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【6巻11/15発売】2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。~歴史知識と内政努力で不幸な歴史の改変に挑みます~【コミック2巻発売中】  作者: take4
第七章 魔境伯編(躍進の開始)

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第百九十八話(カイル歴511年:18歳)ふたりの皇子

年が明け、グリフォニア帝国帝都グリフィンでは、恒例の皇位継承者選定会議が行われていた。


選定会議と目されているが、決定的な選定理由がない限り、各候補がこれまでの戦果を報告し、対立陣営にそれを示すこと、中立派の質問や意見に答える以外は、毎年、候補者陣営同士のけなしあい、相手の足を引っ張り貶める場になっていた。



皇位継承候補のひとり、いや、現時点で最有力と目されている第三皇子グラートは、毎年行われるこの会議が憂鬱であった。



「まったく、暇な奴らだ。

ここに居る奴らの殆どは、戦場で汗を流すこともなく、自身の政治ごっこに興じていやがる。

決定的な理由があって初めて会議を開けばよかろう。

前線を離れ、毎回奴らの暇つぶしに付き合わされるのは、たまったものではないわ。

なぁ、其方もそう思うであろう?」



第三皇子は小声で隣に座る者に言葉を吐いた。

今年の会議では、嫌がる本人の意向を無視して、彼は腹心のジークハルトを伴っていた。



「その不毛な会議に、僕を無理やり連れてこられたのは、どなたでしたっけ?

やっと色々軌道に乗って、ゆっくり寝ていられると思ったのに……」



皇族に対して、臆することなく惰眠を妨げられたと訴えられる男は、彼ぐらいだろう。

第三皇子は、周囲からは変わり者と呼ばれる彼を重用し、すこぶる気に入っていた。



「いや、お前がいてくれれば狸対策も安心だしな。

前線でゆっくりしていたければ、お前以上の狐を見つけてきてくれ。そしたら惰眠も許してやるよ」



「僕が狐ですか? ひどいなぁ」



「大胆不敵、遠謀深慮、神出鬼没、どの言葉もお前の正体を知る者からすれば相応しい表現だろう?

狐自体は、巧妙にその正体を欺き、惰弱に化けている故、大多数の者が誤った認識を持っているがな」



事実、ジークハルトのお陰で、宮廷工作、カイル王国への対応は予想以上に進展し、隣国の内乱に乗じ逆転を図った、第一皇子陣営の思惑を見事に潰せている。


彼らの資金を奪い、委任統治する領地(旧ゴート辺境伯領)を豊かにするというオマケも付けて。

砂糖販売による資金調達も順調で、ここ数年は戦費に事欠くこともない。



「今日の会議、俺は何も言わんので、頼む」



「承知しました」



ふたりはこの短いやり取りで、お互いに全てを了解しあった。



各陣営の報告は順調に終わり、会議はそれぞれの質問と議論けなしあいに移った。

彼らにとって、本当の闘いはこれから始まる。



「グラート殿下(第三皇子)にお聞きしたい。

先ほどスーラ公国との戦況は順調に推移しており、ある程度占領が進めば、休戦協定を締結し領土の割譲を引き出す予定、そう報告をいただいたが、それはどういうご了見なのか?

まさかもう戦いにまれたのですかな?

このまま一気に、公国を占領するまで軍を進められても良いと思われますが?」



「殿下に代わってお答えします。


スーラ公国の版図は広大であり、兵は精鋭揃いです。

このまま首都まで軍を進めるとなると、こちらも相応の被害を覚悟せねばなりません。そして、正面から攻め上るには強固な要塞線を突破する必要があります。


優秀な将軍率いる大規模な別動隊を組織し、敵中を迂回し、側背から攻略できれば話は別ですが……


もし、公国の滅亡をお望みなら、貴方を別動隊の司令官に任じ、その栄誉をお譲りしますよ。

まぁ、常識で考えれば別動隊の全滅は必至ですが」



「なっ……」



質問した者は言葉に詰まり沈黙した。

そんな自らの命の危険を顧みず、無謀な作戦を指揮して、やり遂げる能力のある者などそうそういない。

ジークハルトは言葉を続ける。



「本来、スーラ公国との戦いは防衛戦だった筈です。

撃退したことに加え、かの国の版図の三分の一でも得ることができれば、文句の付けようのない戦果と思われます。もしそれ以上を望まれるのであれば、それが実現可能なことを自らで以てお示しいただかないと」



質問者が完全に沈黙してしまったのを見兼ねて、代わって質問する者が出てきた。



「では、南、スーラ公国との戦線が安定すれば、グラート殿下は兵を転じ、北を攻めると?」



「失礼ながらハーリー公爵、何のために?」



「当然であろう?

