第百七十九話（カイル歴509年：16歳）皇王国との休戦協定
秋の終わり、二年目の学園生活も順調に進み始めていたので、一度領地に戻る事にした。
この時期に帰領するのは、個人的な事情以外の、大事な目的もあった。
俺に同行するのは、アンとアストール及び少数の護衛兵で、騎馬で駆け抜け、急ぎテイグーンに向かう。
急ぐ理由は、ハミッシュ辺境伯からの知らせを受けたからだ。
「ソリス魔境伯、戦場では倅共々大変お世話になりました。再びお目に掛かれて光栄です。
この度、イストリア皇王国との休戦協定がまとまり、ハミッシュ辺境伯より伝言を申し付かりました」
そう言って、使者として王都に訪ねて来たのは、アレクシスの父であるバウナー男爵だった。
アレクシスの件もあり、今後はバウナー男爵が使者の任を受け、東部辺境と南部辺境を往来するらしい。
「辺境伯より命を受け、兼ねてからお約束の捕虜、今後ソリス魔境伯領への移住者として500名を引率し、テイグーンへとお連れする予定です。
その際、事前にご要望いただいておりました、イストリア皇王国から参りました移住者の家族も同行してお連れしますが……、その、数が数なので、先ずは事前に報告に参上いたしました」
「因みにそのご様子、何か不都合でもありましたか？」
バウナー男爵は何か、言いづらそうな様子だった。
俺も捕虜返還に当たる交渉のため、既にテイグーンに来ている500名が、呼び寄せを希望した家族の数は把握していた。
その数およそ400名。
だが、今現在辺境伯に預けている残りの500名の動向は知らなかった。
「その……、此方でも事前に調査した結果は400名前後、魔境伯からいただいた数字と合計し800名前後と見積もっていたのですが……
結果として1,300名を超える数に上りました」
「はぁっ？」
俺は予想外の回答に頭が混乱してしまった。
バウナー男爵は、ここまで至るまでの経緯を俺に説明した。
※
東部国境戦で勝利した暫くのち、イストリア皇王国からハミッシュ辺境伯へ休戦の使者が訪れた。
その交渉の席で、捕虜返還の話も議題に上ったそうだ。
「我々としても、貴国との休戦に異存はない。
だが、休戦の証として、貴国では何を提供し、我らに何を望まれるか？
此度の戦いで我々は、貴国が行っているのと同様に、貴重な労働力としての捕虜を得たが、それを手放しで返還することは考えていない」
こういって一度突っぱねたそうだ。
そうして皇王国を焦らした後、返還条件を提示していた。
ひとつ、
捕虜は2,000名までなら身代金を以て返還に応じる用意があること
ひとつ、
身代金は兵科によって異なり、歩兵は一律金貨50枚、ロングボウ兵は一律金貨100枚とする。
ひとつ、
捕虜返還の身代金は、特別に定めた条件が満たされた場合、減額に応じる用意がある。
「なぁに、条件は貴国にとっても簡単なことよ。
敗戦を認めカイル王国と20年の休戦条件に応じること
返還は歩兵千名とロングボウ兵千名に同意すること
移住を希望する捕虜には、その移住を認めること
移住希望者の家族を、カイル王国に引き渡すこと
たったこれだけのことよ。
これらが認められれば、貴国に対し我々は和平の証として、優遇措置を与えたいと考えている」
交渉の席で、ハミッシュ辺境伯はこう言って笑ったらしい。
その後、引き攣った顔の使者に対し、優遇措置について説明したそうだ。
ひとつ、
カイル王国として年間最大30個の魔物触媒を、一個あたり金貨30枚で皇王国に販売する用意がある。
ひとつ、
一人当たりの捕虜の身代金を、歩兵は金貨40枚、ロングボウ兵は金貨60枚に減額する用意がある。
「ご使者の方々、２千名の捕虜が還り、身代金が王国金貨５万枚分安くなり、毎年貴国が調達しているより遥かに安い、適性確認用の魔物触媒が手に入るのだ。
交渉の成果として、其方らの祖国に対し、大きな土産になるのではないかね？」
イストリア皇王国側は、結局ハミッシュ辺境伯が言った提案を飲むしかなかったそうだ。
既にロングボウ兵部隊は壊滅的被害を受けており、再建には10年単位で時を要すると言われている。
カイル王国との国境以外でも、国防に千名の即戦力は何よりも代えがたかった。
何度か使者が往復したのち、イストリア皇王国は正式に条件を受諾することが決定した。
そして皇王国側は、彼らが当初想像していた数を遥かに超える移住希望者と、彼らが家族に宛てた手紙を受け取ることになった。
「なお、こちらの捕虜が納得できない理由で家族の移住が成立しない場合や、指定された家族を間違えて連れてきた場合、その人数分だけ身代金の減額は行われないので、その点、特にご留意いただきたい」
辺境伯の言葉、最後のダメ押しが効いたのか、イストリア皇王国側では真摯に捕虜家族を確認し、捕虜返還の場に彼らを伴って来たらしい。
ここまでは俺や辺境伯の思惑通りだった。
だが、伴ってきた家族の数が想定外だった。
