第百八十六話 第六回(合同)最上位大会② 国王陛下の到着
大会1週間前になると、参加する各貴族家は当主を始め、全ての人員がテイグーンに到着した。
今回彼らは、来賓であって来賓ではない。真の来賓、国王陛下夫妻をお迎えするホスト役としての役割も担うことになる。
そのための人員選抜を行い、一部の者を先行してテイグーンに送り出していた。
「さて、これより儂らも、魔境伯の指揮に従い、お迎えの準備に入らねばならん。
そこでじゃが、役割分担を明確にし魔境伯の負担を減らし、陛下の応対に専念してもらおうと考えておる。
皆に異存はないかの?」
ハストブルグ辺境伯の言葉に、旗下の各貴族家当主たちは無言で頷く。
「異存はないようなので、役割分担を決めたい。
今回、メイドや料理人など各々が連れてこられた使用人は、全てソリス伯爵夫人にお預けする。
クリス殿にその差配を全てお任せし、補佐にはコーネル子爵夫人が付く形で良かろう」
うん、この人選も妙を得ている。
母と実家の弟の夫人であれば、気心も知れており指揮もしやすいだろう。
「周辺警備はソリス子爵、そなたに一任する。
身辺護衛を除いた我らの兵を統括し、フランよりこちらの街道警備、周辺の治安維持に当たるが良かろう。
陛下到着後も、一部の部隊は警邏部隊として残し、本隊も両関門を守ることに専念させようかの。
さすれば、陛下に同行する軍勢の邪魔にはならんじゃろうて。
卿は大会中、各部隊の指揮を任せる人物を選定しておくように」
「はっ! 承知いたしました。
その役割、しかとお引き受けします」
「あとは我ら自身は、魔境伯の差配に従い行動するとしようかの。
おお、そうじゃ。各貴族家の子女、ご婦人方への対応は、フローラやユーカ殿、クリシア殿に任せる。
楽しんでいただけるよう、もてなしてもらおう」
このように準備と配置も整い、大会3日前にはガイアの城門前で、ハストブルグ辺境伯以下、各家の当主たちが跪き国王陛下を迎えた。
「ソリス魔境伯、2年振りのそなたの領地、発展振りも楽しみにしておるぞ。
此度も案内のため、両辺境伯とともに、余の馬車へ同乗せよ」
再び俺は、再び陛下の馬車に同乗することとなった。
2人の辺境伯に挟まれて……
いや、陛下の隣には狸爺も乗っていたので、かなり居づらい空間なんですけど……
「さて、今回は大会もそうじゃが、其方が築いておる、魔境側の砦の視察も楽しみにしておる。
またあれを、公爵やハミッシュ辺境伯、各騎士団の軍団長に見せてやってくれんかの?」
そう言って陛下は、悪戯っぽく笑った。
「承知いたしました。
では、明日は長旅の疲れを癒していただき、明後日に魔境側へご案内させていただきます。
お見せするのは、その方々のみでよろしいですか?」
「ああ、もちろんじゃ。
其方も必要最低限の者以外、手の内を晒したくはなかろう?」
「陛下のお心遣いに感謝いたします」
「所で、此処まで来る道のりでも、この砦も、少し見ぬ間に大きく様変わりしたの?
