第百八十四話(カイル歴510年:17歳)新しい年の始まり
新しい年が明け、ここテイグーンでも新年の祝賀会が催されていた。
「新年おめでとうございます!
これからのソリス家の、魔境伯領の益々の発展を願い、乾杯!」
団長の音頭とともに、華やかな宴が始まった。
昨年一年は、本当に多事多難な年であり、良い意味では俺たちの一大転機となった年だった。
この祝賀会には、テイグーン一帯の首脳部、全ての魔法士たち、行政府、商品取引所、受付所の主要メンバーたち、辺境騎士団支部の主要団員たち、そして領民の代表者、帝国移住者連絡会の者たち、新たに設けられた皇王国移住者連絡会の者たち、商人たちの代表者が参集していた。
もちろん、学園に通う王都在住の者たちも含めて。
「いやはや、魔境伯のご領地で新年を迎えることになるとは。よい土産話ができました。
この度は、我ら親子もお招きいただき、ありがとうございました」
来賓として、東部辺境から皇王国の移住者を引率し、結局年が明けてしまったバウナー男爵、王都から合流していたアレクシスも参加していた。
「いえいえ、こちらの準備が整うまで、お待たせしてしまった結果、このようになってしまい申し訳ありませんでした。せめて新年ぐらいはこちらでゆっくりとお楽しみください」
そう、バウナー男爵は、急げば年末に彼らを送り届け、新年までに領地に戻ることも可能だった。
だが、受け入れ態勢が整うよう、気を遣った行軍を続けた結果、こうなったのだから。
「あの……、私も参加して良かったのでしょうか?」
場違いな祝宴に参加したのでは?
そう萎縮していた元イストリア皇王国の御使い、アウラもバウナー男爵や移住者と同行してテイグーンに来ていた。
「全然問題ないよ。君はもうここでは捕虜じゃない。
皇王国に帰してあげることはできないけど、ここではある程度の自由は保障します。
移住した皇王国の兵たちも喜んでいるし、このあと、君の仲間を紹介するので、交流を深めてもらえると嬉しいかな」
そう言って、リリアに依頼し、風魔法士たちを始め、全ての魔法士たちに紹介してもらった。
同性の、しかも年の近い風魔法士たちに囲まれて、最初は遠慮していた彼女にも、笑顔がこぼれるようになったのを見て俺は少し安心した。
かたや、マリアンヌとラナトリアは……
皇王国移住者連絡会の者たちに取り囲まれていた。
「こんなにも煌びやかで、しかも大勢の御使いさまたちがいる国なんて、夢のようです。
家族たちも皆喜んでおります。御使い様には、感謝の言葉もありません」
彼らは涙を流して喜んでいた。
長旅のあとテイグーンに辿りついた、1,300名の移住者と500名のロングボウ兵たちは、ひとまず先行した500名が案内人となり、宿場町にてそれぞれの家族と合流し、観光や長旅の疲れを癒すよう配慮がされていた。
後日、それぞれの希望を考慮したうえで、移住先が割り振られていくが、先ずは家族との再会を喜ぶ時間と、当面の支援金も用意されていたからだ。
「にしても、彼らに対しここまでの待遇だと、我々は立つ瀬がありませんな。
ここで学んだこと、領地に戻ってのちハミッシュ辺境伯と相談し、改善すべきことや取り入れるべきことを急ぎ行う必要があると、ひしひしと感じます」
少し離れた場所から、皇王国の者たちの様子を見ていたバウナー男爵は、ため息をつきながら感想を漏らした。彼らの元には、まだ1,000名余りの捕虜がいるからだ。
「父上、私はここでかつて行われた、マツヤマ方式という捕虜の扱いを学びました。
かつてこの地を侵攻した帝国兵たちも、いまやここを支える領民として、日々汗を流しております。
捕虜の処遇だけではありません。内政についても、学ぶべきことは多々あります。
お戻りの際は、兄上ともども領地の内政をよろしくお願いいたします」
「アレクシス、お前はもうすっかり魔境伯の陣営の一員になっておるな?