当初、捕虜たちの手紙を見た家族や縁者たちは、あり得ない内容に皆、真偽を訝しんだそうだ。
特に、現在テイグーンに住まう捕虜からの手紙は、貧しい暮らしの彼らからは想像できない内容だった。
それら曰く……
「俺たちは……
御使い様に神の奇跡（治癒魔法）を賜った
御使い様と共に戦う栄誉と戦場で直々に祝福を受けた
戦功を上げ、王国金貨10枚の報奨金を貰った
こうした経緯もあり、御使い様のもと、カイル王国に移住すると決めた」
そういった旨が記載されており、皇王国に住まう家族にとって更に驚くべき内容が記されていた。
「俺たちの移住先には……
多くの御使い様がいらっしゃり共に暮らしている
豊かな土地と住まう場所が用意されている
皇王国の時と比べ、夢の様な生活が保障されている
皇王国では夢のような環境の街に住んでいる
我らは御使い様に家族を呼び寄せたいとお願いした。一緒に新天地で、新しい生活を始めよう！」
そんな手紙を受けた家族も、最初は偽りの誘いと疑った者が多かったそうだ。
だが、誰の手紙にも同じ内容が記されている事が知れ渡ると、捕虜の家族以外の者についても、移住を希望し名乗り出る者が続出したらしい。
こうして、カイル王国へ呼び寄せられた移住者の中には、自称移住者の兵士と将来を誓い合った仲であると主張する娘、戦災で父や夫などの身寄りを失くし、生活に困った移住者の親類縁者など、噂に聞く新天地を目指す女性たちも、それなりに多く含まれていたそうだ。
イストリア皇王国側でも、成人男性の移住は厳しく制限されたが、兵士として徴兵できない女性たち、働き手を失った家族や孤児には、咎める目も甘く、いや、むしろその面倒を積極的に押し付けたらしい。
「予想外に増えた女子供たちは、間諜の懸念もありますが、辺境伯はこう仰せです。
『男ばかりが増えても、魔境伯も苦しかろう。
遠く離れた南部辺境に間諜がいたとしても、その効果はあまり意味を成さないだろうし、今、魔境伯に必要なのは人、ならば先ず我らは意向を確認すべきだ』
この件も含めて、私が参上した次第です」
「バウナー男爵、ありがとうございます。
辺境伯のお心遣いにも感謝を、とお伝えください。
移住希望者は全て分け隔てなく当方で受け入れます」
俺は即決した。
テイグーンでは常に歪な人口比が課題だった。
そして、今は魔境伯領を支える人口も新たな課題だ。
既にテイグーンには帝国人とその家族もいる。
そこにイストリア皇王国人が加わり、複合文化の発信地として、特色を出すのも悪くないだろう。
テイグーンでは働く女性たちへの支援もある。
子供達に教育機会を与える学校もある。
女性や子供たちも即戦力、未来の戦力として経済の担い手になってくれるだろう。
こうして、既にテイグーンに居る者500名と、今は辺境伯の元にいて、今後テイグーンへ移送される500名の合わせて1,000名の捕虜（移住希望者）に対し、家族や関係者として名乗りを上げた、1,300名にも及ぶ身内がやって来ることになった。
「ハミッシュ辺境伯は、身代金として得た対価も、一部をソリス魔境伯の功績として分配し、当面は移住者家族の支援に充てて欲しい、そう申し付かっております。
移住者500名とその家族1,300名は、年末までに私が引率してテイグーンまでお連れしますが、今回は先触れとして、その旨お知らせするために参上いたしました」
◆イストリア皇王国との交渉結果
返還捕虜 2,000名（歩兵とロングボウ兵）
返還対価 王国金貨100,000枚相当
移住捕虜 1,000名（全てソリス魔境伯に引き渡し）
残留捕虜 1,000名（ハミッシュ辺境伯側で確保）
◆ソリス魔境伯への申し送り
移住家族 1,300名を引率し引き渡す
分配戦果 王国金貨25,000枚相当を引き渡す
唯一の心配はこの人数……、テイグーンで受け入れることができるだろうか？
俺はその初期対応が気掛かりだった。
既にヒヨリミ領からの難民も1,700名ほど受け入れており、今の状態では完全にパンクしそうな気がしていた。
だが反面、領民を増やし、経済力と兵力を強化することも絶対的に必要なことだ。
「アン、俺たちは可能な限り急いで戻ろう。フラン側の開拓村もまだ完全には整っていない筈だ。
取り合えず、皆に知らせ受け入れ準備を進めよう」
「そうですね。でも、これを乗り切れば、テイグーン一帯の人口は一気に増えますね」
こうして俺たちは急ぎテイグーンへと戻ることになった。
また皆にブラック労働天国、そう思われないかと俺の心配は尽きないが……
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【テイグーン三次開発①】を投稿予定です。
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※※※お礼※※※
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