第百三十七話:東部国境戦① 鉄壁の布陣
王都から、国境のある東辺境までは騎馬だけの進軍でも4日から5日の行程となる。
恐らく距離にして、200キル(≒㎞)前後だろう。
それでもカイル王国にある4か所の国境の中では、王都から最も距離が近い。
進軍の途中、食事や宿営地となった何ヶ所かの町や村で、団長と俺は、アレクシス・フォン・バウナーと行動を共にすることが多かった。
その目的は、先の東部国境戦でも従軍していた彼より、詳細な現地の情報や、イストリア皇王国軍の情報を収集するためだ。
その結果、これまでに見えていなかった戦場の詳細、敵軍の動向などが、かなり明らかになった。
どうやら、乾燥した荒地の広がる南国境とは異なり、東の国境は国境線をなす山脈の切れ目の手前に、緑豊かな森林が広がり、その森林の間を縫って、国境へと繋がる街道が続いているらしい。
「百年以上前、王国は東の隣国と友好関係にあり、王族同士の婚姻も結ばれていたようです。
ですが、百年ほど前、かの国を国内の宗教勢力が支配するようになってから、雲行きは変わりました。
そして、今の皇王の代になって、彼らは王国側の国境に広がる魔境の所有権を主張し、ここ10年ぐらい揉めていたんです。
彼らは、魔境の恵み、魔法士適性確認に使用する、触媒を求めているようです」
「えっ! ということは、皇王国には魔法士がいると?」
そう、特定の魔物から取れる核(触媒)は、魔法士の適性確認には欠かせないものだが、その他の用途としては、価格の高いわりに何の使いようもない。
「はい、王国と比べ数は圧倒的に少ないようですが、今も国を挙げて魔法士の発掘に努めているようです。
ただ、皇王国には魔境がありません。
そのため触媒は王国から密かに手に入れている、そう言われています。莫大な費用と手間をかけて」
「団長、これは拙いですね。ロングボウに風魔法士が加われば相当脅威です」
「ですね……
弓箭兵の数を贖えるだけ、風魔法士がいるとは思えませんが、用心するに越したことはないでしょうね。
アレクシス殿、彼らのロングボウの射程はどの程度ですか?」
「有効射程は、およそ300メル(≒m)程度ですが、500メル(≒m)先まで矢を放ってくることもあります。それらの攻撃に我々は成す術がありませんでした」
「前回の戦の経緯、いや、非礼を承知でお聞きしますが、敗退したのはどういった経緯だったのですか?」
俺は敵軍がどの様にロングボウを運用しているのか、非常に気掛かりだった。そのため、敢えて踏み込んだ質問をした。
「彼らはまず、国境にある我々が構築した砦を、1万の軍勢で奇襲してきました。
防御する我らにも慢心がありましたが、圧倒的多数のロングボウで矢の雨を降らされ、数で劣る我らは、砦を守り切ることができませんでした。
砦が陥落した後になって、ハミッシュ辺境伯が率いる東部辺境の貴族軍が到着し、奪回に出たのですが……
彼らは、砦の前に地形を活用した陣を引き、我らの騎馬隊はその鉄壁の守りに阻まれ、敗退しました」
そう言って、アレクシスは棒を使って大地に陣形を描いた。
<イストリア皇王国軍 陣形>
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柵▼ ▼柵 柵柵柵柵 柵▼ ▼柵
柵▼ ▼柵 柵▼ ▼柵
柵▼ ▼柵 柵▼ ▼柵
柵▼柵 柵▼柵
柵 柵
▼ ロングボウ兵
◇ 重装歩兵
↑↑ 敵軍(カイル王国軍) ↑↑
「敵は街道の途中まで進出すると、左右に広がる森林を活用して、この形の陣を敷き我らを待ち構えておりました。
わが軍の騎兵は、迂回することも叶わず、突進は防御柵に阻まれ、更に手前にある障害物に足止めされている間に次々とロングボウ兵の餌食に……」
「えっ?」
いや、これって……
ダブリン戦術じゃん!