我らは南だけでなく、北にも火種を抱えておる。

過去、我らはカイル王国に辛酸を嘗めさせられた。

であれば、その両方を討たねば片手落ちとなろう?」



「私は公爵閣下と意見を異にしますね。

カイル王国は単に国土の防衛戦を行ったに過ぎません。侵略したのは我々の方です。


しかもその目的は何ですか?

侵略の意図を見せず、ひたすら自国を守ることだけに専念するカイル王国を攻めたのは、極論すれば帝国の定めに倣い、グロリアス殿下が、皇位継承者たる資格を示すためではありませんか?


南の戦線で、グラート殿下がその資格と実績を示された後、更に戦を興す必要がありますか?

いたずらに軍を興し、兵たちの命と大量の物資を損ない、帝国の安寧を損なう必要があるのですか?」



「それでは我らは、常に北の国境を案じ、枕を高くして眠れぬ、そういうことにもなりかねんが?

また、カイル王国との戦いに敗れ、雪辱を果たしたいと望んでいる者たちの意向はどうするのかね?

子爵もこの辺りを、この先、帝国内でのグラート殿下のお立場を考えるべきではないのか?」



「仮に、カイル王国を攻め滅ぼしたとして、そうなれば我らは新たに2つの国と、更にイストリア皇王国とは二方面で国境を接することになります。そちらの方が、枕を高くして眠れないと思いますが……


また、北に兵を向けている間に、時を合わせて南から再侵攻されればどうなります?

公爵閣下が兵を率い、南の防壁として自ら戦っていただけるのですか?


勝敗は兵家の常、いちいちそんな女々しいことと、帝国の未来、公爵はどちらが大事とお考えですか?

グラート殿下のお立場を考えるからこそ、そんな馬鹿馬鹿しい話に聞く耳を持たないのですよ」



2人の舌戦は続く。

ジークハルトの堂々たる物言いには、誰もが驚いていた。



「いや、そもそも今の配置では、いささかグロリアス殿下には分が悪かろう。

今少し公平な機会があっても良いのではないか?」



「そもそも、皇位継承を巡る外征では公平な機会が与えられていた。私はそう聞き及んでおりましたが?

しかも、数年前のこの場において、皆様が了解の上で今の配置が決まったと聞いておりますが……」



「貴様が小賢しい真似をしたのだろうがっ!

十分な食料さえあれば我が軍は……」



「殿下っ!」



これまで黙って事の成り行きを見守っていた第一皇子が激発し、ハーリー公爵が割って入った。

そして、第三皇子が初めて口を開いた。



「グロリアスよ、其方は勘違いをしている。

定めに依って決まった、其方が担当する戦域に私が軍を率いて現れたとしよう。その時其方は……


私が勝手に戦端を開くことを許すのか?

私が勝手にその地の物資を徴発することを許すのか?

私が独断で国同士の約定を違えることを認めるのか?

そこで上がった戦果を私の功績として認めるのか?


ジークハルトはわが代理人として、また帝国の軍人として、定められた道理に従ったに過ぎない」



第三皇子の言葉に、第一皇子は怒りに震えながらも、なんとか言葉を飲み込んだ。



「グラート殿下、失礼いたしました。

殿下にも思う所はあるでしょうが、私共から提案……、いや、お願いがございます。

これより我らは、全力でスーラ公国との戦いを支援させていただきます。存分に腕をお振るいください。

しかる後、公国の領土を得ることができれば、休戦協定にも異存はございません」



「ほう?」



第三皇子は短く言葉を発し、驚かずにはいられなかった。

大狸ハーリーの言葉にではない。

事前にジークハルトが示した、打ち合わせ通りに議論が進行していることに対し、驚きを隠せなかった。



「その代わり、と言ってはなんですが、どうか、次期皇帝候補最有力者として、度量をお示しください。

南での戦役に勝利した後、北の戦線にて、次代の帝国を担う者同士が功を競う場をお与えください。


もちろん、殿下の優位は揺るぎようもございません。我らもそれをお認めいたします。

ただ、グロリアス殿下にも過去の失態を挽回し、面目躍如の機会をお与えくださいますようお願いします。

旗下の兵達にも、思いを遂げる機会を待ち望んでいる者も多くございます。


さすれば、多くの貴族や兵たちも殿下の懐の大きさを知り、皇位継承に異を唱える者もなくなりましょう」



『ふん、狸め。

南では負けたが、北で南に匹敵する戦果を上げさせ、一気に手のひらを反すつもりであろうが』



第三皇子はそう思ったが、この会議の参加者、帝国貴族の重鎮たちは、どちらかというと第一皇子派だ。

彼らの意を翻らせ、納得させる理由も必要だった。



「そこまで言うなら、異存はない。

公爵の提案に乗るとしよう。ジークハルト、お前もそれで良いな?」



「はっ、殿下の決定に異存などございません。

それであれば我らは、先年グロリアス殿下の配下が苦戦した、左翼から攻め入るのは如何でしょうか?」



「左翼だとっ!

