第百四十六話:残されし者の戦い① 早すぎた到来
今回から、タクヒールのいる東部国境戦と、残された者たちが奮闘するテイグーンでの出来事が並行して展開していきます。
サブタイトルでそれぞれの場面を記載しておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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【⚔ソリス男爵領史⚔ 滅亡の階梯】
カイル歴509年、エストールの地に大いなる災い来る
凍てつく冬の日、古より魔物からの盾となった山地に死の神、姿を現す
降臨せし死の神、禍の鎌をエストールの地へ振るう
大地は死へと誘う霧に覆われ、冥界よりの使者訪れる
使者、熱病と渇きを民にもたらし、冥府へと誘う
多くの民、旅立ちにあたり友を誘い、新たに冥府への列に加わる者、後を絶たず
見送る者、大いに嘆き、大地は葬送の涙で濡れる
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タクヒールたちが東部国境の緒戦で凱歌を上げていたころ、南部辺境ではテイグーンを目指して移動する者たちがいた。
「ふう、あともう少しです。この先の関門を抜ければ、テイグーンは目と鼻の先ですっ」
先頭を進み、日に日に強まる日差しを避け、被っていた外套を脱ぎ、心地よい風にプラチナブロンドの髪をたなびかせる少女、ローザが付き従う者たちを励ます。
彼女に付き従っていたのは、王都の中央教会から派遣された、若い神父と修道女に加え、見習の女性が数名とその護衛たちであった。
元々、聖魔法を司る氏族で結成された教会では、聖魔法士の地位は高い。
だが、中央教会のある王都周辺において、希少である魔法士たちの多くは、大貴族に囲われている。
その中に聖魔法士がいたとしても、相手が大貴族では中央教会には手が出せない。
そんな状況下で、ソリス男爵家に帰属しているとはいえ、自ら進んで、彼らの手元で学ぶローザは、言ってみれば希少な存在だった。
中央教会として、できる限り彼女を手元に置いておきたかったとしても無理のない話だ。
所がある日、ローザは唐突に一時帰領すると言い出した。
彼女はこれまで、疫病の危機を教会に告げ、教会から警鐘を鳴らし、準備と対応を進めるよう訴えていた。
だが、教会側の動きは緩慢で、思うに任せず、彼女は苛立ちを募らせていた。
これに業を煮やした彼女は、主人が東部の国境へ出征するのと時を同じくして、領地へと旅立った。
ここに及んで、ローザとの繋がりを重く見た教会は、急遽、支援のためと称し、教会から選抜した者を彼女に同行させた。
同行者として選抜されたのは、若い神父以外は、修道女などの若い女性ばかりだった。
これは年齢の近しい同性の方が、彼女と繋ぎもつけやすかろう、そんな教会側の思惑あったからだ。
更に選抜された者たちは優秀なだけではなく、教会からの密命も受けていた。
それは、ローザを教会側に囲い込むこと、テイグーンの内情を調査すること、この2点だ。
一行はローザと常に行動し、その手足となって働く。
そしてより多くの情報を入手し、王都の中央教会に送るために。
※
「新関門より知らせがありました! ローザさまのご一行が間もなく到着されます」
「ありがとう、では、グレース神父にもその知らせをお願いできるかしら?
受け入れは、事前の取決め通り、街の宿で対応しましょう。
でも……、あの子もこんな気遣いができるようになるなんて、成長したわね」
行政府で報告を受けたクレアは、笑顔を見せた。
クレアは、ローザがまだエストの街で、見習いとして施療院で働いていた頃から知っている。
当時はまだ14歳の、世間知らずの少女だった。
「そうですね。王都は間諜や策謀の渦巻く最前線です。彼女も日々、戦っていたのでしょう」
ミザリーもそれに応じた。
ローザは、教会から押しかけ同行者を付けられた時点で、秘密裏に早馬で知らせを出していた。
それには、彼らが中央教会からの間諜である可能性に触れ、事前にグレース神父への情報共有や、行政府としても注意する必要があること、そんな内容が記載されていた。
「まぁ、実際に製造や儀式を執り行える人手が増えた、その点はありがたいですけどね」
ヨルティアも笑っていた。
この時点で、彼女たちを含む、テイグーンの命運を託された者たちにも余裕があった。
着々と準備は進み、予定されていたことは全て順調に対応が進んでいる。
ゴーマン子爵、ハストブルグ辺境伯側も、使いの者を直接テイグーンに派遣し、彼らに必要な情報の共有は終わっている。
エストの街からも、クレアの命を受けたクリシアが、テイグーンを訪れ、情報の共有は全て行った。
予想された疫病の到来、冬までには万全の体制が整うだろう。
そういった安心感が彼女たちのなかにもあった。
※
時を同じくして、テイグーンの施療院では、開拓民の親子が訪れていた。
「申し訳ありません!
どうかこの子を、診てあげてくださいっ!
