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第百五十一話:東部国境戦⑪ 3番目の秘匿兵器

※※※ 開戦十日目



「急報っ! ソリス男爵に急報でございますっ! どうか、男爵にお取次ぎをっ!」



カイル王国の陣地に、ソリス男爵に宛てた急使が訪れた。

使者は、案内の者に導かれ、右翼側の岩山にいるソリス男爵の元に案内される。



「テイグーンの皆さまより、急ぎのご報告の書状を持参いたしました。

何卒、この場でのご確認をお願いいたします」



全身が汚れ、顔はやつれ、疲労困憊の様子の使者に対し、ひとまず休むように伝え、俺は彼の差し出す書状に目を通した。


内容を見た瞬間、その衝撃の大きさに、俺はその場でへたり込んでしまった。



「何で? 何故だ? 冬のはずじゃん……

しかも、これって、もう何日前の話だよ……」



そう呟くと俺は、その先の言葉が出なかった。

この時俺には、ミザリーたちが放った疫病発生の第一報が、王都を経由してやっと届いたのだった。


仮に今から駆け付けても、事態は相当進んでいる筈だし、俺は遠く離れた戦地に居る。

俺は、自分自身の見通しの甘さと迂闊さを悔やんだ。



確かに、これまでの災厄は歴史書、俺の知っている歴史に時期を合わせて起こっていた。


ただ、疫病の原因となる魔物の大発生は、俺の知っている歴史と比べ、今回は桁違いに大きかった。


桁違いの戦果(帝国の犠牲)があったのだから、当然のことだ。

ならば、疫病を媒介する齧歯類げっしるいの発生も、俺の知っている歴史とは比べ物にならない筈だ。



時期が狂うのは当たり前だ。


俺は何故、そんな事に気付かなかった?

歴史チートに胡座あぐらをかいていただけではないか?


そう考えると、衝撃と後悔で立っていられなくなってしまった。



余りの俺の驚き様に、心配したアンが、『自分も見て良いか?』そんな顔をしていたので、黙って頷いた。


アンは黙って書状に目を通すと、へたり込んだ俺の前に跪き、周りに聞こえないようにそっと呟いた。



「一軍の将たるお方が、その様なお顔でどうしますか?


