第二百十九話(カイル歴512年:19歳)第一回王都定例会議
春になって、俺は一部の護衛とともに、2つの目的のため再度王都へとやって来た。
目的のひとつは四半期に一度の、定例会に参加するためだ。
以前、特使として帰国報告した際、同じメンバーで四半期に一度、最新情報の共有と進捗の報告が行われることになっている。
「さて、これより第一回定例会議を始める。
前回の魔境伯の報告より、まだ日が経っておらんが、何か新しい報告でもあるかの?」
外務卿(狸爺)の一言で、会議は始まった。
定例会は前回集まったなかでは、陛下を除く人員で会議が行われることになっている。
先ずは商務卿が手を挙げた。
「そうですなぁ、あれより商務部門を通じて、奴らの動きを追っておりますが交易商人の出入りが増えておりますな。それらは一様に西の辺境伯へと繋がっております」
「ふむ、それは儂の所にも報告が入っているな。
活発に動いておるのは火と水、氷はなかなかその動きを見せんし、雷は静観というところかの?」
「流石ですな。外務卿の仰る通りです。
火と水に関しては、それぞれ娘や叔母が公国の名門に嫁いでおりますゆえ、名目上は親子や親族でのやり取り、そんな形を取っておりますので、監視を知りつつ半ば公然と人と物が動いております。
氷は、何か画策しておるようですが、なかなか尻尾を掴ませません」
「4人のなかでは、氷が一番陰謀好きで用心深い故、奴もなかなか尻尾を見せんのじゃろうな。
軍務卿、手間を掛けるが帝国との再戦に備えた援軍の段取りと称して、氷とその周辺には軍備状況の視察を行ってくれんかの?
比較的安全な王国北側から、兵力を抽出する可能性があることに含みを持たせてな」
「承知いたしました。
軍務卿の職責に則り、信の置ける者たちを北に派遣いたしましょう。
それで……、静観を決め込んでいると見える、雷にはいかが対処しますか?」
誰もが外務卿のクライン公爵(狸爺)を見つめる。
外務卿はこの会議において、国王陛下の名代を務め、実質会議の流れを主導する立場にある。
「そうじゃな、そこは敢えて余計に突いて、無理にあちら側に追いやることもなかろう。
警戒しつつ、静観する。当面はそれで良いじゃろう。
所で魔境伯よ、其方からは新しい報告はあるかの? 公国内に新たな伝手を設けたと聞いたが?」
ちっ!
狸爺にはもうバレていやがる。
いつもの事ながら、どうやって情報を入手したんだろうか?
「外務卿にはいつもながら敵いませんね……
諜報拠点というほどのものではありませんが、定期的に公国内の世情を知ることができるよう、専任の交易商人を囲い込んでおります。
多少時差は出るでしょうが、公国内で大きな動きが出れば、商人の目から見た情報が入りましょう。
帝国に関しては、ケンプファー子爵がかなりしっかり商人たちの手綱を握っているようで、中々難航しておりますが、ご許可いただければ、一度帝国側にも参りたいと思っています。
あくまでも牽制の意味で」
「危険ではありませんか?
魔境伯は南の防衛の要、万が一のことがあれば……」
「軍務卿のご心配はもっともだと思います。
しかし、帝国側は過去の侵攻や交易、先の使者訪問でこちらを訪問し、我等の内情を相当見られています。
我々には侵攻の意思はないものの、一度侵攻を受けた際は、逆に帝国内まで追撃する意思を見せておくことも必要でしょう。
まぁ、行くとしても国境を越えた先、あの男が管轄する旧ゴート辺境伯領まででございますが。
これも先々を睨んだ、必要な段取りかと思います」
「ふむ……、それに関して陛下の御意は確認するとして、御一同、基本方針は是としてもよかろう。
其方のことじゃ、万が一の事がないよう、色々と手筈は整えるのであろう?」
「もちろんでございます。
先方が望む、我が領地の特産品もございますれば、それを持参しつつ参ろうと考えています」
「では、此度の情報共有は、ここまでとするかの?
