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第二百十八話(カイル歴512年:19歳)西に蠢く闇

カイル王国全土にも春が訪れた。

野には花が咲き、やわらかな陽光が差し始めたにも関わらず、敢えて全ての窓を封じた、薄暗い一室で言葉を交わす、2人の男がいた。



「さて、其方の配置を東から西へと変え、西辺境での対応を任せているが、感触はどうじゃな?」



椅子に腰かけた老人が、傍らで跪く若い男に語り掛けた。



「御前の仰せに従い、今はクランティフ辺境伯の傍に仕える者として、実績を積んでおります。

まだ一介の従者ではありますが、じっくり絡め取るよう手筈を整えております」



「ふぉっふぉっふぉっ、頼もしいの。

王国側からは其方が、いずれ公国側にはあの者が参り、双方から扇動することになろうて」



「それですが……、あ奴は使えるのでしょうか?

過去にはあ奴の父を含め、壮大な作戦を描いたものの、結果として失敗に終わっておりますが……」



若い男は嫌悪感を示すように表情を歪めながら、御前と呼ばれた老人に思いを伝えた。


この男はかつて、主の命に従いイストリア皇王国に潜入し、カストロ枢機卿の傍に仕え、闇の氏族の意思に従って枢機卿を扇動してきた男だった。



「ふむ、儂はそれなりに奴の作戦を評価しておったぞ。本来ならヒヨリミめの作戦は、ほぼほぼ成功する算段が立っておったからな。

負ける方が難しい、そう言っても差し支えなかったじゃろうな」



「ですが……」



「そうじゃ、我らが想定しておらんかった余計な事を行なった小僧が2人いた。奴らがうまく立ち回ったため、全てが狂ってしまっただけのことよ。


其方の担当する東が、予想だにしなかった大惨敗を喫し、帝国の小僧が要らぬ悪巧みを行ったためにな。

なので全てが、あ奴の責と言うのは酷かも知れんわ」



「はっ! 申し訳ありません。

東の醜態は私の責務。我が身の不甲斐なさを重々感じております」



「いやいや、儂とて東があのような形で終わるとは、思ってもみなんだわ。

だが次は、2人の小僧共の好きなようにはさせぬ。

此度の我らは、奴らの動きすら織り込んでおるでな」



そう言うと老人は冷酷な凄みのある笑顔で笑った。



「私めも、汚名返上の機会をいただき、御前には感謝しております。

して、公国に奴が入るのは、いつごろになりましょうか?」



「ふむ……、今の仕込みは既に完成しておる。

それ故、秋までには公国に渡り、じっくりと馬鹿どもを導いていくであろうな。

其方はそれまでに、じっくり辺境伯と2侯爵を焚きつけておけば良いことよ。

そのあたり、進み具合はどうじゃな」



「4人の侯爵たちは、今更のように今回の処分の意味する重大さに気付いたようです。

私が担当しております水と火、西側の2侯爵も一気に凋落していく我が身に、焦りを覚えたのでしょう。

必死に娘や叔母たちを通じて書簡を送っております。商人に偽装した使者が、頻繁に辺境伯の元を経由して、公国へ流れておりますゆえ」



「ふふふふふ、滑稽じゃの。

自分たちが、既に羽をもがれ、再び飛ぶことが叶わぬとも知らず、大空を羽ばたくことを夢を見ておるか。

堕ちた鳥は、もう二度と舞い上がれぬものを……」



その言葉のあと、二人は彼らを侮蔑しながら、低く笑い声を上げた。



「聞いたところによりますと、増長した小僧は公国でも更に敵を増やしたようです。

小僧と、その後ろにいるカイル王、そしてそれに縋る公国の国王、全てが同じ穴の狢として両国の不平貴族共は憎悪しておりまする。

奴は公国のなかで敵愾心を更に煽る役割を、十二分に果たしてくれた模様です」



「ふぉっふぉっふぉっ、小僧をけし掛けるよう、不平貴族共を煽ったのは儂の仕込みじゃからの。

偽りの情報と、奴らにとって都合の良い事実だけを切り取って伝えた結果、見事に動いてくれたわ」



「なんと! 御前は既にそこまで!

