第百九十九話(カイル歴511年:18歳)南部諸侯会議
グリフォニア帝国の帝都グリフィンにて、カイル王国の運命を左右する重要な決定がなされていたころ……
サザンゲート平原の最南部、国境近くに新たに築かれた要塞では、その完成を祝い、王国南部辺境域の防衛を担う者たちが参集し、今後の戦略を議論する会議が行われていた。
主催するのは、ハストブルグ辺境伯だが、会議には王都騎士団長である、ゴウラス伯爵も招かれていた。
参加者は、これまでの戦役を潜り抜けた、錚々たる顔ぶれだった。
ハストブルグ辺境伯
ソリス魔境伯
ゴウラス伯爵
ゴーマン伯爵
ソリス伯爵
キリアス子爵
コーネル子爵
ソリス子爵
クライツ男爵
ボールド男爵
ヘラルド男爵
ヴァイス男爵
カッパー男爵
「さて、早速だが王国防衛に関する今後の指針を、この会議にて議論したい。
まず、ソリス魔境伯から、各々方には話がある。
それを受けて議論を進めたいと思う」
「ハストブルグ辺境伯、ありがとうございます。
まず、前提として皆様に共有すべき情報があります。来年末に帝国との休戦協定が切れれば、1年を待たずして帝国が大挙して侵攻して来る事がほぼ確実です。その数、恐らく5万を超えるかも知れません……」
「ご、5万っ!」
「なんと……」
「いや、それは……」
全員が5万という数字に絶句した。
「皆さまもご存じの通り、昨年私は陛下のご意向に沿い、帝国のジークハルト・フォー・ケンプファー子爵を、テイグーンにて受け入れ、話す機会を得ました。
そこでの話と、これまでの諜報を合わせた予測です。帝国は、皇位継承争いを最終決定する場として、我らとの戦いを求めて来ることになると思われます。
その際には、第一皇子、第三皇子が共に攻め入り、功を競い合うことになるでしょう。そうなれば、敵軍は自ずと5万を超える軍勢となります」
「ふむ、片方だけでも厄介な相手だというのに……、厄介な話じゃな。困ったものじゃな。
各々が新領地の経営に精を出し、兵力の充実に努めてはおるが、2年後であればまだ時間が足らぬわ。
せいぜい頑張って我らは1万5千もいかんだろうな。
ゴウラス殿の援軍頼み、そうなるかの」
ハストブルグ辺境伯はそう言っていたが、敢えて一番の懸念を言葉にするのは避けている。
「私は先程の魔境伯のお話、俄かに賛同しかねます。そもそも不倶戴天の敵同士、2人の皇子が共同戦線をとり、共に攻めて来るなど考えにくいのですが……」
「キリアス子爵のお言葉はもっともです。もちろん彼らは最初から協力する意思など全くないと思います。
恐らく、彼らはこの要塞の前に抑えの兵を配し、それぞれが左右から王都を目指してくるでしょう。
彼らにとって王都を攻略する戦功こそが、継承者たる証として他方を圧倒できるのですから」
「そうなると、我ら騎士団も簡単には動けぬ、そういうことか? 王都の守りもあるため、前線参加できないまま、前線は圧倒的な大軍の波に飲まれ……」
ゴウラス騎士団長も青ざめていた。
彼らが大軍の利を生かし、分散して攻略を進めれば、騎士団は王都を離れられない。
「はい、我々はこの最悪の事態を考慮し、その対策を2年以内に整える必要があると考えます。
帝国にも弱みがあります。彼らは連携し協力する意思がなく、互いに競争していることです。
彼らは自ずと、外線作戦を取らざるを得ません。
そのため、数の利を損ない連携もできません。
我々の強みは、内線作戦が取れることです。
戦況に応じて戦線を縮小し、一点から食い破ること。
そうすれば、敵軍の後背を扼して退路を断つことができます」
集まった全員が、国境から王都までの地図を頭に浮かべながら、帝国の動きに想像を巡らす。
「団長、この辺りご指摘など有れば、お願いします」
「はい、帝国の動きは魔境伯の仰った通りです。
恐らく彼らは、1万から2万の軍勢を中央軍とし、この要塞を囲み無力化するでしょうね。
落とさなくて良いのです。包囲して無力化し、ついでに辺境騎士団も封じ込めるだけで効果があります。
そのため我らは、辺境騎士団の配置を改めて検討すべきでしょう。機動戦力を遊兵としないように。
要塞には、弓箭兵を主軸に配し、守りだけに専念することが妥当であると考えます」
そう、これって凄く言いにくいんだよね。
要塞完成を祝う場なのに、要塞の存在を否定しかねない話だから……
楔としては、十分に役に立つんだけどね。
楔以上は厳しいけれど。
「敵の本隊、各皇子の指揮する打撃部隊は、各々2万から3万の兵で左翼と右翼に別れ進軍するでしょう。
それぞれの地に広がる、魔境を抜けて。
敵左翼は、テイグーン又は旧ヒヨリミ領から侵入し、エスト方面を抜けて一気に王都を目指すでしょう。
王都までの道は、目立った防衛施設もありません。収穫の時期に侵攻すれば、補給も現地調達できます」
うん、これは前回の歴史で実際に団長が採った戦術であり、それもあって俺は敢えて団長に意見を聞いた。
これを聞き、父ソリス伯爵とコーネル子爵が表情を強張らせた。
「敵左翼軍の対応については、我々も前回の侵攻以降も、準備を整え対策を練っております。
2万から3万程度の軍勢なら、十分支え切れるとお約束できます。問題は……」
そう、俺は言葉を濁したが問題は敵右翼への対処だ。
キリアス子爵は有能な武将であり、率いるクライツ、ボールド、ヘラルド男爵たちも経験豊かで信頼できる武将だが、いかんせん数が圧倒的に足らない。
そして西側の俺たちに比べ、数が少ないだけでなく、目立った防衛施設もない。
「敵右翼部隊は、キリアス子爵の領地を抜けたとしても、王都を目指すには結局、ブルグ辺りで中央の街道に戻ることになるじゃろうな?
