第百七十一話（カイル歴509年：16歳）大掃除の落しどころ
「さて、皆も忙しい中集まってもらった訳じゃしの、そろそろ始めるとするか」
王族であり、今はクライン公爵家の当主である学園長が口火を切った。
王宮の一角では、カイル王国にて重責を担うもの、大臣クラスと南と東の辺境伯、そして復権派の領袖たちが集まって、いや集められていた。国王からの招集というかたちで。
「侯爵方、この度の一件は大変難儀なことじゃのう。今日はこの落としどころをつけたくてな。
先ずはそなたたちの弁明を聞かせてもらおうかの？」
クライン公爵は相対する４人の侯爵を見渡して話を始めた。
「此度の反乱、我らにとっても預かり知らぬこと。斯様におっしゃられてもいやはや……」
雷の氏族を受け継ぐ、トールハスト侯爵は言葉を濁した。
「そもそも奴の反乱の責を問うのであれば、まず一番に王国の秩序を預かる王都騎士団、そして南部辺境を担う辺境伯であろう！ クライン殿の仰りよう、我慢がならぬわっ！」
逆に火の氏族を受け継ぐ、イグニスルト侯爵は激高した。
「いやはや、儂はいつ此度の反乱の責を問うと申した？
この国難に対し、当初はあ奴の妄言に乗じてしまったこと、加害者と被害者を取り違え、あまつさえ真相が判明するまでソリス男爵らの身柄を押さえよ、其方らがそう高らかに宣言し、動いておった事への弁明じゃが？」
「そうは仰っても、それは些かお人が悪うございましょう。我らとて王国あっての12氏族。
それは十分心得ておりますが、あの時点ではことの真偽など分かりようもございません。
ならば先ずは関係者の身柄を押さえ、事態の真相を究明するは当然のことでは？」
氷の氏族を受け継ぐ、コキュースト侯爵は静かに反論する。
「帝国に内通し乱を起こしたあ奴らには、厳罰を以て対すること。これについては、我らも同意見であり、含むところはございません。
あ奴は、我らに袖にされた結果、自暴自棄の上流言を流し、かかる暴挙に出た。
そういうことでは？」
水の氏族を受け継ぐ、アクアラート侯爵は淡々と、まるで他人事のように話す。
「ふむ、それは道理じゃが、その判断はお主たちがするものかの？
判断は国王陛下がなされ、動くのは王都騎士団。それが王国の定めた法ではないか？
其方たちは些か先走り、結果として反乱した者を利する行動に出た。その大きすぎる口でな」
４人の侯爵たちは全員が引き攣った顔をした。
今回の乱が起こった際に、それに乗じ彼らが蠢動したこと、これは紛れもない事実だったからだ。
「我らも真偽の究明を行う過程で、話の出どころは既に判明しておるしの。
さて、年初にあったソリス男爵の不穏な噂に関し、辺境伯と騎士団長の監督責任を、王都の貴族の間で声高に叫んでおったのは……、誰じゃったかの？
事実無根の得体も知れぬ噂の監督責任と、実際に起きた反乱への監督責任、どちらが重いであろうな？」
自業自得、正にこの言葉の通りであり、以前の彼らは監督責任を追及する側の立場であったこと、それが余計な醜態を晒すことになった。
「更に言えば、ゴーヨク伯爵が発した偽の証拠、あれを信じ、王都に向かう途上のソリス男爵の捕縛を進言しておったのは誰じゃったかの？
偽物に釣られた、そういった意味では偽の勅命を信じ、反乱に参加した者たちもおったの？」
クライン公爵は容赦なく復権派の侯爵たちを追い詰める。じわじわと、そして容赦なく。
「公爵の言っておることは、余としても同意見である。本来であれば……
伯爵か子爵に降爵のうえ、それに見合った領地への転封、公職追放、そんなところかの？」
「陛下の仰るとおりですが、ことは王国への反乱にございます。
貴族身分の剥奪や所領の召し上げ、そのあたりが妥当なところやも知れません。
結果としてゴーヨク伯爵に唆され、彼の妄言を信じ反乱に加わった貴族と同類と言っても差し支えないでしょう」
クライン公爵の言葉に、４人侯爵たちは青ざめ震えだした。
彼が同類と言った貴族たちは、騙されたとは言え反乱に参加した事実により、死罪が確定していた。
「公爵よ、余としても建国より綿々と王国を支えてきた12氏族、これを失うのは忍びないでの。
落としどころとしては如何なものかの？」
「はっ！ 陛下の臣下を思いやるお心、感服いたしました。
されば……
王国の重鎮たる４人の侯爵は、此度の内乱に心を痛め、かつ王国の柱石たる者として覚悟を示された。
自ら、戦功ある者への褒賞を申し出、各々が金貨10万枚を差し出し、功ある者を称えられた。
また、かつて配下であった者の反乱に酷く心痛め、自ら公職を辞して範を示された。
更に、王国軍の強化のため、各家から選りすぐりの魔法士10名を陛下に、即ち騎士団に献じられた。