あの憎き小僧の領地かっ! それはならん!」



「グロリアス殿下、ここは私から……

先ほども申し上げた通り、第一皇子旗下の戦力、ブラッドリー侯爵は左翼で非業の死を遂げ、全軍崩壊に至った敗因も元を辿れば左翼の惨敗にあります。

グラート殿下、左翼は何卒我らにお譲りくだされ」



「うむ……、そういう事情であれば致し方ないな。

ジークハルトよ、我らは右翼から攻略し、王都を攻め上る算段をつけるとしようではないか」



「殿下、誠にありがとうございます」



恭しく頭を下げたハーリー公爵の対面に座り、不承不承の態で主人の意見に顔を伏せていたジークハルトは、誰にも見えぬよう、会心の笑みを浮かべていた。



こうして会議を無事終えたあと、第三皇子とジークハルトは、別室にて安堵のため息を吐いていた。



「それにしても、あの狸を手玉に取るとは流石だな。

ここまで其方の書いた筋書き通り進むとは、思ってもいなかったぞ」



ジークハルトは、会議の前に第三皇子に3つのことを提案していた。

それは、第三皇子が思いもよらない内容だった。


順調に戦果を積み上げている第三皇子陣営の、最大の課題は背中から味方に矢を射られることだ。

南の前線で戦う第三皇子は、前面の敵だけでなく、後方の味方をも警戒しなければならなかった。


それに対して、後顧の憂いを断つには、第一皇子陣営に餌を見せ、逆転の機会があると思わせることだ。

貴族たちの協力と、第一皇子陣営の邪魔だてがなければ、スーラ公国との戦いは、この先一気に進む。


第三皇子は安心して強固な地盤を獲得することができ、成果に伴う強い発言権も得ることができる。



そして、翌年の終わりに切れるカイル王国との休戦協定。

そうなれば、第一皇子陣営、特に大狸ハーリーは、何かと理由を付け、第三皇子に対して北でも戦果を上げるよう、求めてくることは目に見えている。


ならば、会議で激発させ、こちらの描いた筋書き通りに誘導すればいいことだと。



「それにしても、こちらの思惑のとおり、奴らが左翼を望むとは思ってもいなかったぞ。

すんなり我らが左翼を取ること、奴らが認めたら、どうするつもりだった?」



「第一皇子陣営は焦っています。

仮に殿下から譲歩を引き出したとしても、殿下を出し抜き、敵国の王都を先に占領しなければ、結果として優劣は殿下に決します。


中央は王都まで最短距離にありますが、幾つもの砦や要害を抜く必要があり時間がかかります。

王都騎士団も中央から迎撃に出てくるでしょう。

右翼は単に回り道をするだけで、結局中央から進むしかありません。

ですが左翼は、テイグーンさえ抜けば、王都まで遮るものはなく、一気に軍を進めることができます。


多少の諜報を理解していればむしろ当然の結論です」



「奴らが我々の想像以上に阿呆だった場合、左翼を我らに譲っていたらどうしたのだ?」



「それなら、もっと楽にことは運びますよ。

我らは左翼側で敵右翼に苦戦……、いえ、睨み合うだけの物見遊山に出掛け、遊んでいれば良いのです。

ソリス魔境伯には、昨年の面会にて殿下のご内意、私の策など、ご了解いただいた内容は伝えております。


彼はテイグーンの守りはほどほどにして、全力で中央または敵左翼に援軍として出て行くでしょう。

そうなれば、彼の率いる軍は、とても強いですよ。

先年、イストリア皇王国が完敗したのも彼ひとりの戦果ですからね。


我らが遊んでいる間に、グロリアス殿下の軍勢は酷い目に遭うでしょうね。

我らは予定通り物見遊山を終え、帰るだけです」



「敵には敵を……、か?」



「ちょっと違いますね。敵には、優秀で信頼できる敵を、ですかね。

そもそも我らは、カイル王国を領土とする意思がありません。

ならば、先の内乱ではせっかく助けてあげたんです。

その返礼として、今度は、こちらのために全力で戦ってもらえれば良いことです」



そう言って、不敵な笑みを浮かべたジークハルトに、第三皇子は背筋が凍るような思いを感じていた。



帝国の政治闘争に端を発した侵略の魔の手は、確実にカイル王国に伸びつつあった。


帝国軍による、かつてない大規模侵攻は2年を置かずして始まることになる。迎撃のために残された準備期間は、もう僅かしかなかった。

ご覧いただきありがとうございます。


次回は【南部諸侯会議】を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] カイル王国の馬鹿貴族達がまともな貴族で闇魔法氏族の暗躍が無ければ、カイル王国側もこれまでの帝国と皇王国との両面戦争で多くの領地を獲ていた可能性も有ったのにねぇ……
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