第百九十話 第六回(合同)最上位大会⑥ 個人戦
数千の観客が見守る中、合同最上位大会のオープニングが始まった。
シャノンが増幅した、楽隊のファンファーレが響き渡り、楽隊の演奏とともに会場には風魔法士が起こす風に乗って花吹雪が舞い散る。
その中を、団長率いる辺境騎士団の選りすぐりが、騎馬に乗って入場し、疾走しながらの射的と、すかさず標的に突撃すると同時に斬撃を見せた。
「なんと……」
「馬上でか……」
「成程な。あの馬具があれば……、そういう事か」
ゴウラス騎士団長や2人の軍団長は思惑通りの呟きをこぼしたのを見て、俺は密かにほくそ笑んだ。
その後、ハストブルグ辺境伯の挨拶とともに、国王陛下が入場し席につかれた。
その後、進行役の案内に従い、競技ルールと手順の説明後、デモンストレーションを開催した。
今回、大会で使用する最新型クロスボウは、全て魔物素材を使用した限定品の改良版で対応している。
旧来の物との違いを、団長率いる辺境騎士団が比較の上、実射する。
一応、貴重な魔物素材を使用しており、特注品なので販売はしておらず、参加選手にのみ参加景品として渡すことを申し添えて。
「うむ……、限定生産品か。手に入れたいものだな」
「そうですな。あの射程の違いは明らかです。
ロングボウ兵と対峙するに当たって、射程の違いは大きく戦況を左右しますな。
全ては難しいかも知れませんが、一部の優秀な射手には配備したいものです」
ハミッシュ辺境伯と、バウナー男爵が密かに話しているのを確認し、ここでも俺は心の中でガッツポーズを取ったのは言うまでもない。
こうしてオープニングが終わり、各領主たちが満を持して待ち望んでいた、合同最上位大会の個人戦が開始された。
参加者は35名、5人ずつ同時に飛距離の異なる5つの的を10本の矢で射るが、遠い的ほど点数は高い。
それぞれの的を1回以上当てることが条件で、それを満たせば、その先は好きな的を狙って構わない。
そして、この1回目の10射的を終えた後、2回目は1回目とは逆の順番でもう一度繰り返す。
高得点の最も遠い的を狙うか、堅実に得点を積み挙げていくかは、参加選手がそれぞれ選択するため、それぞれが作戦を考えて対応することが必要だ。
繰り返す理由は、後ろの選手ほど他の選手の結果で狙いを変えてくるので、その不公平をなくすためだ。
「ふむ……、各参加者とも、其々の領地の名誉を背負い参加しているだけあって、相当な技量だな」
「はい、陛下。固定目標については、一定以上の技量があれば、なかなか差は付きません。
そのため、規定の的を当てた後、各選手による的の選択も重要な要素となります。
恐らく2回目になると各選手は勝負を仕掛けてくると思われます」
個人戦では、俺は陛下の傍で解説役に徹している。
魔法を使用しない精密射撃なら、曲射打ちをしない距離、50メル以内の的を狙うのが最も確実なので、1回目は各選手とも、比較的堅実に的を選択している。
この世界には電光掲示板もないので、各選手の得点を示すよう、色分けした大きな積み木を用意している。
それぞれ、得点に応じた高さの箱を選手ごとに積み重ね、高さで成績が分かる仕組みだ。
これなら遠くから見ている観客も、得点の状況が一目で分かる。
この得点掲示板をざっと見ても、1回目の得点は各選手ほぼ横並びだった。
そして2回目、各選手とも勝負を掛けているようで、60メル、80メルの奥にある的を狙う者が増えてきた。
それを見守る観客も、時には大きなどよめきが起き、時には大きな歓声が起きた。
それぞれが投票した領地の選手の射的を、応援しているのだろう。
2回目の射的を終えた結果、各領地の差が明確になってきた。
高得点圏にいる選手を抱えている領地は、
ソリス魔境伯 3名(暫定2位~暫定4位)
ゴーマン伯爵 2名(暫定1位、暫定5位)
ソリス伯爵 2名(暫定7位、暫定10位)
ハストブルグ辺境伯 1名(暫定6位)
キリアス子爵 1名(暫定9位)
コーネル子爵 1名(暫定8位)
こんな感じになっていた。
恐らくこの10人が上位を占め、移動目標の得点により、最終順位が決まるであろうことが予想された。
この時点ではまだ、多くの者の投票に的中の可能性があり、その応援にも熱が帯びていた。
「それにしても、率先してクロスボウを導入している、ソリス家とゴーマン家が強いですな。
特に、ゴーマン伯爵のあの若い女性、兵士ではなく普通に暮らす領民だそうだぞ!」
「ホフマン軍団長の仰る通りですな。
我が騎士団第三軍の精鋭も、今は上位陣に敵う者が何名いるかどうか。
誠に口惜しい限りではありますが……」
「シュルツ軍団長、それでは困るではないか。
騎士団として、陛下に面目が立つよう団体戦では頼むぞ。優勝まではできなくても、せめて上位に……」
「はい、ゴウラス閣下!