陛下の施策を後押しするため、12氏族の血統を引かれる貴族の名に恥じない、見事な行いをなされた。
こんな所で如何でございましょう？」
「なるほど！ 氏族の中で最も実力と人望のある其方たちが、進んで範を垂れる。そういうことだな？
面白きことを考える。流石は爺よな。
其方たち、どうじゃ？ 異存はあるか？」
「仰せの通り……」
「ありがたく……」
「……、御意っ」
「……、畏まりました」
彼らは内心、『こんなもの、予め用意された筋書き通りの茶番劇ではないか！』
そう思いつつも、従うより他なかった。
金貨10万枚は、確かにかなりの痛手だが、彼らの力を以てすれば、いずれそれぐらいは再び手にできる。
魔法士も同様だ。彼らは敢えて無用の長物としている者たちだ。実質的な痛手はない。
公職を辞すること、これは当面派閥としての影響力を失い、様々な利権から遠ざかることになる。
現実問題として、これが一番の痛手だが、爵位や家名、領地には代えられない。
こういった計算の後、彼らは承知する旨の返事をし、頭を下げた。
「さて、我らも少しは宿題を終えることができたかの？ 良い点数がもらえるとよいのじゃがな」
国王はそう言い終えると、大きく笑った。
復権派領袖たちのこの行動については、瞬く間に貴族たちに広がった。
それからというもの、慌てて王宮へと参じ、彼らに倣うものが後を絶たなかった。
その多くはつい先日まで、復権派として王宮内や貴族社会を闊歩していた者たちだった。
彼らは自らの保身のため、借金をしてでも褒賞の原資として寄付を申し出て、自らの立場を取り繕った。
※
４人の侯爵たちが退出すると、後日に控えた論功行賞のため、王都へと参じていたソリス子爵、ゴーマン子爵が、控えの間から呼び出された。
「２名とも、此度の内乱鎮圧では誠に大儀であった。
明後日の論功行賞を前に、余から事前に申し伝えておきたいことがあってな」
国王陛下直々の呼び出しで、控えの間でも何があるのかと、落ち着かない様子だった２者は頭を上げた。
「先ずは、ソリス子爵、辺境伯の娘と婚約中のそなたの息子、正式に婚儀がなれば辺境伯の後継として譲ってやって欲しい。其方には後を託すに十分な男児がまだおるでな。
これは辺境伯のたっての望みでもある」
「身に余る光栄でございます。私もダレクも、何一つ異存はございません」
「うむ。そしてゴーマン子爵、そなたには少々辛い話になるやも知れん。
そなたの本家、ゴーヨク伯爵家は廃絶となり、罪は直系一族にも及ぶことになる。
戦功のあるゴーマン子爵家は褒賞を受けるが、其方の妻子はゴーヨク家の直系じゃ。
全く罪を受けぬ訳にも、戦功と相殺とする訳にもいかん。ここだけは承知してくれ。
妻子は罪を受ける代わりに、貴族としての身分を剥奪する。
よって、其方の子らは、子爵家を継ぐ資格を失うことになる。一人を除いてな」
ここで、深くうなだれていたゴーマン子爵は顔を上げた。
「其方の長女は、ゴーヨク一族とは全く関わりもない生まれ。よって其方の後継者は長女となろう。
長女はソリス男爵と婚約していると聞いておるので、実質はソリス男爵が後継者となるかの。
この点、そなたの存念はどうじゃ？ 遠慮なく思うところを申してみよ」
「はっ！ 先ずは当家に対し格別のご配慮をいただいたこと、感謝に絶えません。
ソリス男爵はその器を見込み、私自身が娘の夫にと望んだ者、異存などあろうはずがございません。
ただ、ゴーヨク家の血を引く妻と子らも、貴族の習いとは思いつつ、哀れと思っております。
貴族の立場は失っても、正妻、嫡出子として恥じぬ扱いをすること、ご容赦いただけますでしょうか？」
「構わぬ。世子とは成れぬが、ゆくゆくは身の立つようにしてやるがよい」
「ありがたく……、ありがたくお言葉ちょうだい致します」
平伏するゴーマン子爵の目からは、涙がこぼれていた。
「論功行賞にて、ソリス男爵はもちろん、其方たちの２家も新たな領地を得ることになる。
そしてそれら全ては、ゆくゆくはソリス男爵が継ぐことになろう。
長男と次男、やがては国境の守りの要となる兄弟じゃ。この２人が受け継ぐのは、王国でも類を見ないほど広大な領地となろうな。辺境伯含め、３人の父親たちで彼らを盛り立ててやるとよい」
こうして、ダレク、タクヒールの兄弟は、自身が知らぬ所で将来への道筋が固まっていった。
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次回は【論功行賞 魔境伯の誕生】を投稿予定です。
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