第二百十話(カイル歴511年:18歳)収穫祭に向けた作戦
テイグーンを出発して40日も経たないうちに、俺たちは再び戻って来ることができた。
交通手段の限られているこの世界では、隣国の往復でこの日数なら格段に速いといえた。
「タクヒールさま、お帰りなさいませっ!」
アンやミザリー、団長などをはじめ、仲間のみんなたちの笑顔に迎えられて、帰ってきたことが実感できて凄く嬉しかった。
「みんな、ただいまっ!
全員無事で帰って来れたし、しかも色々な成果もたくさんあったよ。とても有意義な旅だったと思う」
「先触れで隣国でのご活躍を聞きました。
でも何より、ご無事で帰還されたことが、私たちにとって一番の報告です」
アンは少し涙ぐんでいた。
流石に、これまではずっと一緒だったこともあって、残される者としての心配もひとしおだったのだろう。
「お役目ご苦労様でした。
収穫祭は余裕を見て10日後に設定しておりましたが、そこまでする必要もなかったですね」
ミザリーも笑顔で迎えてくれた。
彼女にはずっと、留守を押し付けてしまっているので次回こそ、何かしてあげないといけないな……
俺は人目を憚らず、2人をそれぞれ抱きしめると、改めて留守を守ってくれた礼を言った。
「早速だけど、ミザリーはヨルティアと買い集めた商品を整理し、今後交易に使えそうな品目や今回の収支関連の報告を受けてもらえるかな。
臨時収入もそれなりにあったし、今年は予算面で少し楽をさせてあげれると思うよ。
あと、公国から連れてきた交易商人がいるから、彼らの登録と荷の受け取り、そして支払いもお願いね」
「はい、直ちに。いつもご領主さま自ら、予算に貢献いただき、本当に助かっています」
「ミザリーさんに報告のあと、交易商人については私が担当させていただきますね。
彼らには、ひとまず宿にて待機してもらっています」
「クレアは、拝領した物と購入した絨毯を、居館と迎賓館に設置するのと、あとは今晩の厨房を任せたい」
「はい、皆を驚かせてみせます。
きっと夕食が、皆への一番のお土産になりますね!」
「アン、カール工房長のところに魔物素材を持って相談に行くけど、一緒に行ってくれるかい?」
「もちろんお供させてください。工房ということは、
お望みの物が手に入ったのですね?」
「ああ、バッチリだ!
あと、全ての魔法士たち、行政府始め各所の主要メンバー、団長と傭兵団、辺境騎士団支部の主要メンバー、帝国移住者連絡会と皇王国移住者連絡会の代表を3名ずつ……、そこには必ず1人は女性を入れてね。それら全員を、今晩の夕食で迎賓館に招待ししたいので、その連絡をお願いね」
「はい、急ぎ手配します。カーリーンさん、お願いできるかしら」
「もちろんです。ミザリーさんに代わり、各担当に連絡しておきますね」
「バルト、あちらこちらに荷物を下ろすので大変だと思うけど、手持ち分は今預かるけど、残りの工房への配送は一番最後でいいからね。
じゃあみんな! もうひと頑張り頼むね」
「はいっ!」
女性たちとバルトからは明るい返事が返ってきた。
交易商人は、サラームの街でヨルティアが見つけてきた面白い男たちだった。
特に代表のハリムは、ヨルティアを異様なまでに崇拝しているが、クリムトの鱗を手配する経緯で、彼らと何かあったのだろうか?