ここが1,000名の軍勢に囲まれながら、僅か300名で、しかも疫病患者を抱えながら、最後まで持ちこたえたという砦か?」
「はい、この砦自体をひとつの街として、立ち行くように考えて設計しております。
隔離病棟ともなる収容施設も用意しておりました。
周囲には、新規開拓地として20の村を作り、多くの難民たちを受け入れております。
街の名をガイアと決め、ゆくゆくはこの一帯で3,000人程度の人口を支えていければと思っております」
「ほう、当時はまだ工事が始まったばかりだったが、この場所がいずれ3,000人か、誠に面白きことじゃな」
「今回、魔境伯を拝命しましたが、まだまだ名が実に追い付いておりません。
いち早く胸を張れるよう、このような街を更に2つ、魔境側のアイギス、新しく拝領した地域にイシュタルと名付け建設を進めております。
なお、イシュタルは陛下の金山からも近く、陛下よりお送りいただく行政官や鉱夫たちも、安心して寛げるように配慮させていただきます」
そう、俺はこの会話の流れに乗り、ちゃんと宣伝することを忘れなかった。
王都の役人が金山採掘の再開に動かなければ、様々な混乱の結果、閉山状態になっている旧ヒヨリミ領にある金山は、宝の持ち腐れとなり全く利益を生まない。
「良かろう。余の目で見分したこと、王都に戻り次第大臣に申し伝えるでな。
鉱山再稼働の受け入れは間もなく整うゆえ、再開の手配に入るよう伝えて良いのだな?」
「ありがとうございます。
金山周辺の安全確保、各施設の再整備は既に整っております。
故に、採掘だけなら今からでも始めることが可能ですが、今は関係者が羽を伸ばす施設がございません。
近隣はイシュタルにはそれを用意する手筈です。
安心して、関係者の皆さまが英気を養えるように」
この後も、行程のなかで開拓村やテイグーン内の開発状況について説明したが、初めてこの地を訪れた、クライン公爵とハミッシュ辺境伯からの質疑応答に終始することになった。
「ふむ、陛下とハストブルグ卿の投資を活用し、このような領地経営を行うとは……
魔法士の活用を含め、内政面でも我らが学ぶことは多そうですな。
改めて東辺境各地から選抜した視察団を出したい」
「王都の学園でも、この街に生徒を学びに来させる機会を設けたくなりますな。
陛下の御意を得たことで、平素から魔法士の活用が進み、それらが都市開発に融合すれば、この国はもっと豊かになる」
ハミッシュ辺境伯とクライン学園長の言葉は、後日実現することになる。
受け入れの手間はかかるが、各地の将来を担う文官同士の交流による成果、学園卒業生の文官採用などの面で、テイグーン一帯が更に発展する契機となった瞬間だった。
騎馬に守られた車列は順調に進み、一行がテイグーンの城門を超えた瞬間、最初の仕込みが発動した。
城壁上に予め待機していた音楽隊が演奏を始め、ゴーマン伯爵から借りた音魔法士が音楽を増幅する。
そして、一斉に花びらが、まるで桜吹雪のようにあたり一帯を舞い始めた。
城壁上で孤児院や街の子供たち、移住者の子供たちが撒く花びらを、風魔法士たちが舞い踊らせている。
「おおっ!」
「なんと美しい」
「見事だ」
陛下、学園長、ハミッシュ辺境伯が感嘆の声を上げた。
「陛下、テイグーンの街の子供たち、隣領からの移住者や、帝国からの移住者、皇王国から移住してきた子供たちが、陛下をお迎えし、感謝と歓迎を表しております」
歓迎に喜んだ陛下は、馬車を止めさせた。
「彼らに話せるか?」
「はい、音魔法士を随伴しておりますゆえ、陛下の御声は民たちにも、あまねく届くと思われます。
ちなみにこの先、ご逗留先まで道に沿って跪く者たちは、この度の戦いの英雄たちでございます。
手前に控えている白衣の者は、疫病との闘いで、自らの命をも顧みず、患者の世話を行った者たちです。
その先の法被の者は、病人の輸送や関門の防衛戦に従事した者、及び戦いで命を落とした者の家族です。
彼らの後ろで警備にあたる軍装の者たちは、転戦で活躍した英雄、領地と疫病の双方と戦い抜いた英雄たちです」
そう説明する傍ら、念のため随伴させていたシャノン(音魔法士)に合図を送った。
「未来の魔境伯領を支える子供たち、我がカイル王国の子供たちよ。其方たちの歓迎、まことに見事!
