第百六十八話:反乱軍攻防戦⑪ ブルグ郊外戦② ダブリンの罠
ブルグの街の攻略を目前に控えた、ゴーヨク伯爵に不穏な報告が入った。
「物見よりの情報、ご報告申し上げます。
我らの後方、王都方面へと伸びる街道に、数百の軍勢が森を盾に陣取っております」
ゴーヨク伯爵は、居並ぶ諸将を前に物見の報告を受けた。
「詳しく申せ! どこの軍勢だ? 味方か敵か?」
「その……、不思議なことに軍旗はどうやらソリス男爵のようで……」
「辺境騎士団のダレクか! どうやって我らの後方に迂回できたのだ?」
「いえ、そうではなく、軍旗は弟の方らしく、同行していた辺境騎士団第五軍の旗も確認できまして……」
「どういうことだ? 奴らは東の国境であろう?」
物見の者はそんな事情を知る筈もない。
沈黙してうなだれていた。
「奴は反乱が露見し、戦場を離脱してきたのでは? いやはや、敵前逃亡とは、見下げ果てた奴ですな」
傍らに居た伯爵旗下の子爵が、嘲笑うように私見を述べた。
「確かに許されざる愚か者だな。だが、我が後背を扼し、ブルク攻略を邪魔するとは無礼な奴だ。
我慢がならんな」
これから辺境伯を攻める、そう思った矢先に報告を受けたため、この小賢しく蠢動する敵に、出鼻を挫かれたような気がして、伯爵は非常に不愉快だった。
「数百の軍勢であれば、ぜひ我らにお任せくだされ。たちどころに粉砕してご覧にいれますが……」
旗下ではないが、彼の檄に応じて参じた子爵も胸を張って豪語した。
彼らは敵対した時の、タクヒールの軍の強さを知らない。先の戦いの最後、無謀な突進で苦戦し、ゴーマン子爵軍に助けられた印象が強く残っていたからだ。
「いやいや、奴の軍には恐らく魔法士もおるだろう。我らも全力でお相手いたそう。
そして魔法士は全て捕虜として捕らえることとする」
謀反人たちの追討軍(彼らの理解している立場)盟主を自負する、ゴーヨク伯爵は鷹揚に答えた。
その下心を隠して。
『捕らえてしまえばこちらのものよ。奴の魔法士たちはみな、我が所有物としてやるわ』
彼は一度は諦めかけた、ソリス男爵が抱える見目麗しき女性魔法士たちを、我が物にする機会を得た、そう張り切っていた。
「ゴーガン子爵、其方には最も重要な任務を与える。
歩兵2,000と弓箭兵500を擁し、辺境伯めが守るブルグ街の裏手に抜けよ。分かるな?
抜ける際、殊更敵の目に付くように行動し、辺境伯の気を引くことだ。
我が甥として、副将の任しかと果たすがよい!」
「はっ! その……、気を引くだけでしょうか?
お預かりする手勢であれば、辺境伯の兵とほぼ同数。我らで討ち果たしてご覧にいれますが」
「はっはっは、その意気やよし!
だが今回は控えよ。大事な計略の一環ゆえ、勝手に動かぬようにな」
そう言って伯爵は甥を諫めた。
伯爵自身、強欲で不遜、我が身を鏡に映したような性格の甥を、内心疎ましく思っており、今回も敢えて主戦場から外したい。そんな意図があったからだ。
更にもう一つ理由があった。
今回の戦で彼の檄に応じ参加した貴族、彼らには知らされていない事実があること、これがこの配置を決断した二番目の理由だった。
帝国に通じているのはゴーヨク伯爵陣営であること
そのため、反乱軍となるのは自分たちであること
最終的に帝国軍を招き入れるという計画があること
それらの真実を知る者は甥以外、ここにはいない。
他にこの秘密を知る者は全て、他地域でそれぞれ、親辺境伯派の貴族たちを攻略する任が与えられていた。
ここに集った貴族たちは、ゴーヨク伯爵がでっちあげた、偽りの謀反情報と、偽の勅命を信じて集まった、愚か者たちだ。
しかも、参加兵力に応じ多額の報奨金が出ること、その旨、国王陛下から保証されている。
そんな有りもしない餌に釣られ、金に目が眩み、無理をして出せる限界の兵力を率いてきた、愚か者を通り越し、哀れとも言える道化者たちだった。
彼らの頭の中では、勝ち馬に乗り楽に勝つこと、栄誉と多額の褒賞に与ることしか考えていなかった。
しかも、戦後分配される領地は膨大であり、陞爵や領地加増の機会、そう言われ張り切っていた。
こうした事情もあり、同行する軍の中で唯一事情を知る甥に、目の届かない部分を任せる他、選択肢がなかった点も否めない。
「ちっ、手柄を独り占めする気か? いや、狙いは魔法士か? 毎度のことながら欲の深い奴だ」
そう聞こえないように呟いたゴーガン子爵自身、強欲で好色な叔父を好きになれなかった。
周囲から見れば、単に彼らは同族嫌悪、そう呼ぶにふさわしいだけだったが。
「我らは1,700の兵力を以って、後顧の憂いを断つ! 忘れるな、魔法士は殺してはならん。
最悪、男は殺しても構わんが、敵の中に女がいれば魔法士の可能性が高い。女は決して殺すな!
