第百五十九話:反乱軍攻防戦② 神経戦の始まり
「ふん、奴らめ、今頃慌てふためいている頃だろう。
攻め手は一方からである筈もないわ。所詮奴らは、我らが支配する盤上の駒よ。
せいぜい踊り狂って、我らを楽しませるがいい」
そう言ってリュグナーは嘲笑った。
「徴発した領民兵は矢除けに使い、関門の手前に展開させろっ!
敵のクロスボウには十分気を付けるよう徹底せよ。
各自に盾を持たせ、関門を圧迫するだけで構わん。
それだけで奴らは狼狽し、反対側は益々手薄になるのだからな」
こう言ってリュグナーは、直属の兵100騎と徴発した兵300名を、関門に向かい隘路を進軍させた。
なお、彼自身は万が一を考え、魔境側の隘路入り口で、直属兵100騎とともに待機していた。
ここまで進軍する際、避けて通った建築中の魔境側砦にも、いくばくかの兵がいると予想されたからだ。
「我らはここで、父上が上げる戦果を待つとしよう。
間もなく、我らには高貴なお方をご案内する、大切な役目もあるでな。
では、前線に下命、挑発を開始せよ!」
リュグナーの使者が前線へと走った。
※
彼らに対する魔境側関門の望楼には、2人の女性が立ち、防衛の手筈を相談していた。
「キーラさん、正直なところ傭兵団50名と自警団100名、どれだけ持ちこたえることができますか?」
「そうですね……、見晴台から確認できている敵は約500名ほど、通常であればなんとか大丈夫です。
そうお答えしたいのですが、先ずは防衛に当たる兵の数が大きく足りていません。
交代要員のいないなか、今は皆、疫病の対応で疲労困憊です。数日間神経戦を行われ、疲労の頂点で犠牲を問わない力押しをされると、正直厳しいです……
また、この関門でも感染が広がってしまうと、目も当てられない事態になってしまいます」
「そうですか……」
クレアは瞑目した。
彼女は、対策本部でミザリーを落ち着かせると、なんとか自分自身を奮い立たせ、ここに来ていた。
行政面では飛び抜けて優秀な彼女も、軍事面では専門外で、状況の変化に打たれ弱い。
それでも、留守を預かった責任者として、ここ最近はまともに眠ることもなく、任務を遂行していた。
彼女に掛かっていた重圧と期待は、誰よりも大きい事をクレアも知っていた。
クレアは彼女に、最後の手段は水流で敵兵を押し流すことを告げ、自身も前線に立つため関門へ移動してきていた。
だが実際、2人には分かっていた。
頼みの水流を起こす水も少なく、それを調整する水魔法士もいないことを。
疫病発生時に、下水を押し流す目的で放水したため、蓄えられた堀の水量はかなり少なくなっていた。
水魔法士がいなければ、水流の調整ができず、量、質ともに効果的な攻撃はできない。
それが分かった上で告げた、クレアの決意を目の当たりにし、ミザリーも覚悟を決め、いつもの彼女を取り戻していた。
「キーラさん、可能な限り長く時間を稼ぐ、ここは支えることだけを目的に、防衛指揮をお願いします。
私も火魔法でお手伝いをします」
クレアはキーラに頭を下げた。
今は新関門も限界の状況で戦っており、こちらに増援を送ることはできない。
防御しやすさ、この点では魔境側の関門の方が、地形上も断然有利だったからだ。
クレアの覚悟を悟ったキーラもまた、同様に覚悟を決めた。
「報告します! 敵が動き出しました。約300名の歩兵が、盾を構えこちらに前進して来ます!」
夕日が大地を赤く染めるころ、彼らの攻撃は開始された。
「来たわね。ただでは此処を通さない。
自警団に連絡を! これより制圧射撃を開始します。傭兵団は取りついた敵兵の排除に専念!」
即座にキーラの指示が飛んだ。
こうして魔境側関門の戦いの火ぶたは切って落とされた。
※
竹を組んだ盾を持って、何かに取り憑かれた様な様子の、ヒヨリミ子爵軍の兵士たちは関門に肉薄する。
「妻(娘・息子・親)の仇だっ! ソリスの奴ら、思い知れっ!」
彼らの怒りは恐怖を凌駕し、降り注ぐ矢の雨をものともしない。
「尋常じゃないわね、あの士気の高さ。
しかもあの盾、自警団の持つクロスボウでは効果的な攻撃は無理ね。関門に取り付いた敵には石を!」
キーラの指示で関門の上から一斉に石が落とされた。
クロスボウの矢を受け止めた楯も、それなりの重量がある石を跳ね返すことはできない。
ある者は盾が粉砕され、ある者は石を受けた反動で手首を痛め、ある者は石の反動で、身を守る筈の盾からの打撲を受け倒れる。
「一旦奴らを後退させろ。一先ずは恐怖を与えた。これから明日の朝まで、眠れぬ夜を過ごすとよいわ」
リュグナー直属の指揮官から指示が飛ぶと、ヒヨリミ子爵軍は関門前から一斉に軍を引いた。
戦場に残った、数十名の領民兵の骸を残して。
「焦る必要はない。時は我らの味方。この後、夜陰に紛れ交代で夜襲を行う!
