第十四話(カイル歴501年:8歳)六の矢、弓箭兵育成
ヴァイスさんのお墨付きが貰えたので、開発したクロスボウを両親にお披露目した。
参加しているのは、いつものメンバーと兄だった。
今回は中庭にお披露目会場を用意した。
今回は兄弟そろっての提案で、2人でワクワクしながら準備した。
「父上、母上、レイモンドさん、今日はお時間をいただきありがとうございます」
いつもの口上から始まり、先ずは百聞は一見に如かず。
弓は素人……、むしろ剣の才能に比べれば、年相応の実力しかない兄が、距離の離れた金属板の的に向かって構えをとっている。
「ダレク兄さん、お願いします」
暫くして……
「バァッンッ!」
大きな音がして、素人にしては遠すぎる目標に見事命中し、矢はほぼ貫通してる。
「んなっ!」
両親は口を半開きに絶句している。
レイモンドさんは相変わらずニヤニヤ笑っている。
「シャッアッ!」
兄は命中に気をよくしたのか、気合を入れている。
実は昨日、ヴァイスさんの所で飽きるまで試射を繰り返し、兄はかなり上達していた。
「タクヒール……、これもまた本の知識か?」
しばらくして、父はやっと言葉を吐いた。
「使われている部品はそうです。それを弓に使えないかなぁと思い、応用してみました」
「完成したばかりで、昨日試射を行い、ヴァイスさんに意見を聞いたら、これならグリフォニア帝国の鉄騎兵も打ち倒せると……」
「バカモン!こんな大事な兵器、先ずは私に報告しなさいっ!」
怒られた……
「これであれば、非力で経験の足らない領民兵でも、それなりの活躍ができると思います」
「弓と比べ、連射に時間がかかる、という点でクロスボウは重要視されない部分もありますが、どうお考えですか?」
俺の提案に対し、いつもながら、レイモンドさんの的確なツッコミは的を射ている、というか予想通り。
兄と目が合った。
2人でこの話も打ち合わせ済みだ。
「それも含めて2人で提案があります」
〇新型クロスボウの量産
特に熟練を要さない、クロスボウの利点を活用し、新型クロスボウを全兵士に配備する。
そうすれば、弓箭兵として、数の力がいきてくる。
そのためにも、量産を進め、配備を進めること。
・滑車の仕組みは当面秘匿し優位性を確保する
・滑車付きクロスボウは兵士のみに配備する
・実戦と訓練以外は滑車付きクロスボウを秘匿する
〇射手の育成と確保
旧来のクロスボウも、複合弓の要素を取り入れ量産し、射手の育成にはこちらを使用する。
育成は兵士だけでなく、領民も巻き込む娯楽の一環として行い、無料の射的場などの施設を用意する。
・娯楽には、射的大会の様な景品付き企画を開催する
・賞金獲得を目的に、一般領民からも参加可能とする
・大会を通じ技術の高いものを発掘し、兵士にする
〇娯楽としての仕組み
射的場では、点数を出したり、難度の高い的に景品を付けるなど、参加者の心理をくすぐる要素を入れる。更に、懸賞金の付いた定期大会を開催し、定例行事として、観る側も盛り上がる仕組みを作る。
・年に一度は、大きな大会を開催し、お祭り化する
・大きな大会では、優勝者を当てる投票を実施する
・投票の的中者には配当金を分配し観客も盛り上げる
・胴元として収益の一部を確保、この運営費に活用
〇軍事面での運用
連射についての課題は、数で賄う利点をみれば問題ではないことと、運用で解決可能と考えていた。
遠距離戦闘:全兵士が弓箭兵として制圧射撃を行う
中距離戦闘:兵士3隊で分業し連続した射撃を行う
近距離戦闘:兵科により役割を分担、主に狙撃対応
運用はこれらを基本として、柔軟に変更して、分業方式の連続射撃は、重要な局面まで秘匿する。
これって、史実かどうかはさておき、日本の戦国時代、織田信長が長篠の戦いにて、鉄砲でやったと言われることの二番煎じだけど……
こんな話を兄と交互に話した。
ポイントは、
・できる限り滑車付きクロスボウは秘匿していくこと
・クロスボウを娯楽と実利で広め、領民全体を戦力化
・大会運営で利益を確保し、次回や継続の原資とする
・戦場での運用は、必要な時まで秘策として秘匿する
「ちなみに、剣の腕は極めて優秀ですが、弓はからっきし……、いえ、普通の腕前のダレク兄さまでも、昨日一日練習しただけで、あの距離の的を、貫通する射撃ができています。男爵軍の兵全てが同様の射撃ができれば、凄いことになりませんか?」
ダメ押しだった。
レイモンドさんは感心した様な顔つきで驚きの声を上げた。
父は口をパクパクさせて、何か言いたげな様子。
母はちょっと頭を抱えていた。
経費が……、と小さな声を俺たちは聞き逃さなかった。
「ちなみに、今の話はもちろんヴァイスさんにはしていませんよ」
俺と兄はにっこり微笑みあった。
あと、滑車付きクロスボウをヴァイスさんが欲しがっていたこと、条件付きで供与するのもありじゃないか、そう一言追加しておいた。
〇ヴァイスさんへの供与条件(案)
・新しいクロスボウは情報を秘匿すること
・傭兵団で管理の徹底を行うこと
・供与代金は傭兵団契約料の一部と相殺とすること
・魔物相手の実戦で、この兵器の試験運用をすること
・運用した際の改善点や課題を報告してもらうこと
これらが可能ならば、先行量産品を傭兵団に配備し、
後日、取り扱いに慣れた者を、教官として軍に派遣してもらう。
こんな感じでどうかなぁ、と。
※
目下、国境を守るカイル王国軍、ハストブルグ辺境伯陣営にとって、最大の脅威はグリフォニア帝国の鉄騎兵だ。1,000騎以上の鉄騎兵の集団突撃には、今のところ有効と思える反撃手段がない。
国境での戦が常に、攻め手がグリフォニア帝国、カイル王国は防衛側となっているおかげで、なんとか戦えている、それが現状である。
攻撃力では圧倒的に劣り、過去の戦でも鉄騎兵の集団突撃には、痛い目にあっていたと聞いている。
また領民の戦力化もずっと課題だったはずだ。
出征時はどうしても各地の守りが薄くなる。
動員可能兵力全てを、戦場に連れていく訳ではない。
留守部隊を残してはいるが、どうしても規模の小さな町や村など、守りが目に見えて弱くなる。
そこを虎視眈々と狙う盗賊、不定期で襲ってくる魔物などの対応に、十分な戦力があるとは言えない。
領民を戦力化できれば、安心して留守を任せれるようになると思う。
※
今回の提案も、多分、3人とも納得してくれたんじゃないかと思う。
今は父、女性ではあるが母、レイモンドさんが交代で滑車付きクロスボウを試射している。
楽しそうな歓声を上げながら……
これを見て、俺は娯楽としての射撃にも自信を深めたのは言うまでもない。
何か言われれば、この時の様子を引き合いに出せば良いだけだ。
これが遠くない未来、ソリス弓箭兵団として戦場で勇名を轟かすことになる、最初の一歩だった。
この新しいクロスボウ……、この世界ではエストールボウと呼ばれた兵器とともに。
※以後
クロスボウ :従来のクロスボウの改良版を指す
エストールボウ:クロスボウと複合弓、コンパウンドボウを合体させた物を指します
 




