第百八十二話(カイル歴509年:16歳)テイグーン三次開発③
ミザリーの覚醒モードはまだ続いた。
「先ほどまでのお話は、あくまでも器のお話でした。
これからは、その器に注ぐお酒となる、経済面、今後の収益方針について共有と議論を進めたく思います。
ご存じの通り、魔境伯領はこれまでも人口に比して抱える兵力が多く、これからはもっと顕著になります。
放置すれば何年か先に、多すぎる兵員数で破産してしまう可能性すらあるのが現状です」
確かにそうだ。
将来的には、辺境騎士団支部で1,250名分と、駐留兵500名〜800名、ロングボウ兵1,000名を支えていかなければならない。辺境騎士団に関しては、陛下から支援はあるとはいえ、それを期待した皮算用は危険だ。
更に、傭兵団もそれなりの規模で維持する必要もあり、その費用も賄う必要がある。
仮に正常な領地運営で2,500名の兵士を支えるとすると、必要な人口は50,000人程度になってしまう。
ちょっと無理しても人口25,000人……
はっきり言って、現状見込みの倍近い。
どれだけ安月給にしても、毎年金貨は5万枚飛んでいくって……、領地経営って本当に難しい。
「今のところ、税収以外で大きな収入は3つしかありません。タクヒールさまが受けてくださっている兵器受注と、鉱山収入、そして商品取引所での収益です。
3番目は、バルトさんやカウルさんが安く大量仕入れした生活必需品を、テイグーンの商品取引所で販売する差額収益なので、これは裏技みたいなものです。
そのため、新たな産業の育成と、収益の柱を構築する必要があります」
このあたりは王都でミザリーとも話した内容だ。
覚醒後、何が出てくるのだろう。
俺はちょっとワクワクしながら続きを聞いた。
「先ずは結論から申し上げます。
この領地だけで生産できる特産品を、王都の商店で場所を借りて展示販売します。
私も王都に行った際に、様々な商店を回りましたが、最も高く商品が売れるのはやはり王都です。
そして幸いにも王都にはタクヒール様が拝領されたお屋敷があるので、物流の拠点にできます」
おおっ! アンテナショップか。
打合せで王都に滞在していた時、ミザリーはそんなことも考えて調査していたのか。
日本を知らない彼女が、この発想に至ったことは、非常に驚いた。
「まず目玉となるひとつは、ハチミツです。
これは既に多くの女性が虜になっていますが、タクヒールさまが始められた養蜂の成果と考えます。
現在、テイグーンの各所に、そして今年の春からは試験的にガイア周辺でも巣箱の散布を進めております。
女性でもできる産業のひとつとして、これを支援し、将来的には現在の10倍の生産量を目指します。
カール工房長の協力のもと、重箱式と単枠式の巣箱も準備できておりますので、産業化にはあと一歩のところまできています」
うん、確かにハチミツの小瓶、ユーカさんもフローラさまも、常に欲しがるもんなぁ。
あ、クリシアも。
「俺からも提案があるんだけど、ハチミツはなるべく可愛らしい、女性が喜ぶような小瓶に入れて売るのはどうかな? 贈り物として、女性に贈るに相応しい見かけにするんだ。
そして、通常時はなるべく小出しにして、一年のうちある期間だけ王都の店舗にて大量に販売する。
その時には例えば……
『この期間、意中の相手に甘いハチミツを送り、愛を告白しましょう』
そんな感じの触れ込みで、いつもよりほんの少しだけ安く売る。
そうすれば、一気に需要の裾野も広がると思う」
「なるほど! うまく行けば、王都の多くの男性は、必死になって数の少ないハチミツを買い漁る。
そうなれば、更に噂になり、多くの人へとハチミツが広がり、認知も向上する訳ですね?
