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第百四十四話:東部国境戦⑧ 大芝居

※※※ 開戦三日目


「左右の森から展開する部隊に応じ、こちらも兵を前に出せ! 敵の照準は我らの動きについてこれん。

奴らの弓の射程外から、一方的に鏖殺おうさつしろっ!

この借りは……、きっちり返してやる」



安全圏に避難した、カストロ枢機卿は、やっと落ち着きを取り戻し、今度は怒りに震えていた。


カイル王国の卑怯な不意打ちで、防塞中央部に陣取っていた彼の周囲は、甚大な被害を受けた。

遠矢の妙技を見せた、熟練の使い手も何名か失われ、肝心の風魔法士も石弾を受け卒倒していた。


枢機卿は、絶対に失ってはならない、貴重な戦力である風魔法士を砦へと搬送させると、他の負傷者の対応より、あの小癪な小城を粉砕することを優先した。


小城とその周りにいる兵士ども、それらを粉砕し溜飲を下げること。そうすれば自ずと士気は回復する。

もちろん、道化となってしまった、彼の名誉も。



予想外の不意打ちを受け、大混乱だったイストリア皇王国軍も、やっと指揮系統を取り戻し、組織的な反撃に移り始めていた。



「兵を一気に敵防塞の前面に押し出して反撃せよ! 遠距離から奴らに矢の雨を降らせてやる!」



そう、反攻を指示した指揮官ですら、カタパルトの攻撃を既に何射受けたか、自身の記憶は定かではない。当初、彼らの陣営はそれほど混乱していた。



彼らが経験したこれまでの戦いは、射程距離の優位性をいかしたり、陣形の利点を活用して、敵軍を安全な遠距離から鏖殺おうさつすることが常だった。


逆の立場など経験したことがない。そのため多くの兵は狼狽し、逃げ惑う醜態を見せてしまった。


その際、我を忘れて弓を放り出した者も多く、大地に転がった弓は、幾多の者の足により踏みにじられた。その結果、その弓の多くが何かしら破損し、武器としての価値を失っていた。


こうして1,000名近くの兵が、肝心の武器であるロングボウを失い、更に、死者や負傷者は1,000名を超えた。そのため、正面兵力として展開できた者は4,000を切っていた。



