第百八十三話(カイル歴509年:16歳)宿題対応
テイグーンでの滞在はあっという間に過ぎ、俺は王都に戻ってきていた。
それにしても、ミザリーの覚醒モードは凄かった。
「アン、あれだけ手配がされていれば、俺がテイグーンに行くまでもなかったよね?」
そう、実際に会議で俺は一部のアイデアを出したことと、新しい開発地区の名前を付けたぐらいだった。
しかも、その後の収穫祭&戦勝記念式も全て段取りがなされており、最上位大会の段取りについても、移民受け入れの計画の中に盛り込まれていた。
「いえいえ、後ろにタクヒールさまがいるからこそ、彼女は安心して手腕を発揮できるのです。
そして、任せることも領主として大切なお役目です。何よりもお祭りには主役が必要です」
そう言ってアンは笑った。
ミザリーは、敢えて全ての褒賞の分配を、戦勝記念式まで行っていなかった。
俺からその発表をさせるために。
当然、その大盤振る舞いに領民たちは沸きに沸いた。
3日間、全ての工事は休止し、乾杯の盃は交わされ続け、祭りを楽しむ歓声は夜通し続き、お祭り騒ぎが収まることはなかった。
俺は式典の場で、ミザリーを正式に家宰に、団長を正式に戦闘部隊の総指揮官に任命した。
文と武、この双璧がいれば当面安心して任せることができる。
「じゃあ俺たちも早速、宿題の対応を進めないとね。
先ずは……、狸爺かぁ」
「学園のお話ですから、今回はユーカさまを伴われては如何ですか?」
「そっか、貴族の政治周りの話なら、彼女の援護射撃があったらかなり助かるかもね」
こうして、王都に戻った翌日に、ユーカさんを伴い学園長室を訪れることになった。
※
「ほっほっほ、魔境伯が自ら妻となるべき女性を伴い、訪問してくるとは何かあったかの?」
「クライン閣下、初めて御意を得ます。
ソリス魔境伯の婚約者で、ゴーマン・フォン・ユーカと申します。どうぞよろしくお願いします。
夫となる方が、並々ならぬお世話になったお方に対し、ご挨拶が遅れたこと、平にお詫びします」
ん? なんだろう。ユーカさん、完璧な礼儀作法に則っているが、言葉に棘のあるような気が……
実際、顔は笑顔で振るまってはいるが、目は笑っていない。
「ふむ、いやいや、儂としては大したことはしておらんよ。ここではただの学園長だしの。
それにしても、戦地でその名を馳せたご令嬢は、深窓の令嬢たちと比べ、よき覇気を持たれておる」
日頃の彼女を知っている俺には分かった。
ユーカさんは怒っているのだ。夫となる人を、良いように政治に利用した大人たちを。
「今回は、学園長にお願いがあって参上しました。
実は王都で名の知れた、なるべく格式の高い料理店を紹介いただきたくて……」
「ほう、料理店をな。何か企んでおるのかの?
貴族のしきたりとは面倒なことでの。魔境伯は名を借りる対価として、何か用意しておるかの?」
やっぱりな。狸爺は笑っている。
この場も交渉術の練習じゃ。そういって俺を試しているのだろう。
「そうですわね……
王都内での復権派の更迭に関する貢献、東国境での戦いの勝利、反乱軍鎮圧の貢献、陛下の御意に沿った勅令魔法士制度運用に対する貢献、学園の魔法士講座運営に対する貢献、疫病に対する対処の発見などに比べ……
余りにも些細なお願いですので、きっと魔境伯さまは、恥ずかしくて対価などと申し上げれないと思いますわ」
ユーカさん!
それ、思いっきり皮肉ですよね?
