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第百九十四話(カイル歴510年:17歳)学園生活3年目

夏が終わり、秋がやって来た。

春に最上位大会を行い、その後何度も王都と領地を行き来しているうちに、あっという間に月日が流れた気がする。



学園長から依頼のあった、魔法戦術研究科の遠征実習は幾度となく行われ、もはや魔法士たちがテイグーンに実習として行くのは恒例行事となりつつあった。


お陰で、工事関係は一気に進んだ気がする。

メアリーとサシャは、その優秀さをいかんなく発揮し、2年間で卒業単位を全て取得、実質特待生と同様の状態になっている。


なので、秋以降は彼女たちがテイグーン中心の生活を行い、代わりに半年間エランやクリストフなどが王都に来て、生徒のはずがほぼ教官として、学園と王都騎士団で対応している。



そして、翌月に控えた陛下より依頼のライトアップイベントのため、ヨルティアとバルトも王都にいる。


カール工房長は、女性陣の叱咤に励まされて? 予定より多い、2,500個の燈火を期間内に準備した。

そしてヨルティアが引き連れてきたスタッフと、王都で日々実行計画を練っている。



それもあって、俺は王都に滞在していることが多く、各魔法士たちと打ち合わせに便利、その理由で学園に顔を出すことが多かった。


決して、新入生として新たに学園に入学した、妹が心配で毎日顔を出している訳ではない。

できればそう言い切りたいのは、やまやまだが……



「魔境伯殿、お願いでござりまするっ!」



俺は学園の廊下で、男子生徒に土下座された。

新学期が始まって、もう何回目だろうか?



「いくら頑張っても、告白用の小瓶が買えませんっ! このままでは……

我が恋路を、どうか、お助けくださいませっ」



ふう、毎回これだもんな。

まぁ、俺が考えたアイデアだから、少しは俺も責任は感じているのだけれど。



そう、夏の終わりに事件は始まった。

見本市で評判になったハチミツ製品が、王都のアンテナショップで販売開始されたのだ。


しかも、女性の喜ぶサイドストーリー付きで。



それは、カイル王国と言わず、ありがちな恋物語だった。


数百年前、王国のある王子が、たまたま下級貴族の娘の作った菓子を食べ、その美味しさに感動し会いに行く。それを切っ掛けにその娘と恋仲になり、身分を超えた愛情を育むことになった。


王族の定めで結婚が叶わない王子は、遂に王族の身分を捨てる覚悟で、彼女にプロポーズする。

初めて食べた、甘い菓子に似た菓子を持ち、その時からずっと心を奪われていたと言って。


事実かどうかは分らないが、物語ではその後、2人はずっと仲睦まじく幸せに暮らしたといわれている。

そして、下級貴族の娘の名は『マール』と言う名の娘だったらしい。



この貴族から平民まで知る話を、ミザリーたちはこじつけた。



『聖マールDAYに、心をとかす甘い贈り物で、想い人の女性に、愛を告白しましょう!』



ミザリーたちは、王子のプロポーズが、初秋だったので、その時期を聖マールDAYと勝手に名付けた。

そしてこのキャッチフレーズで、女性が喜ぶ小瓶に入ったハチミツを王都で大々的に売り出した。


それが……、販売当日、ユーカさんのお友達の口コミなどで、購入客が殺到し、瞬く間に売り切れた。


もちろん、最初は愛の告白に関係なく、女性たちが中心となって買い求めていた。

だが、追加販売が幾度か行われ、それはいつの間にか、女性の歓心を引く目的で男性が購入するものへと変化し、購入者の中心は男性に代わっていった。



これらの経緯でもって、男子生徒の土下座に繋がる。


俺も最初のころは、知り合いの男子生徒に泣きつかれ、可哀そうに思って予備の小瓶を譲ってしまった。

それがいけなかった。


その噂は広がり、何度目かの土下座でもう対処しきれなくなった。



「ごめんっ! 俺ももう手持ちが無くてね。

ここからは他言無用だよ。

今月はもう入荷しないそうだけど、噂では、来月早々にはまた入荷するそうだよ。

この話は他に知れると買えなくなるだろうから、絶対に他言無用でね」



もう、こう言って逃げるしかなかった。

これって……、俺のせいじゃないよね?