戦史好きだった俺は昔の記憶を思い出し、今の状況が俺たちにとって非常にまずい事に気付いた。
ヨーロッパの歴史で、イングランド軍がダブリン・ムーアの戦いで使用し、その後の100年戦争でも使われた鉄壁の防御陣形。
史実、クレシーの戦いでも、数で圧倒的に優勢だったフランス軍をボコボコにしたという。
当時、フランス軍のクロスボウ部隊は、イギリス軍のロングボウ部隊に、射程や射撃回数で劣ったため、初戦で手酷く撃退された。
その次に、突進したフランス軍騎兵部隊は、ロングボウ兵の遠距離射撃で痛撃を被り、更に、敵陣前に構築された杭などの防御柵、落とし穴で足止めされて、矢の十字砲火を浴びて壊滅したという……
今回の編成、クロスボウを装備し、王都から騎兵を援軍として派遣したカイル王国軍は、史実にあったフランス軍に思いっきり被っているような気がした。
いや……、めちゃめちゃマズイでしょう。
このままだと、確実に、詰む……
俺は、背中にいやな汗が流れ落ち、動悸が激しくなるのを感じた。
「ふむ……、左右は森を盾にしている訳ですな。これでは騎兵の優位性をいかせない。
防御に弱い弓箭兵を障害物で騎兵から守り……、そういうことか」
団長も相当険しい顔で、陣形を睨んでいる。
「その通りです。この森に挟まれた街道の戦いで、我々は大打撃を受けました。
そして戦いで勝利した彼らは、その防御陣に後続の兵を入れ守りを固めると、進出を止めました。
ちょうどその後、南で帝国との戦いが発生し、敵はその推移を見守っていたようです。
そして男爵たちの活躍で大勝利の報が届くと、彼らは砦まで兵を引き国境の防備を固めました。
これが、以前の敗退の経緯になります」
帝国が皇王国を利用しようとしていたのと同様に、皇王国側も帝国の攻勢を利用しようとしていたということか。
南の戦況に依っては、王国側は最悪の二正面作戦を採らざるを得なくなっていた……
本当にあの時は色々と綱渡りだったんだ。
さて、このダブリン戦術の弱点って、確か……
「敢えて敵陣に襲い掛からず、こちらも防御陣形を構築する、というのは……、やっぱりダメだよね?」
「そうですね、敵は国境に我らが築いた砦を安全な後方基地とし、その先に防御陣を敷いています。
この防御陣があることで、我々はみすみす敵に魔境への出入りを許しております。
今回も敵軍は街道を封鎖する形で陣地を築き、それを少しずつ前進させております。
既に我々は領土を侵食されており、攻勢に出ないと今後、魔境は彼らの思いのままになってしまいます」
アレクシスの言葉に、俺は敵軍の意図を察した。
イストリア皇王国の目的は魔境の支配。
自領として魔境を自由に出入りでき、触媒が手に入れられれば基本的な目的は達せられる。
そこで触媒を自由に入手し、自国の魔法士を増やし、戦力強化を図ることか。
そのため、今回の出兵では、カイル王国から魔境を切り取り、強固な防御ラインを構築して、手出しできなくさせる。そんな感じだろう。
そして、何年か後、圧倒的に魔法士の数を増やしたのち、本格的に王都目指して侵攻を行う算段か。
そうなれば今回の戦いで、俺達は敵軍を国境線まで押し返すことが必要となる。
それに対し皇王国側は、鉄壁の防御陣で防ぎ、ついでに後日のため、俺たちの戦力を消耗させるわけか。
「このような状況では、皇王国の防御陣を破り、国境まで押し返すだけでなく、国境の砦も奪い返す。
ここまでしないと、王国は勝利条件を満たせない、そういう事ですよね?」
俺は大きなため息をつきながら確認した。
「仰る通りです。今現在も東部辺境は浸食され、辺境を守る貴族たちの力は、徐々に衰退しています。
私たちは、自らの生存権を賭けて、敵軍を撃退しなくてはならない状況でして。
東国境では、春と夏の境に長雨の時期があります。
この時期、街道は泥濘と化し、騎馬は思うように動けません。敵はこの時期を狙い、陣を大きく前進させてくると思います」
「団長、こうなれば我らも並々ならぬ覚悟で、策を練らなければならないと思います。雨の時期の前に。
あとは、彼我の抱える魔法士の数、此方が優勢であることを祈るばかりですが……」
「タクヒールさまには、何か策がおありですね?
どうやらこの陣形をご存知のようですし。何が出てくるか、期待しております」
うん、そんなに笑顔で期待されても……
「ただ問題は……」
「動かせる旗下の兵力ですか……、申し訳ありません。もう少し連れて来れれば良かったのですが」
「いえいえ、今でも俺の予測以上に連れて来てもらっているので、凄く感謝していますよ。
本来は関わりのない他の国境線防衛なので、色々と制約や限度もありますしね」
「ただ、数は少ないですが、おそらく王国一の最精鋭です。それなりに活躍はしてくれる筈です」
団長や俺が自由に動かせるのは、1,000名に過ぎない。この部隊は恐らく、団長や俺の指示に一糸乱れず従ってくれるだろう。
王都騎士団第三軍、彼らもゴルドたちが教官として、指導している。
甘い期待は禁物だが、恐らく、俺たちの戦術にはついて来れると思う。
「王都騎士団第二軍は、ちょっと問題あるかも知れませんね。
彼らは前回の援軍でも顔を合わせていますが、伝統的な騎馬突撃に重きを置いているようですので……」
アレクシスは頭の回転も速いようだった。
俺と団長の考えていることを明確に理解していた。
「アレクシス殿、ハミッシュ辺境伯の能力や為人は、いかがなものですか?」
団長の質問に、彼は少し苦笑した。
「私は直接お話しする機会も少なく、詳しいわけではありませんが……
能力は、問題ない、というか優秀な方だと思います。辺境伯を任されるぐらいですから。
領地も噂に聞いている南の国境線ほどでもありませんが、王国内では東部辺境もかなり豊かな方です。
そして、東部一帯を王国内でも有数の騎馬の産地としたのは、ハミッシュ辺境伯です。
ただ……、聞いたところによると、南の国境で活躍するハストブルグ辺境伯を、かなり気にしており、色々調べているらしいです。まるで敵対し競いあっているようだと、父から聞いたことがあります」
そういうことか。
同じ辺境伯同士、武功を競い合っているのかも知れないし、無理もないことだな。
だがその場合、ハストブルグ辺境伯陣営の俺たちに対し、好意的である理由もないだろうな。
そこから俺たち3人は、手持ちの戦力の再検討、戦場での作戦などを協議した。
限られた戦力でできること、それらを最大限にいかす事を念頭に。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【様々な想い】を明日投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
皆さまの温かいお声をいただきながら、ある程度予約投稿のストックも蓄積できました。
第百三十話以降ストーリーの展開も早く、それに合わせ2月一杯は毎日投稿を復活させて頑張りたいと思っています。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。
毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。
誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。
本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。