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特別篇 終わりの始まり③(闇の介入)

四話構成の特別篇の三話目となります。

少し本編から離れていますが、暫くお付き合いください。

フランの町は大混乱だった。

テイグーンより逃げ出した人々から、ことの次第を知り、町から逃げ出す人々で街道は人馬で溢れていた。


テイグーンの防衛線より搬送されたタクヒールも、ここで初めて目を覚ました。

幸い、マリアンヌの適切な処置と、フランでの治療のお陰でなんとか命を取り留めていた。



「みんな済まない……

俺だけ……、生き残っても意味がないじゃないか?」



そう呟くと、涙を流しながら瞑目し、彼らに祈りを捧げた。



「いや……、まだ命の使い道はあるか?

相手次第だけど、折角救ってもらった命だ。有効に使わないと彼らに申し訳ないな。

彼らのお陰で避難民たちはここまで来れた。

もう王国への義理は果たしたし、あとは、エストール領の領民を救うことが残された仕事だな」



そう言って立ち上がると、身体中の痛みに耐えながら、無謀にも馬に乗りテイグーン方面へと駆け出していった。



ヴァイス軍団長率いる1万騎の部隊は、テイグーンに負傷者と連絡部隊、計500名を残し、フランにて分散した軍と合流するため、全軍で北上を開始していた。



「報告しますっ!

ソリス男爵と名乗る者、単身で白旗を掲げ、こちらに参っております。

降伏に関する交渉を、と申して軍団長への面会を希望しております。如何いたしますか?」



「今更降伏だと?

あの者たちが戦った戦場を逃げ出してか! 見下げた恥知らずだな……

こんな奴らが貴族として上に立っているから、この国は……、何も昔と変わってないということか?

まぁいいだろう。奴には彼らに謝罪させてやろう。

連れて参れ!」



不愉快だが、降伏した者への最低限の対応、引見し話を聞くことは、第三皇子時代だったころからのグラート皇帝が定めた軍法だ。

しぶしぶ、ヴァイス軍団長は面会を許した。



タクヒールが引見の場に案内されるとまず驚いた。


彼らは進軍の途中にあった筈だ。

この短時間で、簡易ではあるが座をこしらえたということか?

こういった対応すら慣れているのか?


そう考えている時、見知っている顔が居並ぶ敵将の中にあり、言葉を失った。

薄ら笑いを浮かべ、見下す様に見つめる顔は、思い出したくもないが、決して忘れる顔ではなかった。



『エロール!

何で奴がここに、帝国の諸将に顔を並べている?

……、そう言う事か!

魔境を抜けて来たのも、この侵攻の素早さも、裏切り者の奴の手引きなのか!』



エロールを睨みつけるタクヒールを見ながら、ヴァイス軍団長は声を発した。



「発言を許可する、其方の存念を述べよ」



「機会をいただき、誠にありがとうございます。

男爵としてこの地を預かっております、ソリス・タクヒールと申します。

わが領地は、閣下に対し降伏することをお伝えしに参りました。

その代わり、お願いがございます……」



「ふっ、命乞いか?

ソリス男爵よ、見苦しいとは思わなかったのか?」



「恐れ入ります。

閣下のお言葉、正解であり、正解ではございません。

わが領地は閣下に降伏し、ソリス家の全ての財貨、これから収穫され、税として納められるべき全ての穀物を提供させていただきます。

また、それらが確実に行われるよう、私が責任を持って執り計らいます。


お願いとは、それ以外のもの、本来領民が受け取るべき収穫物に関しては徴発することなく、我が家の財貨を対価として、お買い上げいただき、領民の暮らしを保証いただくこと、領民から略奪を行わないようにしていただきたいこと、この点、どうか伏してお願いいたします。


その代わり、罪は私の命を以て贖います」



「なに? どういうことだ?

其方は、全ての財貨と自身の命を以て、領民を救って欲しい、そう言っているのか?」



「はい、テイグーンの戦いも、領民が避難するための時間を稼ぐためのものでした。

私はそこで死に損ないました。

無事、領民の避難も完了した今、彼らに預けられたこの命、領民たちを救うため使いたく思います。

それを以って彼らには、不甲斐ない領主であったこと、死して彼らに詫びようと思っています。

な、何卒、よ、ろ……」



そこまで言うと、タクヒール倒れた。

そして、倒れた彼の衣服には、何か所から血が滲んでいた。



逃げ出したのではなく、深手を負い逃されたのか?