「お・に・い・さ・まっ!

最近ずっと、もう手持ちがないと仰っていますけど、可愛い妹にプレゼントする分はお持ちですよね?」



「……」



今年から学園に入学した、妹がいつの間にか後ろに立っていた。

返答次第では、母譲りの般若に変わるかもしれない、怖い笑顔で……


もちろん、クリシアとユーカさん、初期のマーケティングに協力いただいたユーカさんのご友人方の分は確保しているけど……、それをここで言わないで欲しい。



「ごめんっ! もうないんだ……


という事に表向きはしておいてくれるかな? そうでないと、可愛い妹の分まで持っていかれるから……

俺にも政治向きのお付き合いもあるんだ。そっちからの要求も跳ね除けなければいけないし……」



最初の一言以外は、妹にしか聞こえないよう、小さくつぶやいた。



「酷いですわ! 妹の分も無いなんてっ!

もう、お兄さまなんか知りませんっ!」



クリシアはそう言って、そっぽを向いて立ち去った。

それが演技だと俺に分かるよう、可愛く舌を出して。



「魔境伯って……、血も涙もないな。妹にぐらい内緒であげればいいのに……」


「全ては商売優先か。流石商人男爵(現在伯爵)の血を引くだけあるよな、鬼だな……」


「くそっ! 頼りない兄に代わって、俺がクリシアちゃんに買ってプレゼントしてやる。待っててね」



俺の背中から、集まったヤジ馬の囁きが聞こえる……

また俺の悪評が……



「なんでそうなるっ!」



俺は余計なとばっちりで頭を抱えた。

ってか、勝手に妹に色目を使う奴は許さんけどね。



この様な余計な経緯もあり、ハチミツ製品は王都で順調に、いや、爆発的に売れている。

アンテナショップは大盛況となり、それのお陰で砂糖や石鹸の販売も急激に伸びた。



砂糖については、個別に直接取引を求め、販売契約を結んだ店舗も出てきた。

帝国より流入した、砂糖の販売網をテイグーン産の砂糖が徐々に侵食しつつある。



石鹸も同様だった。

国内テイグーン産の高級石鹸は、主に貴族の女性に非常に受けた。


そして、王都の一部飲食店では、廉価版の石鹸と消毒液をセットで仕入れる店舗も出てきた。


初年度の成果としてはもう十分な状態と言えた。



ライトアップについても、非常に好評だった。


王妃様の生誕記念日の夜、王宮のある第一区だけでなく、第三区、第四区の一部でも地面を花びらで彩る燈火が並べられ、夜の王都を幻想的に彩った。


ここでも俺たちは少し仕掛けを施した。


まず、復権派から王都騎士団に引き渡された、40名の魔法士の中にたまたま光魔法士がいた。

ゴウラス騎士団長に交渉し、俺は彼を借り受けた。


こちらも、騎士団の練兵に各魔法士を教官として派遣していたので、二つ返事で了承がもらえた。



国王陛下が王妃様を王宮のバルコニーに誘い、ライトアップを見せた瞬間、用意していた大量の花びらを風魔法士が空に舞わせる。

そこを件の光魔法士が光の帯で照らし出す。


夜の王宮には幻想的な空間が広がり、誰もが魅了された。



王妃様は大変喜ばれ、国王陛下もサプライズ演出に喜ばれ、ライトアップは毎年の定例行事となった。

また、これを見た有力貴族や、噂を聞きつけた貴族たちから、ライトアップ演出の希望が殺到した。



俺たちはこの申し込みを受け、石鹼や砂糖、その他の商品販売などの行商とセットで行うこととした。


もちろん、このイベント部隊には、ラファール配下の諜報員部隊が混じっている。

これなら堂々と、有力貴族の領都に行き、各地の情報を収集する諜報活動ができることになる。



これらのことは収入面でも、ミザリーの話していた収支の柱の一つとして、貢献することができるようになっていった。



こんな感じで俺の学園生活……


いや、もう3年目だけど、実はあまり学生らしい生活って1年目の途中までしかしていないような?


