第十九話(カイル歴502年:9歳)血塗られた大地④ 凱歌
※お詫び
今回本文中の布陣図について、編集画面上の表示と、実際の表示が異なり、何度も修正失礼しました。
まだ若干の差異はありますが10/6日11時現在が布陣図の最新となります。
投稿時は、お見苦しい内容になり大変失礼しました。
「一体何が起こっている! 何故こんな事にっ……」
ゴート辺境伯は絶叫しながら酷く動揺していた。
前線に取り残されつつあった、敵の最右翼の小集団。
それは、彼の誇る2,000騎もの鉄騎兵団に蹂躙され、抵抗する間もなく踏み潰される筈であった。
だが、蹂躙する側の鉄騎兵団が、瞬く間に一蹴され、僅かばかりの騎馬がこちらに向かって壊走してくる。目の前で起こっている、想像もできなかった事態に、彼は思考を硬直させ狼狽した。
「この機を逃すな!一気に押し返せっ!」
「今じゃっ!目の前で呆けておる奴らを押し返せ!」
「敵の脅威は既に失われた、次は我らが攻勢に転ずる、敵を半包囲せよっ!」
ハストブルグ辺境伯の陣営で、同時に、それぞれの軍を率いる3名の主将から檄が飛んだ。
味方のヒヨリミ子爵軍の潰走で、半包囲の危機にあり、守勢に徹していたゴーマン子爵軍が。
敵軍と睨み合い、右翼の救援にも動くに動けなかった、ハストブルグ辺境伯直属の兵士たちが。
左翼側で敵と睨み合い、鉄騎兵団の動きを警戒して動けなかった、キリアス子爵軍が。
それぞれ戦機を見出し、一気に攻勢に転じた。
※布陣図
本本本 ↖
↗↗↗↗ 本本 鉄
キキ 右右右 ↖ソソコ
キキ 右右
キキ 中中中 左左左左↖↖
男男男 中中 左左左↖ゴゴゴ
伯伯 ↗↑↑↑↖ 伯伯 左左ヒヒゴ
伯伯伯伯伯伯伯伯 左 ↘ ↘
伯伯伯
<守備側>
伯:ハストブルグ辺境伯軍(3,000)
キ:キリアス子爵軍 (1,100)
ゴ:ゴーマン子爵軍 (800弱)
ヒ:ヒヨリミ子爵軍 (400弱)
ソ:ソリス男爵軍 (400)
コ:コーネル男爵軍 (200)
男:クライツ、ボールド、ヘラルド男爵軍(600)
<侵攻軍>
本:ゴート辺境伯本陣 (1,000)
中:ゴート辺境伯中央軍(1,000)
左:ゴート辺境伯左翼軍(2.000)
右:ゴート辺境伯右翼軍(1,000)
鉄:ゴート鉄騎兵団 (200騎)
「て、て、撤退だぁ! 本陣を守りつつ国境線を越え領内まで撤退っ!」
ゴート辺境伯は、戦場の変化に慌てて撤退を始めた。
鉄騎兵団が潰走し、突出した侵攻軍左翼は逆撃を受け孤立し、防戦一方になりつつある。
同時に、敵左翼のキリアス子爵軍が動き出し、ゴート辺境伯軍を半包囲する動きに出たからだ。
突出し戦場の変化に取り残されてしまった、ゴート辺境伯軍の左翼軍は、次々と打ち取られていく。
キリアス子爵軍は、慌てて後退するゴート辺境伯軍の、縦に長く伸びきった戦列に突進、混乱する敵軍を的確に討取っている。
ゴート辺境伯の軍勢は、味方が戦線崩壊するに伴い、国境に向けて潰走を始めた。
もはや戦いの趨勢は決し、戦いは追撃戦に移りつつあった。
「ソリス男爵軍、コーネル男爵軍は追撃に及ばず、後衛を固め戦果を確保されたし」
追撃戦に移った、ハストブルグ辺境伯より、伝令が指示を伝えてきた。
「ヴァイス団長、どういうことだと思う?」
「我々は既に十分過ぎるほど武功を立てました。残敵を掃討する役目は十分、という事でしょう」
「了解した。各隊の武運をお祈り申し上げる」
そう返事をしたソリス男爵は、一旦追撃戦に移行しつつあった味方を再集結させた。
そして、コーネル男爵軍とともに、丘の陣地を離れ、国境へと通じる街道沿いに再布陣し、戦域を確保、ゴート辺境伯軍が遺棄していった物資や軍馬を確保していった。
※
ハストブルグ辺境伯が率いる追撃軍は、潰走するゴート辺境伯軍を国境線まで追い散らし、勝利の凱歌を上げた。
ゴート辺境伯の軍勢は、今回参陣した7,000名余のうち、半数以上の4,000名余の兵士を失い惨敗、精鋭部隊の鉄騎兵団も、9割の死傷者を出し壊滅した。
