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特別篇 終わりの始まり④(滅びの鐘は鳴る)

王都は、ヴァイス軍団長率いる18,000騎に包囲され、その終焉の時が訪れようとしていた。

本来は城門をきつく閉ざし、援軍の到来を待つべきだが、守備兵力が余りに少なすぎた。


王都を守る兵力は僅かに2,000名、頼みの王都騎士団は遠く南の国境で戦いの最中だ。

王都の危急を聞き、急ぎ駆け戻っても数日はかかる。


この事実を知る上級貴族たちは、我先にと城門を開いて、逃げ惑う領民を盾に逃亡を始めた。



「奴らは……、救いようのない阿呆だな。

主力1万は奴らが開いた城門から突入し、国王の身柄を確保せよ! 一国の王に対し無礼の無いようにな。


残った8千は4隊に別け、東西南北の各門を抑えよ。

目的は分かっておるな?


領民たちへの狼藉は許さん。

逃げる者はそのまま逃がしてやれ。

王都は、可能な限り戦禍を残さぬよう注意しろ。


貴族どもは……

抵抗すればその場で対処することを許すが、降伏した者はそれぞれ吟味にかけるため、ひとまず保護せよ。


いいか、いずれこの地はグラート陛下の治める地となることを決して忘れるな、

各位は我が言葉、しかと肝に銘じておけっ!」



「はっ! 確かに承りました!」



ヴァイス軍団長の指示のもと、各将軍たちは旗下の兵を率い、その命令の遂行するため走った。

彼らは、スーラ公国の討伐時より、ずっとヴァイスの配下であり、共に戦った者たちだ。

そのため、軍団長の意を即座に理解し行動に移った。



ヴァイス軍団長が予想したことは、暫くして現実のものとなった。

各城門が開かれ、そこから逃亡者が一気に流れ出た。



「報告します!

各門にて捕縛した貴族どものうち、侯爵を名乗る4名が降伏と閣下への取りなしを求めております。

いかがいたしますか?」



既に戦いの帰趨きすうは決し、勝利は確定していた。



「この期に及んで逃亡者が取りなしだと?

会う価値もない屑共だが、これも皇帝陛下の定めた軍法ゆえ、致し方あるまい……

ここに連れてまいれ!」



暫くして、彼ら4人は豪奢な衣服の上から縄を掛けられ、ヴァイス軍団長の前に引き立てられた。



「まだ戦いは終わっておらん。

其方らに使える時間も貴重ゆえ、言いたいことがあれば手短にな」



ヴァイスは甚だ不機嫌だった。

彼らが逃げ惑う領民たちを押しやり、財貨を満載して我先に逃亡を図っていたことも報告を受けている。



「我々は降伏し、これより閣下とグラート陛下に忠誠を誓います。

陛下がこの地を収めるにあたり、協力させていただくことをお約束する旨、申し上げに参りました」



「ほう? 協力とはいったいどのようにだ?」



ヴァイスは更に不機嫌になった。

卑怯にも逃亡を図り、捕縛されたら今度は協力だと?

どの面を下げて堂々とそんな事が言えるのだ!


だが、彼の心の内を知らぬ4名の侯爵たちは、糸口が見つかったと喜色を浮かべ話し始めた。



「はいっ!

及ばずながら我ら4名、この国では外務、軍務、商務、財務の大臣職にありましたゆえ、いささかこの国の内情に通じております。

グラート陛下におかれましては、我らの知見を新しい統治にご活用いただければ幸いです」



「我らが説得すれば、他の貴族たちも帝国になびきましょう。是非その任をお与えくだされ」



「国境で小賢しくも抵抗を図る王都騎士団も、軍務卿の職責で以て武装解除させましょう。さすればこの王国内で、閣下の軍に抵抗する者は無くなりましょう」



「王国内には密かに隠された財貨もございます。財務卿たる我が職責を以て、それらを戦費として閣下に献上いたしまする」



4人はここぞとばかりに媚を売り、堰を切ったように話し出した。

ヴァイスは目を閉じ、それらを聞き流していた。



「して、その対価に卿らは何を望む?」



「できますれば……、この縄目をお解きください。

閣下が覇業を成された暁には、我らの家門と領地、私有財産を保全すると、どうかお約束いただきたい。

先ほど我らが持ち出した品の中には、閣下にお贈りしたき品々もございますれば……」



4人の侯爵たちは、彼らを代表者する者の言葉、まいないを送る用意があることに、含みを込めた笑顔を見せた。

彼らはそれが、ヴァイスの最も嫌うことであり、自身の処分を決定付けたことだとは気付いていない。


嫌な顔だ……、見ているだけで不快だ。

そんな思いで深いため息をつき、ヴァイスは彼らを侮蔑した視線で睥睨へいげいすると、ゆっくり話し始めた。



「よく分かった。

お前たちには褒美をくれてやるとしよう」



そう言った後、配下の者に目くばせした。


軍団長の意図を悟った兵たちが、喜びの表情をした4人の侯爵たちを取り押さえ、その頭を大地に擦り付けさせた。



「貴様らは、今の言動と自らの行動で、その罪を明らかにした!