王都の男性の懐を刺激する、面白い作戦ですね」
団長は大いに笑ったが、一部の男性参加者は少し青ざめていた。
そんな事が流行になり定着したら、今度は自分自身がハチミツを手に入れるため走り回り、懐を寒くする未来を想像したからだ。
反対に、女性の参加者は大いに喜んでいたのが、すごく対照的だった。
「その案! 是非採用させてくださいっ。
この会議終了後すぐに小瓶の調査なども含め、有志で商品化や販売戦略を検討します」
ミザリーも凄く乗り気だった。
俺自身、自分で自分の首を絞めた感じもするけど、まぁ気にしないでおこう。
だって販売元だしね。
「さて、もうひとつの目玉はサトウキビの栽培を促進し、砂糖を販売することです。
ここ最近、王都では砂糖で作られた菓子類が流行しており、高価なものでも飛ぶように売れています。
そのため、今後も需要は続き、安定した収益になると考えています」
「ちょっとだけ、砂糖に関する報告をさせてもらって良いでしょうか?」
こういった話題には、門外漢を自称し、あまり積極的に発言しないラファールが手を挙げた。
その彼が敢えて取った行動に、俺は何かを感じた。
「ラファール、報告を頼む」
「先日、ちょっと酒場で交易商人と飲みましてね。
酒に酔った彼らが口を滑らしたんですが、どうやら砂糖の流通に帝国のあの男が絡んでいるらしいです。
彼は、帝国側の国境で大量に砂糖を商人たちに売りさばき、相当な収益をあげているらしいです。
また、砂糖の販売を餌に、商人たちを牛耳っていて、いろいろな情報も得ている、そんな噂があります。
個人的には、捕虜返還でカイル王国は彼に嵌められたんじゃないかと……、考え過ぎでしょうか?」
「やっぱりか。
俺もラファールの推測が正しいと思う。
この砂糖の人気も、彼が仕掛け、裏で糸を引いている可能性が高いと思う。
ハストブルグ辺境伯も言っていたが、今回の反乱で帝国軍の動きが怪しすぎた。
タイミングよく国境に第一皇子が出てきたことも、彼らと反乱軍が交わしていた親書もそうだが、もっと他の面でも腑に落ちない点があった。
我々が一番不思議だった点は、第一皇子の軍勢が国境から動かなかったことだ。あの時休戦協定を破り、再侵攻されていれば本当に詰んでいた可能性が高い。
俺は、第三皇子陣営、いやあの男が政治的な理由で、味方の妨害を行い、第一皇子は動かなかったのではなく、動けなかったのではないかとみている。
ラファール、ケンプファー子爵の動きは、今後も最重要課題として、引き続き調査を頼む。
今の話しだと、テイグーンに出入りしている商人からも、色々情報が流れている可能性が高い。
ミザリー、これに少しでも対抗できるよう、サトウキビ栽培の促進と、砂糖の増産、砂糖の製品化研究を進めて欲しい。
そして特に、砂糖に絡んでいる商人の動きには一層の注意を払い、必要に応じた欺瞞情報を流してやろう」
「承知しました。
砂糖に関しては、経済的な目的商品から、戦略的な目的商品に一段格上げして対応いたします」
「うん、その方向でお願い。では、話の続きを頼む」
「はい、特産品として、もうひとつの柱は石鹸です。
こちらも疫病対応で生産体制を構築しましたが、もう少し高級志向の、香りのある石鹸などの改良を進めています。
この国では、高級石鹸は全て輸入品の高価な物です。
これが量産できるようになれば、商品の柱になると思います」
「うん、香りのよい花を絞ったものや、精油なんかを混ぜる方法だよね?
これも女性を狙った、いい戦略だと思うので、是非進めて欲しい」
「ありがとうございます。
最後は、これも疫病対策でタクヒールさまが開発された物ですが、消毒液です。
既に王都の教会からは、聖水として独占販売したい旨の申し出が来ておりますが、少し困っております。
教会の機嫌を損ねるわけにもいきませんが、彼らが大きく利益を得ることは目に見えていますし……」
「そうだね、そこはきっちり線を引くべきだと思う。
予め、取り決めた量だけ教会に販売することはできるが、こちらの販売権や製法は渡さない。
これは、教会に対し、魔境伯の意向であるときっちり伝えてもらって構わない。
こういう時は遠慮なく立場を利用しよう。
バルト、カウル、暫く調達に出ていないと思うけど、今後も牡蠣殻を安定購入することは可能かな?」
「はい、海辺の国では日常的に食されている物なので、それなりに入手は可能です。
まして、彼らにとってはゴミが売り物になるのですからね」
「では、諸々落ち着いたら、一度仕入れの旅に出てもらうね」
2人は笑顔で頷いた。
彼らにとっても、見分を広める行商は、非常に楽しく、遣り甲斐のあるものらしい。
「あと、もう一点だけ。
体制が整い、供給が安定するまで、王都の高級料理店に限り、ハチミツと砂糖、改良型石鹸や消毒液を販売したく思っています。
タクヒールさまには、どこかご紹介いただける所がありますでしょうか?」
「……」
うん、ずっと王都にいても、そんな場所に出掛けたこともない。
そしてアテも全くない。
「うん、今はアテがないけど、知ってそうな人はいるので、聞いてみるよ。
料理店に卸す見本があれば、帰りに持って帰りたい。
あと、贈答用のハチミツ小瓶も、ユーカさんを通じて、貴族のご令嬢方の反応を調べたいので、間に合えばその準備もお願い」
恐らく、狸爺ならそんな店も知っているだろう。
まぁ俺が王都でそんな事を聞ける相手は彼しかいないし。
「承知しました。
興味がある女性参加者の皆様、よければこの会議終了後、検討会を開きますのでお時間をくださいね」
「あと、最上位大会の準備なんだけど……」
「そちらは、全て準備を進めております。ご安心ください」
「あと、収穫祭の段取りも……」
「はい、そちらも完璧です。お任せください。
後で、進行の段取りと、詳しい内容を書いた書面をお持ちしますね」
「……」
ってか、ミザリーを含め、女性たち全員がハチミツにスイッチが入ってしまっている。
俺は、空気を読んで、会議を終了した。
その日は、深夜まで女性たちが集まり、製品化や販売戦略が検討されていたそうだ。
俺は残された男たちと食事を共にし、彼女たちの思い入れの強さに戦々恐々として眠りについた。
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次回は【宿題対応】を投稿予定です。
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