ここまで王国に、学園長に対して貢献しているのに、今更対価など、恥ずかしげもなくよく言うよ。
どう考えてもそう言っているように聞こえます。
学園長は俺を政治に利用し、例え守る意思があったとしても、後手に回り散々振り回した。
大事な時期に領地を離れさせ、大勢の人間が巻き込まれたことを、ユーカさんは相当怒っている。
俺にはそれがひしひしと伝わった。
「年長者たるお方のお導き、それがどういったものか、是非この目で拝見したくて、今日はタクヒールさまにお願いして同行させていただきましたの」
そういって、あからさまに作り笑顔と分かる顔で微笑んだ。
それは、『貴方の器量を見ています』そう、言外に伝えているようにすら思えた。
それを見た学園長は、いや、彼だけじゃない。俺も背筋が寒くなった。
俺のため怒っているとはいえ、初対面の狸爺に堂々とタイマン張っている。
然もマウント取ってる。
「……、ほっほっほ、魔境伯は、よいお嬢さんを妻とされたな。
武勇で鳴るゴーマン家、その血を継ぐ胆力、しかと受け取ったぞ。対価、確かにいただいたわ」
こう言って、紹介状をその場で認め、ユーカさんに手渡した。
逃げましたね……
俺はそう思ったが、当然言葉にしなかった。
「お導き、ありがとうございました。
今後も妻ユーカと、遊びに来させていただきますね」
俺は思いっきり、虎の威を借りる狐となった。
彼女は俺が抱える弱みなど関係ない。公になっている客観的事実だけを切り取って言っているのだから。
※
「あのお方が、タクヒールさまの仰っていた狸爺ですのね? 私、凄く緊張しました。
お話の内容にちょっとだけ、思ったことを言ってしまいましたが……、ご迷惑になりませんでしたか?」
「いやいや、見ていて凄く……、愉快でした。
学園長も呆気に取られただけで、今後根に持つことはないと思いますよ。
愉快そうに笑ってましたし」
狸爺はきっと、可憐な見た目と異なり、実は気の強い妻の尻に敷かれる、俺の将来を見て笑っていたのだろうけど……
そんなことをユーカさんに言える訳もない。
「所で、お願いしていた件、ご学友の方々で、協力いただける方は見つかりましたか?」
「ええ、数人ほどですが、皆さましっかりした家柄の方々で、お人柄も問題ありませんわ。
この後、サロンにお集まりいただいております」
そう、俺はユーカさんにお願いをしていた。
ハチミツ作戦、この計画のためのモニターになってくれる貴族のご令嬢を募っていた。
俺たちは早速、学園内のサロンへと向かった。
※
そこでは、ユーカさんが用意した、ハニートーストやハニーパイ、ハニーティーなどが彼女たちに振舞われた。
「んまぁっ! とても甘いですわっ!」
「ユーカさまはこれを独り占めされてたのですか?」
「どうやったら、手に入るのでしょうか?」
「これ、もっとありませんの?」
試食に対して、お嬢様方は予想以上の食いつきっぷりだった。
「まだ量産はできていませんが、体制が整い次第、王都のお店で販売する予定です。
こういった小瓶に入れて、贈り物として販売したく思っているのですが、女性としてどのような容器に入っていれば、可愛い、いや欲しいと思われるか、ご意見をいただきたく思っています」
そう言って俺はサンプルとして持参した物を彼女たちの前に広げた。
ユーカさんの他に、侯爵家の令嬢や伯爵家の令嬢、子爵家の令嬢方の4人は一斉に小瓶を奪い取る。
「まぁっ!」
「可愛いっ!」
「こんな贈り物なら、大歓迎ですわっ!」
「ユーカさまはいつもこんな形で、羨ましいですっ」
テイグーンの女性たちが選んだ容器や包装は、貴族のお嬢様方にも好評なようで、みな、ひとつひとつ真剣に吟味しているようだった。
「販売については、この容器に入れた形で、銀貨10枚程度を考えて……」
「安すぎますっ!」×5
全員から、一斉にダメ出しを食らった。
テイグーンでもそうだったけど、こういう時の女性たちは……、本当に怖い。
「では、ご令嬢方、商品として相応しい価格、他にも容器などの心当たりがあれば、是非ご意見をいただきたくて……、お礼にはこちらを用意しております」
そう言って今度は、変哲もない小瓶に入ったハチミツを、一人当たり5個ずつ用意した。
「!!!」
そこからは、とても話が早かった。