こうして、タクヒールの知る【前回の歴史】では、4割の兵力を失ったはずのソリス男爵軍は、損害らしい損害もなく、ほぼ完璧な勝利で戦いを終えた。
「それにしても、此度の戦、義兄上の見事な戦い振り、誠に感服いたしました」
共に追撃戦から外れたコーネル男爵が、街道沿いへの再布陣が終わり、ソリス男爵の陣幕に訪ねて来た。
コーネル男爵家は、地魔法に特化した家柄で、その特性上、陣地構築などの役割が多く、戦場で華々しい武勲に恵まれたことはない。
地道な裏方、そんな役回りが多く、今回目の当たりにしたソリス男爵軍の活躍に心を躍らせていた。
「いやいや、此度はヴァイス団長が事前に策を講じ、適切な時期に適切な指示を進言してくれたから、それに尽きます」
ソリス男爵がヴァイス団長を立てると
「いえいえ、今回の作戦が取れたのも、優秀な地魔法士達が、こちらの意図通りに陣地を構築、塹壕や罠など騎馬の突進を防ぐ仕掛けを作れたからです。
また弓箭兵の助力もいただきました。今回の勝利は、コーネル男爵軍があってこそ、と考えています」
ヴァイス団長は、コーネル男爵に対して、敬意を以て礼を述べた。
「私も同意見だ、ハストブルグ辺境伯には、そのこと強く報告したいと考えている」
父も同意見だった。
「ありがとうございます。その言葉だけで充分です。いつも戦場では武勲に恵まれなかった、我が兵たちも浮かばれます」
若きコーネル男爵は、嬉しそうに答えた。
「それにしても、あの弓矢と活用方法、驚きですな」
コーネル男爵の話が、エストールボウに及んだ時、ソリス男爵の表情は神妙な面持ちになって……。
「弓と射撃方法については、くれぐれも内密にお願いしたい。わが領土内でも秘匿しておりまして。
実は、もし他の方々と組んで布陣していた場合、これの使用を控える事も検討していたぐらいです」
「ご信頼にはお応えさせていただきます。ただ兵器については今後ご相談させてくださいね」
……、コーネル男爵もエストールボウを所望されてるようだった。
国境線の残敵を掃討した後、ハストブルグ辺境伯は全軍と共に、戻ってきた。
こうして後に【サザンゲート殲滅戦】と言われた戦いは、大勝利で終結した。
ハストブルグ辺境伯からは、一旦軍をサザンゲートの砦に戻し、負傷者の治療と今回の戦功評価、戦勝を慰労する旨通達がなされた。
なお、損害の殆どないソリス男爵軍とコーネル男爵軍は、戦場と街道を整備した後、サザンゲートの砦に凱旋するよう命を受けた。
後始末、といえば損な役回りに見えるが、遺棄された武具、軍馬などは回収し、配分に優先権を与える旨が、命令に補足されていた。
その他の物資は集約してハストブルグに預けたあと、各軍に再分配されるとのこと。
また、遺棄された敵軍の遺体は、きちんと埋葬しないと疫病の原因や、魔物をおびき寄せる要因ともなるため、街道の保全は直ちに行われ、死者たちは丁重に葬られた。
サザンゲート平原を通る街道の脇には、塚が建立され、花が飾られた。
全ての後処理が終わり、父たちがサザンゲート砦に帰還したのち、以下の戦功評価が発表された。
戦功第一:ソリス男爵
ゴート鉄騎兵団2000騎を殲滅し、今回の勝利を導いた
戦功第二:コーネル男爵
巧みな陣地構築により鉄騎兵団殲滅に大きく寄与した
戦功第三:キリアス子爵
機を見た攻勢により、今回の勝利を決定づけた
数日後には、エストの街にも早馬で情報が到着した。
「戦場よりご報告いたします。
ハストブルグ辺境伯軍の大勝利、敵は壊走、ソリス男爵軍によりゴート辺境伯鉄騎兵団は壊滅!
長男ダレクは初陣ながら活躍、勝利に大きく貢献し、男爵軍の将兵は、負傷者を除き全員が健在です!
ソリス男爵は戦功第一の栄誉を賜り、男爵軍は今後、王都に凱旋し論功行賞後に帰領する模様!
以上、我らの大勝利です!」
この一報がエストの街にもたらされ、男爵家はもちろんのこと、領民たちも歓喜に沸いた。
特に従軍した兵士の家族、恋人、関係者は胸を撫でおろし、祝杯は至る所で交わされた。
この時ばかりは、領内に酒と食事が振舞われ、男爵領では全ての町、村でお祭り騒ぎとなった。