第百六十七話:反乱軍攻防戦⑩ ブルグ郊外戦① 遅れて来た者たち
タクヒールと、団長に率いられた一行は、テイグーンへ向け、エストール領に入るべく急ぎ歩みを進めていた。
彼らは既にハストブルク辺境伯領の中心都市、ブルグの街まで半日足らずの場所まで辿り着いていた。
「物見より報告ですっ!
前方の森を越えた先、ブルグの街を包囲している軍が確認されました。その数およそ4,000名。
街を守るため展開している、ハストブルグ辺境伯軍と対峙している模様です!」
「いやな位置に陣取られていますね。
我々はこの先、街道分岐点を抜けないと、コーネル男爵領を抜けエストに入ることも、サザンゲートを抜けテイグーンに入ることも叶いません。
更に4,000の兵力に展開されると、我らが単独で抜くには非常に厳しい状況ですね。
まぁ、手がない事はことはないですが……」
こう言って団長は不敵な顔をした。
「ですね……、ここで貴重な時間を失うのも痛いですが、他に選択肢はなさそうですね。
ラファール! 申し訳ないが隠行して敵陣を偵察、そして恐らくその後ろ、ブルグの街を守っているハストブルグ辺境伯軍に繋ぎを付けれないか?
敵軍を挟撃し、一気に屠りたいとこちらが考えていること、作戦の仔細は追って相談したいと」
「はっ! 了解しました。直ちに出立いたします」
そう言ってラファールが出立するのを見送り、俺と団長は、それぞれが考えた戦術を検討した。
「団長、テイグーンやエストに向かうにしても、目の前の反乱軍は対処する必要があるようですね。兵力では此方が不利ですが、地形をうまく使えば……、どうですか?」
「そうですね。丁度この先には森が広がっており、おあつらえ向きですね。
東国境での戦いで我らが学んだこと、奴らにも教えてやるとしますか?
幸いにも、わが軍はこの戦法に慣れた者たちですし」
「ですね。では取り急ぎ、アストールとバルトを呼びましょう。そしてマリアンヌとラナトリアも。
その後は、風魔法士全員と……、アレクシス殿も参加してもらって段取りを相談するとしますか?」
こうして俺たち2人は、同じことを考えていたのを確認すると、準備を進めた。
※
「ご報告します! ソリス男爵、タクヒール殿の使いの者が参っております。如何いたしますか?」
ブルグの街を背にして、守りを固めていたハストブルグ辺境伯のもとに、予想だにしていなかった使者の来訪が告げられた。
「ソリス男爵? 弟御の方じゃと?
今は東の国境戦で戦っておるはずじゃが……
会おう! こちらまで連れてまいれ!」
これまでハストブルグ辺境伯は打つ手に困っていた。
国境の先、帝国側に布陣する第一皇子率いる軍勢は、国境より一歩下がった帝国側の地で動かずにいる。
念のため、建設中の要塞には、辺境騎士団第1軍から第四軍までの2,000騎と、キリアス子爵たちが率いる軍勢1,600名を配置している。
1万対3,600だが、籠城戦ともなれば、万が一帝国軍が攻めてきても暫くは持ち堪えることができる。
今、最も危険なのは、辺境伯自身が守っている領都ブルグだった。
街は、建設中の国境要塞、サザンゲート砦に比べ、防御力の面では格段に落ちる。
しかも、多くの領民を巻き込んでの防衛戦となれば、非常に厳しい戦いとなることは必至と思われた。
そのため、敢えて籠城戦を行わず、辺境伯は自身の手勢2,500を集め、ブルグ郊外で陣を敷き、ゴーヨク伯爵率いる反乱軍と対峙していた。
南部辺境西側の、彼のシンパである貴族たちは、それぞれが侵攻して来た反乱軍別動隊と、今は戦いの最中にあり、動けない。
既に援軍として送った、義息のダレクの活躍を祈るしかない状況で、自身は防御を固めることで精いっぱいだった。
この先、王都に残る騎士団第一軍の援軍を期待するしかない状況だが、それも復権派に阻まれ、うまくいくとは限らないだろう。
辺境伯はそう考えていた。
自分たちは今、ゴーヨク伯爵に先手を打たれ、謀反人の嫌疑をかけられている。その事を、クライン公爵が送った密使により知っていたから……
こういった経緯もあり、辺境伯自身、今の状況に手詰まりを感じ、焦りを募らせていた。
※
「お目通りを許可いただき、ありがとうございます。
ソリス男爵配下のラファールと申します。男爵よりの火急の知らせを申し付かり参上いたしました」
辺境伯もこの男の顔に見覚えがあった。
先年行われた、サザンゲートでの戦いでも、男爵の物見として報告を行った男だ。
「構わぬ。遠慮せずに仔細を述べよ」
ラファールのもたらした情報は、辺境伯にとっても驚くべきものだった。
既に東の国境を巡る戦いは、ソリス男爵の活躍で大勝利に終わり、急ぎ手勢を率いた彼はすぐ近くまで駆けつけている。
そして今、辺境伯が対応に頭を悩ませている、反乱軍への挟撃を提案してきたのだから。
「相変わらず、そなたの主には驚かされるな。仔細は承知したと男爵には伝えよ。