魔境伯、どうか、愚息をよろしくお願いいたします。わが領地では行く末もない者ゆえ……」
「はい、ご安心ください。
彼は学園では数少ない私の友人です。卒業後は、それなりの地位と任務を任せたいと考えています。
ゆっくりご滞在いただき、何か参考になるものがあれば、領地にてご活用ください。
あと、ハミッシュ辺境伯始め皆さまからいただいていた、クロスボウ5,000台の発注は、間もなく納品できる予定なので、いずれお届けに参上します」
「もうですか! この街の生産力にも、目を見張るものがありますな。
辺境伯も心待ちにされてる故、確かにお伝えいたします。
それにあたり、納品後に息子を一時領地に戻し、風魔法との連携や戦術を整えたく考えております」
「アレクシス、もしかしてあれ、やるの?」
「勿論です! 父上にも兄上にも、風魔法が使える者には分け隔てなくやっちゃいますよ。
身分なんて関係ないですから」
俺の心配を理解した彼は、微笑みを浮かべながら団長考案の特訓実施を宣言していた。
俺は、たまには父子で水入らずの話もあるだろう、そう思って一旦話の輪から離れた。
「タクヒールさま、王都での件、本当にありがとうございました。
あの後、王都に派遣した担当者から、販売拠点となる店舗、店舗内での取り扱いを受諾してくれた店舗、双方との交渉がまとまったと連絡がありました。先行販売もまもなく開始できると思います」
ミザリーが喜んで報告してきた。
いま彼女は家宰として、想像を絶する忙しさの中にあり、俺ですらまともに話す機会は少ない。
ヒヨリミ領の難民の落ち着き先が決まり、イシュタルとアイギスの街の計画もまとまった現在、皇王国の新規領民の割り振りなども含めて、現在は全てが各担当者へと采配を移管されている。
今彼女が最も心を砕いていることは、4つの産業(ハチミツ、砂糖、石鹸、消毒液)を収益の柱にし、それぞれで年間金貨5,000枚の収益を得るという壮大な目標のため、その育成と増産体制の構築に情熱を向けている状態だった。
彼女の目標は経済面で魔境伯領を支えること。
特産物収入で年間金貨2万枚、金山と鉄鉱山で年間金貨1万枚の収益を確保できるよう動いていた。
これらが達成され、急激に増えた人口に比して税収が安定して入ってくるようになれば、それらを足せば開発費を除けばなんとかトントン。
開発費の赤字は仕方ないとして、それ以外は黒字で領内を回すことができるようになる。
まだそれらは、やっとその端緒についたばかりだ。
「ミザリー、くれぐれも体を壊さずにね」
「はい、こんな事で根をあげていたら師匠に笑われます。私より数倍忙しいと思いますし、そんな中でも文官候補生を送ってきてくれていますから」
そう、ソリス伯爵家宰は、2倍以上になった領地をいちから整理しなおし、管理運営する組織を再編、新領地の経営に忙殺されていた。
昨年の秋には、自ら王都に出向き、学園を卒業した文官候補生や在野の文官希望者を集団面接し、一気に100名以上の者たちを新規で召し抱えていた。
そして、激務のなかにも関わらず、見込みのある者をミザリーの元に送り込んでくれていたのだ。
「まぁ、あちらは母上がいるからね。2人が本気出せば、とんでもない力を出すだろうし……
想像するだけで、凄いことになっているだろうね」
そう、ここ最近のカイル王国では、平民出身というだけで重用されず、その力を発揮できる場のなかった者たちにとって、一気に過去の不満を払拭する事態が起こっていた。
ソリス伯爵家だけではない、ハストブルグ辺境伯家、ゴーマン伯爵家やコーネル子爵家でも、身分に捉われない採用が積極的に推し進められ、一気に王国南部辺境に人材が押し寄せている。
その流れに乗って、入植や王国中央部からの人の流入も進んでおり、王国南部辺境域は大きく飛躍しようとしている。
これまで疎遠だった南部辺境と東部辺境も、貴族同士で商流が活発となり、東部辺境特産の軍馬が南部辺境に大量販売されたり、逆に南部辺境からは鹵獲した武具が、東部辺境に流れたりしている。
双方とも、経済交流の起爆剤となる原資は十分にあった。
鹵獲された物資に加え、国王陛下からの多額の褒賞金、イストリア皇王国からの賠償金(捕虜返還費用)などが活用され、領国の土台作りが進んでいる。
これなら何とか、3年後の帝国侵攻にも対することができるようになるのでは?
俺自身もそう思える、少し明るい年明けとなった。
<カイル歴510年年初 予算残高>
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〇個人所有金貨
・前年繰越 12,000
・期間収入 0
・期間支出 2,000(王都滞在費・他)
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残額 金貨約 10,000枚
〇領地所有金貨
・前年繰越 17,000
・開発支出 ▲68,000
・経費支出 ▲53,100(兵士及び人件費、経費)
・論功行賞払 ▲56,400
・疫病対応費 ▲ 1,000(教会を含む)
・製造委託費 ▲ 8,000(武具等の発注)
・借入金返済 ▲ 1,500(辺境伯への返済)
・販売収益 14,000(商品・武具他)
・一時収益 6,000(土地販売など)
・鹵獲品収益 4,000
・論功行賞等 375,000
・捕虜返還費 25,000
・王国補助金 0(廃止)
・領地収益 38,000
※税収(人頭税、交易税、賃貸料、商品取引所販売益、公営牧場販売益、農産物、鉱山収益など)
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残額 金貨約 291,000枚
借入金の残額 2,500枚(辺境伯)
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次回は【最上位大会①】を投稿予定です。
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