第十八話(カイル歴502年:9歳)血塗られた大地③ ソリス弓箭兵
ダレクが初陣として出陣、戦功を飾るに至ったのには理由があった。
時を遡ること数か月……
その日も男爵家の中庭でダレクとタクヒール、アンの三人で剣の修練を行っていた。
ダレクは剣の腕を上げ【達人】の階位まで進んでいる。
タクヒールはまだ【修行中】のままであった……
そのため、ダレクの相手は同じく【達人】まで階位を進めているアンが専ら対応していた。
「はぁ、俺の魔法って……使えないよなぁ」
修練が終わり、ダレクがため息交じりに愚痴をこぼした。
「光じゃ攻撃にもならないし、せいぜい目眩ましが関の山、剣技を修める者として、それもなぁ……
光を飛ばし、相手にぶつけても何のダメージも与えられないし……」
ダレクは自身の光魔法について、悩んでいたようだ。
「兄さん、ちょっと待って!光を飛ばせるの?」
「ああ、飛ばすだけだけどな。こんな感じで……」
ダレクはそう言うと、少し前方に眩い光の球を出現させ、辺りは一瞬、目も眩む明るい光に包まれた。
「それ凄い! 明日ヴァイスさんの所で相談しよう!」
弟の喜んでいる意味が分からないダレクは、半信半疑で彼の弟の言うことを聞くことにした。
翌日、彼らは父親に対して、
「兄の固有魔法の活用について、ヴァイスさんに相談しに行ってきます」
その話を伝えてからいつもの修練に向かった。
「今日はヴァイスさんのご意見が聞きたくて……」
開口一番、タクヒールはヴァイス団長に彼の考えを伝えた。
そして、ヴァイス団長の前でダレクが光魔法を発動し、前方に設置した矢の的辺りに飛ばした。
的を設置した辺り一帯が、眩しい光に飲み込まれる。
「ほう…」
短く、考えるように呟いたヴァイス団長にタクヒールは補足した。
「これを疾走する馬の前に出すとどうなりますか?」
「んなっ!」
ヴァイス団長は一瞬驚いたあと、不敵な顔つきになったという。
「……、ダレクさまの光魔法は、戦術面で凄い兵器になると思います!」
「兄さま、そういうことです。兄さまの魔法は戦局を変える、凄い魔法スキルです」
その日からダレクは、より遠く、望んだ位置に光を飛ばせるよう日々激しい修練を積んでいた。
この世界、魔法士は希少で貴重だ。
貴重でもともと身分の高い者が多い魔法士を、戦場に連れ出すことなどまずない。
戦場で、突撃してくる騎馬の前面に晒す、そんな事を考える貴族はまずいない、そう言っても過言ではない。
ダレクのように固有スキルで魔法を使えるもの、それはすなわち貴族の当主か、直系の一族に連なる者。
辺境の一部貴族を除き、そういった身分の者が最前線に出てくることも、まず無い。
なので、魔法士が戦場で活躍することは、一部の例外を除き、ほとんどない。
そのため、こういった作戦も、ほぼ取られないだろう。
タクヒールはそう考えていた。
初見殺し、それで十分だ。
用心されれば2度目はない、でも1度で十分。
ただでさえ、魔法士が少ないグリフォニア帝国では、そんな対策、考える筈がないと確信していた。
出征が決まった時、彼らの両親も当初はダレクの初陣に強く反対していた。
「まだ早い!」
それが理由だった。
同席していたヴァイス団長も彼らの主張を支えた。
敵の鉄騎兵団相手には、ダレクが絶対必要なこと、光魔法の有用性について根気よく。
ヴァイス自身が考案した戦術も併せて披露しつつ。
結果、ヴァイス団長の戦術が、今回の戦いで極めて有効だと判断され、男爵もしぶしぶ了承した。
母であるクリスはずっと反対だったが……、最後は息子の真摯な願いに折れた。
そのような経緯で、ダレクはタクヒールが知る【前回の歴史】より早く初陣し、今回の戦でソリス男爵軍に従軍している。
※
~小高い丘の上で~
「では一手目、行きましょう。右2番です」
「全軍、遠距離制圧射撃用意!狙いは右2番、合図と共に発射!。発射後直ちに次弾装填。連続発射用意」
ヴァイス団長の合図と共に、父の号令が響き渡った。
400名の兵士全員がエストールボウを斜めに構える。
目標は各自が予めエリアごとに試射済で、区域ごとに番号を振っており、兵たちも即座に理解する。
人馬が入り乱れ、地獄絵図となった戦場で、突進を止め、呆然としていた鉄騎兵団に、突如400本の矢の雨が降り注ぐ。
高威力の矢は、鎧の上から貫通し鉄騎兵団を射抜く。
矢に射抜かれて落馬する者。騎馬に矢が当たり暴れた騎馬から転落する者。
鉄騎兵団は再び混乱に包まれた。
「矢だとっ! この距離でっ? この威力は何だっ!」
狼狽する鉄騎兵団の上から、更にもう一射された矢が降り注ぐ。
「敵の矢を警戒しつつ、一旦射程外に退避っ!」
本来は踏みにじり、餌食にする予定の敵から、こうも一方的な攻撃を受け、このままでは損害が無視できなくなる。
だが、矢の降り注ぐ範囲から移動しようにも、これまでに倒れた人馬が邪魔で思うように動けない。
彼らは格好の標的となってしまっている。
慌てて射程から脱出する迄に、更にもう一射、彼らは都合1,200本の矢の掃射を受けることになってしまった。
鉄騎兵団のなかで、戦闘可能なものは既に1000騎を下回っていた。
「このまま、おめおめと引き下がれるものかっ!」
そう叫んだ者も、何本もの矢傷を受けていた。
「敵はたかが600、あの忌々しい矢を放っている奴らを皆殺しにしろっ!」
やっと射程外に移動し、統制を取り戻したゴート鉄騎兵団の、隊長らしき人物が叫んだ。
数は減っても、600名程度の相手であれば、十分に蹂躙できる。
このまま、一方的にやられっぱなしでは、おめおめと引き返すわけにもいかない。
せめて敵最右翼を踏みつぶし、留飲を下げるつもりだった。
~小高い丘の上で~
「敵は体制を立て直し、向かってくるようだな」
「では3段撃ちをお見舞いしましょう」
「全員!所定の組み合わせに!三段射撃用意!」
ヴァイス団長の提案通り、父の指示が飛ぶと、ソリス男爵軍の兵士たちは3名1組になり、隊列を整えた。
「各自、先頭の集団を狙えばよい、構え!
