第百六十三話:反乱軍攻防戦⑥ 新関門対決(援軍)
リュグナー率いるヒヨリミ子爵軍別働隊を破った、ダレクと辺境騎士団第六軍は、そのまま急ぎテイグーンの街へと入った。
もちろん、キーラたち関門を守る者たちには、直ぐに増援と交代要員を派遣する旨を告げて。
本来なら、直ちに新関門方面に援軍として駆け付けるべきだろう、そんな意見もあったが、ダレクの取った行動にはちゃんとした理由があった。
これまでの経緯、疫病の対応で苦しむ中、両方の出口を敵軍に包囲され、必死の防戦に努めるテイグーンの領民たちのストレスは、既に限界に来ていてると予想されたからだ。
その為、テイグーンの民に対し、増援が来訪したことを伝え、人心の安定を図ることを第一とした。
こうしてダレクたち一行は、涙を流して感謝するミザリーや、領民たちの歓呼の嵐で迎えられたのは言うまでもない。
その後直ちに、ダレクは旗下の兵力のうち100騎を魔境側の関門守備に送り、自警団と交代させた。
そして残った400騎を率いて、新関門に入った。
「ダレクさま、ご来援ありがとうございます!
これで、テイグーンは救われます!」
ダレクと共に戦った経験もあるゲイルは、歓喜して彼を迎えた。
援軍の到着を敵に悟られないよう、多くの兵たちは無音の喚呼で彼らを歓迎した。
最前線に到着すると、ダレクは直ちに、防衛部隊の首脳部を招集し現状の確認に入った。
「タクヒールさまよりお預かりした指揮権を、ダレクさまに! 我ら300名、悉くご指示に従いまする」
かつて、エストの街でダレクと共に団長に学んだ、クリストフから、全指揮権を委譲された。
ダレクから見ても、昔からよく知る、クリストフやエランも見違える様に成長し、頼もしくなっていた。
そして、その場にはダレクが見知らぬ顔(魔法士)もたくさん参加していた。
「タクヒールはホント、配下の者に恵まれてるよな。弟に代わり改めて、心から礼を言いたい。
皆、この地を守り抜いてくれて、本当にありがとう。
いつも肝心な時に居ない弟を、支えてくれていること、本当に感謝している。
そして、もう大丈夫だ。
俺たちは必ず勝つ! 勝って笑顔でタクヒールを迎えてやろうぜ」
「応っ!」
「おおっ!」
「はいっ!」
応じる全員の顔が明るかった。
ダレクのお陰で、敵の矢に倒れたクレアもなんとか命を取り留めていた。
彼の指示で脚自慢の騎兵が施療院に向い、聖魔法士を乗せて戻り、手当てを施していたからだ。
「さて、俺はここ最近テイグーンに来てないのでな。
取り急ぎ現有戦力と魔法士、兵器などの情報を教えて欲しい。それを確認した上で作戦を考案する」
「承知しました!
現在魔法士の総数は……、そして現在こちらに居るのは……」
「なっ! アイツ、いつの間にそんなに……」
「武装としてこの砦には……、あとこういった秘匿兵器が……」
「うわっ! それはエグイなぁ。
ってか、そんな物持ってるなんて、聞かされてないんだけどなぁ……」
「その他には……」
「なるほどなぁ。アイツ、黙ってそんな準備を……」
元上官でもあるダレクを、当時から崇拝していたゲイルは、彼の来訪を喜ぶあまり、自身の知る全てを包み隠さず説明した。
タクヒールが家族にすら秘匿していた内容まで……
周りの者が狼狽し、無言でサインを送っている事や、冷や汗をかいているのにも全く気付かず……
「そっかぁ……、
魔法士の数もだけど、光魔法士も隠していたのか……
女性だから? 俺、そんなに信用なかったのかなぁ?
こんな面白い玩具も開発していたとはね……、うちの軍でも使いたかったよなぁ。
テイグーンで、俺にも内緒で、こんなにも面白い事してたなんて……、やっぱりあいつ、ずるいな。
うん、あいつが戻ったら、久々にじっくり剣の手合わせでもするかな……」
ダレクはそう言って笑った。
結局ゲイルは、終始、周りの魔法士たちの、非常に冷たい視線には気付かなかった。
彼の仲間たちは、ゲイルの未来に手を合わせた。
彼もまた、後日タクヒールによる特別訓練を受けるであろうことを想像して。
この様なやりとりをしている中、砦内に設けられた本陣に報告が入った。
「お話中失礼いたします!