「小城の周りに展開する敵兵力は、1万以下、一気に片付ろっ!」



それでも、イストリア皇王国軍の指揮官や、その命に従う兵士たちには勝算があった。

森に潜む左右各3,000名の兵力と合わせれば、彼らの戦力は合計1万となる。


それらの兵が、敵軍の射程外、アウトレンジで攻撃すれば、一方的に勝利できる筈だ。



実際今も、イストリア皇王国軍の兵たちは、次々と左右の森から姿を現し、街道上に展開を始めた。

こうして、森に挟まれた街道は、皇王国軍の兵で埋め尽くされた。

狙いは小癪な投石機のある小城と、その左右に展開するクロスボウ兵だ。


彼らは、カイル王国の前線から約300メル手前まで進出すると、進軍を止め距離を維持した。



そんな皇王国軍の動きを、悠々と、いや、待ちかねたように見ている2人が居た。



「頃合いですね、欺瞞射撃用意! 旗振れっ! 鐘は待機!」



ヴァイス団長の言葉に、俺は無言で頷き返す。

団長は敵軍を見つめ、タイミングを計っている。



「合図と共に、鐘は三連打、用意っ……、今っ!」


「カーン」


「カーン」


「カーン」



団長の指示のもと、ゆっくりとした鐘の連打が戦場に響き渡る。



小城の周りで、その身を晒し展開していたクロスボウ兵7,000名の内、半数が最大仰角に構え、鐘の三打目にタイミングを合わせ、一斉に矢を放つ。


最大仰角で放たれた矢は、大きく弧を描き、イストリア皇王国軍のかなり前方で着地した。

そう、射程距離の問題で、彼らが展開した陣地まで届く矢は、一本も無かった。



それを嘲笑うかの様に、皇王国軍は悠々と射撃体制を整えた。



「はははっ! 奴らの弓は此方まで届かん。

仲間たちの仇だ、落ち着いて狙え。

用意……、撃てっ!」



皇王国軍の指揮官による号令で、ロングボウ兵たちの放った、実に1万本もの矢は、浅い弧を描き、矢の嵐となってカイル王国軍の頭上に降り注ぐ。



視界を真っ黒に染めた濃密な矢の雨を前に、カイル王国軍の兵たちは身動きもできないでいる様だった。

斜め上方から降り注ぐ、大量の矢の雨を浴び、バタバタと倒れていく。


だがその割合は、皇王国軍の者たちが思っていたよりも、かなり少ない。



「ちっ! 奴ら重装歩兵か。水平射撃でないと、思うような効果は出ないか……」



小城の周りでクロスボウを持ち展開していた、王都騎士団の第三軍は、カイル王国が誇る精鋭であり全員が重装備の鎧を纏っている。


彼らは騎馬から下り、弓箭兵の役割を担っているが、現実的に重装歩兵と変わりない。


皇王国軍は、3度ほど遠距離から射撃を行った後、より確実な戦果を出すため、彼らの指揮官は決断した。

カイル王国軍の騎兵部隊が来る前に、一気にカタを付けると。



「全軍! 敵の射程ギリギリまで前進。もう少し接近して、奴らの鎧ごと射貫いてやれっ!」



先ほどの攻撃を受け、敵の最大射程が分かっていたことも、指揮官の決断を後押しした。

受けた損害以上の成果を出さないと、彼自身も責めを負う。これも決断を後押したのは言うまでもない。



「カーン! カーン! カーン!」



戦場に虚しく鳴り響く鐘の音とともに、カイル王国軍の矢が飛来するが、全て彼らの手前で地に落ちる。

それを嘲笑うように、イストリア皇王国軍の兵士たちは敵の最大射程ギリギリまで前進した。



「ふん、戦いとは無常なものよ。武器の違いも理解できんか。自身の愚かさを冥界で嘆くが良いわ!

全軍、次の射撃で全体にとどめを刺す!

射撃用意っ!」



防壁に囲まれた見晴らし台で、俺と団長は周囲を観察しながら、時期を図っていた。



「団長、皆さん、役者ですね。矢を受けて倒れる演技、堂に入ってます」



そう、騎士団第三軍の面々は、風魔法士たちの援護を受け、誰一人としてまともに矢を受けていない。


イストリア皇王国軍から放たれた、濃密な矢の雨は、彼らに命中する直前に風の壁に阻まれ、大きく減速、命中してもかすり傷程度しか負わないぐらい、その威力を失っていたのだ。



「そうですね。見事なものです。

タクヒールさま、そろそろ……、でしょうね」



「了解しました。早鐘を打ち鳴らせ、魔法士達にも合図を!」




イストリア皇王国軍の兵たちが、必殺の一撃を加えるため、ロングボウを構えようとした直前だった。



「カンカンカンカンカンカンカンカン!」



先ほどとは打って変わった、鐘の連打が響き渡った。

それと同時に突風が吹き、強い向かい風によって舞い上がる砂塵から、目を守るために皇王国軍の兵士たちは、一瞬、射撃の動作を止め、その手を目に当てた。



「カーン! カーン! カーン!」



「何だ? 鐘がまた元に戻ったな……、うっ!」



舞い上がる砂塵に、視界を奪われている刹那、イストリア皇王国軍の指揮官は、その身体に衝撃が走るのを感じた。



「まさか? 何故、だ……」



そう短く、最後の言葉を言って、後ろ向きに倒れる彼の胸には、深々と矢が突き立っていた。



「間髪入れず連続発射! 第二射、第三射用意!

