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第二百三話(カイル歴511年:18歳)初めての異国

テイグーンからフェアラート公国までの行程は、エストから旧コーネル子爵領を抜ける街道を真っ直ぐ南下し、王都に入る直前で街道の交差する地点を西に向かう。


特に急いでいる訳でもないが、全員が騎乗しているため、国境までは約10日の行程となる。



「今回は敢えてこの人数に抑えられたが、先は長い。道中の警戒など一時も油断はならんな」



「ああ、我らにとっては国内と言えども敵地は多いからな……」



「それにしても、この国はタクヒールさまに頼り過ぎ、そう思うのは俺だけだろうか?」



「いや、クリストフがそう思うのも無理はなかろう。

俺もそう思わんでもない。

だが、陛下や外務卿が動かせる駒はまだ少ない」



「タクヒールさまは、その駒であると?」



「例えが悪かったのは認める。だが、それも事実。

誰もが同じことを考えるだろう」



「確かにな。まだ頼りにできる人間で、力を伴っている者は少ない、そういうことだな」



「ああ、俺も諜報を預かるようになって、初めて知ったのだが、この国の成り立ち上、上位貴族の力は強く影響力も大きい。そして長年の平和の世で歪んだ。

今の陛下の御世になり、これでもかなり陛下への権力集中が図られたがな。だがもう少し時間が必要だ……」



「ラファールの言うことも分かる。俺も半年ほど王都に滞在する機会をいただき、それは思い知った。

だが、こう何度もタクヒールさまがご領地を空けなければならない事態、これはちょっとな……」



「これも先方の王より名指しの指名だ。致し方あるまい。陛下とて一度は断る方向で調整されていたというからな。陛下の御心を察して、やむを得ず引き受けられた名代よ」



「我らが主人も、外交に影響を及ぼすぐらい、大きく名を上げられている、そういうことか。

我らも一挙手一投足に気を遣わねばならんとは、面倒なことだな」



「まぁな、俺みたいな山賊顔が、特使様御一行だぜ。どう見ても柄じゃねぇ」



「ははは、だからこそ、顔に目が行かないように、この衣装をご用意されたのではないかな?」



「違いねぇ。だが、目立つのは好きだが、こういった目立ち方はちょっとな」




250騎の一群は全て軽装の鎧に身を固め、更に一番上には丈の長い、厚手で漆黒の法被を纏っていた。

更に襟の部分には、魔境に棲息する魔物の羽、漆黒と深紅が混じり合った、鮮やかな羽が縫い付けてある。


正直、異形の一行はめっちゃくちゃ目立つ。


だが、狸爺より先方の国王は、武人であり奇抜なことを好むと聞いていたので、敢えてそうした。

伊達政宗の馬揃えほど、派手にやる勇気はなかったが、それなりに自己主張を行ってみた。


通過する道々では、領民たちも目を丸くして驚いており、まぁ……、良い意味で領内の宣伝にでもなればいい、そういう考えもあったのも確かだ。



特使にのみ携行を許された王国旗は、どの関門、城砦も全て咎められることなく通過することができる。

まぁ念のため、通過する先々の領主にはきちんと先触れを出しているが。

特に敵地では余計なトラブルを起こしたくないので。


騎馬を進めること8日、その日の朝に西の国境、クランティフ辺境伯の領地に入った。

そして、ここに来て初めてトラブルに見舞われた。



「恐れながら、魔境伯閣下に申し上げます。

国境を預かるクランティフ辺境伯の職責により、フェアラート公国への贈り物を検めさせていただきたく、この旨、伏してお願い申し上げます」



やっぱり来たか。

先ずは相手国に失礼の無いよう、などと大義名分を振りかざした嫌がらせか?



