第百九十五話(カイル歴510年:17歳)収穫祭
テイグーンにて、恒例の収穫祭が催された。
最初のころこそ、農地も少なく、試験農場以外の収穫も土地の改良などが行きわたっておらず、収穫を祝うよりは、お祭りの感が大きかった。
だが、今年は大きく違った。
まず一点目は、税収としての収穫が格段に増えた。
土地改良がおこなわれる前、ごく初期の入植者については、入植条件として5年間無税を謳っていた。
だがその後、土地改良が進み、初年度でもそれなりの収穫が見込めるようになってからは2年に変えた。
そして、テイグーンへの開拓村が大規模入植を始めて、今年は3回目の収穫時期だ。
合計20村からの収穫が、領地の収益として回り始めた。
二点目は、圧倒的な収穫量の増大だ。
第三次開発で開拓した、ガイア、イシュタル、アイギスの各開拓村からも、税収にはならないが収穫自体は上がっており、大量の農産物が手に入った。
合計50村分の収穫量は膨大だった。
本来の開拓は、荒れ地を耕すとことから始まるが、うちの領地では、そういった準備を全て行った上で入植者に引き渡している。
地魔法士たちの手にかかれば、大地の耕耘や天地返しなどお手の物だし、牡蠣殻や馬糞を使った土壌改良も事前に行っている。
街づくり初期の段階から、畜産には力を入れていたし、俺たちは鹵獲品で大量の軍馬も所有していた。
それらは、公営で飼育され、その傍らたい肥作りも進めており、収穫向上に寄与している。
なので、初年度から収穫を見込むことができ、農民たちは、本来は税として納める収穫を、俺に販売することができた。彼らは新天地で生活するための資金、今後の資金を蓄えることができた。
これで、領内の食糧自給率は一気に向上した。
これまで他領で仕入れていた食料が、今度は一旦買い上げた物を他領に販売するところまで来ている。
そして2年後には、これらも全て税収として反映されることになる。
最上位大会を機会に、入れ替えで放出した物資は、備蓄分も十分に得ることができるようになった。
このようなこともあり、今年の収穫祭は本来の意味どおり、盛大に収穫を祝う祭りとなった。
※
収穫祭は、前夜祭を含めた3日間、恒例のライトアップを含め、街中が大騒ぎのイベントになった。
もちろん、これまでと同様にお約束通り、街での飲食は全て無料の大盤振る舞いだ。
今年の最上位大会の影響もあってか、この収穫祭を見に観光でテイグーンを訪れる者や、商機を見出した商人の流入なども大幅に増えた。
ちなみに、お祭りや大盤振る舞いは、テイグーンだけでなく、ガイアやイシュタル、アイギスでも1日限定だが実施している。
テイグーンの街では、前夜祭が始まり、俺の挨拶の後は思い思いにみな祭りを楽しんでいる。
「なんか……、初めてこの地に町を作った時を思うと、夢のようです」
「特にミザリーさんは、私たちの中では一番最初にここに来ているんですから、一層そうですよね。
私、ミザリーさんからこの地の説明を受けたことが、ずっと昔のような気がします」
ミザリーとクレアは、祭りの様子を感慨深く眺めて話していた。
「タクヒールさまが、ここに開拓地を作る。そう仰ったのは9年前、8歳におなりの時でしたよね。
あの時の私は、今のこの街の姿が全く想像できませんでしたよ。そして妻にしていただけることも」
アンもしみじみと、思い出に浸っている。
確かにそうだった。
あの時は団長を囲い込むことに必死で、それっぽい理由を並べてテイグーンに開拓地を作るって言っていた気がする。
でも、何故テイグーンだったんだろう。
帝国の侵攻ルートだったから?
安全な天然の要害だったから?
疫病の発生地だったから?
近くに鉱山があると知ってたから?