そんな気もするが、あまり気にしないでおこう。



「剣の修練は怠ってはなりませんぞ。

お命を守るための訓練、これだけは欠かさずに毎日必ず行ってください」



団長からは常々そう言われているので、それは真面目に守っている。

そのため、時間さえ有れば午前中は騎士団育成課程の授業に顔を出し、シグルとカーラに相手をしてもらっている。


この2年で、この2人は大きく変わった。

最初はいつもオドオドして、場違いだと雰囲気に呑まれていた彼らも、最近は堂々としている。



「いつでも私の代わりが務まるよう、精進しなさい」



そうアンから言われているらしく、2人はずっと真面目に修練に取り組んでいた。



特にカーラは、アンを彷彿とさせる凛とした凛々しい雰囲気を纏い、剣技では既に俺もシグルも抜き、学園でトップに上り詰めていた。


学園で無敗だった俺も、とうとう模擬戦闘でカーラに負けてしまった。


力押しせず、打ち込みを受け流し、隙を見て反撃を加える彼女の剣捌きは見ていても惚れ惚れする。



「も、申し訳ありません! つい本気で……」



ていうか、今まで本気で相手してなかったってこと?

初めて彼女に負けた時、それなりにショックだったが、清々しかったのも事実だ。



「いやいや、ここまで成長が見れて嬉しいよ。

でも、次からも遠慮なく相手してね」



「はい、私も早くアン様に追いつきたく思います」



いや、貴方は既に追い越してますから……

ちょっと天然なところも面白かった。



シグルについても剣豪のランクに恥じないレベルになっている。



「ご教示ありがとうございますっ!

今日も一本も取れませんでしたが、いつか一本でも取れるよう頑張りますっ!」



「うん、頑張って……」



カーラとは対照的に、シグルの剣はなんとなく団長のそれに似ている。


団長との模擬戦に慣れている俺は、なんとか対処できるが、これはあくまでも慣れのお陰だ。

初見ならもう敵わないだろう。


ちなみに俺とカーラ以外は彼の剣技に翻弄されて勝つことができないらしい。



いずれ彼らをアンの補佐、護衛として伴う日も来ると思う。



そして午前中に汗を流し、昼食の後は学園内で仕事することが日課のようになっている。



今日もこの後、学園でアレクシスとイシュタルの防衛について議論する予定だ。

帝国との戦いとなると、この地域はまだ課題が多い。

街の防衛力強化や、ロングボウ兵の運用なども議論を重ねる必要がある。



その後はユーカさんも加えて、魔法戦術研究科の風魔法士育成のカリキュラムについて検討して……


これも、最上位大会でのゴーマン領の躍進と、彼女の活躍に目を付けた狸爺とゴウラス騎士団長から依頼があったものだ。



それが終われば、クリシアから頼まれてたソリス伯爵領内での受付所展開について相談に乗る。


妹は、父から新しい領地の受付所構築と運営、射的場などの運営も丸投げされて困っている。


クレアにも何度も相談しているらしいが、まだ学生の可愛い妹に丸投げするような奴には、きっちり書類を整えて追い込む必要がある。

ちゃんと父にも目一杯仕事させるよう、色々画策するつもりだ。



そして最後に、テイグーンから交代で半年間、王都の魔法戦術研究科に来ている魔法士たちと打ち合わせ……



あれ?

やっぱり学園って、もはや俺の仕事場になっている気がする……


学園長の好意で、学園のプライベートサロンのひとつを自由に使わせてもらっているから、それに甘えたのもあるけど……


ゴウラス騎士団長とかも、俺を訪ねて屋敷じゃなく学園にいつも来てるし……



一瞬、俺の頭には学園で俺を囲い込むことに成功し、高笑いしているどこかの狸爺の顔が浮かんだ。

ご覧いただきありがとうございます。


次回は【収穫祭】を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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[一言] 国内の問題は片付いて開発は順調。 二方面の戦争の片方は大人しく成っている…… そうなると帝国だけが問題やな。 どうなるやら?
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