第百三十六話(カイル歴509年:16歳)三の矢:子弟再び
「ふん、小僧がこちらにおる時に、都合よく起こったものだな」
イストリア皇王国に侵攻の兆しあり、この報に接し復権派と称する者たちが集まっていた。
「で、どうする? 奴を引っ張り出すか? これまでも、奴はなかなか我らの思い通りにならんかったぞ?」
口火を切った侯爵に対し、もうひとりの侯爵が声を上げた。
「ふん、クラインらが我らの動きを邪魔しておるからな。
だが此度は、奴らが採った小僧を救うための手立てが、自らの首を絞める足枷になっておるわ。
ゴーヨク伯爵よ、そうなるよう準備はしておるのだろう?」
「はい、子爵の手の者が動いております。後は我らが、燃え上がった火に風を送るだけでよろしいかと」
「多くの足手まといを抱え、一時のお山の大将を気取らせればよい。そういう事か?」
「そうだな。一軍も率いたことのない者が、前線で活躍などできる訳もなかろうて」
会話にもうひとりの侯爵も加わった。
「これで、小僧は配下の魔法士を引き連れ、信頼できる盟友もおらん前線で孤軍奮闘となるか」
最後のひとりも会話に加わり、冷徹な笑みを浮かべた。
「戦場で斃れるもよし、配下の魔法士をすり減らすもよし、精々身を挺して王国を守ってもらわんとな。我らの未来のためにな。これより各々方は我らの策通り、風を煽っていただく」
彼らは上機嫌で、彼らが望む未来図に想像を巡らせた。
「皆さまがた、その……、よろしいのですか?
万が一小僧が武勲を上げれば、みすみす奴に力を付けさせることになりませんか?」
「伯爵よ、万が一奴が武勲を上げれば、それはそれで使い手のある番犬として、今後も活用するまでよ。
前例さえ作ってしまえば、我らの策により、2度目、3度目もあろう。
小僧は死ぬまで番犬として、前線を駆けずり回り、我らの良いように働いてもらえば良いことよ」
「はははっ! どう転んでも、奴には良いことはありませんな。
皆さま方の深慮遠謀、このゴーヨク、感服いたしました」
「勅令魔法士の件では、奴らに煮え湯を飲まされたからな。その分きっちり取り返してやらねば収まりがつかんわっ!」
「まぁ、急かれずともいずれそうなる。
所で、今回は勝てるのであろうな? 前回はひとつ間違えば我らにも害が及ぶ所であったが……」
「攻め口がひとつであれば、ゴウラスの奴も全力で対処することだろう。
そのため我らも騎士団の出兵には賛成した。奴の抱える騎士団は、それなりに優秀な精鋭揃いだからな」
「その精鋭が損耗し、力を失ったところで、我らの兵が王国を束ねる中心となれば、王国は自然と我らの手中に入るというものよ」
「そのためにも、せいぜい皇王国には奮闘してもらわねばな」
彼らの身勝手な欲望と、その謀略は終わることがない。
自身の足元に火が付くまでは……
※
王都騎士団も先発部隊として、1万騎が王都を出発した翌日、俺には予想された呼び出しがあった。
「突然呼び出してすまんの、といっても、其方にとっては、突然でもないようじゃがの」
そういって狸爺(学園長)は笑っていた。
「まぁ、私も噂は聞いております。
で、学園からも戦を知らぬ若者たちを、戦地に送り出すことが決定した。そういうことでしょうか?」
正直俺は、子弟騎士団のことを良く思っていない。
戦い慣れない彼らを、戦場に出すことも、受け入れる側としても、賛成できない。
これを決めた大人たちに、怒りさえ感じていた。
「ひとつ其方の誤解を解いておきたいところじゃな。
儂を始め、学園としては、前回も今回も、生徒の参戦には反対する立場に変わりはない。
誰一人の例外もなくな」
「では、今回は参戦はないと?」
「前回同様、いや、前回とは違った形で、生徒の参戦を焚きつけておる者がおるようじゃ。
今回は、下級貴族や平民の生徒が、その渦中となっておるわ。
第一子弟騎士団の悲惨な末路をすっかりどこかに忘れてしまい、前回出征し華々しい成果を上げた、第二子弟騎士団の栄誉に与りたい。彼らはそう思っておるようじゃ」
学園長は苦々しく言葉を続けた。
「またしても、復権派のバカ共が裏でその火を煽っておるわ。
奴らは決して自らの手は汚さず、戦地に出る若者たちの心意気を賛美し、貴族中に働きかけておる。
