第百六十九話:反乱軍攻防戦⑫ ブルグ郊外戦③ 森の殲滅戦
団長率いる騎馬隊200騎は、クロスボウより長射程で威力の高い、エストールボウを装備している。
敵左翼に強かにダメージを与えると、敵の突進に合わせて反転、森を縫う街道に向けて騎馬を疾走させている。
「凄いなぁ。騎乗であの射撃の腕もそうだけど、統制された動きに見事な挑発っぷり。
ギリギリで逃げ出すタイミングも真に迫ってる」
俺の傍にいたアレクシスは感嘆の声を上げた。
いつもながら、団長が率いる騎兵の動きは素晴らしく、俺が見ても惚れ惚れする。
射撃には、ゴーマン子爵軍から編入されている風魔法士が、騎馬隊に同行し風魔法を行使しているため、普通では考えられない射程と威力、命中精度を出している。
「でしょう……
皆、日ごろ目いっぱい団長にしごかれてるからね。
万が一無様なことやらかしたら、キツイご褒美(特別訓練)もあるし……」
俺はふと、団長の容赦のないしごきが脳裏によぎり、遠くを見つめながら呟いた。
「ではそろそろかな?
伏兵には待機指示を伝える鐘と、本陣には射撃用意の旗をお願い」
「了解です!」
今回は風魔法士の戦力は十分足りている。
散開しているロングボウ兵たちには、魔法士を付けていないため、風魔法は、正面配置の弓箭兵支援のみで事足りるからだ。
そのためアレクシスは、魔法士としてよりはむしろ、本陣で俺の補佐役兼、各所への伝達指示の役割をお願いしていた。
彼は東国境の戦いでも、俺や団長に変な遠慮をすることもなく、そして戦場でも臆することなく、常に平常運転だった。
そのため、俺たちにとっても変な遠慮や気遣いのいらない、そして戦術や手法を既に共有し、作戦指示を心得た、安心して共に戦える仲間となっていたからだ。
「カン・カン・カン・カン……」
戦場にはゆっくりとした鐘の連打が響き渡る。
森の中のロングボウ兵たちには、射撃に備えた配置に移動と射撃準備、これを伝える合図だ。
この段階では、彼らはまだ少し奥まった位置の木々に隠れ、息をひそめている。
そして、団長はじめ味方の騎兵たちが撤退し、森の街道にさし掛かると、少し連打の速度が速まる。
彼らの後方には、街道を埋め尽くす騎馬隊の集団が、こちらに向かって突進を始めている。
「カンカンカンカンカンカンカン……」
敵の騎馬隊が縦深陣に入ると、鐘の連打は一段と早くなった。
鐘の音は、攻撃開始は近いことを伝えている。
「射撃用意! 目標は突進してくる敵の最前列!」
俺の指示で赤旗が大きく振られる。
団長たち騎馬隊は、陣地の前に設けられた堀や逆茂木を避け、予め決められた細い通路を通って後退し、そこで反転、通路を守るように配置に着いた。
その時、敵の騎馬隊は前方200メルまで迫っていた。
「三打目で射撃開始!」
俺の号令で鐘は連打を止め、3回打ちを始めた。この3打目で一斉射撃が開始される。
鐘の音に合わせ、本陣前からクロスボウ兵300名、本陣横に隠れていたロングボウ兵140名、合わせて440本の矢が風魔法士の支援を受けて必殺の矢を放った。
敵の先頭は既に100メル前後となっている。
矢が風を切る音と共に、風魔法士により加速された矢は、突撃する人馬に次々と突き立つ。
「あっ!」
「わっ!」
「ぐわっ!」
一斉発射を受け、俺たちに向かって突進していた、騎兵たちの最前列が一斉に落馬した。
同様に矢を受けた騎馬も、矢を受けて転倒したり、棹立ちになって暴れまわる。
そこに後続が突っ込み、衝突して転倒したり、先に転倒した人馬を馬蹄で踏みにじる。
更にそれらに、脚を取られて転倒や落馬する者が相次ぎ、そこは阿鼻叫喚渦巻く、修羅場となった。
「恐れるな! 第二射までは時間がかかる!
