第百七十五話(カイル歴509年:16歳)領地再開発計画
父との打ち合わせが終わったあと、まだ一息つく余裕は無かった。
領地に関して決めなければならない事が山積していた。
このことについて、方針を決めるためやって来たミザリーと、俺と団長、そしてレイモンドで議論することになった。
「早急に検討しなければならない課題が少なくとも7点あると思います。
テイグーンで受け入れた全ての難民をどうするか?
元イストリア皇王国兵の処遇や対応をどうするか?
自警団への褒賞と今後の任務見直をどうするか?
疫病で協力してくれた領民への褒賞をどうするか?
経済基盤の強化と、収益の確保をどうするか?
合同最上位大会、その準備をどうするか?
旧ヒヨリミ領北部、今後の魔境伯領をどうするか?
やらねばならないことが目白押しで、何から手を付けてよいのか分からない状態です……」
そう言ってミザリーは一気にまくしたてると、大きくため息をついた。
「ミザリー、こんなにも面白いことが盛りだくさんで、内政を預かる者としては最高じゃないですか?
腕を振るう機会に恵まれ、嬉しい限りですよ。感謝こそすれ、溜息をつく暇など無い筈です」
家宰が彼女を叱った。と言っても目は優しく笑っている。
そういえばこの人も、仕事の鬼、団長と分野は違えど鬼の双璧だもんなぁ。
「ごめん、いつも苦労をかけて。
この場でできる限り方針を決めるので、できる部分から、優先度の高いものから対処していこう。
レイモンド、気になる点や補足、ご意見などがあれば是非お願いします」
そう、このために俺は父に頼み、伯爵家家宰である彼を会議に借りていた。
「先ずは最も優先すべきは、難民の対処でしょうね。
彼らをそのまま抱えていくことには、物理的にも現実的にも限界があります。
物理的には彼らの住まいを、現実的には当面の資金援助と仕事の斡旋、これが急務だと思いますよ」
「レイモンドの指摘通りかな。
先ずはテイグーンの街近辺では、定住できる人口にも限界があるでしょう。
当面は仮設住居や人足長屋、元収容所を活用するとして、恒久的には水資源の問題が出てくる。
検討しているプラン通り、フラン側に新たに入植地、開拓村を複数作る必要があるでしょうね。
あちら側は水路があるので水自体は豊富だし」
「今回のように毒を混入される懸念はどうしますか?」
「ミザリー、そういった破壊活動は警戒したらキリがない。新関門と同じく、飲料水は井戸を頼る。
水魔法士を総動員して、地下水脈を探し、そこに開拓村を作れば事足りるのではないか?」
「家宰の言う通りだと思います。そしてミザリー、全てが開拓農民に、とも思ってないよ。
人口が増えた分、産業もきちんと構築していく必要があると思う。
いま人手が必要なのは、カール親方の所の職人、服飾品の製造関係、石鹸の製造、小麦加工品の製造、そして兵士が増えた分、食事などの世話をする人間、そういった求人を調査して、斡旋する。
そうして自立できるよう促そう。職人仕事はテイグーンの町で、でも大量生産を専門とする工業団地を開拓村の中に作ることもどうかな?」
「了解しました。
早速その案で求人の聞き取りを行い、クレアさんに受付所の人員を回してもらって斡旋していきます。
難民は女性と子供たちが中心です。彼女たちが仕事を得れるよう対処します」
「うん、受付所や行政府などでも人手を増やす必要があると思う。そこも求人を出してね。
あと、開拓村には、安心して子供を預けることができる、学校も忘れずにね」
俺とミザリーのやりとりを笑顔で見ていた家宰が、次の課題を提起した。
「次はイストリア皇王国の捕虜たちですか……、数的に言えば膨大ですね。
そして、その扱いも考えなくてはなりませんね。彼らは戦功も立てていますし」
「はい、ハミッシュ辺境伯から聞いたところによると、イストリア皇王国から身代金の提示と、捕虜返還の使者が来ているそうです。彼らにはそれを伝え、残る者と帰る者、それぞれ選択してもらおうと思ってます。戦力としては惜しいですが……」
実際のところ、東の国境戦の帰路、御使い様に付いて行く、そう言って行動を共にした兵たちは恐らく帰らないだろう。
そう思わせるほど、マリアンヌやラナトリアを崇拝していた。
なんせ神の使いが、自分たちにその御業を使い、聖魔法で治癒してくれた。
そんな栄誉は、イストリア皇王国では考えられないほど大きなものらしく、彼らは、
『御使いさまたちの聖地テイグーン』
『自分たちは聖地の守護者として使命を受けた』
そう言って張り切っていること、ラファールから報告を受けていた。
あの時、ハミッシュ辺境伯に預けて置いてきた500名については、その後の去就は不明だが。
因みにイストリア皇王国の風魔法士アウラは、公式記録では介護の甲斐なく亡くなったとされている。
そういう形で王国にも皇王国にも伝えられている。彼女もいずれテイグーンに移動してくる予定だ。
「横から失礼します。戦力面だけで言えば、彼らがいることは非常に大きいです。
