第百三十八話:東部国境戦② 様々な想い
※※※ 開戦前
「王都にもその名を響かせた、サザンゲート戦の英雄であるソリス男爵の援軍、誠に感謝する。
だが、南と東では戦場の様相も大きく異なるだろう。
先ずはじっくり、我らの戦いぶりを督戦いただくが良かろう」
やはりそう来たか!
戦場に到着早々、ハミッシュ辺境伯に挨拶に向かったが、予想通りの丁重だが、どこか心に一物のあるであろう言葉を受けた。
俺たちは子弟騎士団の数を入れても、たかが1,000名。
サザンゲートの時は俺自身も、子弟騎士団を戦力としては員数外と考えていたしね。
「此度は、我ら王都騎士団も2万をこちらに参戦させておる。対する敵は防御に弱い弓箭兵が中心だ。
我らが精鋭の騎馬突進で蹂躙してくれようぞ!
ソリス男爵もゆるりと観戦されると良かろう」
王都騎士団第二軍を率いるホフマン軍団長の鼻息も荒い。
彼らを比較してみると、ハミッシュ辺境伯はやや痩身で神経質そうな顔立ち、ホフマン軍団長は偉丈夫で豪放磊落な印象を受けた。
ゴウラス騎士団長の下にいるのだから、決して無能な訳でもないと思いたいが……
「私共は、ゴウラス閣下より、弓箭兵の運用には一日の長がある、ソリス男爵の戦術に倣うようにと言われております。その点ご承知おき願いたい」
王都騎士団第三軍を率いる、シュルツ軍団長は、逆に2人に釘を刺していた。
彼はどうやらこちら側、そう分かり少し安心した。
彼は若いが、王都騎士団第三軍を率いる団長に抜擢されるほど、優秀で柔軟な思考を持つ。
ゴウラス騎士団長からは、そう聞いたことがある。
「押しかけ援軍の立場にある我らに、歓迎のお言葉とご配慮、誠にありがとうございます。
皆様の戦いぶりを拝見し、私自身も王国を護るひとりとして、今後の学びに繋げたく思います。
どうぞよろしくお願いいたします」
そう挨拶し、その後に行われた軍議に参加した。
イストリア皇王国の兵力は、およそ3万名余りと言われていたが、最前線では実際はもっと少ない、そう推察されていた。
現在は5千から6千ほどの軍勢が、カイル王国側に侵入し、街道に築かれた前線の陣地(防塞)に陣取っている、そんな情報が共有された。
皇王国はそれに加え、後詰として国境の砦に1万余りの兵力を配置しているらしい。
まぁ、さほど広くはない、国境の街道上なら、弓箭兵でも展開できる数は限られてしまう。
だが、前進するにつれ、森は街道から離れ、展開できる兵力は増える。
展開できるスペースが広がるにつれ、後詰を前線に出してくる心積りであろう。
彼らの見解はそんな感じだった。
俺は……、その見解にはちょっと懐疑的であった。
展開できる兵力に余裕があれば、今の位置に陣を据えていることに、ちょっと納得できなかったからだ。
イストリア皇王国
山山 山山
山山山山山 山山山山山
山山山 山山山
山山山山 山山山山
<山脈> 山山 山山 <山脈>
山山山山 山山山山
山山山森 国境砦 山山山山
山山山 森森 ↓ 森森 山山山
山山山山 森↓森 山山山山
竹 森↓森 竹
竹 森▼▼▼森 竹
<魔境> 竹 森森 森森 竹 <魔境>
竹 森森 森森 竹
竹 森森森 森森森 竹
△△△△
△△△△△△ カイル王国軍
対するカイル王国側は、森から開けた草原や土の平地が広がる場所に軍を展開している。
敵軍に今以上の前進を許し、森の先端部分まで抑えられると、ほぼ自由に魔境への出入りを許してしまうことになる。
こちらの兵力の中心は王都騎士団2万騎となる。
これに加え、ハミッシュ辺境伯が率いる4,000名と、俺たちの1,000名で合計25,000名。
これだけでも想定上は、敵軍に比べかなり優勢だ。
ただ最終目的は、国境砦の奪回と聞いていたので、それではまだ兵力が足らない。
というか、はっきり言って今の兵力では無理じゃね?
そう思える状態だった。
王国側でも、それを考えているのか、この25,000名に加え、東部地域に領地を持つ貴族に、動員が掛けられており、約1万名の援軍が到着している。
ただ、戦いに慣れておらず、指揮系統もバラバラの彼らが、烏合の衆でしかなく、戦いで役に立たないことは、俺もサザンゲートの戦で嫌というほど学んでいる。
「今前線に出ている敵は、歩兵と弓箭兵ばかり。見たところ、たかが5千前後ではないか?
騎馬隊で蹴散らせば、簡単に蹂躙できることだろう。
我らは戦うために此方に来た。座してこのまま待つというのは、いかがなものか?」
軍議で先頭を切って発言したのは、援軍として参加した東部領域のどこぞの伯爵であった。
それなりに豊かな領地を有しているようで、騎兵中心で3千名の兵力を引き連れ参加していた。
「伯爵、落ち着かれよ。
例え数で有利でも、我らは前回、奴らの防御陣に阻まれ、痛い目にあっておるでな」
ハミッシュ辺境伯が苦々しく、答えた。
「それでは打つ手なしとも聞こえる。今回、何のために王都より騎士団2万騎が馳せ参じておるのだ?