自分の中では、それらも理由としてあったのは事実だが、どうしてもここにしたい。
無性にそうしなきゃと思った。
これは色々な計画を立てた、一番最初の時からだ。
何故だろう? 何かこだわりを持つ理由が他にもあった気がするが、当時も今も覚えていない。
「私もこの収穫祭で、初めてお声掛けをいただきました。あのご縁が無ければ今も私は……」
そう、当時のヨルと出会ったのは全くの偶然だった。
あの時、彼女たちと会話していなければ、色々な運命が変わっていただろう。
きっと、今より悪い方向に……
俺はふと、そんな事を感じた。
「そっか、ヨルティアに初めて会ったのも、ここ中央広場の露店脇のベンチだったね。
折角だし、あの時と同じものを買って、皆でベンチで食べようか?」
「はいっ!」
「是非っ!」
「お供します!」
「嬉しいですっ!」
4人の妻たちはそれぞれ、嬉しそうな表情で同意してくれた。
※
今のテイグーンでは、屋台の数も増えた。
中央広場や中央通りなど、人気の場所は既に枠が埋まり、今や屋台は左右の通りまで広がっている。
また、屋台では、帝国風の料理や、皇王国風の料理を提供する店もあり、飲食街には本格的な帝国風料理店すらある。
これらは最初、それぞれの国の移住者が始めたものが、テイグーンの住人達にも受け入れられかなり流行っている。
帝国風料理は、香辛料をきかせたスパイシーな物も多く、皇王国風料理は、カイル王国ではあまり食されない芋を中心とした料理だ。
一部の香辛料類は基本的には輸入品だが、帝国以外の経路からも流通しており、値段はさほど高くない。
中世ヨーロッパのスパイスみたいにはなっていないが、砂糖だけは例外だ。
芋類に関しては、カイル王国でも北部地域では食されているが、南部地域では馴染みがなかった。
ただ、テイグーンに関しては別だ。
俺は痩せた土地でも育つ作物として、街の開発当初より芋類の栽培を推奨しており、収穫も需要もそれなりにある。
一時期父は、芋男爵と呼ばれ、頭を抱えていたが、俺はテイグーンの大地でもよく育つ、ジャガイモに似た芋を『男爵芋』と呼び、積極的に栽培している。
以前にこのことを知った父は、少し恨めしそうな顔で俺を見ていたが、今は父の領地でも積極的に栽培されているそうだ。
今俺は、アイギスで取れた作物と輸入した香辛料、男爵芋を使い、新たな名物を開発中である。
まだまだ試行錯誤だが、いずれテイグーンの飲食店で試験販売を行う予定だ。
※
5人でひとしきり屋台での食事を楽しんだあと、俺はあることを思い出した。
「そう言えば、ミザリー、例の商隊はどうなった?」
「はい、エストの街から先触れとして、夕方に早馬が到着しました。
本日、エストの街を出発するようですので、今頃はフランにて一泊していると思います。
到着は恐らく、明日になると思われます」
「そっか、南の国境からだと、それなりに時間はかかるよね。受け入れの準備は整っているかな?」
「はい、フランには案内人を遣っています。
なので道中も問題なく来れると思います。
なお、城門警備の者たちや兵士たち、自警団にも通達は出しており、行政府でも受け入れの準備と、宿の手配は終えています」
「ありがとう、完璧だね」
そう、南の国境からテイグーンに向かうには、現在は2つのルートしかない。
ひとつは、魔境側を駆け抜けること。
だが、その道は危険も多く、騎馬だけならともかく、商隊が通過できるようには道も整備されていない。
これは、防衛面も考慮して、敢えて整備していない。
もうひとつは、国境からサザンゲート砦を抜け、ブルグの街で街道を左に進み、コーネル子爵領を抜けてエストに入り、そこからフランを抜けて南に上るルートだ。
この道は交易路としても整備されており、特にエストからガイアに通じる道はかなり整備されている。
ハストブルグ辺境伯領から、旧ヒヨリミ子爵領中部、現コーネル子爵領に抜ける道もあるが、この山越えの間道は未整備のままだ。馬車や荷駄が通る道としては難所とされ、ほとんど利用されていない。
領地を受け持つコーネル子爵も、帝国軍侵攻に備え、敢えて難所のまま残しているそうだ。
俺の領地でも、旧ヒヨリミ領、現在のコーネル子爵領から、フランへ移動する経路は敢えて整備していない。もちろん騎馬や歩兵だけなら、未整備の道を通って、ディモスへ移動しその後フランへと移動することも可能だが……
俺の領地でも、イシュタルとディモス、ディモスとガイアを結ぶ道以外は、敢えて未整備にしている。
日本の戦国時代でも、敢えて街道が整備されないことはよくあったと、何かの本で見たことがある。
通商や自軍の移動に便利な道は、侵略軍にも便利な侵入経路となりえる。
特に帝国の侵攻を控えた今は、こちらの守りに便利な道と、最低限通商に必要な道以外は敢えて整備しないことを方針として決めている。
「まぁ、先方には手間を掛けるが、正規のルートでお越し願うとするのが一番だね。
今後はそのルートも、何らかの防衛拠点を構築する必要はあるだろうけど」
「そうですね。
そこは各領地の家宰同士でも検討を進めて参ります」
「ありがとう。じゃあ、今日ぐらいはゆっくり皆で祭りを楽しむとしようか」
俺たちは、翌日以降の重要な課題対応を控え、束の間の、羽を伸ばす時間を楽しむことにした。
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次回は【信頼できる敵】を投稿予定です。
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