3日前から高熱が治まらなくて……、どうか、どうか娘をお助けください!」
母親に背負われてきたその娘は、ぐったりとした様子で、苦しそうな浅く早い息を繰り返していた。
彼女たちは、直ちに院内に設けられた一室へと案内された。
その時、たまたま施療院に居た、聖魔法士のクララは、件の親子を応対をした者から報告を受け、一抹の不安を感じていた。
彼女は、聖魔法士の中では最も新参であり、タクヒールが王都に向かう直前に、マスルール達と共に適性確認を受け魔法士となっていた。
だが、既に30歳の既婚者で2人の娘たちの母親でもある彼女は、聖魔法士、いや、女性の魔法士の中で最年長であり、男性を含めても年長者に属しているため、人生経験は豊富だ。
「この子の年頃では、高熱を発することはよくある事だけど……、気になる部分もあるわね」
彼女は2人の子供を育てた経験を元に、目の前の子供の様子を比較した。
高熱のまま、下痢と嘔吐を繰り返したという、この子供の目は、若干落ちくぼみ、手足は冷たい。
マニュアルに記載されていたとおり、手の皮膚や爪の確認を行い、『脱水症状』と書かれていた事例に当たるような気がする……、そう考えた。
彼女は決断し、急ぎ病室を出ると、周りに居るものに伝えた。
「今これより彼女を、一級報告症例と判断します。
先ほどの親子に接触した人は、直ちに一旦隔離し、消毒とうがいの実施を!
彼女たちと接する人も定められた措置をとること。誰か、急ぎ行政府へ報告に走ってください」
そう告げると、彼女は、傍らの設置されている、【消毒液】と書かれた容器のレバーを引き、噴出された液体を手に塗りこんだ。
そして、マニュアルに【マスク】と記載され、施療院にも常備されていた布を顔に付け、病室に戻った。
「私の杞憂であればよいのだけれど、母子の周りでも、既に感染が広がっている可能性もあるわ……
一刻も早く、現状を確認しないと」
※
そしてクララが依頼した使いは、直ちに行政府へと駆け込んだ。
「お話し中失礼します! 施療院のクララ様より、たった今、一級報告症例の連絡が入りました。
なお、詳細は追って、とのことです」
「!!!」
その場にいた、ミザリー、クレア、ヨルティア、そしてついさっき、王都より到着したばかりのローザが立ち上がった。
「そんなっ! まだ夏前なのに……」
思わずミザリーが声を上げた。クレアとヨルティアも不安な顔をして動揺は隠せない。
「一級ですね。まだ特級、事態が確定したという訳ではありません。打ち合わせの途中ですが、私は急ぎ施療院へ向かいます。
クレア姉さん、私に同行していた教会の人たちをグレース神父の所に、案内をお願いできますか?
神父には急ぎ、清めの儀式の準備を依頼していただきたいです。
ミザリーさん、ヨルティアさんは、警報の発令準備と、各所への伝令の準備をお願いします。
あと……、聖魔法士の皆さんの招集もお願いします。
大丈夫です!
私たちはずっとこの日のために、準備してきました」
そう言って、ローザは足早に出て行った。
「私たちが逆に、あの子に励まされてしまいましたね。私たちも負けてられません。
私もこれより、教会に向かいます。あとの手配、お願いしますね」
クレアは少し自嘲すると、落ち着きを取り戻し、いつものクレアに戻っていった。
※
ローザが施療院に到着した頃、既に施療院内では既定の対応が実施されていた。
行き交う者は、マスクと呼ばれる覆いで口元を隠し、消毒液と呼ばれたものが、至る所に設置されていた。
「ローザさん! 王都から戻られていたのですね。
早速ですみません。報告は……、ローザさんでよろしいのかしら?」
「はい、クララさん、的確な初動対応ありがとうございます。助かります。
えっと、では、こちらで報告をお願いします」
ローザは、勝手知ったる施療院の一室へ、彼女を招き入れた。
※
行政府には、ミザリーの掛けた招集に応じて、主要な者が次々と集まっている。
「それで、今の状況はどうなっているんだ? 特級と確定したのか?
ここに居ては何も分からんではないかっ!」
まだ情報が全く足らない。その状況下で苛立ちを隠せなくなったクリストフが声を上げた。
そこに集まり、ただ報告を待っているだけの一同にも、同様の苛立ちが見える。
「クリストフ、落ち着きなさい! 私たちが浮足立ってどうしますか!
間もなくローザが開拓村から戻ります。それを待ちましょう」
魔法士のなかでは、姉御肌であるクレアが一喝する。
「気が急いて申し訳ない。戦と違い、何もできないことで俺自身、苛立っていたようだ……」
一喝しながら、クレアは思った。
焦り苛立ちを見せていた、皆を落ち着かせるため、いつも冷静なクリストフは、わざと道化を演じ、皆をなだめていたのではないかと……
実際、クリストフの様子を見て、全員が苛立ちを抑え、自制しだしたからだ。
ローザは、施療院でクララから情報共有を受けた後、母親に連れられて施療院を訪れた少女を問診し、そのまま母子を教会へと連れて行った。
その後、母子の対応をクララに一任すると、すぐさま母子の住まう、第五開拓地区へと向かって行った。
調査内容を取りまとめ、夜に報告会を行う、そう言い残して。
今、クレアたちがいる会議室には、主要な魔法士たちと、戦地に出ているマリアンヌ、ラナトリア、施療院で対応中のクララを除く全ての聖魔法士、行政府の主要関係者が集っている。
「皆さん、お待たせしました!」
暫く時が経ったあと、ローザが息を切らして行政府に戻ってきた。
「まず、最初にお伝えします。
今回の症状を特級と判断いたします。皆様にはこれより所定の対応を取っていただく事になります」
とうとう来たか! 全員がそう思って覚悟を決めた中、会議は始まった。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【緊急事態宣言】を明日投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
皆さまの温かいお声をいただきながら、ある程度予約投稿のストックも蓄積できました。
第百三十話以降ストーリーの展開も早く、それに合わせ2月一杯は毎日投稿を復活させて頑張りたいと思っています。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。
毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。
誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。
本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。