その身を押して、領民を救いたい一心で、これを告げるためここまで単身で……


そう考えると、ヴァイスは彼を見る目が変わった。

そして、古い記憶、自身が故国であるこの国を出て、グリフォニア帝国へと渡った経緯を思い出した。


この国に、領民を救うため、命を投げ出す貴族が居たとはな……

私利私欲に走り、馬鹿な貴族しか見てこなかったが、こんな男がいたなら、我が傭兵団も……



惜しいな……、こういった男が辺境のいち男爵にしか過ぎないから、この国は滅ぶということか?

グラート陛下の統治する新しい国、その治世の一翼を担うことこそ、このような男に相応しい待遇なのではないか?


暫し瞑目してから、彼は決断した。



「グリフォニア帝国北方派遣兵団軍団長として命ずる! 降伏の交渉は成った。

これより一切の暴行、略奪、徴発、押し買いを禁じ、この禁を破った者、狼藉を働いた者は、帝国の栄誉を穢した者として直ちに処断する!

全軍に徹底させよ、2度とは言わんぞ!」



そして倒れたソリス男爵を見据えて続けた。



「すぐ手当をしてやれ。丁重にな。

フランまでは荷駄に乗せ運んでやるがいい。

決して……、彼の貴族としての名誉を穢さぬようにな。

男爵が早まったことをしないよう注意し、無礼な真似は罷りならんぞ。

このこと、強く心得よ!」



このように高潔な男だ。

王国にはまだ忠義を尽くすし、遠慮もあるだろう。


それまでは礼を尽くして軟禁し、王国が滅びてのち、この国の民に尽くす機会を与えれば、良いことだ。

領民を想う彼の気持ちがあれば……、何とかなるか?


手当をされ、運び出される彼を見ながら、ヴァイスはそう思っていた。



タクヒールが降伏したのち、帝国軍の移動、食糧の補給などを含め、全てが混乱なく行われた。

事前に領主より布告がなされていたせいか、領民達の混乱も少なかった。


帝国軍の軍律は厳格であり、略奪暴行なども一切無かったことも、領民たちを安心させた。

帝国兵は何かを買う際も、きちんと対価を支払った。


ヴァイス軍団長は、エストに僅か1日だけ滞在した後、後事を信頼できる配下に託し、1,500名の兵を残すと、再び征旅の途についた。



入れ替わりにエストにやって来たのは、国境からはるばる彼を追い、ほうほうの体で駆けつけたブラッドリー侯爵だった。



「何だとっ!

折角領地を切り取りながら、略奪を禁じるとはどう言うことだ? 軍団長は何を考えておる!」



彼は怒り狂った。

必死で追い縋って来たため、補給部隊は付いて来れずに途中で置いて来ていた。


やっとのことで、それなりの街に着いたのに、対価を払わないと食糧すら調達できないと言う。

これでは侵略して来た意味がない。



「軍団長は軍律に厳しく、これは陛下の軍法にもあります。

やんごとなきが身分の方でも、これは陛下の勅命と同じ、そう考えていただく必要がございます。

どうか閣下の兵にもこのこと、必ずお伝えください。違反者は、弁解の余地なく即刻処刑されます」



抗議に行ったが、逆にヴァイス軍団長が残した兵站責任者に脅される始末であった。



「一度切り結んでおいて降伏とは不甲斐ない。此方は補給もままならず、この有様ではないか!

命惜しさに領地を売るとは、恥知らずな奴めっ。そ奴の浅知恵に振り回されるなど我慢がならんわ!」


人目を憚らずこの地の領主タクヒールを罵ると、まともな補給もできない彼は、エストに居座ることとなった。



王都に向かい進軍する18,000騎の軍団は、誰もが予想しない速度で侵攻した。


途中にあった各領地の貴族たちは、一戦もすることなく、その多くがただ慌てて逃げ出した。

まるで無人の野を征くが如く、彼らはカイル王国中心部まで進み、エストから僅か4日で、王都のすぐ手前まで来ていた。



「奴らは一体何を考えておるのだ?