「役目大儀! しかし困ったことだな。

此度の訪問は、陛下からの手土産として、私が陛下に代わり贈り物の差配を依頼されているのでな。

しかも、贈り物は『モノ』ではなく、『コト』だ。

形があるものではなく、心に響くものだからな。

残念ながら今、此処で見せること叶わぬ」



「コト? にございますか?」



「そうだ、其方は体験を人に見せることができるか?

陛下がご用意された体験、辺境伯自身が見分したいとあれば、王都で直接陛下にお願いいただくよう。

そうお伝えいただきたい。

では、我らは先を急ぐ故、この王旗に従い国境を通過させてもらうぞ」



多少強弁な気もしたが、こうして煙に巻いて国境を通過していった。

まぁ、他にも『モノ』としての贈り物はあったのだが、全てバルトの空間収納に隠されている。



辺境伯の使者を煙に巻いて、強引に騎馬を進めること半日、俺たちは国境の関門まで来ていた。


何故、朝一番で辺境伯の領地に入ったかというと、彼の領内で一泊せずに済むよう、ルートを選定していたからだ。

そのため、王都から伸びる大きな街道を避け、できる限り敵地(復権派貴族の領地)を通らぬよう、移動してきた。


そして、彼らの予想を上回る速さで西の辺境伯領を抜けると、国境にあるカイル王国側の関門を通過した。


彼らは当然、辺境伯領で最低一泊はするだろう、そう考えていたので、慌てふためいていたが、それはこっちの知った事ではない。



悠々と関門を越えた先には、もうひとつ、フェアラート公国側の設置した関門があった。

その関門前には、商人たちの長い行列ができていた。



「先ぶれからも、此処では特別対応はないと言われているようです。優先して欲しければ、対応を考えろと言われたそうです」



「クリストフ、俺は賄は送らない。堂々と並ぼう」



そちらは、フェアラート公国側の関門であり、俺たちも押し通る訳にも行かなかった。

お互いに友好国同士なので、商人の行き交いも多く、カイル王国ではスパイスの一部や、高級石鹸などがここを通じて入ってきている。



俺たちも並ぶしかないか……

そう思ったとき、関門から此方に駆けてくる兵士たちがいた。



「ソリス魔境伯閣下でいらっしゃいますな。

此度はお招きに応じていただき、誠にありがとうございます。


私は、公王陛下より饗応と道案内を命じられた、フレイム伯爵と申します。

これより道中、ご案内させていただきます」



「ありがとうございます。

ソリス・フォン・タクヒールと申します。

これより道中、お世話になります」



そこから俺たちは、フレイム伯爵の案内に従い、進んでいった。


道中、賄を求めた役人がいたことを知ったフレイム伯爵は激怒し、その場で不正を働く官吏の首を切ろうとしたが、そこは慌てて制止した。


この辺も、西の辺境伯との馴れ合いで出来た悪習だろうと思ったことと、特使の任務を早々から血で汚すことが憚られたからだ。


恐縮した伯爵をよそに、俺たちは関門の中へと歩みを進めた。



「この壁の左右には、我が国内にある魔境が広がっておりますが、魔物もこの防壁を越えることは適いません。そのため安全に通過することができます」



フレイム伯爵はそう説明しながら進んだ。



「このあたりの地形、東側の国境に似ておりますが、公王国側はかなり防備を固めていますな」



ラファールが馬を寄せてそっと呟いた。


確かに関門から先、左右を高い壁に守られた、一本道が延々と続いていた。

攻め入る時も、逆に逃げる時も、この一本道が死地となることは明らかだ。


関門を破って侵入したとして、この一本道に入る手前で大軍は停止し、少しずつしか侵入できない。

そこで密集し、混乱した所を魔法や矢で一気に殲滅されるだろう。


仮にその先に進めたとして、細長く伸びた軍列は、左右の壁の上から攻撃され、各所で分断された上でじっくり殲滅されることになる。



「ここで上から来る矢の攻撃は、俺たちが風壁で防ぐとしても、魔法の攻撃には無防備になるな。

エラン、この壁や大地を崩すことはできそうか?」



