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第百三十九話:東部国境戦③ 先陣の栄誉

※※※ 開戦一日目


既に春も盛りというのに、カイル王国の東部国境は、空気が凍てつくような緊張感に包まれていた。

これから始まる戦いを前に、独特の空気が流れているからだ。


騎乗する兵たちの高揚した顔と、主人の昂ぶりに反応し、いななき声をあげる騎馬たちが並ぶ。



軍議の翌日、遥か遠くの敵の防塞を前にし、援軍として馳せ参じた貴族たちの騎馬が前列に陣取る。

総勢5000騎にもなると、その軍勢は、見るものを圧倒する圧力がある。


その後ろには、盾を持った歩兵たちが続く。その数は、騎馬と同じく5千名。

彼らは、先陣として攻撃部隊を率いる伯爵の号令を、今か今かと待ち構えていた。


暫くして、彼らの前に一際豪奢な鎧をまとった男が進み出る。件の、先陣を申し出た伯爵だ。



「栄えある王国貴族たる諸君に問う!


この豊かな王国は、誰によってもたらされたものか?

我らが、安寧で豊かな暮らしができているのは、誰のお陰かっ!


我ら王国貴族の先人たちが、命を賭して領地を切り拓き、築き、守り抜いてきたものではないのかっ!

我らの領地を、その恵みを侵さんと企む、不逞の輩を討つため、今、我らは命を賭してここに起たん!」



「おおっ!」



1万名の大歓声が辺りを揺るがす。

伯爵も自ら、先陣を切るつもりだろうか?


口だけ番長の、サザンゲートに援軍で来ていた南部周辺貴族とは、ちょっと違う気がした。



「全軍! 突撃っ!」



彼の号令で、5,000騎が駆け出す。それに、5,000名の歩兵が続く。

人馬の踏み鳴らす音が、轟音となって大地を揺るがす。



カイル王国東部の貴族たちは、他の地域に比べ騎兵の数か多い。

それだけ、豊かな地域ということもあるが、平坦な草原も多く放牧地にも恵まれているからだ。


そのため、彼らの軍は騎馬の割合が非常に高く、その編成も他の地域とは異なる。



「団長、聞いてはいましたが、騎兵の数が多いですね。運用は……、まだまだ甘いようですが」



「ですね。この距離から突撃したら、敵陣までに騎馬も人も疲れ切ってしまいますよ」



彼らの後ろから駆け出した、後詰の集団の中で、俺は団長と言葉を交わした。


俺たちは全員、盾を持った徒歩だ。そして、馬に荷車を曳かせている。

そして一部の荷車の上には、土嚢を積みこんでいる。


先陣の人馬があげる土煙のなか、後詰の集団と一緒に俺たちは後を追って進んだ。



先陣を務めた彼らの行動を、あり得ない愚かな行動、自業自得、そう評する味方もいるだろう。

でも、俺は実際にそういった戦いがあった事実と、その代償の大きさを、歴史から知っていた。


中世ヨーロッパのクレシーの戦い。


そこでは3万~4万と言われ数で優勢だったフランス軍は、1万2千のイングランド軍に完敗した。

殆ど犠牲を出さなかったイングランド軍に比べ、フランス軍は諸説あるが1万~3万の死傷者を出した。


それほどまでに、イングランド軍のダブリン戦術は、フランス軍を苦しめた。


その史実から見ても、今回の戦いで味方は恐らく、3割~8割以上の犠牲を出す事は確実だろう。

俺はそう思ったからこそ、敢えて名乗り出て後詰に加えてもらった。予め策を準備して。



先陣の騎馬が、敵の防塞まで500メル(≒m)まで接近したころ、突然、彼らの眼前、斜め上方の空が一気に真っ黒になった。



「なっ! まさかっ、この距離でっ!」



伯爵が狼狽の声を上げたと同時に、矢の嵐が彼らを襲う。

矢の数が多すぎて、東側の空が、真っ黒に見えるほど、濃密な一斉射撃だ。


幸いというべきか、装甲騎兵に対しては、有効射程外だったためか、騎乗する多くの者は、鎧の装甲に守られ、命を落とすことはなかった。


だが、矢は騎馬に対しても容赦なく襲ってくる。

矢を受け、棹立ちになった馬から振り落とされる者や、馬ごと転倒する者が続出する。



「た、助けてくれ!」

「誰か、起こしてくれっ!」



重装備の騎兵は、一旦落馬してしまうと、無傷でも自力で起き上がれない者もいる。

更に、落馬の衝撃で負傷し、立ち上がることが叶わない者もいるようだった。


不幸な彼らは、味方の馬蹄に飲み込まれていった。

後続の歩兵たちが、彼らを救い出そうとしたとき、容赦のない第二射、第三射が彼等に降り注ぐ。


盾を置き、救助に当たっていた歩兵たちが、次々と矢を受け倒れていく。

5,000の歩兵は、進路を塞ぐ足手まといに混乱し、自らも痛撃を受けてしまった。



激しい矢の雨を搔い潜り、それでも半数以上の騎馬が、敵の防塞に対し約300メルの距離まで接近した。


その距離になって、突進する伯爵たちに、偽装されて見えていなかった罠が、その牙を向けはじめる。

それらに対し彼らは、罠に接近するまで気付くことができなかった。



「ちっ、悪辣なっ。速度を緩めよっ!