再び鐘を鳴らせ!」



カイル王国の陣営では、ヴァイス団長の指示が飛ぶ。

僅かな間をおいて、3回目の鐘の音で、第二射、第三射が一斉に放たれる。



実は、塹壕に潜む兵も、街道に展開している兵も全て、3名1組の分業体制で待機していた。


クロスボウは連射の速度でロングボウに劣る。

魔法士が風魔法で支援できる矢数には限界がある。

塹壕の横幅では、正面に展開できる兵に限界がある。


これらの難題を解決するため、全ての弓箭兵がこの体制を採っていた。



特に最初の3斉射は、予め3人分のクロスボウを準備して、最も技量の高い一人が射手を務めているため、魔法士の支援を受けた、より正確な射撃が連続して実施された。



イストリア皇王国軍の兵士たちは、大混乱に陥った。



「何故だぁっ!」



そもそも、敵の有効射程外から、一方的に鏖殺する筈だった。だが今、一方的に鏖殺されているのは自分たちだった。


砂塵で視界を塞がれた直後、短い時間に有効射程内の3連斉射、実に1万本を超える矢の雨に晒された。


敵軍の矢は……、届くはずが無かった。

その、届くはずのない矢が、今、自分たちを貫かんと飛翔してきている。


3連斉射のあとも、鐘の合図とともに、あり得ない短い間隙で矢は飛んでくる。

斉射を告げる鐘の音が、彼らにとってはまるで、死を告げる鐘、教会で死者を弔う鐘の音に聞こえた。



「王国軍の奴らもロングボウを……、 がふっ!」


「神よ! 我らをお助け……、ぐわっ!」


「はやくどけっ! 後列を引かせ……、ごっ!」



敵軍を殲滅するため、密集隊形にあった彼らに逃げ場はない。

逆に、カイル王国軍が放った矢は、恐ろしく効果的に、効率よく敵軍を撃ち減らしていった。



「団長、そろそろですか?」



「ええ、旗を揚げましょう。鐘は合図があり次第、2連打ちに変更を!」



森の中でも、櫓を組み街道上の戦いの推移を見守る者たちがいた。彼らは本隊からの作戦指示を、味方に伝える役目を担っている。



「中央の見晴らし台に、騎士団第二軍の旗が上がっております!」



「待ちかねたぞっ! 全軍、森の縁側まで移動し、騎乗して待機! 我らの出番だ!」



櫓の見張り兵からの報告を受け、ホフマン軍団長らは一斉に騎乗し、移動を始めた。

そう、カタパルトの攻撃が始まった直後、第二軍のうち精鋭2,000騎ずつが、左右の森に移動していた。


イストリア皇王国軍も無能ではない。彼らはロングボウ兵を蹂躙する可能性のある、カイル王国軍の騎馬隊の動向については、注意を怠っていなかった。


彼らは、遠くカイル王国の本陣に、2万以上の騎馬隊が、成すすべもなく並んでいるのを確認していた。


だが実は、そのうち第三軍の1万騎、森の防御線を守る東部貴族の騎馬4千騎、タクヒール率いる1千騎は、全て騎馬だけで人が乗っていない見せかけだった。



「鐘の二連打ちを確認しましたっ!」



「大芝居はこれで終わりだ。幕引きの栄誉は我らに任された。全軍、突撃っ!」



ホフマン団長の号令一下、王都騎士団精鋭の騎士たちが、満を持して森の中から戦場に踊り出る。

こうして、東部国境線は新しい局面へと移行した。

ご覧いただきありがとうございます。

次回は【凱歌】を明日投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※


皆さまの温かいお声をいただきながら、ある程度予約投稿のストックも蓄積できました。

第百三十話以降ストーリーの展開も早く、それに合わせ2月一杯は毎日投稿を復活させて頑張りたいと思っています。


ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

凄く嬉しいです。

毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。


誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。

本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。


また感想やご指摘もありがとうございます。

お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。


今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 枢機卿が自分の失策を覆い隠すための強調を目的として発した言葉であるならわかりますが 説明文で「予想外の不意打ち」は意味が重複してて不格好だと思います [一言] 開戦3日目で卑怯な不意打…
[一言] 織田信長が編み出したと言われてる火縄銃の三連斉射がヒントですかね?。
[良い点] 読み応えとリアリティ、ファンタジーらしさのバランスが優れていてとても楽しく読んでおります。 [気になる点] 「殴殺」とある箇所は「オウサツ」の読みそのままであれば、内容からして「鏖殺」が元…
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