果たして奴らの心は、いつまで持つかな?」
指揮官の男は、関門の方を見やって、冷酷に笑った。
彼の指示のもと、一旦崖の向こう側まで後退したヒヨリミ軍は、盾を庇にして交代で休息に入った。
陽が沈んだ後、100名単位でかわるがわる、嫌がらせの夜襲を行うために。
完全に陽が沈み、辺りが闇に包まれると、それを待っていたかのように、彼らの襲撃は再開された。
暗闇にまみれ、矢を防ぎながら砦近くまで進んだ彼らは、鬨の声を上げ散発的な弓矢による攻撃を行い、そしてすぐに退却していった。そして暫くすると、再び別の隊が同様の攻撃で襲ってくる。
クレアも、ゆっくり休むことなく防衛戦に奔走し、火魔法を行使して攻め寄せる敵軍を撃退していった。
結果、このことがクレアを始め、関門を守る者たちの体力を削り、精神を蝕んでいくこととなった。
※
夜に入り、魔境側の関門で防衛戦が行われているころ、反対側の新関門でもヒヨリミ軍は攻撃の準備に入っていた。
「物見よりの報告です!
夕暮れ前より、砦の防壁上に立つ歩哨の数が目に見えて減っております。
篝火は昨日より増えておりますが、火が灯るのは少しずつ、明らかに少人数で火を付けて回っているようです」
ヒヨリミ子爵は、期待していた通りの報告を受け、口元を綻ばせた。
「アレが効いてきたと見える。奴らも小手先だけの対応しかできんようだな。
予定通り、300人ずつ交代で夜襲を行え!
無理をせずとも良い。
一晩中奴らの注意を誘い、決して眠らせんようにな」
彼の夜襲指示は、この夜から始められ、守備軍は眠れぬ夜を過ごすことになった。
ヒヨリミ軍の兵士たちは、夜陰に紛れて城壁の下まで忍び寄ると、様々な攻撃を仕掛けてきた。
ある時は、城壁上の歩哨や、砦内に向けて一斉に矢を放ち、
ある時は、長い梯子を城壁に掛けると、その上から更に鉤縄を投じ、城壁をよじ登ろうと試み、
またある時は、何の攻撃を行うことなく、ただ鬨の声を上げて威嚇した。
新関門を守る兵たちは、その都度対処に振り回され、少ない兵で城壁の上を走り回る事となった。
※
砦にこもり、防御に専念していたゲイル、クリストフにも敵軍の意図は十分読み取れた。
「まずいな……、奴ら、数の力を使ってきやがった。
このままじゃ埒があかん。どうする、クリストフ?」
「苦しいですが、此方も隊を2つに分けましょう。
奴らはまだ嫌がらせの攻撃です。
奴等の策で数が減った我らが、一晩中必死で走り回り、防戦していると思わせましょう。
夜間はゲイルさんと私が交代で指揮を行い、一隊は休養することにしませんか?」
「承知した。所でアレはまだ使わないのかい?」
ゲイルは砦の城壁上に備え付けられた、魔導砲を指して言った。
「此方に残った風魔法士も少ないですし、敵が油断した時に一気に使おうかと思ってます。
敵が本陣をもっと前に進めた、その時に……」
「承知した。あんたもその貴重な風魔法士のひとりだ。しっかり休んで、備えてくれよ!」
ゲイルさん、貴方もでしょう。
そう言い掛けてクリストフは言葉を止めた。
彼なりに気を遣っていると分かったからだ。
こうして、ヒヨリミ子爵軍の攻撃は、夜を徹して行われることとなった。
テイグーンの留守を任された者たちは、この先が見えない戦いの渦中から、まだ光明を見出せずにいる。
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次回は【絶体絶命の窮地】を投稿予定です。
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