至る所に罠が仕掛けてあるようだぞ! これでは騎馬突撃ができんではないかっ」



この位置から先、敵の防塞につづく空間には、様々な妨害工作が施してあった。

落とし穴や、塹壕に設置された逆茂木さかもぎなど、騎馬への対策が至る所に設置されていた。


更にその先にも、騎馬の脚をすくうよう設置された杭や、丸太などが転がっていた。


それでも彼らは、突進の速度を落とし、矢をかいくぐり、なんとか敵陣の200メルほど前に進出した。

だが、そこで完全に立ち往生してしまった。



「み、身動きが取れんっ。なんだこの戦術は……」



その距離になると皇王国軍の矢は、弧を描き斜め上方からではなく、敵陣から直線距離で飛翔し、騎士たちの鎧を貫き、致命傷を与えだした。


防塞に近づいた彼らは、正面からだけでなく、斜め右、斜め左の側面からも矢の十字砲火を浴びる。

カイル王国軍の騎兵は次々と落馬し、騎手を失い矢を浴びた馬が狂奔する。


後退しようとしても、後方もまた矢の嵐であり、更に歩兵たちが混乱し退路を塞ぐ形になっていた。


そして、とうとう彼らは進退窮まった。



「これでは……、もういかんっ!」



伯爵は全滅を覚悟した。

彼自身、数本の矢を受け、今はなんとか馬にしがみついているのがやっとだ。



ちょうどその時、彼らの後方、後詰の中から飛び出した、異様な一団が現れた。

馬に引かせた荷駄を伴い、降りしきる矢の雨をものともせず、最前線まで前進してくる。



「矢に気を付けてっ! 

皆っ、風壁の傘から飛び出さないように注意してっ。


アストール、ゴルド!

一番前まで進出して予定通り目眩しの展開を頼む。


他の風魔法士は矢の防御を!

一人でも多く傘の下に、救出と退路を開いてやって。


回収班!

分散して行動開始。魔法士が守ってくれる。一人でも多く、負傷者を助け出すんだ!」



その声と共に、戦場には予想もされなかった変化が起きた。



今、戦場には疾走する騎馬も、兵もいない。

全て立ち止まって、矢の雨を受け混乱している。


にも拘わらず、カイル王国軍と、イストリア皇王国軍陣地の間には、風と共に立ち上った土煙が濛々と漂い、皇王国軍の陣地やその付近の森からは、敵兵の姿を確認することができなくなっていた。