心から嬉しく思う。
我が子らよ。
其方たちの未来、魔境伯と必ず守ってみせよう。
全てが等しく、王国を支える民として、これからもこの街を、そしてこの国の礎を支える民として、共に歩もう。
自らの命の危険も顧みず、疫病と戦った英雄たちよ。
命が救われた多くの民に代わり、改めて礼を言おう。
諸君らの献身があったからこそ、我らは疫病の脅威に打ち勝った。諸君らの献身と活躍は、この国で永く語り継がれることとなろう。
この地を守るため、また各地を転戦し戦った勇敢なる者たちよ!
この晴れやかな場は、諸君らの力によってもたらされたものだ。改めて感謝と礼を言いたい。
不幸にも戦いで愛する者を失った者たちよ。
余は彼らに感謝するとともに深く哀悼の意を表する。
どうか、悲しみを乗り越え、彼らが命を懸けて守った、諸君たちの未来を見据え、歩んでほしい。
この地が、この国が、諸君らが未来へと歩みを進めるための杖となろう。
この地には、近隣で苦しみを受けた民や、王国各地から、果てはグリフォニア帝国やイストリア皇王国からも、多くの、多種多様な人々が集った。
皆は等しく、カイル王国の民であり、我が民だ。
今後も、ここにいる魔境伯を支えてやってほしい」
陛下の言葉が街中に響き渡ると、一瞬の静寂の後、表現のしようもない大歓声が街を包んだ。
跪く者たちの中には、感極まって号泣する者もいた。
外側を取り巻く街の住人も、泣いているものが多い。
実際、これは異例尽くしのことだ。
陛下が途中で馬車を止めさせたことも、民に向かって直接話しかけたことも。
王都に住まう者でさえ、陛下の声を直接聞ける機会は少なく、実際に聞けた者は少ない。
その姿を見ることさえ同様だ。
彼らにとっては、一生の自慢話となる出来事が、この瞬間にいくつも起こっていたことになる。
陛下自らの言葉によって、他国から移住してきた者が、カイル王国の民として認められた。
惨い圧政に苦しめられた者たちにとって、国の頂点、国王陛下から未来を託された。
戦いで愛する家族を失った者にとって、国王陛下から慰めと激励の言葉を賜った。
戦で戦った者たち、疫病と戦った者たちも、その健闘を国王陛下から讃えられた。
こうした出来事に、全ての民たちが歓喜し、涙を流して熱狂した。
「陛下、テイグーンの民たちに、誠にありがたきお言葉、相応しき感謝の言葉すら見つかりませんが、誠にありがとうございます。
これより、領民たちが用意した花道に沿ってご案内させていただきます」
そう、前回の時の花道も、再び用意されていた。
前回よりも格段にバージョンアップして。
領民たちは陛下の来訪に備え、それぞれが事前に空き地や鉢植えに花の種を植え、準備していた。
過分な褒章に対し、感謝の意を表すために。
そのため彼らはもう、野に花を摘みに出る必要はなく、通りを彩る花は十二分にあった。
以前より格段に増えた、五千個を超える竹筒に生けられた花たちは、陛下の花道を彩った。
住民たちは自主的に前夜、テイグーンの主要な通りに出て、道を掃き清め、敷き詰められた石を磨いた。
そしてその後、陛下の通る道路の中央を歩くものはなく、道は驚くほど綺麗に保たれた。
この、磨き清められた街道と、竹筒にいけられた花たちは、陛下だけでなく同行した来訪者たち、他領の領主たちをも非常に驚かせることになった。
『陛下をお迎えするには、道を清め、花道を以てその感謝を表せ』
これが、いつの間にか、カイル王国に根付く風習の始まりとなった。
夜は夜で、俺はひとつ仕掛けを作った。
カール工房長に依頼して、作っていた特産品のひとつ、地面に置くと漏れた光で花模様が広がる燈火を、日が暮れると花道に沿って延々と設置させていた。
もちろん一晩中ではないが、この世界にはないライトアップを演出し、その美しい光景は誰をも魅了することになった。
そしてちゃっかり、見本市に何種類もの花模様燈火を出展し、その場で予約販売を準備している。
こうして、初日は無事乗り切ることができた。
俺たちの気の抜けない日々は、あと5日間続くことになる。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【最上位大会③事前視察】を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。