王都騎士団の名誉にかけて、善処いたします。
今回我らは、教官として指導を受けていた、ソリス魔境伯のゴルド殿、アラル殿に匹敵する腕の者を連れてきております。
団体戦では、彼らが活躍してくれるでしょう」
「ふふふ、さすがシュルツ軍団長だな。
期待しているぞ。
そういう事なら、安心して個人戦を楽しめそうだ」
ゴウラス騎士団長は、安心して笑った。
残念ながら彼らは知らなかった。
彼らが勝手にソリス魔境伯軍の頂点と思っていた、ゴルドやアラルの実力は、タクヒールが用意していた団体戦のメンバーには遠く及ばないことを……
「それにしても、層の厚さが上位に入る者の数に比例しているようだな。
陛下の御意もある。王都に戻り次第、騎士団が率先して導入し、王都の領民からも発掘すべきだな」
ゴウラス騎士団長はポツリと呟いた。
王都騎士団で3万名、王都に住まう民たちにも浸透すれば、10万人を軽く超える競技人口の裾野ができる。
優秀な者を発掘すれば、騎士団内に強力な弓騎兵部隊も設立できるのではないか?
彼はそんな構想を描いていた。
個人戦の推移を見据え、焦り出した者もいた。
「クリストフ、ゴーマン伯爵が送り込んできた彼女、相当やばくないかい?
なんか、カーリーンを彷彿とさせるものがあるんだけど……」
「タクヒールさま、今回ゴーマン領からの個人戦参加者は3名が女性ですね。
これは領内に住まう領民に、かなりクロスボウが浸透している。私はその証だと思っています。
辺境騎士団として、テイグーンに駐留するゴーマン兵から聞いたのですが、ユーカさまが率先して取り組み始めてから、一気に女性の射手が増えたとか……」
「となると、団体戦も前回同様、いや、前回以上に油断ならない。そういう事だね?
じゃあ、あっちは例の作戦でいくしかないかな……」
「はい、恐らくゴーマン伯爵は優勝を狙ってくるでしょうし、彼女らを個人戦に回す余裕がまだある。
そう判断せざるを得ません」
俺は、常日頃は全く表情を崩さず、俺たち以外には不機嫌な顔をしている義父が、満面の笑みでドヤ顔している姿が頭に浮かんだ。
そうしている内に、休憩の後、次の段階である移動目標の競技が始まった。
正直言って移動目標は簡単ではない。
的の移動速度と、矢の軌道を瞬時に目測し、見越し打ちをしなくてはならず、難易度が急に上がる。
例え固定目標で上位に入った者でも、的を外すことも多く、これまでの大会でも、移動目的競技で一気に順位がひっくり返ることがたびたびあった。
俺が今回、満を持して個人戦に送り出している者は5名いたが、その中でも突出しているのは3名。
風魔法士であるカタリナ、フォルク、そして魔法士ではないが、歴史書の記載から拾い上げた元領民で、今は自警団に所属している者のひとり、アルテナだ。
アルテナは、元々カーリーンに憧れてクロスボウを始め、俺たちにスカウトされてからは彼女からも直接指導も受け、一気に本来持っていた才能を開花させた。
彼女が俺の、個人戦での切り札だった。
そのために以前からずっと温存していたアルテナを、今回参加させている。
妹のクリシアは、大会前に目ざとく何か探りを入れて来たが、俺はポーカーフェイスで対応していた。
いつも妹に見透かされるのも癪だったし、彼女も今回は少し慌てることになるだろう。
そう思いながら、移動目標の成り行きを見ていた。
※
移動目標は、固定目標の得点が低い者から3名ずつ射的を行い、最後の上位10名は2名ずつ行う。
各組、それなりに苦戦しているようで、的を外すことも多く、会場は大きなどよめきに包まれる。
そして……、上位10名の射的が始まった。
会場の歓声は一層の熱を帯び、的中させた時の大歓声と、外した時の悲鳴はより大きくなった。
固定目標で三位と四位のカタリナとフォルクは、それぞれ順当な結果を残し、暫定で総合一位と総合三位を占め、後はアルテナと固定目標1位であるゴーマン領の女性射手の結果を待つだけとなった。