こちらの軍勢は、歩兵中心の2,500じゃが、全員がクロスボウを所持しておる。
男爵の軍に呼応し、攻勢に出る用意があるとな」
「承知しました。直ちに戻り主に伝えさせていただきます」
こう言ってラファールは戻っていった。
「我らは、いつもあの兄弟に助けられておるな。ソリス子爵に……、いや、クリス殿に感謝せねばな。
良い子たちを、この世に送り出してくれたことに」
そう辺境伯は呟いた。
※
一方、タクヒール達の陣地でも、作戦の計画と立案、迎撃の準備は急ピッチで進められていた。
幸いだったのは、見せかけだけの軍勢、戦場で人足程度の働きができれば十分、そう思っていた捕虜たちの協力を得られたことだった。
「御使い様たちから聞きました。我らの命の恩人である御使い様を攻撃してくる野郎どもがいると。
我らは戦場でカイル王国のために働く気はありません。同胞に向かって弓引くこともお断りします。
ですが、御使い様たちを守るってなら、話は別です。
まして相手は、これまで戦ってきたカイル王国軍の反乱軍っていうじゃないですか。
それなら何の遠慮もいらねぇ。
どうか、我らも御使い様を守る戦いに参加させてください」
俺は彼らの申し出に驚いた。
この時ばかりは、魔法士を御使いと呼び、もはや洗脳といっても過言ではないくらいの、魔法士神聖化を行ったイストリア皇王国に感謝した。
だが、俺は彼らに武器を渡すことは躊躇っていた。
「ラファールの報告にもあった通り、恐らく彼らの言っていることは事実でしょう。
彼らとて裏切っても相手は敵軍、どのみち待遇は変わらないでしょう。
信用しても良いかと思います」
団長の言葉で、俺も腹を括った。
バルトには陣地構築の作業の前に、鹵獲したロングボウと大量の矢を出してもらい、それらをマリアンヌとラナトリアから、兵士たちに直接、手渡しで配ってもらった。
「御使い様の加護を受けた弓をいただいたぞ!」
「もう怖いものなど何もねぇや!」
「神弓の使い手として、自慢できるってもんよ!」
彼らはそう狂喜し、大いに盛り上がっていた。
こうして作戦の準備は整った。
ハストブルグ辺境伯の陣から戻ったラファールの情報により、目の前に対峙する反乱軍の詳細と、心配していた領地の事情も少しわかった。
この地に攻め上った反乱軍を率いているのはゴーヨク伯爵。
彼はサザンゲート血戦で、貴族連合軍第一軍を任されたが、主将たる辺境伯の窮地にも軍を動かさず、その後も復権派の一員として暗躍した、俺たちにとってはいわく付きの人物だ。
彼の旗下には、当時第一軍として共に参加していた子爵や男爵たちと、第四軍で参加していたが、今回、ゴーヨク伯爵の檄に応じ、反乱に参加した貴族も含まれており、総数は4,000名を超えていた。
そして警戒すべきは約1,200騎の騎兵部隊。
辺境伯は元々抱えていた騎兵の大半、1,000騎を辺境騎士団に編入していたため、圧倒的に機動戦力で不利になっているとの事だ。
「それにしても、いくら子爵や男爵の軍勢をかき集めたといっても、通常よりかなり数が多いですね。
彼らは領地をほぼ空にして、この戦いに臨んでいる、そういうことになりますね」
団長は、彼らの得体のしれない行動に、不審点を感じたようだった。
「確かにそうですね。全兵力の2割から3割は領地の守りに残しておく筈なんですが……
団長のおっしゃる通り、実際、過去に帝国と戦った際は彼らもそうしてきた筈です」
「今回の反乱自体、何やら不気味なものを感じます。ご用心いただくに越したことはないでしょう」
団長もそう言って、自らも引き締めているようだった。
「ラファールには、もう一度あちらに行ってもらいましょう。辺境伯との連携を強化するため、こちらの作戦案を説明してもらいましょう。
そして、そろそろ敵軍も此方に気付くでしょう。
その動きも報告してもらいましょう」
「そうですね。百戦錬磨の辺境伯です。
まともに戦えば、奴らのなど赤子の手をひねるようなものでしょうね」
団長の指摘は正しい。
常に戦いに身を置いていた辺境伯始め我々と、反乱軍では練度も士気も全く違う。
「あと、テイグーンにダレク兄さんが向かってくれたのは朗報でしたね」
「ダレクさまは私の一番弟子です。ご領地の守りは万全でしょう」
そう、この情報があったからこそ、俺は落ち着いて目の前の敵に集中できるようになった。
「では団長、ゴーヨク伯爵には色々お世話になった意趣返し、たっぶりお返ししましょうか。
用心は忘れずに」
この時俺は、物凄い殺気のこもった笑みを浮かべていたらしい。
こうしてブルグ郊外での戦は幕を切った。
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次回は【ブルグ郊外戦②ダブリンの罠】を投稿予定です。
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