ダレクさまのご来訪を知ったエロールさまが、急ぎ面会を希望されております。
この儀、如何取り計らいますか?」
この知らせを受けたダレクは、一瞬表情を曇らせた。
王都の学園を始め、これまでの彼の言動や振る舞いを、ダレクもまた十分過ぎる程知っていたから。
「まぁ、今回は彼も功労者だ。家中の反乱を告発し、我らが対応する契機を与えてくれたのだからな。
先ずは取り敢えず、会おう」
ダレクは自身に言い聞かせるように言って了承した。
これまでの様に、彼と不毛な言葉の応酬はしたくないが、この際仕方があるまい。
そう考え、内心ではしぶしぶだったのだが。
所がダレクの予想は裏切られ、驚くことになった。
案内されて眼前に現れたエロールは、最初にダレクに向かい深々と、礼に則ったお辞儀をし、話し始めた。
「ダレク殿、この度は救援の来訪、そして面会の機会をいただき感謝いたします。
そして先ず、男爵にはこれまでの非礼の数々、改めてお詫びしたい。私はずっと愚かだった……」
「……」
次に、余りにも予想外の言葉が、エロールの口から出てきたことに言葉を失った。
「本来ならば我が家の不始末、私が幕引きを行わねばならぬ所ですが、私にはその力がありませぬ。
ダレク殿のお力にすがる以外には。
闇に堕ち狂気となった、父と兄を許しておく訳にはいきません。必ず断罪したいと考えております。
だが、兵たちには罪はない。できれば私は、彼らと話し、彼らを暗き闇より救いたいのです。
もちろん、無辜の民を、そしてソリス子爵領を侵した罪は、この先、彼らと共に背負い、償うつもりです。
だからどうか、彼らと話す機会を与えて頂きたい」
「……」
ダレクは困惑していた。
彼の知る、今までのエロールと余りに違い、もはや別人と言っても過言ではない。
「私が、過去の私と余りに違うため、きっと当惑されていることでしょう。
私は幼き頃に誓った王家への忠誠と、貴族としての誇りは、今も忘れてはおりません。
ですが、私の歪んだ誇りと、貴方がたを羨ましく思う心は、いつしか私自身を暗愚にしていました。
だが、私もやっと、心に巣くう私自身の闇、羨望や嫉妬、自己肯定の呪縛から逃れ、暗き所より解放された、今はそう思っています。
兵士たちもきっと、本心からこの行いをしているのではない。そう思った次第で……」
ダレクは自身が王都の学園にいた際、学園長から聞いた四方山話を思い出した。
『其方は、王国でも数少ない光魔法の使い手、ならば覚えておくが良かろう。
この世には光と闇がある。闇に深入りし、囚われた者は、その身と心を、深き闇の中に堕とす。
闇が深い者ほど、巧妙に闇の中に隠れ、その姿を見せることなく世界を渡り歩いておる。
だが、光はその闇を打ち祓う。
奴ら闇の住人は、光に勝てんことを理解しておる故に、その光を消さんとして常につけ狙う。
このこと、心して覚えておくが良かろう』
その時は全く意味が分からなかった。
だが、今はなんとなく、その意味が分かる気がする。
魔境側の関門で、彼が相対した領民兵もそうだった。
捕縛された後、彼らは明らかに様子が変わったと、キーラたちは言っていた。
そして彼ら自身の記憶に、大きな混乱があった。まるで、かつての第一子弟騎士団の者たちのように。
「ひとつだけ、確認したい事がある。エロール卿、よろしいですかな?」
頷くエロールの前に、ダレクは今日の昼、夢中で展開した、大地から湧き上がり、辺りを包む光を発した。
もちろん、威力は抑えて。
「ほう、これがダレク殿の光魔法か?
初めて拝見しましたが、暖かくそして神々しい光ですね。例えるなら、邪を打ち払う何かを感じる。
闇魔法を使う我らからは、とても眩しく感じますな」
エロールは平然としていた。
もし狸爺の言葉が本当なら、彼は闇に堕ちていないと思って差し支えない。
「エロール卿、了解した。我らと共に前線に出ることを許可し、兵への説得の機会を与えよう。
存分にやってみられると良い」
「ありがとうございます。感謝を、感謝を!」
エロールはダレクの前に跪き謝意を述べた。その眼には涙すら浮かべていた。
こうして、攻防戦の陣頭には、エロールも加わることとなった。
※
この日、ヒヨリミ子爵率いる侵攻軍は、日暮れとと共に攻撃を再開した。
彼らは、魔境側関門での敗北と、ダレクの来訪を、まだ知る由もなかった。
こうして、絶体絶命の窮地にあった、テイグーンの防衛戦は、ダレクの加入により、新たな転機を迎えることになる。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【新関門対決(転機)】を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。