我らも加わったことで、前回と比べ、こちらの兵力の数も違う。むしろ圧倒的ではないか!」
伯爵の言葉に、援軍として参加した貴族たちも続く。
彼らには、先年南部国境の戦役において、援軍として参加した貴族たちの功績と栄誉を知っている。
もちろん、裏の事情や損害の大きさなど、詳細は公表されていないので、知る由もないが……
東国境の戦役が、自分たちの名を挙げ、戦功を得て栄達する絶好の機会、そう捉えているのだろうか。
「では……、其方らは先陣としての栄誉を望まれている、そう理解してよろしいかな?」
「勿論だともっ!」
「応っ!」
「望むところだっ!」
「何せ、砦に続く街道は狭い。投入できる軍勢も限られておるゆえ、援軍として参加された方々の強いご希望により先陣はお譲りし、我らは後詰として続く。
それでよろしいかな?
戦況を王都に報告する、公式記録にもそう記載する。
御一同も、異存はないと見るが宜しいか?」
「もちろん構わぬ」
「それでこそ、望むところだっ」
「それこそ我らの望みよ」
『うわっ! エゲツないなぁ』
俺は傍からそのやり取りを見て、思わず心の中で呟いた。
現状、ハミッシュ辺境伯にとって、戦力として当てにならず、口煩いだけの援軍は、目の上のたん瘤だ。
統一された戦闘指揮には、むしろ邪魔と言って差し支えない。
初戦で彼らを、自ら望んで無謀な戦いを仕掛けた者とすることで、その責任を彼ら自身に問う。
これにより、彼らの発言力を低め、戦いにおける主導権を握るため、妨害となる戦力をすり潰す。
俺には辺境伯がそんな事を考えているように思えた。
「他に意見もなければ、今回の軍議は以上とするが……」
ハミッシュ辺境伯は、そう宣言したとき、奥のほうで手を挙げる者に目を留めた。
「ソリス男爵、何か意見でもあるかな? 卿も援軍として参った者。彼らに倣うか?」
「発言の機会をいただき、ありがとうございます。
未だ若輩者の私にとって、先陣を望まれた皆様の勇には、及ぶ所もございません。
ただ、後学のため、部隊の一部を率い、辺境伯率いる後詰に参加する許可をいただきたく思います」
「ほう……」
そう言って辺境伯は俺の顔をまじまじと見た。
「よろしい、許可する。わが隊の動きを伝えるため、男爵は後ほど私の元に来るように」
そう言って、軍議は幕を閉じた。
※
俺は言われた通り、軍議の後、ヴァイス団長と共に辺境伯の陣幕を訪ねた。
「ほう、そなたがハストブルグ辺境伯が入れ込んでおる、黒い鷹か。一度会ってみたいと思っておった。
で、男爵よ、其方は何を企んでおる?」
こう言ってハミッシュ辺境伯は笑った。
「其方にもしもの事があれば、ハストブルグに恨まれるでな。此度は後方に回す気でおったが……」
なるほど……、あの挨拶、ハミッシュ辺境伯なりに気を遣っていたのか。俺にとっては少し意外だった。
「私の目的は2つあります。
おそらく辺境伯のお考え通り、彼らは痛い思いをするでしょう。
それでも貴重な王国の兵たちです。できれば、ひとりでも多く救いたい。そう考えています。
2点目は、次回、彼らの防御陣を叩く際に必要な戦術を、できる限り彼らの防塞を近くで見て、検証したく思っています。
ロングボウの威力は、私もまだ知りませんので……」
「なるほどな。儂の考えを見抜いておったか。儂も南での戦役については、手を尽くし調べてみたわ。
戦功と報奨だけに目が眩んだ、あの猪武者共が考えておるほど、戦いは甘くはなかったこともな。
そして、ハストブルグが、援軍と称してやって来た者たちに、どれほど苦労させられたかも承知しておる」
こう言って、辺境伯は苦笑してため息をついた。
「彼らを救うと言っても簡単なことではないぞ。
濃密な矢の雨のなか身を晒し、其方自身が敵の手にかかる可能性もある。偵察も同じことじゃ」
「私としては、今回の戦を勝ち抜くため、魔法士たちの力は欠かせない、そう考えております。
それを活用するため、私自身が、身をもって考えた戦術を試す。初戦はその機会だと思っております。
そして何より、私はここにいるヴァイス団長と、魔法士たちの力を信じております」
「くれぐれも、その身を大事にする。それだけは約束してくれ。
ヴァイス騎士爵、くれぐれも男爵の身を頼むぞ」
俺は、ハミッシュ辺境伯について、事前に思っていた人物像をかなり修正した。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【先陣の栄誉】を明日投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
皆さまの温かいお声をいただきながら、ある程度予約投稿のストックも蓄積できました。
第百三十話以降ストーリーの展開も早く、それに合わせ2月一杯は毎日投稿を復活させて頑張りたいと思っています。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。
毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。
誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。
本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。