上級貴族であるだけでなく、国家の重責にありながらその誇りを失い、その役目を放棄した。

命を賭して守るべき国王も、領民すら捨てて、単に我が身の保身を図ったこと、許されることではない。


圧政と搾取、国を傾けた無能な政治の知見か?

見苦しく逃亡した、裏切り者の協力だと?

代々王国の恩を受け、忠誠を示し範となるべき上級貴族が、守るべき国王と領民を捨ててこのざまか?


そんなもの、グラート陛下の治世にいらんわっ!

貴様らに惜しむものは何もない。


いぬは王国に殉じさせてやること、それが貴様らの名誉を守るせめてもの情けだ。

褒美に剣をくれてやるので、即刻処刑しろっ!」



ヴァイスが吐き捨てるように言った言葉を、彼らは暫く理解できないでいた。

そして、押さえつけられた体をねじりながら、それぞれ抗弁を始めた。



「なっ! 無礼な!

我らは王国開闢おうこくかいびゃく以来続く、栄えある12氏族の当主だぞっ! それが帝国の礼儀かっ!」


「どうかっ!

どうか我らにもお慈悲を! せめてグラート陛下へのとりなしをお願いいたしまするっ!」


「はっ離せっ!

侯爵たるわが身を、下賤の者たちが……、ぶ、無礼であろうっ!」


「お願いにござりまする、お願いにござりまする!

せめて、我らにも公平な裁きの場をお願いしますっ」



見苦しい命乞いや、未だに立場が理解できない、身分を傘に来た彼らの言動は、ヴァイスを余計に苛立たせた。



「何をしている? さっさと済ませろ」



低く、一言だけ発した軍団長の声に、兵士たちはわめき散らす彼らを陣幕の外へと引きずり出した。

そして、その声はすぐに静まり、再び静かになった。



「奴らの首を、テイグーンで散った者たちの墓前に添えてやらねばならんな。

この国で、忠義とはなんたるかを、その奮戦を語り継いでこそ、彼らの死に報いることとなろう。


それにしても、あ奴らが国政の重責を担っていたとは、カイル王に対しいささか同情を禁じ得ないな。

間もなく……、全てが終わるか?」



静寂の中、ヴァイスはひとり呟いた。



夕闇が迫るころ、王都では王宮のある第一区を除き、第二区から第三区まで全て制圧されていた。

それでも、第一区だけは固く門を閉ざし、頑強に抵抗して侵略者の侵入を拒んでいた。



「陛下! 無念ではありますがご退去の準備を。

帝国軍の攻撃は益々激しくなっておりますゆえ……、恐らく今夜一杯にござります」



「前に爺の甲冑姿を見たのは、何十年前だったかな?

これ以上、老体に鞭打たずともよかろう。其方こそ先に落ち延びよ」



「陛下っ!」



「余はこの国の国王だからの。領民たちを見捨てて、わが身の安泰を図ることも見苦しい。

まして、ゴウラスたちが戻ってきても、余が足枷になってしまえば、王国の再建はままならん。


トンネル……、だったかの?

初代カイル王が遺した、秘密の抜け道を通って、王子たちと共に落ちのび、王国の再起を図れ」



「では、陛下もご一緒に!」



「余は王としての責任を取らねばならん。

国政を壟断ろうだんされ、成す術もなく今回の戦禍を招いたことに対して。

絶望的な状況でなお、王宮を守ってくれている兵士たちに対してもな」



「陛下、それでは王国の未来は……」



何かを言いかけたクライン公爵を制し、カイル王は言葉を続けた。



「クライン公爵、余から最後の勅命である!


直ちに妃と王子、王女を連れ、今より王都を抜け脱出せよ。脱出後は王都騎士団が健在であればそれに合流、合流できない場合は、西のフェアラート公国の宰相、元第一王子殿を頼りに落ち延び保護を求めよ。


かの御仁は若いが分別もあり、頼るだけの力もある。

きっと王子や王女の力になってくれるであろう。

我が王家と公国との縁も有る。

頼む、子らには導き手が必要じゃ。堪えてくれ」



涙にくれるクライン公爵を無理やり出立させたあと、カイル王はひとり玉座の間に戻った。

そこで暫く瞑目すると、配下の兵士を呼び寄せた。



「間もなく城門はおちるであろう?

苦しい戦いの中、其方らの奮戦、誠に見事であった。感謝する、と兵たちにも伝えて欲しい。


勅命である!