あ奴らは、自らの欲望を叶えるため、他人の犠牲など当たり前のことと思っておるようじゃ。
今回もそれを止めれなんだこと、口惜しい限りじゃ。ここ最近は儂らはずっと後手後手に回っておる。
偉そうな事を言いながら無能を晒しておるわ」
「……」
学園長が、このように真っすぐに感情を出すことは珍しく、俺は言葉に詰まってしまった。
「残念ながら、下級貴族や準貴族、平民出身の者にとっては、戦場は立身出世のまたとない好機。
特に騎士を志す者にとってはな。
彼らは学園を卒業したからといって、必ず騎士団に入団できるとは限らん。
むしろ、身分の低い者で入団できるのは少数派じゃ。
だが、王都ではなく、辺境の騎士団とはいえ、彼らの先輩子弟の多くは、出征した結果騎士となった。
この先例に習いたい、そう思っても仕様がない。
それをバカ共に利用された、そういうことじゃ」
「では、再び子弟騎士団が結成されると?」
「経緯はそんな感じじゃの。今回は下級貴族や平民が中心で、その数も1,000騎はいかんであろうが。
男爵、これは儂からの頼みじゃ。
彼らが武勲を立てんでも良い、じゃが、無為に命を落とさぬよう守ってやってくれんか?
無論、この頼みが筋の通らぬもの、男爵の負担になるのは分かっておる。
できる範囲で構わんし、結果の責任を問うことはせん。個人的な願い、それだけじゃ」
「私に彼らを率いろ、そういう事でしょうか?」
正直言って、これは御免被りたい。
兄の時と違って、今回は頼れる友軍もいない。
そんな中でお守りなんてしてたら、こちらの身が持たない。
そして、そもそも俺は兄とは違う。彼らを率いるカリスマ性もないし、用兵の才もない。
「いや、其方が率いずともよい。ソリス男爵軍が彼らを率いれば良いことよ。
出陣までは今少し時間もあろう。彼らを率いるに足るものが、其方の旗下にはおるじゃろう?」
この時俺は、学園長が何を言っているのか、よく理解できていなかった。
※
数日後、俺は学園長の言っていた意味が分かった。
「タクヒールさま! お待たせいたしました。テイグーンより兵を率い、馳せ参じました。
此度の出陣、我らがお手伝いいたします」
王都で準備を進めていた時、テイグーンの部隊を率いて現れたのは、戦場で俺が最も頼りにしている男、団長だった。
しかも、彼が率いてきた兵にも驚かされた。
「今回、ハストブルグ辺境伯にも許可をいただき、タクヒールさまの援軍として、辺境騎士団第五軍のなかから、精鋭200騎を募ってまかり越しました!
東部国境戦でも、ソリス家の名を上げましょうぞ!」
爽やかに笑う団長の姿が、ひと際大きく見え、そして涙が出るぐらい嬉しくて堪らなかった。
団長が王都に馳せ参じるには、いくつかの段階があったそうだ。
先ずは、辺境騎士団支部の中から、ソリス子爵兵と傭兵団で有志を取りまとめた。
だが、どうしても納得しない一団がいた。
「婿殿の戦場、我らがお供せねば主より叱責を受けます。何卒、我らもお連れくださいっ!」
ゴーマン子爵領からの兵たちは、頑なにそう言って聞かなかったそうだ。
やむを得ず、そこから20名の参加を認めたそうだ。
その中には、第五回最上位大会で優勝した、クロスボウの名手である風魔法士も含まれていた。
次に、対外的には魔境演習と称し、テイグーンの魔境側から、未だに危険地帯である魔境の畔をサザンゲート砦まで一気に駆け抜けたらしい。
その後、ハストブルグ辺境伯に面会し、参戦の許可を取り付けると、その足で王都まで向かって来たとのことだ。
正に疾風の黒い鷹、その異名に恥じない早業だった。
「南は今、休戦中で落ち着いておるでな。其方の忠誠を思う存分全うして来るが良い」
幸いなことに、ハストブルグ辺境伯も今回の経緯を知っており、非常に好意的だったそうだ。
そう言って快諾してくれたそうだ。
俺は未だに多くの人によって守られている。その有難さを改めて感謝した。
唯一不気味だったのは、学園長がいち早く、その情報を得ていた事だ。
その諜報網の凄さには、毎回驚かされる。
俺の知らない、実際あるかどうかは知らないけれど、無線魔法とかのスキルでも持ってるんじゃね?
