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第百四十五話:東部国境戦⑨ 凱歌

*** 開戦三日目



「て、敵の、騎馬隊だぁっ!」

「物見は何をしておったっ!」

「も、森の中に、逃げろっ!」



王都騎士団第二軍の参戦は、イストリア皇王国軍にとって、正にとどめの一撃だった。

カイル王国軍の弓箭兵により、大きな被害を受けていた彼らは、抵抗を止め、算を乱して潰走した。



「森に逃げ込んだ奴らは他に任せろっ!

俺たちは街道沿いを突進して、奴らを薙ぎ払え!」



ホフマン軍団長の号令一下、騎馬隊はその速度と突進力をいかして、突き進む。


中央を突破されて半包囲された皇王国軍は、騎士団第二軍の馬蹄に踏みにじられた。



味方の砦への退路を失い、騎馬の追撃から逃れる安全圏、皇王国の兵士たちがそう思っていた左右の森も、彼らにとって死地となった。



「も、森にも伏兵がっ!」

「包囲されているぞっ!」

「一体どこに逃げればいいんだぁっ」



彼らは予想外の伏兵、森の中で彼らを待ち受けていた敵軍に狼狽した。



「此方に逃げ込んだ奴らは、ひとり残らず押し包んで討ち取れっ!

今こそ初戦の借りを返す時じゃっ!」



森のなかでは、モーデル伯爵たちの指示が飛ぶ。


防衛ラインを受け持っていた、王国軍東部貴族たちの兵も、騎士団第二軍の進出と同時に、森の防衛ラインを超えて、砦側へと兵を進めていた。


そして今こそ名を上げる機会とばかりに、奮戦したからだ。



そのため、背を見せて潰走する皇王国軍の兵士たちは、ある者は背中にクロスボウの矢を受け斃れ、ある者は騎馬の蹄に踏みにじられ、ある者は森の中で包囲され、次々と討ち取られていった。



結果、今回の戦いによって、防塞や森といった最前線に展開していた、イストリア皇王国軍は12,000名のうち、実に1万名近くの兵を失ってしまった。


逃げ惑う彼らを追った、カイル王国軍の兵士たちは、国境の砦近くまで並行追撃で追いすがった。


事態の急変に、真っ先に砦に逃げ込んだカストロ枢機卿が、敗走する味方ごとロングボウで反撃を行う、その非情な決断を行うか逡巡していた。


だが、その命令が実行される前に、前進した騎馬隊は馬首を転じ、あっさりと兵を引いた。


ホフマン軍団長も騎馬で砦を攻略など、無謀なことは考えていなかった。

一定の戦果を上げた事を確認すると、彼らは森の中に消えて行った。



カイル王国軍は、これまで散々イストリア皇王国軍にしてやられた、東部国境でも遂に凱歌を上げた。



しかし、勝利したカイル王国軍側も、その余韻を味わう余裕はなかった。



一つ目は、まだ敵軍には、国境の砦が健在であり、そこには恐らく多くの兵が温存されていること。


二つ目は、戦場が魔境に近く、多くの兵の血で彩られた大地は、魔物を誘引する温床となること。



この2点の対応で、カイル王国軍は、3つ作業を分担し、戦いの後も夜を徹して作業は続けられた。



「森の中での防衛線の構築、これは我らの生死を決する作業じゃ!

見張り部隊も油断するな!」



森の中では、モーデル伯爵の指示が飛ぶ。


東部地域の貴族軍を中心として構成された彼らに加え、ハミッシュ辺境伯旗下の部隊は、森の中に新たな防衛ラインの構築を、夜を徹して進めていた。


幸いにも、奪った防塞には、イストリア皇王国軍がこの先で使用する資材や、カイル王国軍の突進を阻む逆茂木などが、山のようにあった。


彼らは、もともとあった防衛線の資材も引き抜き、新しい防衛ライン構築に使用することで、左右併せて総延長数キル(㎞)にも及ぶ、即席の防壁を森の中に広げていった。



「にしても、2重の防壁を築くのは、若干手間がかかりますな」



「当然じゃ! 今我らと敵対するのは、皇王国軍だけではないからな。血の匂いに誘われて、いずれ魔物どもも集まって来よう。

其方も、グリフォニア帝国軍の末路、聞いておろう?

