第百六十四話:反乱軍攻防戦⑦ 新関門対決(転機)
ヒヨリミ子爵は、今夜で目障りな新関門を攻略する予定でいた。
これまでの夜襲でも、互いに補完しあい、左右から攻撃してくる各出丸は、子爵軍にとっても非常に厄介な存在だった。
しかし今に至り、それを守るに足る兵力は敵にない、彼はそう確信していた。
「篝火の数は昨日と同じですが、その準備には昨日より時間を要しています。恐らく城壁に立て篭もる兵は昨日より減っている可能性が高いと思われます!」
期待通りの物見の報告に彼は満足した。
「予定よりはちと早いが、仕上げにかかるかの。
先に殿下が到着してしまうと、リュグナーも困るであろうからな」
そう言って、関門の城壁を見て、冷たい、凍る様な笑い顔を浮かべた。
「クロスボウが貴様らだけの物ではない事、思い知らせてやるわ!
囮の部隊を五箇所の出丸に派遣せよ。
合図は南東の鬨の声だ。
少しづつ時間をずらして、攻撃を開始する。
守る敵は少数ゆえ、各所本気で攻めよと伝えるのだ。奴ら昨日と同じと思うと、後悔することになろうて」
こうして、彼らの軍の一部は、闇に紛れて密かに移動していった。
そして深夜、砦の南東にある出丸付近から鬨の声が上がる。
新関門(砦)概要図
ヒヨリミ子爵軍
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☆ 北丸 ☆
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☆ 北西丸 北東丸 ☆
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☆ 南西丸 南東丸 ☆
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☆ 南丸 ☆
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テイグーン方面
「ご報告します! 南東丸外側から鬨の声が上がりましたっ!
敵が攻撃を再開した模様です」
報告を受けたダレクは落ち着いていた。
「で、攻め手はどれぐらいだ?」
「暗闇でよく分かりませんが100以下と思われます」
「それなら、各所に配した兵で十分あしらえるな。これまで通り対処を頼む」
ダレクがそう返した直後、今度は南西丸から、そして北西丸、北東丸からも続々と敵襲の報告が入った。
「ふん、見え透いた事をする。
奴らは我らの兵力を分散し、その隙に、恐らくガラ空きになったと思い込んでいる、北丸に本命をぶつけて来るぞ!
我らはそれに乗った振りをして、此方も本隊を密かに北丸に移動し、待機させる。
奴らもクロスボウを持っている。暗闇からの掃射には十分留意する様に!」
ダレクが日中に新関門に入った際、先ず行ったのは情報共有の会議と、これまで戦っていた兵たちの休息だった。
日中であれば敵の動きも把握でき、交代で兵を休めていても不意を衝かれることもない。
こうして総勢700名の兵士たちは、食事と睡眠、十分な休息を取った上で、散発的な敵の攻撃に対応しており、今は心身共に充実し士気も高い。
そして、全ての兵が休息を取った後、安全な背面の南丸以外は、それぞれ防衛に必要な最低限の100名が配置されていた。
そのため各所の襲撃の対応にも、兵が走り回る必要はなく、それぞれが落ち着いて対応できた。
今、本隊が移動した北丸は、300名の兵士がいる。
もちろん、2名の風魔法士、クリストフ、ゲイルも魔法士としての力を振るう事を期待され、本命の北丸に配置されていた。
彼らが配置について後、暫らくは北丸では何事もなく時が過ぎた。
だが、北丸に配置された者の中で、闇に紛れ密かに忍び寄る敵兵の、微かな足音を察知する者がいた。
「この音、絶対そうだわ」
そう呟くと、彼女は報告に走った。
「北丸目指して、相当の人数が進軍していると思われます! 恐らく、全員が徒歩のようです」
この報告をダレクにしてきたのは、新たに音魔法士として仲間に加わっていたシャノンだった。
「やっぱり来たか、奴らは恐らくクロスボウで矢の雨を降らせてくるぞ!
ゲイル、クリストフ、防御はよろしく。
暫らくは防戦のみで、奴らが油断したら反撃。そして一旦間を置くので、その時はまた防御で」
ダレクの指示のもと、全員が臨戦態勢に入った。
そして彼の傍らには、緊張して立っているエロールもいた。
※
ヒヨリミ子爵は、戦場の経過に満足していた。
彼の計画通り、4か所の囮部隊に対し、ソリス男爵の兵たちは必死に防戦している。
毒に侵され、兵数は恐らく300を大きく下回っていることだろう。
その少ない兵達も、昨日の夜襲で疲労困憊の筈だ。
「これで止めだ!