私は改めて、御前の周到さ、深慮遠謀の一端に触れた気がいたします」



「我らもこの2年、徒に時を過ごしておった訳ではないからな。クランティフの奴めも、いきり立っておったであろう?」



「はい、当初から西の辺境伯たる自身の職分を侵された、そう公言して憚らない様子でしたが、特使として一応の職責を全うし、公国から莫大な贈り物を受け取った小僧の話を聞くと、更に激怒しておりました。

本来なら、自身が受け取るべき贈り物を、成り上がりの小僧に掠め取られたと」



「よいよい、ますます思う壺じゃの。

他者を妬み憎しむ小さな火も重ねれば炎となり、果ては火炎となって、自身を含め周囲を焼き尽くすことになろう」



「はっ、精進いたします。

所で、東に残した我らの傀儡は、あのままでよろしいのですか?」



「そうじゃな。今の皇王国は使い物にならん。

この国の東辺境の守りは、前回の戦で格段に強化されたうえ、皇王国が誇る矢は折れ当分再建はできん。

そう、世間では思われておるじゃろうな」



「では……、そう思わせて実態は?」



「其方の察した通りじゃ。

動けぬはずの東が動く、しかも予想外の手段で。

そうなれば、勝利はできぬまでも、カイル王国を追い詰め、滅亡へ導く契機とさせることはできよう。

謀とは、常に二手三手と用意しておくものじゃ」



「なんとっ!

それでは……、老師は其方にも策を?」



「王国内でも知恵の回る者は、南と西、2正面作戦となる危惧を抱いておる者はおるじゃろうな。

だが、正面が2つと誰が決めたのじゃ?

起こるはずのない事が起こってこそ、奴らは混乱し適切な対処を行う機会を失うじゃろう。


其方が皇王国で蒔き続けた種は実り、既に収穫の時を待つだけとなっておるわ。

それだけであれば、代わりの者でも十分勤まろう。

まもなく、近いうちにその実りも収穫できるかの?」



「御前自らが立てられた計略には、恐れ入りました。

私めは、一層西での任務に邁進させていただきます」



「期待しておるぞ、我が跡を継ぐべき者よ」



二人の姿は暗闇に消え、その後には薄暗い部屋に残された燭台が僅かに炎を揺らすだけだった。



西の辺境を遠く離れた地でも、地下牢に似た、薄暗い一室で会話を交わす男たちがいた。



「閣下、ちょうどよい折でした。

閣下がわたくしめを訪ねられたこと、すなわちご決心が固まったということですな?」



「ふん! そんなもの固まるでもないわ。

私は王国に忠誠を誓うもの。容易たやすく其方の誘いに乗る者ではないわ」



「それは違います。そう幾度も申し上げたはずです。

閣下の忠誠はご家門に向けてでありましょう?

かつては、この王国で栄光ある立場であったそれに。


そうであれば私の思いと同じ、そう断言できます。

我らとて、今は歪んでしまった我らが祖先の王土を、かつてあった姿に取り戻すため、一時的に帝国の皇位継承争いを利用しているだけです。

その後に帝国の奴らを蹴散らし、閣下は復権の象徴として、この国に名を轟かすことになりましょう。

そして、閣下が望んでおられた、ご家門の再興が成ります」



「……」



「悩まれるのもごもっともですが、お話しした通りこの国の命運は既に決しております。

何が閣下の、栄光ある系譜を繋いで来られた祖先に報いる道か、その点をお考え下さい。


閣下の家を貶めた王国と命運を共にするのか、それとも仮に一時の汚名を着ても、王国を復興するのか。

あとは閣下のご決断次第です」



「ふん、私は奴とは違う。

もう其方がここに留まる理由もないわ。どこへでも行くが良かろう。

もっとも、大罪人である其方を受け入れてくれる者など、ある筈もないだろうがな」



「では閣下、私はこれよりおいとまいたしますが、いずれ王都攻略戦でお会いすることになりましょう。

私たちは、西より軍勢を率いて馳せ参じますゆえ」



「なっ! 西だと? ま、まさか、公国も……」



「王国は既に詰んでいると、先ほども申し上げた通りです。この王国に未来はございません。

あと、お言葉、一点だけ訂正させていただきます。

私の行く先、受け入れられるべき場所は、何も王国内に限る必要がございましょうか?

必要とされている場所は国外にもございます」



「……」



恭しく一礼して、リュグナーが出ていく姿を、彼と会話していた男は茫然と見送った。

彼のずっと心の奥深くに隠していた憎悪は、これを機にある方向へと動き始めていた。



「私にはもう武勲をあげ栄達できる余地もなく、未来は既に潰えた、そういう事か?

王国の未来も然り……」



項垂れたあとそう呟くと、再び顔を上げた。



「俺の悲願に対し、残された道は多くない……、か。

まぁいいさ。俺は道化だろうが、奴自身も道化に過ぎんということを、奴は知らんようだな。

誰が最後まで踊り狂うことができるか、ただそれだけのことよ」



そう呟くと、閣下と呼ばれた男は何かの覚悟を決めたかのように、口元に笑みを浮かべた。

ご覧いただきありがとうございます。


次回は『第一回王都定例会議』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
この辺境伯面白そうだな。 なんかこうおもろく立ち回って欲しいもんだ。
流石にここまで引っ張られると『またかこいつらか』 て思う人が僕含め出てきそう、、、 しかもまだまだ続きそうですし、、、
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