何か追加で議論すべき内容がなければ、の話になるが」
その他、参加各位がそれぞれの担務で付随する情報共有が終わったのち、会議は解散となった。
※
俺は会議終了後も、外務卿に依頼し時間をもらった。
そのため、会議室には俺と外務卿の2人が残っていた。
「さて、魔境伯から名指しで相談とは、どういう事かの?」
「はい、ここからは外務卿としてではなく、学園長としてのお話がございます。
クライン閣下、よろしいでしょうか?」
「ふむ、儂にできる相談であれば良いのじゃが」
「もちろんです。相談の内容としては……
王都、主に学園内になると思いますが、魔法士と兵卒の募集を掲示し、戦力強化を図ろうと考えています。
そのご許可をいただきたく思っています」
「ほう? 魔法士をか?」
そう、俺の領地の魔法士候補者は既にほぼ出尽くしている。
もう残っているのは、未だ未発見の者、年老いているか年少すぎて戦場で活躍が望めない者、為人に問題があり排除した者たちだけだ。
市井の魔法士や血統魔法を行使できる貴族の子弟、その中でも有望な者を集めたいと考えていた。
正直言って俺は、フェアラート公国の魔法兵団はかなり脅威と感じている。
主に火、雷、水、氷の魔法士たちから構成される、500名の集団戦術はチート過ぎる。
学園側でも、魔法士の戦闘運用などに関し、数年前から大きく舵を切って取り組んでいるが、それでも集団戦力として、それなりの数で運用できているのは、俺と王都騎士団ぐらいだ。
それでも、公国の魔法兵団の数は一桁違う。
「なるほどな、魔法兵団対策か?」
「はい、最悪の想定で500名、少なくとも近衛部隊ではなく貴族が取りまとめる300名が敵に回る可能性があります。100名を超える火魔法士が、炎の雨を降らせてきた際、具体的な対処法がありますか?」
「確かに……、血統魔法を含め魔法士全体の数では、この国は公国を遥かに凌ぐ。
じゃが、魔法士同士の集団戦ともなれば、こちらは手も足も出んじゃろうな……
この件、陛下に上奏の上、其方の意向に沿えるようにしよう。勅令魔法士については、新に定期的な戦闘訓練を科し、その運用を其方に託せるようにな」
うん……
望み通りではあるものの、何かどさくさに紛れて、俺に新たな役割を押し付けられた気も……
だが、降りかかる火の粉は、払う準備も必要だ。
此方は此方で、メアリーやサシャに倣って、有効活用するようにしよう。
因みに、話題にすら乗らなかったが、俺の卒業と同時に、団長を信奉する騎士団課程の人間も、同時に全て卒業している。
なので今年の卒業生からは大幅な要員補充が望めない事が予想され、その辺の焦りもあった。
今やソリス魔境伯だけでなく、ハストブルグ辺境伯、ソリス伯爵、ゴーマン伯爵、ソリス子爵、コーネル子爵領でも、兵卒の募集が常に行われており、文官だけでなく武官もどんどん採用されている。
学園もここ数年は、各課程の定員を大幅に増やし、人員の一大供給地となっているが、まだ求人数に応募数が追いついていないのが現状だ。
「それにしても、儂が言うのも何じゃが、其方は一所に落ち着く暇もないの?
王国の未来のため、結構なことではあるが」
「私も、王国の未来のために、メアリーやサシャに見せていただいた学園長のご手腕、是非とも期待させていただきますね。
どうぞよろしくお願いいたします」
うん、決してやききもちではない。
でも、ちょっと言ってみたかっただけだ。
「ふむ、年寄りは労わるものじゃが、努力はしよう。
せっかくだ、奥方や妹御には会っていくのであろう?」
「はい、この後に」
そう答えて俺は学園長の前を辞し、王都の学園へと向かった。
※
学園でも、ユーカさんやクリシアを通じ、優秀な生徒の青田買いを依頼している。
ただ彼女たちはそれぞれ、ゴーマン伯爵領、ソリス伯爵領のための人材を確保する、そんな使命も背負っており、そうそう頼りっ放しにはできない。
俺は王宮を出たあと学園に顔を出すと、いつも彼女たちがいるサロンを訪れた。
「タクヒールさま、特使のお役目も見事に果たされたと伺い、クリシアさんと喜んでいましたの。
今回はこちらにも立ち寄っていただけて、凄くうれしいですっ!」
「お兄さま、公国のお土産ありがとうございました!