魔境側の城壁にロングボウ兵が並び、間断のない一斉射撃を与えれば、防衛力は格段に強化されます。
風魔法士と連携すれば、射程も大幅に伸びるのでその制圧射撃の威力は計り知れません。
守備を預かる者としては、手放したくありませんな」
団長の指摘は俺の考えていることに等しい。
そして労働力の面から見ても、彼らの貢献は非常に大きなものになると思われた。
「ただ、最大1,000名の兵士受け入れとなると、俸給だけでも莫大ですね」
そう言って家宰は笑っていた。
確かに、正式に雇い入れる場合は、少なくとも金貨2~3万枚が毎年確実に消える。
「はい、彼らは平時でも武装し、訓練を定期的に行う農民兵が多くを占めているらしいです。
なので、帝国からの移民と同様に、魔境側の新規開拓地で、屯田兵として活躍してもらおうと思います。
これなら、安定すれば毎年支払う俸給も半分程度で済むと思うので。
まぁ、それでも膨大ですが……」
「ミザリー、それを支えるため、内政のし甲斐がありますね。頑張りなさい」
そう言って家宰はミザリーを叱咤した。
「はい、頑張ります。師匠の容赦なさは今も変わってませんね」
ミザリーも家宰に笑顔で応えるぐらいに、心の余裕を取り戻したようだった。
なんか、戦場で団長が傍に居る時の俺みたいな……、そう思い、少し笑ってしまった。
「次に自警団と疫病対応に奔走した医療関係者には、従軍した兵士と同等の報償を、行政府ではそう考えてますがいかがですか?」
「うん、俺としてもそれで良いと思う。
今回は陛下から報奨金の下賜があったし、彼ら全てが命の危険を省みず戦ったことになる。
自警団と医療関係者には金貨20枚を、彼らを支援してくれた人々には金貨10枚を、そして残った納税義務を持つ全領民には、金貨5枚を支給しようと思う。
なお、納税対象外の子供でも疫病対応や防戦で支援をしてくれたものには金貨5枚を渡して欲しい。
あと、テイグーンに残留を希望する皇王国の兵士たちにも、支度金で金貨10枚を渡す。
くれぐれも、陛下からの恩賞ということでね」
「その部分、私からも良いですか?
今回、陛下より辺境騎士団第五部隊にも1万枚の金貨を賜っていますが、これも兵への配分の原資に加えましょう。あと、東部国境線での分配の1千枚もですな」
「団長、ありがとうございます。
東部への遠征参加者には、少し多めに渡るよう調整しますね」
「これは、相当の大判振る舞いですね。これでまたタクヒールさまの領民希望者が一気に増えますよ。
私もソリス伯爵領を見限って出ていく領民が出ないよう、家宰として頑張らないといけませんね」
「まぁ、いつも払える訳でもないので、それに陛下からいただいた物はある程度分配しないといけないと思いますので……
それと自警団の報酬も、今までは年金貨5枚でしたが、平時も訓練や夜警、大会開催時の巡回警備など、色々と活躍してもらってるので、定員500名はそのままで、年間報酬を金貨10枚としたく思います」
「タクヒールさま、一律に上げるのは少し行き過ぎかも知れません。
役割や任務をこなした数、成果に応じて最大10枚、そうなるように通達して、余った予算は定期的な訓練にだけ参加する自警団予備隊、それを結成したうえで、その報酬に回すのが上策と思いますよ」
そっか、射撃訓練や防災訓練だけ参加し、有事の際には確保できる人手も指揮系統に組み込む。
家宰の発想をいただくことにした。
「ではレイモンドの案、そのままいただきます。
産業基盤の強化は、先の難民対応で大筋は決まっているので、先ずはそれの遂行を。
あと、砂糖とハチミツは生産量拡大と販路を順次開拓していくことで良いと思います。
王都では砂糖を使用した高級菓子がかなり流行しているみたいです。
ちなみに、今回の戦で、東部辺境の各貴族家からクロスボウの発注が大量に来ています。
これをテイグーンだけでなく、エストのゲルド工房長にも発注しようと思ってます。
この差配はレイモンド、お願いできますか?
ミザリーはこれを難民に対する職人募集のきっかけにして欲しい」
「もちろんです! こちらにまで回していただき、ありがとうございます」
「承知いたしました。戻り次第カール親方と話を詰めておきます」
「次に、旧ヒヨリミ領の対応ですが……、当面は十分に保護するものの、開発は見送ろうと思ってます。
先ずは、治安と魔物などに対する安全の確保が優先かと思います。
因みに、魔境へ通じている道、魔物が侵入する経路について、詳細が分かりますか?」
「では私から。大きな進入路は2か所です。最大のものはテイグーン山東側の経路でしょう。
あそこは隘路でもなく、平地から流れ込む可能性が高いです。
もう一方は、山々の切れ目、谷となった部分から侵入してきます。
それ以外もいくつかありますが、地魔法士がいれば、物理的に蓋をすることは可能でしょう」
ほんと、家宰は何でも知ってる。
この人の知識って……、どんだけ凄いんだろうか?
