの復興には目を見張るものがありますね。
ジークハルト殿の内政手腕にも、正直驚きました。
朽ち果てた遺跡の中にある小さな町が、たった5年でこのような立派な城砦に代わっているとは。
思ってもみませんでしたよ」
「あれっ? どうしてそれをご存じなんでしょう?
やっぱり、貴方は怖いなぁ。
確かにここは少し前まで、朽ち果てた遺跡と、遺跡の中に小さく残ったゴールトという町がありました。数百年前は、ゴートという名の繫栄した街だったそうですが……
ここを拠点にしていた野盗集団を壊滅させたのち、新たに手を入れたんです。
幸い遺跡の石材はふんだんにあったので、働き口を創出するための城塞の工事も捗りましたが……
ここは、いすれ起こる戦いの後方基地として、新たな役割を得ることになるでしょう」
「遺跡ですか!
我が国にはそういった物は見掛けないので、興味をそそられますね」
うん、そっちに絡めて話を振った訳ではないのだが、ジークハルトはそう受け取ったか。
俺は敢えて、彼に倣い天然を装った。
ニシダの頃から、歴史や史跡に興味があったのも事実だ。
既に断絶したゴート辺境伯も、この遺跡の町に所縁でもあったのであろうか?
「確かに、カイル王国は元々広大な魔境でしたからね。
国の盛衰は世の常ですが、人々が暮らした歴史なら周辺諸国には及ばない点も多々あるでしょう。
実はケンプファー家自体、古の時代は魔境と関係があったらしいですし」
「そうなんですか?」
「直接ではありませんが、何十代も前のケンプファー家から、まだ王国として成立する前の北の魔境、現在のカイル王国に渡った者もいたようです。
その者、私の祖先が残した、魔境の禁忌に関する戒めを知ったとき、私は魔境に興味を持ったんですよね。確か手紙には、禁忌を残した者の名が、ゴウラス・ウィリアムと記されていたかな?」
ゴウラス? ウィリアム?
俺、同じ名前の人を知ってますけど……
「ははは、私の知り合いに同姓同名の方がいますよ。
帝国とは氏名の順序が逆なので、厳密には同姓同名とは言えないかも知れませんが。
その方に所縁のある方かも知れませんね」
そう、それは王都騎士団長の名前だった。
そして、帝国の人間であるジークハルトが、戦いのときも前回の訪問でも、魔境内を通過する際、妙にうまく立ち回れた理由が分かった気がした。
「あはははは、遠い親戚なのかも知れませんね」
面白そうな話ではあったが、まだ彼との対談の目的を全て終えたわけではない。
俺は表情を改め、次の話をすることにした。
「ジークハルト殿から、以前のお話を伺った前提で、これより内々にお伝えすることがあります。
カイル王国の一部不満分子は、今も第一皇子陣営と結託している可能性があります。
恐らく彼らは、古より存在した、魔の民12氏族のひとつ、闇の氏族が糸を引いております。
彼らは我々にとっても共通の敵となりましょう。
ジークハルト殿、第三皇子のご身辺にも、気を配られることをお勧めします」
俺は話せる範囲の情報をジークハルトに話した。
先年起こった反乱の首謀者の後ろにも、彼らが存在していただろうことも。
「なるほどですね。
確かに3年前も、帝都の大狸や第一皇子は、何らかの確定情報を基に、動いていた節があります。
その繋がりがあったということですね。
グラート殿下にもそのあたりの注意を喚起しておきます。
では、そのお礼と言ってはなんですが、王国では皇王国の動きを掴んでおられますか?」
「いえ、特には……
先の戦いで皇王国の戦力は、事実上壊滅したと思っておりましたので」
「その認識は正しいでしょう。
ですが、一部は商人から得た情報なので、まだ裏は取れていませんが、不確定要素が生まれました。
教皇、いや、皇王が代替わりしたようです。
それも正当な継承ではなく、先の皇王は暗殺されたという噂もあります。
今の皇王国で実権を握りつつあるのは、先の戦いで皇王国軍を率い、カイル王国に刃を向けたカストロ枢機卿です。彼は敗戦の責を負い幽閉されておりましたが、どうやってかは分かりませんが、再び世に出てきました。
皇王国側ではそれらの情報を秘匿し、表立った動きは何もありませんが……
我々は、簒奪者と手を握るつもりは毛頭ありません。
しかし、以前お話しした私の提案に、少なからず影響を及ぼす可能性があります。
今、私の職責でお話できるのは、ここまでです」
「!!!」
そんな話は全く聞いていない。
また俺が迂闊だったということか?
俺は来年の災厄で2正面作戦となる危惧と、その対策を必死で考えていた。
だが、それすら凌ぐ策謀が巡らされている可能性があるということか?
皇王国で実権を手中にしたカストロ枢機卿の意を受け、帝国に共闘の打診でもあったということか?
前回の惨敗で、彼はカイル王国に強い敵愾心を抱き、復讐の機会を窺っているということか?
俺は自身の認識の甘さに、言葉が出てこなかった。
恐らく単体であれば、イストリア皇王国が侵攻を企図してきたとしても、何の問題もないだろう。
そう、単体であれば……
だが、二正面作戦で攻撃を受けている最中、東国境から侵攻を受けたらどうなる?
俺たちはただでさえ少ない戦力を、三方向に分かつ必要が出てくる。
これは大きな問題だ。
ジークハルトに返礼したつもりが、更にこちらが返せない返礼をもらってしまった気がした。
早速王都の定例会で図らなければならない。
この会談の後、俺たちはすぐさま帰路に就いた。
商人部隊だけは、諜報活動とカイル王国よりも相場の安い、穀物を大量に仕入れてから帰国することになっている。
そんなつもりはなかったが、歴史の反撃を、決して甘く見てはいけないということか。
この先起こるべき戦いを前にして、俺は気持ちを新たにした。
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次回は『皇王国の政変』を投稿予定です。
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