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第二百四話(カイル歴511年:18歳)西の魔境

フェアラート公国から見れば東の辺境、カイル王国から見れば西の国境を越えた先に広がる魔境は、便宜上俺たちの視点で西の魔境と呼ぶことにした。

初めて訪れた魔境と、そこに広がる景色は、今まで見たそれと大きく異なっていた。



魔境伯領内の魔境は、鬱蒼とした深い森に覆われた薄暗い森林地帯、ハミッシュ辺境伯が抱える魔境は少し乾燥した森林地帯だったが、西の魔境は湿潤で至る所に沼沢地が広がっていた。



「エラン、先ずは最終防御拠点の構築を!

他の各位は、周辺の偵察と警戒を行いつつ、罠を張っていこう。

クリストフ、全体の指揮は任せる」



俺たちはまず、教科書通りの対応に入った。


魔物に追われた際に逃げ込み、最終的にそこで食い止め討伐を行う最終拠点を用意した。

この作業を行える魔法士は、今回エラン一人だが、その一人が極めて能力が高く優秀だ。


みるみるうちに拠点となる場所と、簡単な土壁、塹壕が用意される。

その他の人間は、その塹壕に逆茂木を用意し、手早く設置していった。



「ほう? この手並み、侮れませんな」



フレイム伯爵は、彼らの動きに目を細めた。


フェアラート公国に存在する魔法士の多くは、火、水、雷、氷の属性を持つものが大半を占める。

だからこそ、復権派の4人の領袖たちとも相性が良かった。


逆に言えば、地、風、聖、音、光、時空の属性は極めて希少で、闇、重力はもちろん皆無らしい。

そのため、カイル王国では見慣れた地魔法士の活躍も、彼らにとっては警戒すべきものであった。



「我々も、常に守りが中心です。

国土を守ることに専念していることは、これまでの歴史を見ても明らかだと思われます。

我らの行動が切っ掛けとなって、魔物を誘引してしまっては貴国にご迷惑をお掛けするので、いつも予め最終防御ラインを設置するんです」



俺は一応、フォローしておいた。


あまり過剰に意識されても困るが、今回、フェアラート公国で是非入手したい素材がある。

だがその魔物は、極めて危険とされ、討伐も忌避されているぐらいなので、準備は念入りに進めた。



俺は前回の反乱時に、クレアが矢傷を受けたことを非常に重要な問題と思っている。

二度と彼女たちにそんな傷を負わせたくない。


だがそれに対処するには、重厚なプレートアーマーを着込むか、もう一つしか選択肢はない。

もちろん、彼女たちに重量のある鎧は無理がある。

例え着こんだとしても、騎馬に乗っていなければ、機敏な動きができなくなるし却って邪魔になる。


そのため、もうひとつの手段を採ることにした。


矢や刀の刃を全く通さないと言われている、非常に固くて軽い鱗を持つ魔物。

それは体長は10メルを超え、人より太い胴回りを持ち、ナーガと呼ばれている巨大な蛇の一種だ。


その中でも俺が探し求めているのは、ナーガの中でも最強と言われている水棲の大蛇、クリムトと呼ばれて恐れられている魔物だったが、カイル王国の魔境にはクリムトがいない。

もし仮に居たとしても、魔境の最深部の沼沢地で、通常なら手が出せない。


だが、フェアラート公国の魔境は、水棲の魔物が多く、最深部に行かなくてもクリムトと遭遇できる可能性は高い、そう聞いていたからだ。


実際、職人の間でも伝説の素材として噂される、クリムトの鱗は全て、フェアラート公国から流れてきているものらしい。

俺も、最強の防具を求め、カールさんを始め多くの職人と話をしてきたが、だれもがクリムトの鱗を素材とすれば……、そんな回答を得ていた。

だが問題は、その素材がカイル王国では簡単に手に入らないことだった。



クリムトの鱗は、透き通るように透明で薄く美しいらしい。それを交互に重ねれば、軽装の鎧でも防御力は格段に上がり、フルプレートアーマーを優に凌ぐ防御力の、最強の鎧となるらしい。

あの時、もしクレアがそれを着ていれば、矢傷で生死を彷徨うほどの負傷を受けることもなかった。

その後悔と自責の念が、その後も俺にはずっと残っていた。



ただその硬さ故に、弱点とされる火で焼く以外、討伐は極めて困難で、更に一度火で焼かれた鱗は脆くなり、素材として用を足さなくなってしまうらしい。


そのため、フェアラート公国ですら素材としての流通数は極めて少ないらしく、カイル王国から商人を通じて入手を試みたが、毎回まず入手できないと言われ断られていた。

公国内ですら、鱗一枚でも金貨数枚の値が付き、それでも入手できないことが多いらしい。


俺は常々、これを5人の妻たち、風壁を張るため敵陣の前面に展開することが多い風魔法士たち、戦闘には直接関与しないが前線で救護活動を行う聖魔法士、膂力の弱い女性の魔法士たちに、この鎧を与えて守りたいと考えていた。


実は、特使の任を受けた大きな理由のひとつに、この素材の入手を探ること、俺の中でこの秘めた目的のため受けた、そういう部分も否めない。



「今回、できればクリムトを確保したいんですよね。

魔石も重要ですが、どうしても鱗を入手したくて、この魔境に入る準備も進めてきました」



「な、なんとっ! ク、クリムト……、ですか?