そう思ったぐらいだった。
こうして、俺の率いる軍勢も固まった。
俺たちは王都で準備を進めながら、参集する子弟騎士団の集合と、王都騎士団後発隊の出発を待った。
陣容が整うまでの間、子弟騎士団に参加した者たちはただ待機していた訳ではない。
彼らは勿論、王都に集まり次第、団長の洗礼を浴びることとなった。
だが、平民や準貴族、下級貴族出身で基本的に脳筋集団である彼らは、嬉々として団長の指導を受けた。
俺は、学園の教官連中が青ざめているのは、敢えて見ない振りをした。
騎士育成課程の生徒や、その従者たちも、団長が育て上げた精鋭と模擬戦を繰り返し、中途半端な自信も粉砕され、鬼のしごきで毎日傷だらけだった。
彼らは日々、マリアンヌ、ラナトリア、そしてローザの世話になった。
因みにローザは、出征後も王都に残り、疫病対策の研究を継続することにした。
彼女には、夏前には王都からテイグーンに戻り、現地での指揮の準備に入ってもらうことを伝え、万が一の際は彼女に裁量権を与える旨、文書を残している。
そして、毎日激しい訓練を繰り返す子弟騎士団に、不思議な現象が蔓延しはじめた。
何故か?
訓練を通じて団長を崇拝し始め、卒業後は傭兵団に入りたいと言い出す者まで出てきたことだ。
え? 辺境騎士団ではなく、そっち?
いや、せっかく騎士になるための学校通ってるんだから……、俺が面食らったのは言うまでもない。
今回の出兵では、東部国境での従軍が規定された勅令魔法士と、その他にも従軍を希望する魔法士の中から、風魔法士と地魔法士をソリス男爵軍が預かることとなった。
もちろん、団長の促成訓練は彼らにも行われた。
訓練開始当初は、学園からの依頼もあり、従軍する予定の無い者でも、学園の魔法戦闘育成過程に在籍する風魔法士は、希望すれば団長の訓練に参加できた。
だが……
「貴族の私に向かって、防御壁も無い状態で矢を射るだと! ありえんだろっ!
怪我でもしたらどうするのだ!」
予想通りの捨て台詞を吐き、途中で訓練を辞退する者が続出した。
「馬鹿だよね~。戦場では貴族も平民も関係なく、敵の矢は襲ってくるのに。
ソリス家の魔法士たちは、こんな訓練を受けているのかぁ。だから凄いんだね。
うん、面白い!」
従軍予定の風魔法士の中で、笑ってこう言ってのけ、嬉々として団長流の特訓を受ける者がいた。
彼は、東部辺境を治める男爵家の次男で、血統魔法により風魔法を行使できる者だった。
東部辺境男爵家、アレクシス・フォン・バウナー17歳。
昨年まで学園の騎士育成課程に在籍していたが、新設の魔法士戦闘育成課程に編入した変わり者だ。
俺は、その他大勢と比べ、貴族らしからぬ彼に興味を持った。
そう言えば、同年代の貴族で、俺が興味持った人物って、彼が初めてかもしれない。
彼の他にも、従軍する予定の4名の風魔法士たちは、その他大勢とは覚悟が違った。
彼らは恐怖を克服し、率先して訓練を受ける男爵家次男に倣い、鬼の訓練を望んで受けた。
「まぁ、促成教育ですが、うちの風魔法士のサポートぐらいは務まるようにしてみせます」
そう言って団長は短期間ながら、彼らをしごいた。
もちろん、旗や鐘の合図に合わせた魔法展開など、幾度となく繰り返し、身に付けさせた。
団長のお陰で、まだ未熟ながらも士気の高い、学園出身の部隊はこうして結成されていった。
そして、ソリス男爵軍200騎と、子弟騎士団800騎、それを支える魔法士たちは、東国境へ出発した。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【東部国境線① 鉄壁の布陣】を明日投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
皆さまの温かいお声をいただきながら、ある程度予約投稿のストックも蓄積できました。
第百三十話以降ストーリーの展開も早く、それに合わせ2月一杯は毎日投稿を復活させて頑張りたいと思っています。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。
毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。
誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。
本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。