我らは前と後ろ、それぞれの守りを固めねばならん」



左翼を担当する、モーデル伯爵と言葉を交わしていた貴族は、身震いし、より熱のこもった様子で、作業にあたる部下へ叱咤と、作業を押し進めていた。




<開戦3日目、国境展開図>



        イストリア皇王国

 山山山山山             山山山山山

     山山山         山山山

       山山山山   山山山山

 <山脈>    山山   山山    <山脈>

       山山山山   山山山山

     山山山森  ▼▼▼ 山山山山

   山山山  ◇森森 ↑ 森森◇ 山山山

山山山山  ◇ ★◇ 森↑森 ◇★ ◇山山山山

  竹    ◇  ◇森↑森◇  ◇   竹

    竹  ◇  森△△△森  ◇  竹

     竹 ◇  森森  森森  ◇ 竹 

    竹   ◇森     森◇   竹



▼ 国境砦(イストリア皇王国軍)

△ 防塞 (カイル王国軍)

◇ 防衛線(カイル王国軍)

★ 新拠点(カイル王国軍)

竹 竹林 (魔境との境界)




防衛ラインの構築を横目に、国境に通じる街道にて、建設作業を行う部隊があった。


こちらは、王都騎士団第三軍を中心として構成され、奪った防塞を活用し、国境側に向かって土塁を積み上げ、防衛と、出撃の拠点となる陣地を築いていた。


そして夜間になると密かに活動する小隊があった。

彼らは、小城を解体し、以前に敵軍が立てこもった防塞に、防御壁を伴った小城を移設し、カタパルトを一基ずつ据え付けていた。


前回同様、防壁はそれぞれが大きな石材で組み上げられており、多少の攻撃ではびくともしない。

この作業に、バルトや地魔法士たちが活躍したのは、言うまでもない。



残った1隊は、各所の警備、巡回を担当する者と、遺棄された敵兵の亡骸を弔う者たちがいた。



「監視の目を怠るなっ! 血の匂いに誘われ、魔物共が集まりつつあるぞっ!