この隙に混乱を収集し、敵陣に突入しろ!」
騎馬の列の中程にいて、最初の被害をまぬがれた者が味方を叱咤する。
初撃を受けた後も、彼らの士気は衰えていなかった。
思ったよりも矢数が多かった点は想定外だったが、クロスボウによる掃射で、それなりの被害を受けることは、彼らも予め想定していた。
これだけ接近すれば、全力で疾走する騎馬なら、第二射発射前に敵陣に殺到できる。
そう考え、彼らは自らを奮い立たせた。
崩れかける味方を叱咤し、何とか攻撃を継続しようとした。
だが、その思惑は大きく外れた。
敵陣の手前に張り巡らされた、堀や逆茂木に阻まれ、騎馬は前に進むことができず立ち止まった。
唯一、敵陣に通じ開いている三箇所の通路は、どれも細く、一騎ずつしか通り抜けることができない。
団長が騎馬を三列の縦列陣で率いていたのも、ここを混乱なく通過するためだ。
その細い通路を単騎で通り抜けた者は、満を持して待ち構えていた、団長率いる騎馬隊によって包囲され、次々と討ち果たされていった。
そして、更に予想外の事が彼らを襲う。
進軍してきた左右の森から、突然新手の兵士たちが湧き出した。
その手に、見たこともない長弓を持って……
「伏兵だぁっ! 森の中に伏兵がいるぞっ!」
どこからともなく沸き上がった声に、ゴーヨク伯爵軍の兵士たちは酷く動揺した。
伏兵たちの矢は、クロスボウでは考えられない、短時間の連射と射程距離で、間断なく襲ってくる。
しかも各所で矢の十字砲火を浴び、瞬く間に甚大な被害を受け、至る所で戦線は崩壊していく。
「てっ、撤退! 撤退しろっ!」
伯爵軍の騎兵たちは、ここに及んで撤退を決意した。
だが、後続として森の街道に入ってきた歩兵たちが邪魔で、彼らは前に進むことも撤退することもできなくなっていた。
俺は敵軍の混乱と、最前線の圧力が減ったことを確認すると、次の段階に移った。
「以降の射撃は、照準を遠距離に変更!
敵の退路を潰せっ! 用意……、撃てっ!」
本陣前に展開する弓箭兵と、魔法士たちへの指示を殲滅戦に切り替えた。
残酷なようだが、彼らの軍を完全に撃退しないと、テイグーンで戦う仲間たちの元へ駆けつけることができない。
同じカイル王国の兵士たちではあるが、反乱に加担した者たちに情けを加える余裕もなかった。
そして、彼らの最後尾に容赦ない矢の雨が降り注ぐ。
「退路っ……、ありませんっ! 後ろも矢の雨ですっ」
ゴーヨク伯爵軍の騎兵たちが絶叫した。
後方の歩兵たちが次々と矢を受け、倒れていく。
この時になって彼らは、敵の縦深陣に誘い込まれ、今正に殲滅されつつあることに気付いた。
そして敵陣から聞こえる鐘の音が、彼らにとっては死を告げる音色となった。
彼らは、我先にと後方に逃げ出そうとしたが、人馬が入り乱れ混乱し、思うように動くことすらままならなかった。
「先の東国境の戦で、タクヒール殿が仰った危惧が、今、身に染みて理解できました。
イストリア皇王国は、これを狙っていたんですね。
危うく我らは、同じように殲滅されていたかも知れない、そういう訳ですか……」
アレクシスは我がことのように蒼ざめて、この経緯を見つめていた。
※
味方が街道上で大混乱に陥っている様子を、遥か遠くで呆然と眺める者がいた。
「あれは何だ? 何故、味方は混乱している?
奴らは少数ではないか、何故叩き潰せない!」
自らは最後尾の歩兵たちに囲まれ、戦いの成果を楽しみに待ち望んでいたゴーヨク伯爵は絶叫した。
本来、兵の数や騎馬隊の割合でも、勝ちは約束されたようなものだった筈だ。
なのに、森を抜ける街道に突撃した騎兵たち、続けて侵入した歩兵たちは、次々と倒れ、いま正に主戦力として誇った軍が、殲滅されようとしている。
縦深陣の死地から、ごく僅かな兵たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出して来たが、その何十倍もの兵は、森の狭間の街道から、再び戻ることはなかった。
茫然とその様子を眺める伯爵は、ついに膝を突いて崩れ落ち、目の前の現実を受け止めることができくなってしまった。
「儂は……
儂は、今回の戦功で帝国侯爵として、南部一帯を統べる大貴族に躍進するのだ……
儂を馬鹿にしたあ奴ら、中央でふんぞり返り、政治ごっこをする馬鹿共を断頭台に送り……
歴史に名を残す、大英断を行った貴族として讃えられ……」
ゴーヨク伯爵は、うわごとのように、彼が見ていた未来を、先ほどまでは確信していたことを呟く。
今はもう、絶対に訪れることがない未来を……
彼は、自らの大き過ぎる欲に引きずられ、それを闇につけ込まれ、自身の器に余る反乱を起こした。
この決戦では、虚栄心と邪な思いから始まった欲が元で、味方を窮地に陥れ敗退を決定的にしてしまった。
彼はまだ、滅びてはいないが、その予兆を感じ恐怖した。
「このままでは、あの方をお迎えしても、儂はヒヨリミの下風に立たねばならんではないかっ!