国境で戦いが起きていると言うのに、全く無警戒で、どこ吹く風と、我らの侵攻すら気付いておらんではないか」



ヴァイスは呆れて側近に告げた。



「ですな、本日通過した貴族など、我々が侵攻している報告と我々の到着が同時で、無様に慌てふためいておりましたからな」



「味方に警鐘を鳴らすことすらせず、我先に逃げ出す奴らばかりだ。こんな貴族どもに仕える領民こそ哀れでならんな。だが、商人どもは流石だな。

行く先々で我らを待ち受け、無償で物資を提供してくれるため、全く補給を待たずに進軍できたわ。

明日はいよいよ王都か?」



「はい、明日にはこの王国も滅亡となりましょう。

頼みの綱の王都騎士団は、今頃慌てふためいて軍を返している途上か、まだ夢中でサザンゲートの砦を攻めておりましょう。

きっと商人共は敏感にこのことを嗅ぎつけ、未来への投資とでも考え勤しんでおるのでしょう」



帝国軍は明日の王都総攻撃に備え、早めに休息に入っていた。

そして、夜も更けたころ、彼らの陣幕に怪しい人影が現れ、ひとつの天幕の中に吸い込まれた。



「老師、ここまでご足労いただき、感謝いたします。

いよいよ明日、我らの悲願である王国の滅亡と、長年待ち望んだ新しい未来が始まることでしょう」



「エロールよ、よくやった。

これで第一段階は完了するであろう。そして、次の布石も打っておくべきじゃが……

そちらの方はどうなっておる?」



「はい、今、エストにはうってつけの男がおります。

あ奴めに我らの意に添い動くよう偽りの情報を流し、加えて闇魔法で暗示を掛けております。

間もなく暴発することでしょう。


帝国の奴ら、特に軍団長はあの無能者を気に入っているようです。

逆に、我らの操り人形は、無能者に並々ならぬ憎しみを抱いておりますす。

何の取柄もない無能者が、最後になって我らの役に立ってくれました」



「それは誠に良い知らせじゃな。

奴らには無慈悲な侵略者として名を残してもらわねばならんでな。

我らが新しき世を作るため、反撃の狼煙を上げる日まで、民の憎悪は積み重ねられねばならん。

其方の策は、帝国側にも新たな確執の楔を打ち込み、離間を進めるということじゃな?」



「はい、奴は今頃、エストで暴発しているころでしょう。

先ずはエストで、その後各地で、奴は降伏した領主を血祭りにし、領民どもには略奪の限りを尽くして行くでしょう。

その名ブラッドが示す通り、血に濡れた侯爵となって……」



「ふふふ、ブラッドリーが転じて、帝国のブラディ(血まみれ)侯爵か。

名は体を表すという。よい働きをしてくれそうだな。

では、引き続き頼むぞ」



「はっ、我らの未来のために」



その後一瞬、周囲の暗闇が深く広がったかと思うと、老人の姿は消えていた。



翌朝、エストではブラッドリー侯爵の兵たちが慌ただしく動き始めた。



「侯爵、一体これはどういうことです?

軍団長閣下のご指示もなく、ソリス男爵の身柄を拘束し、どちらに連れていかれるおつもりか?」



「儂は軍団長の支援をしているまでじゃ。

聞くところによると、彼の者は領民を苦しめ、この領地を困窮させた元凶というではないか?

ここで処刑し、領民たちにも溜飲を下げさせてやろうと思ってな」



「な……、何を仰います!

軍団長閣下は、ソリス男爵を厚く遇し貴族としての名誉を損なわぬようにと、きつく仰っています。

それは余りにもご無体。

軍団長閣下の御意をなんと心得られますか!」



「ほっほっほっ、貴族としての名誉じゃと?

貴族でもない下賤の身、傭兵なんぞの出自であるお方が、貴族の名誉と申されるとは片腹痛いわ!


一度切り結んだ敵の虜囚となることが名誉じゃと?

敵軍に物資を融通し、わが身の保身を図ることが名誉とでも言うのか?

それに本人も死を望んでいると言うではないか!


栄えある侯爵家当主の私が、彼の名誉を守ってやるのだ。将軍でもない其方の差し出口は許さん。

今夜、男爵の処刑を行う! 逆らえば同罪じゃ!」



こう告げるとブラッドリー侯爵は、それでも頑として譲らない男を捕縛し投獄した。



そして、この日に執り行われる、公開処刑の通達とその準備に取り掛かった。

ご覧いただきありがとうございます。


第二百話より特別編を4回に分けて投稿しています。

内容は本連載の少し前、プロローグに至る経緯の内容です。

2回目の世界が終焉に至る経緯と、帝国や王国(エストール領)の動向など、詳しく綴っていく予定です。


特別篇 終わりの始まり第四話は、『滅びの鐘は鳴る』を投稿予定です。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

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