必ず複数で行動し、発見すれば直ちに報告しろ!」



ホフマン軍団長の声が響き渡る。

第三軍の騎士1万騎は、それぞれの担当地区の警戒に余念がない。



事実、この時既に複数個所で黒狼の出現が確認されている。

奴らは、魔物共の先兵だ。


黒狼の後を追って、多くの魔物がやってくる可能性が高い。



警戒と並行して、戦場の後処理も急ぎ進められている。


今日の戦いで、負傷を負い降伏した結果、捕虜となった敵兵が1,000名以上いた。

中には、未だ敵愾心を剝き出しにして、反抗する者、死を望む者もいたが、その多くは従順だった。


タクヒールの願いで、収容した敵軍の負傷兵たちも、止めをさされることもなく、聖魔法士たちの治療を受ける事ができた。



「神だっ! 神の奇跡だっ!」

「め、女神の癒しだぁっ」

「女神が、御使いが我らにも降臨したっ!」



マリアンヌとラナトリアたちの治療を受けた者、その様子を目の当たりにした、イストリア皇王国軍の兵士たちは、口々に驚きの叫び声をあげ、感激の余り涙を流した。


イストリア皇王国では、魔法士は尊重され、その地位はすこぶる高い。

彼らは、神の御使いと呼ばれ、民衆や兵士たちからも崇められていた。


彼らが神の加護、聖魔法士による治癒魔法を受けれることなど、あり得ない事だった。

聖魔法士自体の数も少なく、教皇から認められ、治癒を受けられることは、最高の栄誉とされていた。



「所変われば……、魔法士たちの評価も変わるものですね。王国の中央貴族に見せてやりたい光景です」



「ですね……、彼らが喧伝し、民を導いたことが、逆に我らに有利となる可能性もありますね」



2人の聖魔法士たちを崇め、兵士たちが涙を流す様子を見ていた、俺と団長は驚きを隠せなかった。



その後、彼らは御使い(マリアンヌ)から、亡くなった同胞たちの埋葬支援を、頼まれることになった。


埋葬にあたり、遺品は故国に届ける用意がある旨を、そして、イストリア方式で弔いたい事を彼女が告げると、名乗り出る者が続々と続いた。

彼らは、元々負傷の程度が浅かった者、聖魔法の治癒である程度回復し、作業に耐えることができた者たちで、その数300名を軽く超えていた。


こうして、戦場で亡くなった皇王国軍の亡骸の多くは、同胞の手によって回収され、丁重に葬られた。



「おおっ! ここにも御使いが降臨されておるっ!」



「どういう事だ? 我らは……、御使いの軍に弓引いた、そういうことなのか?」



荼毘に付すため(もちろん、聖魔法士との経緯を見て、他の目的もあったが)、指示された火魔法を使用する、マルスとダンケを見て、彼らが再び驚愕したのは、言うまでもない。


傍らでは、ウォルスが水魔法で亡骸から回収した武具を洗い流している。

もちろん、あくまでも応急の処置で、その後、次々と魔境から遠く離れた後方の、兵站基地に後送する。



「今日の戦果は、其方らの活躍によるもの、これは誰もが認めるところよ」



そういってハミッシュ辺境伯は、鹵獲した物資で、そのまま使用や転売できる武具のうち、半数を俺に分配する旨、明言してくれた。


その中には、ロングボウも1千張以上含まれていた。

当面使用の目途はなかったが、売却用途に考えれば良いか、そう思って俺はありがたく頂戴した。



だが後日、東部国境戦が終結したあと、それらは思いもよらなかった用途で、使い道が生じることとなる。


聖魔法士の治癒で、命を救われた者を含め、捕虜となったイストリア皇王国兵たちは、監視の者を通じて、ハミッシュ辺境伯に願い出る者が後を絶たなかった。



「我等は、女神の手によって命を救われました。今後も、御使いさま、女神への随伴をお許し願いたい」



「敵軍たる我等を救っていただいた、女神の慈悲に対し、我が命を捧げたく思います。是非とも!」



「我らは、イストリア皇王国、カイル王国のいずれにも忠誠を尽くす者ではない!

我らが忠誠は、女神にこそ捧げるものであるっ!」



ハミッシュ辺境伯は、彼らの熱狂的なまでの言葉に、頭を悩ませることとなった。


捕虜の処遇は、辺境を含め東部地域一帯の帰属に属するものとなる。

ましてや、援軍として参加した彼に、余計なお荷物を押し付けることにはならないだろうか?


辺境伯は悩んだ結果、捕虜の中から、どうしても! そう強く希望した500名近くを、テイグーンに送り、ソリス男爵に預ける決断をした。


この時点では500名だったが、その数が次々と増えることになるとは、彼も思っていなかったが……



そう、俺たちは戦役が終わり暫くした後、テイグーンより参加した自軍の数に勝る、熟練したロングボウ兵たちを、その旗下に収めることになる。

ご覧いただきありがとうございます。

次回は【早すぎた到来】を明日投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※


皆さまの温かいお声をいただきながら、ある程度予約投稿のストックも蓄積できました。

第百三十話以降ストーリーの展開も早く、それに合わせ2月一杯は毎日投稿を復活させて頑張りたいと思っています。


ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

凄く嬉しいです。

毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。


誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。

本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。


また感想やご指摘もありがとうございます。

お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。


今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
で、疫病にぶち込まれた挙句に女神の清めを見て 死をも厭わぬ一生の忠誠を捧げる殉教僧団が完成するんですね。 本当にそうだったら何処の黄巾党だよって突っ込んでやりますね。
宗教による洗脳怖いですね。 後々、女神様を追って、皇国から人が流失しそう・・・
[良い点] 凱歌 楽しく読ませていただき、ありがとうございました。 いつも、感想の返信もありがとうございます。  次話も楽しみにしてます。  魔獣か、雨か?疫病か? はたまた、三人娘か? 頑張っ…
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