彼女たちは、自分たちの経験から適正価格を提案し、心当たりのある容器、王都でのみ販売されているような高級品などを、数日のうちに持ってきた。
贈答用には、容器に合わせてランクを付け、最も高いものは金貨1枚でも売れる。
彼女たちはそう豪語した。
サンプルの物でも銀貨30枚、それより安いと、価値が無くなるからダメだと言われた。
今流行りの砂糖より希少で、しかも贈答用なのだから、容器と包装に応じた価格にすべきだと。
また、販売するならこのお店、そういった情報まで付けてくれた。
こうして俺は、ミザリーからもらった宿題のひとつめは、簡単にクリアすることができた。
早速俺は、いただいた情報と、容器候補の実物をテイグーンのミザリーたちに送った。
※
その後、もうひとつの宿題に取り掛かった。
狸爺から紹介された店を訪ねた。
ユーカさんと2人で訪ねて見て分かったことだが、王都でも屈指の、伯爵以上の貴族や大商人が利用するお店のようで、どう見ても、そんなお偉い方々に見えない俺達には非常に愛想が悪かった。
「ここは上級貴族の方々が常々ご利用されるお店なんですが……」
言外に入店お断り、そんな雰囲気に満ち溢れていた。
この時点で俺たちは、学園長の紹介状を見せる気持ちは消えていた。
「こちらは伯爵家のご令嬢ですが、伯爵家ではこのお店に相応しくない。そう聞こえましたが……」
もちろん、彼らを責めることはしない。
通常、それらの貴族は馬車で乗り付ける。俺たちは徒歩でやってきた、そしてどう見ても学生だ。
伯爵といっても、どこぞの地方の伯爵と、学園でそのご令嬢に取り入った、どこぞの下級貴族の馬の骨。
そんな風に見えても無理はない。
「身分がそぐわない、そういう事でしたら、諦めて帰りますので……」
そこまで言うと、仕方なしに、といった感じで席に案内された。
実際、つい先日までは俺は男爵だったし、ユーカさんも子爵家の令嬢だったしね。
場違いなのは重々承知していたし、あくまでも客として訪問し、お店の調査が目的だったから。
俺たちは、他の客から明らかに白い目で見られていることを気にせず、食事を楽しんだ。
確かに味は良く、格式も高い。
でも、宣伝目的で利用するのは違う気がしていた。
「ユーカさん、どう思います?」
「そうですね……、こういったお店よりはもう少し気軽な、貴族の子女が気軽に通う人気店の方が目的に合っているかも知れないです。
消毒液だけなら、ここでも取り入れる価値はあると思いますが……」
「ですよね。方向性を変えましょう。
そういったお店について、調べていただくことは可能ですか?」
「はいっ! 元々王都に住まわれているご令嬢方なら、そういった伝手もあると思いますので……」
2つ目の方針はやむなく軌道変更することになった。
むしろ、そうすべきだという点で、俺とユーカさんの意見は一致した。
その後、ちょっとした余計なこともあったけど……
それは、食事も終わりそろそろ帰ろう、そう思って席を立った時だった。
年配の上位貴族と思わしき男性が声をかけて来た。
「お食事中にお邪魔してはと思い、お声を掛けるのを遠慮し、ご挨拶が遅れ失礼しました。
ソリス魔境伯閣下でいらっしゃいますか?
先日の王宮での論功行賞でお姿を拝見しまして……」
とある伯爵から、丁重なご挨拶を受けた。
そして、それに聞き耳を立てていた、周囲のテーブルに居た方々が、我先にと挨拶に来た。
彼らのうち貴族は最初の伯爵だけで、あとは俺も聞いたことがある、王都の大きな商会の商人たちだった。
当然彼らは、独自の情報網により、俺が多額の金貨を褒賞として得たことを知っていたのだろう。
繋ぎを付ける格好の機会とばかりに、我先にと挨拶にやってきた。
正直、挨拶とか気にしないで欲しかった。
さっさと帰りたい気持ちで一杯だったのは、言うまでもない。
その様子を見た、最初に俺たちを案内した店員が蒼褪めた顔になり、店の支配人が慌てて挨拶に来たのは、本心でちょっと可哀そうだったけど。
後日、ユーカさんのご友人が贔屓にされているお店にて、消毒液と石鹸をお試しで使用すること、更に、はちみつをサンプルとして使用してもらえるスイーツの人気店が見つかったのは言うまでもない。
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