クロスボウでの一斉攻撃を開始せよ。奴らの頭上に千の矢の雨を降らせてやれ!」
彼の指示はすぐに実行された。
正確には、200名を4か所に分散し囮として出しているので、800の雨だが……
その一斉射撃は、1度だけでなく、2度、3度と続き、手薄であろう北丸に狙いを定め襲ってきた。
彼らは、城壁上に展開した敵兵を掃討したのち、500名の弓箭兵が援護するなか、300名で城壁に取り付き、北丸を攻略するつもりだった。
※
北丸の城壁上では、ダレク以下、守備に当たる者達が、降り注ぐ矢の雨に身を潜めていた。
だが2射目以降は、クリストフとゲイルが風魔法の傘を張っているため、全ての矢は失速し、かすり傷を与える威力すらなくなっていた。
既にダレク自身は、堂々と矢に身を晒している。
「各位、一斉斉射用意。
狙いは敵本陣のみだ。最大射程で準備せよ。
誘導は魔法士がしてくれるのでただ射るだけで良い。
奴らの度肝を抜いてやろう!」
そう言い放つと、ダレクはまず2人の魔法士に向き直った。
「クリストフ、ゲイル、間もなく俺が北に向かって光を照射するので、敵本陣の確認を頼むよ。
どうせ奴は、射程外の安全な所でふんぞり返っているだろうからね。
倒せなくてもいいから、そこまで矢を運べば、効果は十分にあるので、よろしく頼む。
発射のタイミングは任せる」
そう言って今度は傍らのエロールに向き直る。
「さて、これから舞台をご用意します。卿には、彼らが目を覚ますよう説得をお願いします。
万が一彼らが話を聞かない場合は、殲滅に移ります。その点、どうかご了承いただきたい。
あと、例え敵の矢が飛んできても、風魔法士が防いでくれるので、安心してお話しください」
エロールが頷くと、ダレクは一旦その場を離れ距離を取ると、部下の中から信頼できる3名を呼び寄せ、小声で話しかけた。
「お前たちはこれより、戦いが終わった後も、エロール卿の傍を片時も離れるな。
俺が思うに……、彼のあの達観したような清々しさ、恐らく、全てを投げ打った者だけができる態度だ。
今回の反乱の責を負い、反乱に加わった兵士たちの助命を請うため、自ら死を選ぶか、または王国貴族としてのけじめを付けるため、父を討って共に死ぬ覚悟だろう。
そこまでの思い、何かを守るため、生への執着を捨ててないと、人があそこまで変われるものではない。
今の彼は死なせるには惜しい。決して、早まったことはさせるなよ」
ダレクは過去に、そういった表情で死んでいった者たちを見ていた。
前回の帝国との闘い、ゴート辺境伯軍に囲まれ窮地に陥った際、命を賭して彼を守った配下たち。
彼らはダレクを守り、盾となり斃れたが、みな清々しい表情で死地に臨み、命を捨てて戦った。
今のエロールの顔を見ていると、どうしても彼らの最後の顔を思い起こしてしてしまう。
ダレクは気掛かりだったことを配下に託すと、元の場所に戻り、今度はそこに控え、若干緊張していた2人に対し順番に話しかけた。
「シャノンさん、だったかな?
彼の説得が届くよう、音魔法で演説の増幅を頼むね。飛んで来る敵の矢は、風魔法士が守るから安心して」
そう言って彼女をエロールの脇に待機させた。
「あと、レイアさんだったよね?
光魔法の照射をよろしくね。段取りは先程説明した通り、下の敵からエロール卿がよーく見えるようにね。その後、第二段階に移った時は、我らの進む道を照らして欲しい」
2人に笑顔で微笑み、彼女たちの緊張を解すと、北丸の城壁上に展開する全ての兵に対し告げた。
「さあ! ステージの始まりだ。
これより反乱軍に対し、反撃を開始する!
俺たちの真価を見せてやろうぜっ!」
「応っ!」
ダレクはヒヨリミ軍から、3射目の斉射を受けたあと、作戦の開始を告げた。
※
ヒヨリミ子爵は、自身の計略が最終段階に進んだことに笑みを浮かべた。
今の攻撃で城壁上に展開した敵兵の掃討は終わった。
ここで城壁に取りつくよう指示を出せば、程なくしてこの砦も陥落するだろう。
そうすれば、後は全軍でテイグーンに雪崩れ込む、これで難攻不落と言われた地の占拠が完了する。
ヒヨリミ子爵は自身が兼ねてから描いた計略が、間もなく完了することを確信していた。
だが、転機は突然やってきた。
戦場に光の帯が現れ、城壁上から放たれた光が、自分たちを照射して来たのだ。
「ひぃっ、ひっ、光だとっ?
奴が、光がここに居るのか? 何故だぁっ!」
悲鳴の様な狼狽の声を上げた時、更に数百にも及ぶ敵軍の放った矢が、一斉に彼の本陣を襲った。
「こっ、ここまで矢が届く筈がないではないかっ! 我らの矢の、3倍の射程だぞっ!」
だが現実問題、矢は届いていることに変わりはない。
幸い矢勢は弱く、本陣では10数名が矢を受け、傷を負っただけだったが、この一連の出来事により、彼の兵士たちは一斉に光が伸びて来た城壁上に注目した。
そこには、夜だというのに明るい光で照らし出された、ひとりの男が立っていた。
「ヒヨリミ子爵軍の兵士諸君、攻撃を止めよ!
そして、どうか私の話を聞いて欲しい。
我が名は、エロール、ヒヨリミ・フォン・エロールであるっ!」
本来、届く筈のないエロールの声が、攻め寄せたヒヨリミ軍の兵士たちの耳に響き渡った。
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次回は【エロール立つ】を投稿予定です。
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