今のタクヒールさまのご様子を、テイグーンの者たちが知れば、自身の不甲斐なさを嘆くでしょう。

敬愛する主人に、まだ信頼されていないのかと。


どうか、貴方の配下を、テイグーンに残った妻たちを、信じてあげてください。

彼女たちは、必死に準備を進めてきました。

何より、ローザさんがテイグーンに戻っています。


彼らはきっとやり遂げます。それを信じましょう。

そして、彼らの期待に沿うためにも、私たちはここでの戦いに勝利しましょう。

それが、彼らの忠誠に報いる、タクヒールさまの使命です」



「……」



呆然と我を失っていた俺は、アンの言葉でやっと正気に戻ることができた。

そして、彼女の存在のありがたさ改めて自覚した。



「……、そうだね。アン、ありがとう。

俺はいつもアンに背中を押してもらっているね。

アンが俺の傍にいてくれること、改めてそのありがたさを思い知ったよ」



そう言って、立ち上がると、おもむろにアンを思いっきり抱きしめていた。

数年前までは、俺より背が高く、いつも見上げていたアンも、今は俺の身長が並び、追い越しつつある。


一瞬アンは身体を硬直させたが、直ぐに身体を預けてくれた。


俺はアンの身体の温もりと、包まれるような優しい柔らかさを感じて、心が安らぐ喜びをかみしめていた。



「……、ゴホンっ」



「……あっ!」



ふと我に返り、俺はアンから身体を離した。

周りを見ると、兵たちが目のやり場に困っていた。


いつも、動きやすさを優先した軽装の鎧に身を包み、さながらワルキューレの様に凛としているアンも、少し顔を赤らめていた。



「団長、ありがとうございます。事態の大きさに、思わず我を忘れておりました」



俺は団長に礼を言うと、テイグーンからの知らせを共有した。



「ふむ……、それは心配ですな。

間もなく岩山の工事も完了するでしょう。こちらを片付けて、我らがテイグーンまでお送りします。

早々にカタをつけるため、砦の攻略にはアレを使おうと思っていますが、宜しいでしょうか?」



団長がテイグーンより追加で持参させた3番目の物、俺たちが密かに開発し、運用を研究していた兵器の使用許可を求めてきた。



「できれば……、まだ秘匿したかったのですが、致し方ありませんね。

敵が分析や、冷静な判断を下すまえに、一気にカタを付けましょう。真似されたら、我々もたまったものではないですからね。」



「ですねっ」



俺と団長はお互いに苦笑いしながら、右手を差し出し拳を合わせた。


実はこの兵器、試作研究段階で俺たち、いや、多くの者たちが酷い目にあった、曰くつきの兵器だ。



こうして開戦10日目の夜、全ての準備は整い、改めて軍議が開かれた。



「岩山の工事は完了し、砦攻略の準備は整いました。

これで敵の砦内に向かい、上方から矢の雨を降らすことができます。

王都騎士団第三軍からは、クロスボウ兵1,000名をお借りしたく思います。


この攻撃に並行して、左右の森からは、風魔法士の支援を受けた4,500名ずつのクロスボウ兵が、3人1組で間断なく援護射撃を行います。


その後、正面から土嚢を積み上げ、城壁を越え砦を攻略する本隊を編制し、門を開けていただきます。

最終局面では、開門と同時に王都騎士団第二軍の騎馬隊が突入し、攻め落としていただきたく思います」



俺は、攻撃の手順を説明した。

シュルツ第三軍軍団長は、心得たとばかりに頷いた。



「それだと、本隊の犠牲が大きくねぇか?

城壁上や砦内から、ロングボウの攻撃をまともに浴びることになるぜ?」



ホフマン第二軍軍団長の懸念はもっともだった。



「仰る通りです。

ただそれは、敵軍が、まともに矢を射ることができれば、という前提のお話と思います。

本隊は砦内と城壁上の敵が混乱し、反撃もままならない状態になった後、我らの合図により行動を開始して貰います」



何か策があるのだろう。そう思ったホフマン軍団長は敢えて詳細を聞くのを避けた。

彼はこれまでの実績を見て、タクヒールの策を信じることにした。



「では、今夜のうちに土嚢の準備、其々が行動を開始する合図など、諸々の打ち合わせを行うとするか?

この作戦、連携が大事と思われるでの」



ハミッシュ辺境伯の言葉で、軍議はまとまった。

こうして、翌日の総攻撃の準備は、着々と整えられた。




    山山山山         山山山山

       山山山山   ※※山山

        山山山▼▼▼山※山  

        山山山   山※※山

     山山山森  ▼▼▼ 山※※山

   山山山  ◇森森   森森◇↑山山山

山山山山    ★◇ 森 森 ◇★↑ 山山山山山

          ◇森 森◇       

         ◇森△△△森◇     

           ☆ ☆



▼ 国境砦(イストリア皇王国軍)

△ 防塞 (カイル王国軍)

◇ 防衛線(カイル王国軍)

☆ 魔導砲(いやがらせ攻撃時)

★ 魔導砲(最終配備時)

※ 工事個所(クロスボウ兵展開箇所)