敵の姿が見えなければ、効果的な射撃はできない。

想定された位置へのめくら撃ち、斜め上方向からの制圧射撃が時折行われるだけだった。


風魔法士が各所で展開する防御の傘の下、回収班は縦横無尽に動き回り、動けない負傷者を荷駄に乗せていった。



暫く経ち、異常な土煙も晴れて、再び戦場を見渡せるようになった時、皇王国軍側の兵士たちの眼前には、自身の目を疑う光景が広がっていた。


戦場に倒れる、恐らく数千にも及ぶ敵兵に対し、矢の雨を降らせ止めを刺そう、彼らはそう思っていた。

しかし彼らの眼前には、想定したより遥かに少ない亡骸が、わずかに点在しているだげだった。


そして、射程よりも遥か遠くを、悠々と引き上げる敵軍の姿があった。彼らは、ただ呆然とそれを眺めるしかなかった。



前線から戻り、味方の陣地に戻った俺は、先ず辺境伯に礼を言うため会いに行った。



「ハミッシュ辺境伯、負傷者回収時のご助力、ありがとうございました」



「いや、儂とて味方の兵の命は救いたいでな。にしても、其方たちの奇策、驚いたぞ!」



俺はこの戦いの前に、味方の輜重部隊から荷車と引馬をかき集めていた。

また、陣地近くで集めた乾燥した細かい土を、皆で協力して土嚢に詰め込み、作戦の準備をしていた。



俺が率いた後詰めの中でも、それぞれ役割があった。


先行部隊で俺と団長、アレクシスに同行したのは、旗下の風魔法士2名とゴーマン子爵領の風魔法士1名に加え、地魔法士のアストールのほか、護衛30名。

それに土嚢を積んだ荷駄が10台。


この部隊が最前線で土嚢の土を撒き、風を起こして目眩しの土煙を作り、負傷者を回収して回った。

そして、戦場が混乱する中、ラファールは少人数の別動隊を率い、どさくさに紛れて森の中に潜伏した。



後に続いたのは、残りの辺境騎士団全員と、子弟騎士団から選抜した300名だ。


彼らは荷駄隊として200台以上の荷駄を率い、矢の対策、護衛として風魔法士3名と、預かっていた3名の勅令魔法士(風魔法士)が付き従っていた。


また、それに加え2名の勅令魔法士(地魔法士)が、撤退時に荷駄が通る退路を平坦に整備した。


この荷駄隊のお陰で、戦場で動けなくなっていた多くの負傷者(一部死者)、2,000名以上を回収した。


また、荷駄に乗せる必要のない軽症者や、乗馬を失い窮地に陥った者たち、混乱する歩兵たちは、風魔法の傘の下、敵の矢に斃れることもなく、無事に撤退を完了していた。


更にハミッシュ辺境伯は、俺たちの行動を見て戦場で即断、麾下の兵たちを荷駄隊の援助に振り分け、傷ついた味方の回収に協力させた。



「しかし、其方の策も驚いたが、魔法士の力には目を見張るものがあるな。

そして、それを戦場で活用する其方の着眼点、クライン閣下が目を掛けられていることも頷ける」



「!」



え? 学園長と繋がっているの?

今度は俺が驚かされた。



「此度の出征、其方らのことをくれぐれも頼む、内々に閣下からはそう記した文をいただいていてな。

おっと!

このことは内密に、そう言われておったが……、まぁ良かろう」



そう言って辺境伯は悪戯っぽく笑っていた。


ハミッシュ辺境伯も王権派でしたか……

なんとなく、俺は納得した。



「今回、先陣を務めた兵のうち、本来であれば半数以上、恐らく8割程度はやられておった所だ。だが、其方たちのお陰で、敵の矢は途中で威力を失った。


そのため、あの戦で喪失する筈だった多くの兵が救われ、負傷者の救助もできたこと、誠に幸いだった。

儂も要らぬ犠牲は出したくなかったが、まさか8割以上が生還できるとは思ってもいなかったぞ。


従軍した復権派の貴族どもの中には、卿の助力に感謝し、目の覚める者もおるじゃろうて。

まぁ、淡い期待かも知れんがな」



「そういう事ですか……」



何となく、色々な事情を含め、納得した。

今回も援軍として派遣された貴族の多くが、復権派に属する者だったらしい。


後で聞いた話だが、中央の復権派に同調し、中には俺や兄の排斥に動いていた者も居るとのことだった。

うん……、助けて良かったのだろうか?



俺たちの撤退と同時に、カイル王国の陣幕の一角では、もうひとつの戦いが起こっていた。



「ラナトリア! トリアージは辺境伯の救護兵に任せてっ! 私たちは重傷者の回復に専念を!」



マリアンヌは戦場に到着すると同時に、辺境伯の救護兵と打ち合わせ、対応フローを既に構築していた。

幸い、辺境伯の陣営にも聖魔法士や医師もおり、彼らと協力しつつ、職務に専念することができた。



それにより、本来は戦場に取り残され、助からぬ筈だった者たち、

戦地でまともな治療を受けることができず、後に命を落とす可能性の高かった者たち、

傷の深さで、既に瀕死の状態であった者たちが、次々と命を救われた。



彼らは、彼女たちが起こした奇跡(回復魔法)に、涙を流して感謝した。


そして後日、マリアンヌとラナトリアは、彼女たちによって命を救われた、数多くの兵たちから求婚され、その対応に辟易へきえきとし、頭を悩ませることになる。


そりゃあ、自分の命を救ってくれた、美しい女性ともなれば、思いも一入ひとしおだろうけど……

白衣の天使って言葉もあるしね。



余談だが……、その全員が、見事に玉砕したらしい。



東の国境の大地は、多くの男たちの流した涙によって濡れた。戦いとは違う意味での涙に……

ご覧いただきありがとうございます。

次回は【皇王国軍の計略】を明日投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※


皆さまの温かいお声をいただきながら、ある程度予約投稿のストックも蓄積できました。

第百三十話以降ストーリーの展開も早く、それに合わせ2月一杯は毎日投稿を復活させて頑張りたいと思っています。


ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

凄く嬉しいです。

毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。


誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。

本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。


また感想やご指摘もありがとうございます。

お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。


今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

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[良い点] なかなか、良いテンポで、活躍 面白かったです。 風魔法師大活躍! 聖魔法師大活躍! [気になる点] 忍び込んだ部隊は何をするのか? 楽しみです。 [一言] 白衣の天使 モテモ…
[良い点] 皇国軍も魔法士はいると思いますが、運用方法や応用的な使い方は実戦を経験しているタクヒール部隊が一枚も二枚も上手なんでしょうね・・・ 被害を最小限に食い止めたことで、皇国軍は当てが外れたの…
[良い点] ファンタジーながら歴史物を読んでいるみたいで楽しかったです [気になる点] >※※※お礼※※※ 最新話以外のページは削除してもらえると助かります 「次へ >>」の部分までスクロールする距離…
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