しかも、討ち減らされれば、お迎えするための口火(休戦協定違反の国境侵犯)が切れんっ」
そう言って大地に崩れ落ちた。
だが、彼に襲いくる不幸はまだ始まったばかりだった。
膝をついた彼の視界には、遠く南の方からこちらに向かって来る集団が映った。
最初は別動隊がこちらの窮地を察し、駆けつけてきたのだと期待した。
だが、それらが近づくにつれて、事態は明確になり伯爵は驚愕のあまり、今度は卒倒しそうになった。
※
別動隊2,500名を任されたゴーガン子爵は、自分だけが武勲を立てる機会から外され、冷遇されていることに我慢がならなかった。
彼は南へ移動する際、ハストブルグ辺境伯の耳目を引くため、あからさまな隙を作り挑発した。
辺境伯を引きずり出し、決戦を挑むつもりで。
だが辺境伯はラファールが伝令として伝えた作戦案、事態の推移と作戦を正確に把握していた。
ゴーヨク伯爵が機動兵力を森の防塞攻略に振り分け、ゴーガン子爵が囮であることも分かっていた。
そのため、彼が作った隙に乗じ、突如、全力で牙を剥き攻撃を仕掛けていった。
ゴーガン子爵が想像だにしなかった、速度と苛烈さを以って。
ほぼ同数の兵力であっても、長年国境を守護し、強敵と渡り合ってきた辺境伯と彼の率いる軍勢に比べ、碌な指揮経験もなく、戦いの経験も少ないゴーガン子爵とその兵たちでは、全く相手にもならなかった。
彼らは戦場で、猫にいたぶられる鼠のように翻弄され、いとも簡単に討ち減らされて壊滅した。
「ばっ、ばかなっ!」
それが若くして子爵家当主となった彼の最後の言葉だった。
多くの兵たちと共に、ゴーガン子爵も戦場の露と消え、満身創痍の僅か500名弱が、戦場を離脱し、ゴーヨク伯爵の元に逃げ落ちてきていたのだ。
それ以外の2,000名は、戦場で散った者、戦傷で身動きの取れない者、捕虜となっていた者など、まさに惨憺たる状況だった。
※
ゴーヨク伯爵は、それらの敗残兵を取りまとめ、ブルグの森を撤退し、必死に国境へと走った。
グリフォニア帝国第一皇子、グロリアスが展開する陣地を目指して。
だが、その途上でも兵の逃亡が相次いだ。
そしてやっとの思いで国境近くまで辿り着いたとき、多くの兵は、ことの真相、実は自分たちが反乱軍であることを知った。
一部の兵たちは怒り狂い、裏切り者のゴーヨク伯爵と彼の一族を捕縛すると、辺境騎士団に投降した。
こうして彼の命運は尽きた。
ゴーヨク伯爵率いた反乱軍4200名は、ブルグの森で1500名を失い、ブルグ郊外で2,000名を失った。
もちろん、この中には、自ら投降して捕虜となった者や、負傷して捕縛された者も多く含まれる。
伯爵と共に戦場を脱した700余りの兵も、逃亡の過程でその多くが離散し、最後に伯爵を捕縛し投降した兵はわずか100名足らずであった。
『ブルグの殲滅戦を思い出せ。
王国に叛旗を翻す者が辿る末路を。王国貴族としての誇りを失った者たちの末路を。
誅罰の矢は不心得者の頭上に降り注ぎ、正義の何たるかが示されるであろう。
自らの欲に溺れ、大義を見失った者の末路、忘れることなかれ』
ゴーヨク伯爵の哀れな末路は、後日カイル王国において、貴族の教訓として長く語られることとなった。
※
ブルグの森での戦いで記録的大勝利を収めた俺たちは、戦後処理を行う傍ら、ハストブルグ辺境伯に伝令を走らせた。
その結果、辺境伯も勝利を収めていたことを知り、戦場の対応は団長に任せ、俺は辺境伯に会いに行った。
「ソリス男爵、暫く見ぬ内に……、見違えたな! この度は……、誠に見事であった!」
そう言った辺境伯に抱擁された。
臣下を抱きかかえて迎える、これはカイル王国では最上位の礼遇だった。
辺境伯も最大の窮地を脱することができ、その喜びも一入だったに違いない。
「先ほど最新の知らせが入ってな、そなたの領地を襲ったヒヨリミ子爵軍は壊滅し、子爵も捕縛されたそうじゃ。其方の領地は、兄によって守られたぞ。
彼は今、各貴族の連合軍を率いて各地を転戦しておるとのことじゃ。
これでようやく、南部一帯で起こった反乱も全て平らげられよう。
この度の、苦しい戦いもやっと先が見えたな」
ダレク兄さん!
ありがとう、本当に、本当にありがとう。
感謝の思いが胸一杯に溢れ、思わず涙がとどめなくこぼれた。
そして、テイグーンのみんな!
いつも、本当にいつも、肝心な時に居なくてゴメン。
そして俺のいない間をありがとう。
俺は無意識に膝をつき、南西に向かって頭を下げ、感謝と謝罪で暫く頭を上げることはできなかった。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【反乱の終結】を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
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