夜明けとともに、待機していたカイル王国軍のクロスボウ兵1,000は、森から岩山に設けられた土嚢の階段を上り、工事の完了した岩山を進む。


それぞれの配置箇所へ、裸足になって音を立てないよう注意しながら、ゆっくりと。


こうして、クロスボウ兵を含む、全ての兵が配置に着いた旨、各所で旗が上がり知らせが伝わる。


俺は、総司令官たるハミッシュ辺境伯や団長と共に、岩山の敵砦が見渡せる一角に陣取っていた。



「辺境伯、全て準備が整った様です」



俺の報告に、辺境伯は右手を真っすぐ上げ、そして振り下ろす。



「攻撃開始っ! 鐘を鳴らせっ!」



団長の指示で、鐘が激しく連打される。鐘の音は岩山に反射し、大きく響き渡った。



「鐘の音確認、魔導砲、発射準備! 第一射の照準は砦の内側だ。発射後、直ちに連続発射の準備を」



「風魔法士準備、完了しています」


「初弾、全て赤玉で装填完了しています」


「旗を揚げろっ!」



砦の左右、森の中に展開していたカタパルトから準備完了を告げる旗が上がった。



「左右の魔導砲から旗が上がっています!」



「鐘の音を、3打に変更!」



団長の指示で、攻撃は開始された。



イストリア皇王国の兵士たちは、朝から響き渡る鐘の音に、何事か? と外に飛び出していた。


鐘は、左右にそびえる岩山のどこかで鳴らされているが、音が岩山に反響し、鐘の所在は分からない。

多くの兵が、砦の中や城壁から岩山を見上げ、そこに潜む敵兵の姿を探していた。


そして突然、鐘の音が止んだと思ったら、暫くして3回だけ鳴り響いた。

その一瞬のち、天から一斉に何かの球体が、彼ら目掛けて降って来た。



「敵の攻撃だっ! 全軍退避っ!」



一斉に駆け出す彼らの周りで、球体が着弾し、そこから赤い煙が立ち上った。


正確には赤い粉が詰まった陶器の様な物が、着弾の衝撃で割れ、中に詰まっていた赤い粉が、煙の様に辺りに撒き散らされ、風に乗って拡散される。


イストリア皇王国軍の兵たちにとって、悪夢の一日が始まった。



「ぐわぁああっ、目が! 目が燃えるようだぁっ!」


「痛いっ! 痛いっ!」


「目がっ! 目がぁぁぁっ」



砦内の兵士たちが、痛みに悶絶し、目を抑えて転げまわる。

そこに容赦のない、第二撃、第三撃が降り注ぎ、辺りには兵士たちの阿鼻叫喚が響き渡った。



「あの赤いものは何だ! 奴ら何をした?」



鐘の音で警戒態勢に入り、城壁上から、砦の内外を警戒していたロングボウ兵の多くは、砦内で起こった惨状が、理解できなかった。


訝しがりながらも、何射かを城壁上で見ていた彼らにも、敵の投石器からの攻撃が降り注ぎ始めた。



「全員、ひさしの陰に入れっ! そうすれば、敵の石弾などやり過ごせる!」



先日来、敵の投石器対策で、彼らは城壁の上に庇を設置し、対策を行っていた。

そのお陰で、敵弾はガチャンっ! と派手な音を立てて、庇や城壁上で虚しく粉々になった。


そして、その一帯では、禍々しい赤い煙や、白い煙が立ち上った。



「ん、これは? 煙ではない! 何かの粉末……、ぶえっくしょん!」



「敵が……、ぶえっくしょん! なに……、ぶえっくしょん! いそぎ……、ぶえっくしょん!」



「目がぁっ! 助けてくれ! 目が燃えるっ!」



「痛いっ! ぶえっくしょん! いた……、ぶえっくしょん!」



遠くから、イストリア皇王国軍の大混乱を見ていた、ハミッシュ辺境伯は背筋の凍る思いがした。

こんな攻撃を受けたら、自身でさえまともな指揮はできないであろう。


そうして、混乱している中、岩山や森から、鐘の合図に従い、クロスボウの矢の雨が敵軍を襲う。


皇王国の兵士たちは、まともな反撃もできず混乱したり、逃げまどっていた。中には、目を押さえ城壁上から転落する敵兵の姿も確認できた。



「辺境伯、本隊へのご下知をお願いします」



「突入開始! 騎士団第二軍の旗を掲げよ!」



辺境伯の合図で、辺境伯旗下の兵と、東部地域貴族の兵たちが、一斉に土嚢を抱え城壁に取り付く。

背後には、満を持して突入の準備をする、騎士団第二軍が整列していた。



こうして、敵砦の奪還作戦は第二段階を迎えた。

ご覧いただきありがとうございます。

次回は【翻る征旗】を投稿予定です。(3月以降当面の間、隔日投稿となります)

どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] うーん、通算年齢90歳くらいの人が何を慌てふためいているのやら… 歴史が変われば内容も変わる。 今までの行いで分かっていたことでしょうに。 厄災の時期が前後する事も見越してなきゃ駄目で…
[一言] てっきり粉塵爆発を利用すると思いましたが赤玉なのでカプサイシン爆弾ですね。
[良い点] タクヒール君 年相応な反応 いいですね アンもウイウイしい。 [気になる点] 唐辛子が [一言] 劇的な展開ばかり 楽しみにしてます。
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