……、撃てっ!」
「続けて第二射、構え!
……、撃てっ!」
「第三射、構え!
……、撃てっ!」
3人一組になり、3人の中で最も射撃のうまい1名が、3人分のエストールボウを使い、ソリス男爵の号令のもと、次々と矢を放つ。
その間に残りの2人が、弦を引き絞り、矢を装填し準備する。
100本以上の矢が、間断のない攻撃で、丘に向かって突撃するゴート鉄騎兵団に襲いかかる。
射手の正確な狙いと、予想外の威力の矢は、次々と彼らを射落とす。
「こんなに早く、この威力、有り得んっ!」
先ほど突撃を指示した、ゴート鉄騎兵団の隊長は苦渋に満ちた顔で呟いた。
自身にも、愛馬にも、既に何本かの矢が突き刺さり、今もそれぞれの命を削っている。
「敵のこもる丘は目の前だ!命を振り絞り、味方の無念を晴らす時ぞっ!」
やっとのことで敵陣に迫り、鉄騎兵団の隊長は味方を鼓舞した。
彼に付き従う味方の騎馬は、既に600騎程度まで減っていた。
※
「では、我らもそろそろ出撃します」
「団長、よろしく頼む!」
ソリス男爵と短い挨拶を交わした、ヴァイス団長は自身の騎馬に跨った。
「騎乗! 装填要員はコーネル男爵兵に交代っ!」
ソリス男爵の命が飛ぶ。
200名の騎馬兵が騎乗すると、それまでの三人一組で対応していた兵士たちは体制を変更した。
騎兵以外の全てがエストールボウを持ち、彼らの後ろには装填手としてコーネル男爵兵が付いた。
200名の射手と200名の装填手、それらが400台のエストールボウを運用する。
「各隊、自由斉射開始、一人でも多く叩き落せっ!」
頃合いを見て、ソリス男爵は射撃命令を出した。
敵の鉄騎兵たちが、やっとの思いでたどり着いた丘の周りにも、騎馬の侵入を防ぐ塹壕が至る所に設置されていた。
進路を失い馬の脚が止まる瞬間、200本の矢が間断なく、正確な射撃を加えてきた。
強烈な威力の、かつ間断のない正確な射撃に、鉄騎兵団の騎士たちは次々と落馬していく。
全身を矢に貫かれ、息絶えるものも多い。
深手を負い、後退しようと馬首を巡らせた瞬間に、背中を射抜かれて倒れる者もいる。
丘の上に陣を構えている敵陣まで、たどり着き、刃を交わせたものは一人もいなかった。
「ソリス騎馬隊、これより敵の後背を衝く、我に続けっ!」
ヴァイス団長の号令で、200騎の集団が丘の側方から駆け下りた時、ゴート鉄騎兵団は400騎を下回るまで数を減らしていた。
本来であれば、400騎の鉄騎兵団に対し、半数の200騎、敵うはずもない。
だが、鉄騎兵団は丘の上からの矢に追われ、満身創痍の者も多く、本来の力を発揮できていない。
加えてヴァイス団長は、味方の射線の邪魔にならないよう考えつつ、敵の退路を断つべく巧妙に馬を走らせている。
退路を塞がれた、これが彼らの戦意を挫いた。
最後まで味方を叱咤、激励していた鉄騎兵団の隊長は、弓箭兵の正確な狙撃により大地に沈んでいた。
【一匹の獅子に率いられた羊の群れは、一匹の羊に率いられた獅子の群れに勝る】
過去の征服王、皇帝、空想の未来の戦記で用いられた格言は、ここに再現された。
本来、俄か作りの、ソリス男爵軍騎馬隊は、個々の戦力では鉄騎兵団に敵うはずもない。
それが、至る所で敵を翻弄し、戦力を削り取っていく。
最後まで集団として抵抗していた鉄騎兵団の部隊が崩れると、ゴート鉄騎兵団の面々は攻撃を諦め、馬首を巡らせた。
そして、ヴァイス団長がわざと開けた、包囲陣の一角から壊走していった。
この日、ゴート辺境伯が誇る鉄騎兵団は戦力の9割近くを失う大損害を受け……、壊滅した。
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