魔境伯殿は、あれの危険性をご存じではない、そう思えてならないのですが……

我が国でも、毎年多くの者が命を落としています。そのため、あれを討伐した者は、国王陛下から直接表彰され、一生食うに困らないとも言われているものですぞ。危険すぎます!

どうか、お考え直しいただくことはできませんか?」



そりゃそうだよね。

俺もクレアの件が無ければ、ここまで必死にはならなかったかも知れない。



「フレイム伯爵、承知しています。

そのため、我々は出立前から周到に準備を行ってきました。無理をしてご迷惑をお掛けするつもりはありません。拠点が確保でき次第、少し奥の沼沢地目指して進んでいきます」



こう伝え、暫くして拠点ができた後、訝しがる伯爵たちを伴って魔境の奥へと足を進めていった。

拠点には、ローザと矢を準備した兵100名、ここまで乗ってきた騎馬を残して。



「タクヒールさま、右前方、来ますっ!」


「全軍停止、右前方から来るぞっ!」



魔境での行動も、シャノンが仲間に加わってからというもの、格段に楽になった。


彼女の耳は音魔法を行使して、レーダーそのものの活躍をしてくれる。

接近する人物や魔物が立てる微かな足音を察知し、事前に警報を発してくれるのだ。


そのため、接近する魔物に対して、十分な迎撃態勢を整えてから、相対することができる。



リュキアには決して触れるなよ!

奴らの粘膜には毒があるものもいる。遠距離から毒霧を吐くものもいるので、風下には決して回るな!」



クリストフの指示で、蛙目指してクロスボウの矢が的確に飛ぶ。

今回、エストールボウも持ってきているが、標準装備は限定版で非売品の強化型クロスボウだ。


もちろん俺たちは、ここに来るまでに八方手を尽くして、この魔境に棲息する魔物を調べている。

特徴や危険性、その弱点もだ。



「倒したら矢は打ち捨てて、決して拾うな! 処理は火魔法士に全て任せ、先へと進め」



カイル王国の魔境では、まずは黒狼が先遣隊として襲ってくるが、この地では蛙の大群だった。

しかも、大きい!


四肢を伸ばせば、人間と変わらないし、足の長さは人のそれより長い。

下手に接近を許すと、その跳躍力をいかして、いきなり真上から襲ってくる。

そして、もうそうなった時点で詰んでいるいるのだ。

至近距離で致死性の毒から逃れる術はない。



魔境を進み、既に50匹ほどの蛙の襲撃を受けていた。

事前に聞いた話だと、それぞれが縄張りを持ち、その領域への侵入者に対し襲ってくるとのことだ。


俺の体感時間で2時間ほど、魔境の中を進んだところで、ひと際大きな沼と周囲に湿地帯が広がる場所に出た。魔境に入る前の打ち合わせで、フレイム伯爵から『クリムトの出没する危険地帯だから、絶対に避けて通るようにしてください』、そう言われていた場所だ。


敢えてそこに来た俺たちに、伯爵はかなり不平顔だったが、俺にとってはそんな場所、見過ごす訳にはいかない貴重な狩場だ。



「全員、円形に展開っ!

水際には絶対に近づかないようにっ! 水中に引き込まれるぞっ!」



クリストフが兵たちを指揮する脇で、エランは黙々と沼から幅4メル(≒m)ぐらいの水路を掘り、50メルほど引き込んだ先に、緩やかな斜度を付け、水から這い上がれるような場所を作った。


これこそ、俺たちが事前に考案した『魔物ホイホイ』だ。



斜面の上には、事前にサラームの街で購入しバルトが運んだ、まだ血の滴る家畜の臓物が置かれた。

更にその上に、血が入った瓶から血を注いだ。



「なっ! なんて事を……」



フレイム伯爵は蒼褪めたが、俺たちは全く気にせず、黙々と準備を進めた。



家畜の血は、ゆっくりと斜面を流れながら水面に達する。

その瞬間、沼の水面がさざめき出し、周囲の空気が一瞬変わったような緊張感に包まれた。


細い水路の水中を、何かが静かに移動する気配が伝わる。



そして突然、大きな音と盛大な水飛沫を上げて、水中から巨大な物体が飛び出た。


水面から高さ数メル、飛距離にして5メルほどは飛んだかと思うと、臓物めがけて食らいついた。

その瞬間、その脇の大樹に登り待機していたバルトが、空間収納から巨大な大岩を落とした。


骨が砕けるような不気味な音とともに、体長10メルはある巨大なワニのような魔物の頭部が圧し潰され、魔物は一瞬で絶命した。


俺は一回目に生きた世界にて、豪州北部オーストラリアの地で体長10メートルのイリエワニを見たことはあったが、それに比べて、見るからに凶暴で危険そうだった。口先は長く、大きく開いた口にはナイフを思わせる牙が隙間なく並び、尾はとても太く鋭い棘がびっしりはえており、太い尾を振り回した一撃で、人の身体は引き裂かれてしまうことが、容易に想像できた。