今回は、当然あれもありますよね?
ユーカさまも私も、ずっと寂しい思いをしていたのですよ」
交互に二人に抱き着かれた。
どこからか『爆ぜよっ!』、そう小さく聞こえたのは敢えて気にしないでいた。
特使の帰り道は、王宮での報告の後は帰路を急ぐあまり、学園や王都の居館は素通りした。
もちろん、お土産だけはそれぞれの居館に届けてはいたが。
「今回は1日だけですが、王都に滞在します。
お二人にはちょっと政治向きのお話でお願いしたいこともありますので、お時間をいただけますか」
そう伝え、それぞれにいつもの小瓶をたくさん渡した。
って、2人はすぐに周りのお仲間に小瓶を分けているけど、やっぱり後で追加要求してくるのかな?
おい! クリシア!
「私は妹に甘いお兄さまが、大好きです」
そんな事を言ってお友達にバラまいているが、もう追加は無いぞ!
いや、実際はあるんだけどね……
もはや、それも見透かされているんだろう。
別室で3人だけになった俺たちは、俺が抱える懸念の一部を彼女たちに話した。
もちろん、全ては話せないが。
・公国の抱える不安要素について
・今後、公国と対峙する可能性について
・公国の魔法兵団について
・学園長に依頼している内容について
「公国の不平貴族が復権派と組み、帝国の侵攻に合わせて二正面作戦を取ってくるということですね?」
いや、ユーカさん、俺は話せない内容もあって、そこまで話していませんが……
あ、そうか!
彼女は兄と学園長との席にも同席していたんだっけ。
「今の王国は全体で優っても、集団として勝る公国に各個撃破されるということですね?」
クリシア、君は一体いつの間にそんな言葉使うようになったんだ?
兄として、妹の成長にちょっと嬉しいけど。
「察しが良すぎて驚いたけど、この話はここだけの話で、お互いの父にも話せない内容と心得て欲しい。
俺たちは内々に動いて、敵国の意図を潰さなければならない」
「私たちは、お兄さまが勅令魔法士たちを糾合しやすいよう、後ろから援助すれば良いのですね?」
「あと、タクヒールさまの元へ、貴族の子弟を含め信の置ける魔法士を、学園から送り出すことですね」
彼女たち2人も、自ら志願して勅令魔法士となっている。
ユーカさんもクリシアも、既に魔法戦術研究科を修了しているが、在学中は指導員のひとりとして関わっているらしく、影響力を持っていた。
更にユーカさんは、前回の団体戦での活躍を見たゴウラス騎士団長に請われ、王都騎士団の指導員かつ、陛下の勅命で設けられた射的場の顧問も兼任していると聞いた。
いやはや、どんだけ凄いんだか……
クリシアの話によると、ユーカさんと彼女の従者に抜擢された3人の女性(共に先の最上位大会個人戦、団体戦出場者)たちは、王都の射的場での射的ブームを牽引しており、優秀な女性射手を爆誕させているらしい。
そのため、王都騎士団第三軍内には、数少ないながら女性だけで構成された部隊も生まれたとか……
もう空いた口がふさがらなかった。
無事依頼は了承してもらえたけど、王都を離れた後の変化に、俺は全く付いていけていないことが、残念ながら非常によく理解できた。
だが、これらの事は俺が望む方向へ、着実に動き出していると言っても過言ではない。
未来を変えるための階梯を、俺たちは歩んでいる。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は『災厄の到来』を投稿予定です。
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