表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

234/463

第二百十四話(カイル歴511年:18歳)領地巡回 ディモス

元ソリス子爵領東部辺境地区、ディモスの町。

以前は父、ソリス子爵(当時)領内にある5つの町で、最も辺境にある小さな町だった。


この人口600名前後の町を、2年前に大きな災厄が襲った。

疫病に苦しみ、当時のヒヨリミ領を追われた、数千もの難民たちがこの町を通過したからだ。



もともと規模の小さな町で、難民を受け入れる収容力も余剰食糧も無かったことが幸いし、多くの難民たちはその先にある目的地、テイグーンやフランを目指して、ただ通過するだけだった。


だが、重症者や足腰の弱い高齢者たちを中心に、この町に留まろうとした人数も、定住人口に比して非常に多く、町や近隣の農村は飢饉に備えた義倉を開き、彼らを支援するため懸命に対処した。


それでも、町は収容限界を超えた難民と、疫病患者、それらによる二次感染者で溢れた。



そしてこの町が、色んな意味で限界を迎えようとしていた時、テイグーンより増援部隊として、聖魔法士ミシェル率いる救護部隊と、火魔法士イサーク率いる護衛部隊が、大量の物資とともに駆け付けた。


彼らは、喝采の声とともにテイグーンからの支援部隊を迎えた。


特に、ミシェルとイサークは近隣農村出身であり、地魔法士のライラはディモスの出身のため、関係各所への協力依頼や主要人物への折衝など、全てが迅速に行われていった。


フランへの道が封鎖されて後は、一刻を争う重症者はエストへの搬送も行われ、多くの命が救われたが、それでも難民から200名、ディモスと周辺地区の民から50名もの命が失われた。


ディモスとその一帯が致命的な被害にならなかったのは、ヒヨリミ元子爵率いる軍が早々に敗退し、その後直ちにフランを経由してテイグーンから救援の手が差し伸べられたからだ。



反乱終結後、エストール領内が復興へと舵を切った時も、辺境であるディモスには十分な対処が行き渡らなかった。ソリス子爵(当時)陣営も、領内各所に投下できる資金、対応できる人材に限りがあったからだ。