正直、例え陸地でもこんな魔物と戦いたくはない。



バルトは直ちに樹から降り、石と魔物を回収すると、すぐさま再び大樹に登った。

魔物ホイホイは、先ほど倒した魔物の血を吸って、更にその効力を高め、次の獲物を誘引する。


その過程を3度ほど繰り返したころ、隣を見るとフレイム伯爵は唖然として口をパクつかせていた。

彼の配下の兵たちも、蒼くなり呆然としていた。



「いや……、そんな……

これは、余りにも、その……」



「驚かせて申し訳ありません。

我々とて魔物たちとまともに戦いたくないので、安全で楽をする方法を考えて来たんですよ。

グランチでしたっけ? あの魔物は、まともに戦えば我々の魔境でも最強クラスですからね」



だが、その後も魔物ホイホイに掛かるのはグランチばかりだった。

クリムトは、ここには居ないのか?

そう思ったとき、周囲を警戒していたシャノンが、ひと際大きな声を上げた。



「後ろの森から、巨大な何かが来ます! 距離100メルっ!」


「ちっ! 後ろからか!

火魔法士は両翼に展開して、炎の壁で味方を守れっ!」



俺が慌てて指示を出したのとほぼ同時だった。

視界に鮮やかな虹色の鱗を纏った、胴回りは優に1メル超える巨大な蛇が突進してきた。


ダンケやイサークが咄嗟に炎の壁を張ったが、罠の近辺に展開していた本陣、俺達を援護することはできなかった。



「クリムトだぁ、もうだめだぁっ!」



伯爵配下の兵たちが絶叫を上げた。

巨体に似合わず、その動きは早く到底逃げることは叶わない。


その瞬間、俺の傍らから激しい炎の壁が立ち上り、クリムトは一方向以外に逃げ場を失った。

そして、その炎の壁の出口の上には、枝を移動したバルトが待機していた。


そう、俺の傍らには火魔法士として団長の厳しい修練を乗り越え、その能力に右に出る者がいないほどの強者、クレアが控えているからだ。



激しい地響きのあと、静寂が訪れ、天を向き立っていた尻尾が、ゆっくりと倒れ大地を叩きつけた。

そしてそこには、数個の巨石で頭部を押しつぶされた巨大な大蛇、クリムトが横たわっていた。


兵士たちの大歓声が辺りを包み、その後すぐに魔物を回収すると、俺たちは急ぎその場を撤収した。



その後俺たちは、最終防御拠点まで戻り、本日狩った魔物の剥ぎ取りを行った。

これもいつも決まった行動の一つだ。


本来、剥ぎ取りは狩ったその場で速やかに行うが、この時が最も警戒すべき時間となる。

魔物の血肉で、更に魔物が誘き寄せられるからだ。


だが、時空魔法士がいれば、その過程は省略できる。


さらに、魔境を撤収する際、少なからず俺たちを追って、後方からやってくる魔物もいる。

それらは全て、最終拠点で待ち伏せし迎撃する。


最終拠点で一部の魔物の剥ぎ取りを行うのは、それらを全て誘引し倒しておくためだ。



こうして俺たちは、最終拠点でも討伐を行い、結果として予想以上の収穫を得ることができた。

クリムト以外でも、グランチは皮や牙、尾の棘や骨なども、素材として非常に高価なものだったし、撤退した俺たちを追ってきた、水とは正反対の魔物、火属性の魔物からも、魔石や貴重な素材が入手できた。



「いやー、フェアラート公国の魔境は、本当に豊かですね。驚きました」



「……」



そんな無謀なことを、好んで行う人が居ないだけです。フレイム伯爵の顔は、そう言いたげだった。


俺たちは、大きな目的のひとつを達成できたことで、喜びに沸きサラームの街へと帰路に就いた。



(西の魔境での成果)


◇水属性の魔物


巨大な水蛇クリムト……1体

巨大なグランチ ……6体

巨大な毒蛙リュキア……80体以上(全廃棄)


◇その他の属性の魔物


蜥蜴トカゲ類 ……6体

ヒクイドリ(鳥類)……3体

その他多数

ご覧いただきありがとうございます。


次回は『サラームの街』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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