大活躍したとは聞いていたが……
サラームの街で、彼らをお抱えの交易商人として渡りをつけた後、王国へは彼らを伴って帰ってきた。
あそこで余計に一泊した理由は、兵の休息目的以外に、彼らの出発準備が整うのを待っていたからだ。
スパイスの件もあり、フェアラート公国との直接交易は、今後を見据えて絶対に必要な優先事項だと考えており、ティア商会の件は俺たちにとって、正に渡りに船の話だった。
ただ、この世界の地図は重要な戦略情報であり、彼らにおいそれと渡せない事情もあった。
しかし、俺たちの帰路に同道すれば、ハリムたちに実地で道を教えることができる。
彼らの往路は、俺たちに付き従っていれば、どこでも自由に通過できるし、帰路はテイグーンにて正式な交易証を発行することができる。
そうなればお互いに色んな手間も省けて、メリットがあった。
今のところ状況次第だが、今後は魔境伯領のスパイス輸入を、彼らに任せてもいいとも考えている。
※
俺はアンを伴い、到着したその足でカール工房長の指揮する工房へと向かった。
まず驚いたのは、看板だった体育会系の怒号が飛んでいないこと、むさ苦しく仕事一色だった工房が、内装を整えられて雰囲気が別物に変わっていたことだ。
「申し訳ありません! お呼びいただければお伺いしたんですが、みんな、領主さまがいらっしゃったぞ」
「いらっしゃいませっ!」
うん、これも『チワースッ!』から変わっている。
ってか、以前は皆無だった女性の職人がめちゃめちゃ増えているし。
「ははは、驚かせてしまい失礼しました。
女性の皆さんに活躍してもらうには、我々が変わらなくてはなりませんからね。
手先が器用で細かい作業が得意な者も多く、しかも指先が細いから精密作業にも欠かせない存在なんです」
「そっか、うん、それは良いことだね。
率先して雇用の促進を進めてくれてありがとう。
出発前に急遽用意してくれた燈火、先方の国王陛下にも評判が良くて、公国で全部売れたよ。
あと、手先の器用な人たちにうってつけの素材も手に入ったしね」
そう言って俺は、手持ちで持って来たクリムトの鱗を彼の前に積み上げた。
手の平サイズで虹色の透き通った鱗は、驚くほど薄く多少の柔軟性はあるが、その強度は半端なく強く、剣や槍、弓矢などを全く通さない。
「こっ、こっ、これが……
噂に聞いた……、あの、クリムトの鱗ですか?
いやいや、これを加工できるなんて、職人冥利に尽きますよ。早速腕利きの職人たちを集めますよ!」
「鱗は全部で350枚ぐらいあるかな?
あと、討伐したままのクリムトも一体あるから、合計だと軽く1,000枚を超えるぐらいにはなると思うよ」
「は……、はぁっ???」
カール工房長は、驚きのあまり空いた口が塞がらないようだった。
まぁ、1枚でも貴重で数自体が希少なため、どれだけ金貨を積んでも、普通は手に入らない代物だからね。
「この鱗を使用して、鎧などの防具を作って欲しい。
最優先はアンたち妻の5人に。ユーカさんは、此方に来た時にサイズを調整するとしよう。
次いで聖魔法士たちの分を、動きやすさを優先して。
その次に風魔法士、そして次に残った魔法士全員に。そこから先も、作って欲しいアテはあるので追って伝えるよ」
「カールさん、申し訳ありません。
今のお話、最も優先すべき方が漏れていました。
製作はタクヒールさまの分を最優先で、早急にお願いしたいです。もちろん、防御にこだわった最高の物をお願いします!」
アンは慌てて補足し、その後、真剣な眼差しで俺に向き直った。
「タクヒールさまは私たちにとって、自分自身より大切な方なのですから、それを忘れないでくださいね」
そう言って改めて俺に微笑み掛けた。
今までは余りにもずっと一緒だったため、全く気付かなかったが、少し離れていただけで、彼女の態度がより女性っぽくなった気がした。
その後カール工房長と何点か打ち合わせを行った後、アンを伴って迎賓館に向かった。
一番大きな部屋である晩餐用の間には、フェアラート国王から拝領した何枚もの巨大な、かつ極上の絨毯が、綺麗に敷き詰められていた。
「まぁっ! 凄いです。
まるで王宮の広間のようです。本当に凄いですっ!」
大はしゃぎのアンを見て俺も嬉しかった。
クレアは今、厨房で皆を指揮して格闘中のようだ。
カレー独特の、食欲をそそる美味しそうな匂いが、ここまで漂って来ている。
この時点で既に、俺は夕食の時間が待ち遠しくなってしまったのは、言うまでもない。
※
この日の夕食は、総勢60名以上が集まる、非常に賑やかなものとなった。
先ずは全員が、晩餐用の間に敷き詰められた、深紅の絨毯に目を丸くして驚いていた。
「みんな、今日は突然の招集に集まってくれて、本当にありがとう。
