第二百話(カイル歴511年:18歳)闇は途絶えず
カイル王国のとある貴族の居館、その地下に設けられた薄暗い一室に、長く監禁されていた男がいた。
一年以上前に、当主を頼り密かに訪れて以降、ずっとそこに監禁されていたため、貴公子然とした容姿も伸び放題の髪や髭で、さながら山賊のように変わり果てていた。
「これはこれは、閣下が自ら訪問されるとは珍しいことですな。以前は……、半年ほど前でしたかな?
そろそろ私の提案を、お聞きいただけるようになりましたでしょうか?」
「ふん、其方は王国の大罪人であるぞ。自身の立場を分かっているのか?」
「もちろんです。大罪人たる私を1年にも渡り、王国に引き渡すことなく留め置かれた閣下のお気持ち、
十分に分かっておりますとも。
閣下のお心は揺れております。その奥深くにあるもの、栄誉ある家系の再興を願われていらっしゃる。
だが、それに対し今の現状は、余りに冷たく、そして厳しいこと、お察し申し上げます」
「貴様に何が分かる!」
「分かりますとも。閣下のお心は、無念、絶望、嫉妬などにさいなまれ、揺れておいでです。
私どもは、閣下の大願を成就させる手助けができます」
「ふん、お主ら親子は、そうやってゴーヨクを手懐けたのか? 本来、欲だけしか能の無かった愚か者を」
「あ奴らは、役者として力不足も甚だしく、せっかくの良い筋書も演じ切る器ではございませんでした。
一方は策を弄することに夢中になり、最後は自らの策に溺れ、哀れな末路を迎えました。
片やもう一方は、己の欲で自分を見失い大義を忘れ、行うべき優先順位を誤り、惨めに滅びました。
器に応じた、自業自得であったと言わざるを得ません。
ですが閣下は違う。
私の言葉も、俄かに信じることなく、慎重にずっと様子を見て来られた。我らが共に歩みたい、そう考えるのは、慎重さと優秀さを兼ね備えたお方のみ。
あのような馬鹿者ではございません」
「ほう? 実の父と、形式上とはいえ、盟主に祭り上げた男を、よく言ったものだな」
そう言うと改めて男を見つめた。
一年に渡り監禁されているにも関わらず、この男は生気に満ち、言動にも全く衰えがない。
その得体の知れない様子には、少しばかり恐怖を覚える感覚さえ湧き起こる。
「我らは大罪人、そう呼ばれることには、何の呵責もございません。
時代が変わればその罪自体、評価が変わります。
魔の民を簒奪し、この国を掠め取った初代カイル王すら、視点を変えれば大罪人でございます。
我らはそれと同じ立場にいるに過ぎません」
「ほう? 自らの行いをそう肯定するか。
だが、其方たちの企みが成功することと、歴史から評価を受けることは違うであろう?
そもそも貴様らは何をしたいのだ?
この国を覆すことに意味はあるのか?」
「意味など、それぞれの思いは異なりましょう。
先ずは勝つことにござります。勝つ流れに乗ってこそ謀は意味を持ちます。
この国の命運は既に尽きております。
閣下はそのことを感じ、長年望まれた夢の成就も叶わないこと、不安を感じられていることでしょう。
謀は勝つために行うもの。
この先勝利することで、閣下の夢は叶う道が開けましょう。そのためにこそ、謀があるのです。
そして、それを行うのにまだ時間はございます」
「……」
「形式だけとは言え、あ奴は既に爵位でいえば、閣下と同格、そしてそれは今時点でのお話です。
万が一、次の戦いに勝ちでもすれば、その差はもはや絶望的になることでしょう。
ご家名と、お家の栄誉の復活を願っておられるならば、いつでも私をお尋ねください。
私であれば、閣下のお力になれます」
そこまで聞くと、この館の当主は男を地下の部屋に残し、踵を返していった。
後には、薄ら笑いをする男が残っていた。
※
館の当主が去り、その男以外部屋から誰も居なくなったのを確認すると、男はおもむろに部屋の脇に進み膝を付いた。
「老子、わざわざのお運び、誠にありがとうございます」
「リュグナーよ、久しいな。
儂の隠形を見破るとは……、見事じゃな。
其方の闇魔法、そして纏う闇は更に深くなったということか。既に父を超えておったようじゃな?