そうして、明るい未来がまだ見えないなか、ある日、彼らにとって大きな転機が訪れた。

彼らは元領主の次男、ソリス魔境伯を新たな領主として迎えたのだ。



朝早くイシュタルを出た俺たちは、テイグーン山の北東の裾野を大きく迂回し、旧ヒヨリミ領との境を抜けてディモスの町へと目指して進んだ。


先頭に立って案内するのは周辺の地理に詳しいイサーク、俺の傍らにはライラが居た。



「これまでディモスの町は、エストール領のなかでも、最も小さく、最も貧しい町でした。

旧ヒヨリミ領とは、表立った物資や人の行き交いもなく、周辺の農村をまとめる中継地としての役割しかなかったんです」



ライラは以前のディモスについて教えてくれた。

俺自身、旧エストール領内でも、ディモスとフォボスの2つの町は足を伸ばしたことがなかった。

確か受付所自体も、ディモスに設置できたのは一番最後だった気がする。



「今回、タクヒールさまのお陰で、ディモスと周辺農村は生まれ変わることができました。

みんな、夢みたいだって大喜びしています」



ディモス出身であり、両親もそこに住まう彼女にとって、何よりもそれが嬉しかったのだろう。

笑顔で話す声も弾んでいた。



ディモス一帯の開発も、少し後回しになったものの、今はメアリーとサシャが基本構想を、ライラが中心となって実行部隊率い、町の開発を進めている。



「ごらんください。あちらに見えるのが生まれ変わった、新しいディモスの町です」



ライラが嬉しそうに指し示した先には、堀に囲まれ、防壁もちゃんと備えられた約1キル(≒km)四方の町があった。



「開発にあたり、町自体に今後の余裕を持たせるため、昔の町を取り囲むようにして、大幅に大きくしました。

町の人には、新しい町ができた部分に移住してもらい、古い町並みも徐々に改築しています」



開発に関わる移住は、色々しがらみもあって通常は大変なことだ。

テイグーンのような、領主が自ら作った新しい町とは異なり、元々ディモスは父が代官として任じていた、騎士爵の者が治めていた町だから余計にそうだ。


だが、彼女たちは疫病の際、故郷の町を救うため必死に走り回って貢献した。

そして、出身地であることも幸いしたのだろう。


住民でも一部の者は、治療のためテイグーンに滞在しており、開発の成果も見て来ているためか、誰もが皆、積極的に町の開発に協力してくれたらしい。



「元々ディモスも、周辺の村も川沿いに作られていましたが、水害も考慮して町は川と反対側に延伸し、水門で調整した支流を町に引き込んでいます。


堀には増水したときに少しづつ水を貯え、水量が7割を超えた時点で揚水水車で汲みいれます。

そうすれば、干ばつ時には堀に溜まった水を、この先の村々に流すこともでき、ため池の役割を担うことができます」



「なるほどね。干ばつ対策もちゃんとやってるんだ。

人口のほうは今のところどうかな?」



「はい、今はまだ疫病前の状態、定住者は600人を少し超えたぐらいですが、ガイアとイシュタルを結ぶ物流の中継地として、町には活気があり臨時滞在者もそれなりの数になっています。


商店や宿、飲食店が増え、もっと便利になり働き口も増えれば、1,000人を超えるのも夢じゃないです。

町自体は最大、2,000人程度が住める町として、町づくりを進めています。


あと、近隣村5カ村ですが、川の上流側に1つ、下流側に4つあります。

幸いこのあたりは、農地にできる土地は至る所に広がっています。徐々に開拓村を増やし、合計で10カ村程度を目指したいと思っています」



なるほど。

10カ村が成熟し、更にディモスも発展すれば、一帯の人口は3,000人から4,000人を抱えるようになる。

時間はかかるだろうが、そうなればこの一帯は、実質小さな男爵領に迫る地力を持つことができる。


この先何年、何十年かかるか分からないが、それぞれ5つの街が男爵領並の生産力と人口を持てば、魔境伯領は名前と兵力だけの領地ではなく、面積は小さいながら生産力で伯爵領程度にはなれるだろう。


そこに特産品などの経済力が加われば……

そんな日が、少しでも早くくることを願いたい。



テイグーンの街で大量に抱えた人足たちも、今やその数をかなり減らしている。

一時は1,000人を超える数だったが、何割かは既に新しい各所の開拓村に入植し、何割かは兵士に、そして今や人足の活動拠点は主にアイギスとイシュタルに移っている。


人足にとって入植先で人気なのは、イシュタルとガイアで、ディモスは若干不人気だ。

まぁ、9割以上が男性で、単身者の多い人足にとって、大人の事情もあるけれど……



「あの、タクヒールさまにお願いがあるのですが……」



え?

もしかして俺が今考えていることを見透かされた?

いや、ここには鉱山などの大義名分もないし、ちょっとなぁ。



「ディモスに教会と施療院を誘致していただけないでしょうか?

前回の疫病でも、辺境のディモスは多くの犠牲者が出ました。教会さえあれば……、私たちはそれを何度も考え、悔しく思っていました」



あ……、そっちね。良かった。



「うん、テイグーンに戻ったらグレース神父に相談してみるよ。

イシュタルの時はふたつ返事だったし、多分大丈夫と思うよ」



あ、今は神父じゃなく司教だったか。

ついつい、昔の癖で……

まぁ本人の前以外なら、いちいち訂正しなくてもいいかな?


今度は金色のお菓子をお土産に持っていく必要はあるだろうけど、彼は今や南部辺境区域を束ねる司教だ。

そして、反乱で幾つもの領地が併合され、行き場もない教会もまだあると思う。


恐らくなんとかなるだろう。

俺はそんな読みで安請け合いをしてしまった。



「ミザリーさんに相談して、ディモス一帯の開拓村については、免税期間を1年増やして3年にしてもらったり、色々取り組んでいるんですが、中々上手く行かなくって……

きっと教会が足りないせいだと思っていたんです」



「うん、分かったよ。

そこは早急に対応して、実現するようにするので、また何か足りないものがあれば遠慮なく言ってね」



ライラはまだ20歳そこそこと若いが、元々ここディモスの受付所の立ち上げで採用され、その優秀さでクレアが直属に引っ張ってきた経緯がある。


将来的にはこのディモスの行政官として、活躍の場を用意してあげるのも面白いな。



その後、俺たちは旧来あった農村に、防壁と溜め池代わりに堀を追加した実績と、今造成中の開拓村を見学したのち、最後の視察地、ガイアへと馬を走らせた。

ご覧いただきありがとうございます。


次回は『領地巡回 ガイア』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