公国へ同行した者、留守を守ってくれた者、それぞれに改めて礼を言いたい。
今日は公国で珍しい料理を見つけたので、是非皆にも味わってもらいたく思い集まってもらった。
今日の食事で改善点や要望があれば、遠慮なくクレアに伝えてほしい。
改善を進めたうえで、この料理を、うちの領地の名物として売り出したいと考えている。
だから、そのためにも皆の意見が欲しい。
皆には馴染みのない、米を使った料理も、おいしく食べられるよう工夫をしているので、是非試してほしい。
米、芋、そして料理に使うスパイスを、今後の特産品として、この領地を牽引する産品のひとつにしたいと考えている。
そこで先ず今日は、皆で料理を楽しんで欲しい」
そう伝えると、見計らったように料理が次々と運ばれてきた。
先ずは野菜パエリア、スープカレー、そしてコロッケの三点だった。
「おおっ! なんとも食欲をそそる鮮やかさですな」
団長始め、男性陣は待ちきれない様子で、それぞれ料理を口に運んだ。
「うまいっ!」
「美味しいですぅ」
「スープに米を浸して食べるとは……、美味い!」
「お米が、こんなに美味しく食べれるなんて……」
全体的に評価は上々だった。
そして、今度はカレーライスが運ばれてきた。
「みんな、これは米と一緒に、こうやって食べて欲しい」
俺は皆の前でご飯とルーを一緒に乗せ、スプーンごと口に運んで食べて見せた。
うん、予想通りだ。涙が出てくる。
ご飯と一緒に食べてこそカレーライスだ。
「このコロッケをカレーライスと一緒に食べるのも、是非試して欲しい」
「なんとっ!」
「これ、何杯でも行けちゃいます!」
「この辛さが、病みつきになりますなぁ」
「コロッケ? ですが、この食べ方もいけますな」
うん、最初は若干不安だったが、夢中になって食べる皆の反応を見て、俺は大いに安心した。
「このカレーを作るための素材、臼で挽いて混合したスパイスを、瓶に入れて売り出そうと思う。
そして、米を使った料理が定着すれば、米自体が他にない特産品として、大きな産業の柱になる。
さらに、このコロッケやカレーに合うテイグーン産の芋を、男爵芋という名で売り出そうと考えている。
どうだいミザリー、この作戦は?」
「おいしくて最高です!」
それだけ言って、ミザリーは食が止まらない様子だった。
「団長、騎士団の食堂でも、決まった日にこれを出すのはどうかな?
調理も簡単だし保管も配膳もしやすい。
そうすれば、騎士団の団員にも日付の意識を植え付けることができると思うんだけど」
「それはとても良いですねっ!
こうすれば食べ応えもあるし、食欲もわく。我々にこそうってつけの料理です!」
「連絡会の皆さん。
皆さんの仲間が経営する飲食店などで、取り扱いを希望する方が居れば、スパイスを優先的に回します。
その希望があれば行政府までお願いします」
「はいっ! ありがとうございます。
何から何までお世話になって、これも御使い様のお導きと、感謝しております」
「帝国でも、米は南部一帯で食べられていると聞いたことがありますが、このような食べ方は初めてです。
凄く美味しいです。皆に申し訳ないぐらいです」
「ああ、その点は大丈夫だよ。
収穫祭の時には試食用として、量は少ないけれど無料で皆には振る舞う予定だから。
まぁ、一人一皿が約束だけどね」
「ははは、タクヒールさま、そうなると会場の警備が大変ですぞ。
辺境騎士団から誘導や案内の人員を出しましょう。
上手く取り仕切れば、団員の食事に取り入れてもらえると言えば、みな喜んで任務に就くことでしょう」
「団長、お願いします。
あとクレア、裏方で協力してくれた皆にも、こちらが落ち着いたら食べる機会をあげてね」
こうして、パエリア、スープカレー、コロッケ、カレーライスの噂は広まり、収穫祭にて振舞われた試食には、遠くイシュタルからやって来た者を含め、数百人の行列ができてしまい、タクヒールたちを閉口させる事態となった。
この人気に自信を持ったミザリーが、新たな収益源としてパエリアスパイスセット、スープカレー専用スパイス、カレー用スパイスセットを売り出し、その傍らに魔境白米、男爵芋が売り出されるようになった。
これが後日、大きな評判を生むことになる。
俺はこの世界で、懐かしい味のひとつを復活させ、それらをこの世界に、大きく広めることになった。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は『間話9 ティア商会設立物語』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
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