それ以外の道は、大軍の移動には向かんじゃろう。
どうじゃな、キリアス?」
「辺境伯の仰せの通り、数の差は如何ともし難い、そう思います。我らは順次撤退を行い、焦土戦術を執る以外に選択肢はないようです。
誠に……、無念ではありますが」
「儂配下の歩兵を全て、ここの守りに当てるとして、辺境騎士団4千騎と、東部諸侯軍が最大でも1,500名、6千足らずの軍勢で右翼軍に対するには、ちと厳しいものがあるな?」
「辺境伯、今の想定中での仮定の話ですが、魔境伯が敵左翼を抑えてくれるのであれば、王都騎士団から2万騎を派遣し、協力して敵右翼と対峙できます。
それなら、互角以上の戦いができると思われます。
先年、それなりの働きをした、東部地区の貴族たちの軍勢も召集すれば、更に5千は援軍となりましょう。
併せて3万、これで敵に当たれば、撃退は可能と思われます。ただこれは、魔境伯と西側のゴーマン伯爵、ソリス伯爵、コーネル子爵らが、敵左翼を支えてくれることが前提です。さもなくば、我らの戦線は崩壊します」
「我らは日夜、その日のために訓練と準備を行っております。弓箭兵に加え、魔法士たちの力を戦力に融合すれば、騎士団長閣下のご期待に添い、必ず持ちこたえるとお約束します」
団長は胸を張ってそれに答えてくれた。
「私からもひとつ。焦土作戦を取る場合、敵の補給線は国境からそれなりに長くなります。
辺境騎士団第六軍、第七軍を遊撃隊として、敵の補給線を叩きます。
そうすれば敵は行動不能に陥り、撤退を促すことができるかも知れません。
また、東の魔境の中に密かに我らの拠点を構築し、そこから出撃した部隊が右翼軍の後背を叩く。
これも検討すべきことだと思います。
私やカッパー殿は魔境での行動にも慣れております。存分に暴れてみせましょう。
学園に依頼し、地魔法士を中心に魔法士を動員すれば、それなりの秘匿拠点の建設もできると思います」
「確かに! ダレク卿の言は良いの。
ゴウラス殿、王都騎士団からもお借りできるかの?
西側は今も魔法士が必要で貸し出している余裕もなかろう。なので王都や学園からお借りしたいが……」
「そうですな。王都騎士団所属の魔法士は問題ないでしょう。後は……、クライン公爵に相談ですが……、恐らく問題ないでしょう。
既に勅令魔法士や学生を、研修という名目で魔境伯領での動員事例もありますからね。
ダレク卿、其方も学園の卒業生であり学園長とも親しい仲、直接相談されるのも良かろう」
「ゴウラス閣下、ありがとうございます。
では、学園長と最も昵懇の仲であり、今も在学中の魔境伯と共に、王都にお願いに参ると致します」
「???」
兄さん、また巻き込みましたね?
狸爺の相手が苦手だからって……、酷くないですか?
まぁ俺も苦手なので、そういう時は狸退治名人を連れて行くことになると思うけど……
「では各々、その日に備え、対応と作戦を整える。
御一同、それで良いかな。
他に何かある者は……、ん、魔境伯、どうした?」
「はい、今日のお話と少し趣旨は異なるのですが、近年の天候と、文献にある情報を照らし合わせてみたところ、今年、または来年あたりに、天災の可能性があると危惧しております。
大雨による水害か、大規模な干ばつなどによる凶作か……
我らもその準備と対策に動いておりますが、皆様方におかれましても、内々に食料の備蓄や対策を進めていただくよう提案します」
俺の発言で、父ソリス伯爵とゴーマン伯爵は表情を変えた。過去、俺が発した災厄の経緯を知っているからだ。彼らにとってはもう確定情報だ。
2人は無言で頷き、了解した旨を示してくれた。
コーネル子爵も、多少の経緯は知っているはずだし、母から後押ししてもらえば真剣に動くだろう。
「やれやれ、難儀なことじゃな。
じゃが、魔境伯の言葉、軽く思わん方が良いぞ。
先の疫病の件もある。各々、真剣に準備に努めよ」
最後に辺境伯が後押ししてくれたので、恐らく大丈夫だろう。
過去の経験から、仮に災厄を回避しても、それは隣領などに飛び火し、歴史は等量の被害を確保しようと流れてきた。
遠く離れた辺境伯領や東側の貴族領でも安心はできない。
仮にどこかの領地で被害があっても、周りが十分な備蓄を用意していれば、互いに助け合うことができる。
来るべき帝国との戦いを前に、俺はできる限り、戦力低下となる要因を潰しておきたかった。
こうして俺は、周辺貴族を巻き込んで、最大の危機に向けて動き出していた。
歴史に対して、完全勝利を目指して。
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次回は【闇は途絶えず】を投稿予定です。
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