では各々方、出陣!」
伯爵は味方に念を押した。
彼は復権派の侯爵たちとは異なり、戦場で魔法士たちの活躍をその目で見てきた。
そのため、彼らよりはソリス男爵の抱える魔法士の価値を理解している。
ただ、戦での魔法士の価値より、伯爵が最も優先するのは、単に自身の欲望だが……
※
この様な経緯でブルグの街郊外にて両軍は対峙した。
ソリス男爵軍1,000名に対し、ゴーヨク伯爵軍は騎兵中心の1,700名。
だがソリス男爵率いるロングボウ兵500は、その姿を森の中に隠しており、見掛け上は僅か500名だった。
「ふんっ、どこからか手勢をかき集めてきよったか。そんな俄かづくりの軍勢が役に立つものか。
敵は我らの半数以下! 我らの勝利は約束されたようなものじゃ!」
当初200名より増えていた軍勢に、若干驚きはしたものの、ゴーヨク伯爵はそれでも圧倒的に数で優位に立ち、勝利を確信して味方を鼓舞した。
「応っ!」
ゴーヨク伯爵の陣営からは大歓声が上がった。
ソリス男爵軍
森森森 ▽ 森森森
森森 ▼ ▼ ▼▼▼ ▼ ▼ 森森
森▽森 ▼▼▼ ▼▼▼ 森▽森
森▽森 ▼ ▼ 森▽森
森▽森 ‥‥‥‥ ‥‥‥‥ 森▽森
森▽森 森▽森
森▽森 森▽森
森▽森 森▽森
森▽森 森▽森
森▽森 森▽森
森▽森 森▽森
森▽森 森▽森
森▽森 ●●●●● 森▽森
森▽森 ●●●●● 森▽森
森森森 森森森
森森森 森森
ゴーヨク伯爵軍
〇〇〇〇 〇〇〇〇 〇〇〇〇
〇〇〇〇 〇〇〇〇 〇〇〇〇
〇〇〇〇 〇〇〇〇 〇〇〇〇
〇〇〇〇 △△△△ 〇〇〇〇
〇〇〇〇 △△△△ 〇〇〇〇
〇〇〇〇 △△△△ 〇〇〇〇
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▼:子弟騎士団クロスボウ兵 (300名)
●:辺境騎士団第五軍騎馬隊 (200名)
▽:イストリア皇王国兵 (500名)
‥:障害物 (落し穴、逆茂木など)
〇:ゴーヨク伯爵軍騎兵 (1200騎)
△:ゴーヨク伯爵軍歩兵 (500名)
ソリス男爵率いる軍からは、前方から押し寄せる騎兵を中心とした、ゴーヨク伯爵連合軍が、森の先の街道を封鎖し、押し込んでくるように見えた。
「奴ら、数に驕り予想通りの手で来たな。
これより作戦通り、殲滅陣に奴らを誘い込むぞ。
全軍、敵左翼方向に突撃!」
ヴァイス団長の指揮のもと、ソリス男爵軍が突撃を開始した。
200騎の騎馬集団は一糸も乱れることなく隊列を整え、縦列になって敵陣左翼方面に突撃する。
「奴らめ、無謀な突撃を始めおったわ。
前衛に連絡、左翼は敵の突進を受け止め、中央は側面を衝け! 右翼はそのまま待機とな」
中央の後方にいた、ゴーヨク伯爵は指示を走らせた。
実は彼と彼直属の軍勢は、最も安全な最後尾で待機していた。
ゴーヨク伯爵はソリス男爵軍のクロスボウの威力を知っており、その射撃を警戒していたため、使い潰しても構わない貴族たちの軍勢を前衛に配置していた。
「此度の檄に応じてくれた其方たちに感謝し、先陣の栄誉と勝利の功績をお譲りする」
伯爵にそう言われ、勝ちが見えているこの戦いでは、彼らは嬉々として先陣に立っていた。
所が、ソリス男爵軍は味方の立ち並ぶ陣の100メル(≒m)手前で急旋回し、目の前を横断するように移動を開始すると、馬上からクロスボウを放つ妙技を見せてきた。
迎撃のため前進していた左翼の軍勢は、次々とクロスボウの矢を受け、落馬する者が後を絶たない。
敵は疾走する馬上からの攻撃で、照準もままならないはずだ。
だが、その多くが的確な射撃を行ってくることに、ゴーヨク軍の兵士たちは動揺した。
だが、ゴーヨク伯爵はその様子を見てほくそ笑んだ。
「好機じゃ! 奴らは愚かにも騎兵にクロスボウを持たせた。騎乗では装填もままならん。
今こそ敵の本陣に向けて全軍突撃せよ!」
恐れていたクロスボウの脅威は一気に下がった。
そう看破した伯爵の号令一下、彼らは雄叫びをあげて、敵陣目指し森に挟まれた街道を一気に突進した。
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次回は【ブルグ郊外戦③森の殲滅戦】を投稿予定です。
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