これより全ての兵の任を解く。

兵たちは今後、自身の身を守ることにのみ専念し、各自が脱出を図れ。

脱出の際、王宮には火をかけ、何も残すな!」



一方的に勅命を告げると、その兵士も退かせた。

そして、玉座を下り、先ほどまで自身が座っていた玉座に向かい、跪き礼をとった。



「歴代のカイル王に申し上げる。

皆様が営々(えいえい)と築き上げられたこの王宮も、今宵で灰燼と化します。

500余年の歴史ある王宮が、侵略者の土足で踏み躙られることを、私は見過ごすことができませんでした。

不甲斐ない我が身を、伏してお詫び申し上げます。

お叱りは、わたくしめが皆様の元に参った折、存分に受けたく思います」



そう告げたとき、王都の一角にある中央教会の鐘が鳴り渡った。

それに呼応するかのように、王宮の各所から火の手が上がり、夜空を赤く染める。



「あの鐘の音は……

まるで500余年に渡り続いた、カイル王国の終焉を惜しみ、別れを告げているようだな。

余自身、このようにあっけなく終わるとは、思ってもおらなんだがな……」



そう呟く国王がいる玉座の間にも、火の手が回り始め、壮麗な広間が炎に包まれた。



王都で王宮が炎に包まれているころ、エストの街でも最後の時を迎える者がいた。


朝方、屋敷の一角で軟禁されながら、手厚い看護を受けていたタクヒールは、乱入した兵士たちによって引きずり出され、牢に入れられていた。


突然乱入した兵士たちに取りすがり、必死で訴えかけていた緑髪の女性は、逆に凶刃に囲まれ討ち取られるところだったが、そこに躍り出た赤髪のメイドが獅子奮迅の活躍をして彼女を救った。


2人は領主が連れ去られたあと、なんとか屋敷を脱出して落ち延びることができた。



そして日が暮れ、タクヒールは牢から出され、街中の広場に設けられた処刑台に据えられた。

この時彼は、朝から乱暴な扱いを受けた結果、傷口が開き、矢傷の痛みで意識が朦朧としていた。



「これよりここエストール領領主、ソリス・タクヒール男爵の処刑を開始する!

なお、この処刑はグリフォニア帝国北方派遣兵団、ヴァイス軍団長とソリス男爵とで結ばれた以下の約定に従い実施される。


ソリス男爵は全ての戦争責任を負い公開処刑とし、男爵は所有する全ての糧食、財産を引き渡す代わりに、全ての領民の生命、財産の安全は帝国が保証する。


以上、皇帝陛下の威に服さず、エストール領に数々の災厄を招いた責任者の処刑を、皇帝陛下の代理人たるブラッドリー侯爵が宣言するものなり!」



誰かが鳴らした鐘の音が、街中に響きわたる。

鐘の音を聞き、朦朧とした意識から覚め、やっとタクヒールは自らがこれより処刑されることを自覚した。



「テイグーンで共に戦ってくれたみんな。

やっと今から……、そっちに行くよ。

ちょっと遅くなっちゃったけど、許してほしいなぁ。


アン、ミザリー、無事だったんだね? 良かった。

ローザ、クレア、……、この街のみんなも無事で良かった……、祈りをありがとう。

少し、晴れやかな、気、持ちで……」



彼の最後の呟きを聞いた者はいない。

終わることのない葬送を告げる鐘の音が、あたり一帯を包んでいた。



この瞬間、彼の身体は立ち上った炎に包まれた。

それは、この国の王が王宮で炎に包まれるのとほぼ同時だった。



突然、タクヒールの身体が不思議な光に包まれると、世界は色を失い、全てが停止した。

新しい未来(過去)を紡ぎ直すために……



歴史は、世界は、時を戻して新しい歩みを始めることになる。


新しい世界にて、彼らは異なる歴史を生き、新しい運命が紡がれていくことになる。

ご覧いただきありがとうございます。

今回の投稿で4話続いた特別編は終了となります。


感想やご意見でも、前回の歴史について言及してくださった方もたくさんいらっしゃいました。


この機会に細かく紐解いてみましたが、書いている自分自身、少し悲しくなった展開になりました。


ただ…


団長は前回の歴史でもタクヒールを買っていたこと、

望んで処刑した訳ではないこと、

前回もこの2人に何らかの絆があったこと、

女性以外の仲間とも、実は絆があったことなど、


これまでずっと内に秘めていた内容について、この機会に紹介させていただくことが叶い、少し胸の支えが取れた思いもあります。


次回以降、2回に渡る登場人物紹介の後、本編のお話に戻り『予想外の招待状』を投稿予定です。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
結局要らん事して自爆した結果、 巻き戻し前より自分たちが追い詰められた状況になってんのか闇の末裔······
[一言] なるほど。世界線移動じゃなくて「巻き戻し」なんですね。
[一言] 一周目の人生もよくやったよ。 戦争、自然災害、疫病で領地、領民、家族が悲惨な目にあっているのにここまで慕われていた訳だしな。
感想一覧
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