「そうですね、壁は全て石造りで積み上げられていますし、道は全て石が敷き詰められています。

地魔法でなんとかできる話じゃないですね。

脱出には壁の向こう側、魔境を抜けて関門まで進み、そこから関門を直接よじ登る以外ないでしょう。

もっとも、そちら側にも何か対策がされていると思いますが……」



エランの返答に、クリストフたちも深刻な表情で頷きあっていた。



「我々は過去200年以上、カイル王国と友好関係を保ってまいりました。

そのためこの関門は、魔物や不逞の輩が貴国に侵入しないよう防ぐことを主眼に作られております」



周囲を見る俺たちの様子を察したのか、フレイム伯爵は道すがらそう補足した。



「この関門から、公国首都フェアルまでは3日の行程ですが、先ずはこの先にある交易都市サラームにて一泊いただき、ご休息いただきます。

ご滞在中、割符をご用意しておりますので、城門は自由に通過いただけます」



「フレイム伯爵、ご配慮ありがとうございます。

できれば市場や周辺の魔境へも視察の足を延ばしたく思っていますが、よろしいですか?」



「魔境ですか?」



「はい、私共も魔境の畔に住み、共に生きる者です。

我らの王国内でも、南と東に広がる魔境では、そこに住まう魔物も、それに伴って得ることのできる素材も異なります。

そのあたりの見分を深めたい、そう思っていますが……、いかがでしょうか?」



「敢えて危険な魔境を……、魔境を友に……、ですか?

流石! 魔境伯というお名前のとおりでいらっしゃいますね。

我らが王よりは決して魔境伯の武勇を辱めないように、その点、粗相のないようにと申し付かっています。


決して無理はなされないこと

明日の出発に差し障りのない範囲であること

我が配下も同行させていただくこと

万が一の際の責任は取りかねること


これらの前提をご了承いただけるのであれば、私自身国王陛下のもと近衛騎士団にいた武人です。

魔境伯の戦いぶり、拝見させていただきたく思います」



そう言って了承してくれた。

この人も饗応役きょうおうやくを任される以上、国王からの信の厚い、そして武人だと思っていたが……

その通りだった。


俺たちはサラームの街に入り、隊を2つに分かつと、許可された範囲で早速行動を開始した。



先ずは、ヨルティアを隊長にした通商視察部隊。

アラルが兵50名を統括し、ウォルスとレイアが魔法士として付き従う。

本来はバルトもこちら側に配したかったが、諸事情があるため彼は俺に同行してもらっている。


彼女らは店舗や市を回り、産品の購入や持参した産品の販売なども行う。

バルトとヨルティアは、事前に商人を通じて公国の産品について、逆に通商可能な商品についてもアタリを付けている。


王国でもそうだが、首都の商店では中々見えてこない市井の暮らしや産品を調査する、いい機会だった。



それ以外の兵200名と魔法士たち、クレアと俺は魔境を視察する。


この魔境についても、予め商人を通じて魔物の種類などの事前調査は行っていたが、念のためフレイム伯爵や麾下の兵で、ここの魔境に知見のある者との事前打ち合わせも行った。


魔物と対する際、事前に情報のあるなしでは、対処法が大きく異なる。

魔物の特徴、危険な攻撃、逆に有効な対処法など、それらを知る知らないでは安全性が雲泥の差となる。



このようなやり取りのあと、俺たちは初めての魔境へと足を運ぶことになった。

ご覧いただきありがとうございます。


次回は『西の魔境』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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>>エストから旧コーネル子爵領を抜ける街道を真っ直ぐ南下し、王都に入る直前で街道の交差する地点を西に向かう。 エストのある旧ソリス男爵領はカイル王国の南側最辺境と過去に説明がありました。 そこから王都…
[一言] 主人公いつ魔法使えるようになるのかなぁ
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