して、奴の感触はどうじゃな?
宿り木としての価値、そうなる可能性について思う所を述べてみよ」
「はっ! 奴は父と違い頭も回ります。
今は悩んでおりますが、相当揺れておりますゆえ、恐らくは、近いうちに堕ちるでしょう。
奴自身、自覚はしておりませんが、既に重大な罪を犯し、王国に叛旗を翻したも同然です。
大罪人の私を、王国に突き出すことなく匿っております。これはもう言い逃れのできぬ事実。
奴は小心者です。
心に潜む本心に向き合うこともできず、体面を気にして揺れております。ですが、あの真っすぐな気性は、墜ちれば深く染まりましょう。
良い宿り木として……」
「ふむ……、儂は間違っておったのかも知れんな。
其方の父に、我らの未来を託すのではなく、もっと早く其方に託すべきじゃった」
「もったいないお言葉、ありがとうございます。
ですがお気になさらぬよう。これまでの失態は、闇の中の膿を絞り出しただけでございます。
数年もせぬうち、今度こそこの国は滅びましょう」
「ふん、頼もしいの。
帝国の方でも、多少の手違いはあったが、概ね我らが望んだ方向に動いておる。
期限は、およそ2年後かの?」
「しかと承知しました。
2年後までには、あ奴はしっかり躾ておきます」
「これまでにも、幾度となく邪魔者が入った。
我らの筋書きを変え、異なった歴史に塗り替える者の存在がな。次回こそは、念には念を入れんとな」
「はい、あの兄弟には我らも散々煮え湯を飲まされました。奴らを血祭りにあげること、それだけが我が望みにございます」
「だが一方は光、そして弟にも光の使い手がおるようじゃ。光の氏族が持っておった、闇を祓う光、それを復活させたやも知れん。
其方の父の最後、あれは相当の光を身に受けたのであろう。そうでないと、あの様子は考えられぬ。
其方も気を付けることだ。光と……
まぁもうひとつは、もはやその可能性は無かろう」
「はっ! 今後も細心の注意を払ってまいります」
「所で其方の提案しておった、かの国じゃが……
儂の方で動いておるが、まずまずといったとこかの。2年後を見据えて動けば、なんとかなろう」
「ありがとうございます。
老師のお言葉をお借りすれば、策は二重三重に打っておくものと存じます。
帝国にも我らの策を邪魔だてする者がおりますれば……」
「そうじゃな。あの小僧さえおらなんだら……
奴が邪魔だてせなんだら、お主の父の策略は成功しておったわ。
帝国軍が十分な体制を整えておれば、光は援軍にも出られず、テイグーンは失陥していた。
テイグーンが失陥すれば、他の地の戦況も有利に進んだであろう。例えゴーヨクめが敗れてもな。
さすれば、帝国軍は国境を越え南の地を蹂躙できた。
前回の失策は、奴を軽んじ見誤っておったことじゃ」
「はい、ですが次回は違います。
我らは奴の存在すら計算に入れて、新たな手を打っております。さすればきっと……」
「では、まずは新しい宿り木の件、其方に一任する。
年内にかたを付ければ、其方にはもう一つ先の手、自身が提案していた策のため西へ動いてもらう。
最終的にはそちらの指揮を任せることになるでな。
しかと頼むぞ」
「はっ! 確かに承りました」
テイグーン攻略に失敗し、魔境へと落ち延びたリュグナーは、その野望を朽ち果てさせることなく、さらに大きな策謀を胸に抱き、本懐を遂げようと蠢動していた。
タクヒールたちが想像すらしていない、過去の歴史にはなかった新たな策謀を胸に秘めて。
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次回は【間話7とある伯爵の憂鬱】を投稿予定です。
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