この時点で、投票の行く末も3通りに絞られていた。
魔境伯→魔境伯 (8倍)
魔境伯→ゴーマン伯爵 (4倍)
ゴーマン伯爵→魔境伯 (5倍)
というか、人気上位3パターンがそのまま結果に繋がっている状況に、俺は少しだけ寒気を覚えた。
皆が既に勝利の方程式を確立させつつあることに……
この2人の対戦は、異常に盛り上がったのは言うまでもない。
事実上の一位、二位決定戦というだけではなく、どちらも譲らない大接戦だったからだ。
移動目標10射のうち、これまでの選手は、誰でも何回か的を外していた。
だが、この2人は9射目まで一度として的を外していない。
10射目も双方的中させれば、個人戦の成績からゴーマン伯爵の勝利となる。
参加者はかたずを飲んでその後様子を見つめ、2人は同時に最後の矢を放った。
標的には一本の矢が刺さり、もう一本は僅かに反れて標的をかすめていた。
「見事っ! 見事じゃっ。
これまでの対決もそうじゃが、最後の2人の対決は誠に見事!」
国王陛下も2人の手に汗握る対決と、互いに一歩も譲らぬ姿勢には感銘を受けられた様子だった。
そして、会場も大歓声と健闘を称える大きな拍手に包まれた。
「やりましたわっ! 今回も的中ですわっ!
ユーカさん、クリシアさん、お二人の読みが、見事に当たりましたねっ!」
「ちょっとだけ……、悔しいですが、私も当たりました。クリシアさんの分析は流石ですわね」
「ああっ! この興奮、たまりません。
お姉さま方と一緒に、また味わえるなんて……」
貴族専用の貴賓席から、一際大きな声が上がり、俺は思わずそちらを見た。
っていうか、クリシアの分析? どういうことだ?
妹は俺以外からも、情報を得ていたということか?
一体誰だ!
迂闊に妹にウチの切り札について話した奴は!
今後の情報漏洩対策も兼ねて、その迂闊者には特別訓練を課すべきだな、そんなことも考えていた。
「ふふふっ、お兄さまの攻略はこれからも任せてください! 今回もお兄さまのお陰ですから」
「!!!」
こらっクリシア! 迂闊なことを言うんじゃない!
大会主催者で、胴元の俺が情報漏洩なんて、洒落にもならない話だろうが!
それではまるで俺が情報を漏らしたような……
傍にいた仲間たちが、笑いを堪えて俺を見ている。
いや、実際に俺は彼女に何も話していない。
完全に無実だし、事実無根の話だ……、と思う。
多分……、何も言ってないよね? 俺。
「ソンナハズ……、オレハムジツダ」
自信はある筈だが、俺はだんだん不安になって……
小さく呟くと頭を抱えた。
「ユーカさまっ! 私、初めてですが……
もう癖になりそうですわっ!」
「私もですっ! ああっ……
今から明日が楽しみでなりませんわ」
「ハチミツ以外で、こんな楽しみがあるなんて。
父を口説き、此処まで来た甲斐がありましたわっ」
「こんな楽しいことを……
ユーカさま、ずるいですっ。これからは私も!」
踏み込んではいけない世界に足を踏み入れてしまった4人、深窓のご令嬢方が異常に興奮する姿を見て、俺は更に頭を抱える羽目になったのは言うまでもない。
※
こうして、初日の大会は歓呼と大きな拍手で幕を閉じた。
一位 ソリス魔境伯
二位 ゴーマン伯爵
三位 ソリス魔境伯
四位 ソリス魔境伯
五位 ハストブルグ辺境伯
最後の大勝負に感銘した国王陛下から、特別な賞金が上位入賞者には付加されたのは言うまでもない。
翌日には更に参加貴族の増えた、各領地の名誉を背負った熾烈な団体戦が始まることになる。
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次回は【最上位大会⑦団体戦】を投稿予定です。
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※※※お礼※※※
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