「この際ですが、旧ヒヨリミ領の魔境出口は全て蓋をしようと思ってます。
土壁でも強固に固めておけば、魔物や敵の騎馬、荷駄は通れないでしょう。
テイグーン山の東側には、防壁を延長し、ここに唯一の関門を設置し、堅牢なものを構築する。
これで行こうと思います」
「それが妥当でしょう。我々の兵力では、今のところそこまで守り切れません。
最大の出口も幅は500メル(≒m)程度、地魔法士なら蓋自体はすぐできると思いますよ」
団長も同意見だった。
「金山はどうしますか?」
家宰が指摘した旧ヒヨリミ領の金山、これは過去、ヒヨリミ領を支える大きな柱となっていた。
カイル王国では領主といえど、金山の所有は認められていない。
発見された金山は全てが国王の直轄鉱山となり、採掘や運営は全て国の事業となる。
だだ、領地に金山を持つものは、毎年王国から金の出来高に応じ配当がもらえる仕組みになっている。
旧ヒヨリミ領の金山は、それなりに有望なものらしく、毎年金貨5,000枚から8,000枚の配当をもらっていたらしい。何もしないでもその収入がある。これは凄く大きなことだった。
「近年魔物が出没し、放置状態になった金山は再生させます。
周囲の安全を確保し、その旨を王国に報告して採掘の再開を促します。
我らはその一角に町をひとつ作り、関係者の便宜を図るだけでなく、収益の拠点としたいと思います」
「さすがですね。配当以外でも、金山に関わることから収益を確保する。
私が指摘しようとしていたことを、先に言われてしまい残念です」
残念と言いつつ、家宰は嬉しそうだった。
「さて、最後になりますが、春に行われる最上位大会、これの準備について、最大の課題は随行する兵士や見物客を収容すること、受け入れ態勢の構築だと思います。
まず、難民対応が進んでいる前提ですが、元収容所の2施設を臨時の宿として開放します。
それだけでは足らないので、開拓村には新しいものを導入しようと思います」
「それは何ですか?」
「民泊と言って、開拓村の領民たちが彼らの家を、臨時の宿屋として活用する手段です。
それぞれの家は、全ての部屋が埋まっている訳でもありません。
空き部屋、または、複数の家で協力して一軒の家を空ける。そうして見物客が比較的安価で泊まれ、かつ、開拓村の領民たちも収入を得ることができます。
有償で食事を提供するのもよいと思います。飲食店も恐らく飽和状態になると思いますので。
事前にしっかり仕組みや規定を作り、彼らを支援する体制を作っておけば、数百単位で宿泊地が増えることになると思います」
「ほう、ミンパクですか。面白いですね。
盗難などの問題もあるので、ミンパクを利用できる人は主に受付札を持ったエストール領の領民、それ以外の溢れた見物客は、大型の簡易宿泊所を作り、雑魚寝でも良いでしょう。
新関門側には大きな浴場もあります。それの利用と抱き合わせにすれば、それなりに利用する人もいるでしょうね。
後は、宿場町と新関門を結ぶ、有料の馬車を定期的に運行すれば、遠隔地でも安心して滞在できると思いますよ」
「レイモンド! それいただきます。
そしてミザリー、落ち着いたらだけど、魔境伯領の新たな家宰として任命します。
必要と思われる資金の調達や使用の権限、そして行政府への新規登用や必要な官職の任命権については、今この場で与えるので、俺が不在の間、思うように手腕をふるって欲しい」
「はいっ! 微力を尽くします」
「タクヒールさま、ありがとうございます。ミザリー、このご厚意決して忘れたり驕る事の無いよう、結果でお返しするのですよ」
厳しい言葉とは裏腹に、レイモンドは非常に嬉しそうで、優しい眼差しで弟子を見ていた。
こうして、懸案事項に対する方針は概要が固まり、ミザリーたちは決定した方針を持参してテイグーンへと帰路に就くことになった。
<恩賞の配分案>
褒賞額 支払合計概算
辺境騎士団第五部隊
東部遠征派遣軍 金貨22枚 合計 4,400枚
南部反乱討伐軍 金貨20枚 合計 6,000枚
駐留兵 金貨20枚 合計 4,000枚
傭兵団(無所属) 金貨20枚 合計 2,000枚
テイグーン領民
医療従事者 金貨20枚 合計 2,000枚
自警団 金貨20枚 合計10,000枚
医療支援者 金貨10枚 合計 2,000枚
以外納税者(概算) 金貨 5枚 合計 5,000枚
その他
難民支援金(概算) 金貨10枚 合計10,000枚
皇王国捕虜(支援金)金貨10枚 合計10,000枚
帝国人屯田兵 金貨10枚 合計 1,000枚
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合計 金貨56,400枚
< 収入 >
論功行賞
魔境伯として 金貨360,000枚
その他(辺境騎士団等) 金貨 11,000枚
その他戦利品概算 金貨 4,000枚相当
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合計 金貨375,000枚
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次回は【領主貴族と新たな疑問】を投稿予定です。
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※※※お礼※※※
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