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第百三十四話(カイル歴509年:16歳)時間との戦い

「急報! 急報でございます。

たった今、王都から急使が到着いたしました。


タクヒール様の命を受け、アン様が急ぎ此方に向かっております。

火急の用件につき、アン様到着までに、主要な方々及び、全ての聖魔法士の皆様に参集いただきたいと」



行政府に詰めていたミザリーとクレアは、急報に接し何事かと驚きつつも、人を遣って招集を掛けた。


魔法士を始め主要な立場の者は、日頃それぞれの役割を負い、各所に散っている。

遠い者だと、使いを受けてから戻っても半日は掛かってしまう。


事の重大さに加え、貴重な時間を少しでも節約したい。

テイグーンに向かうアンにはそんな思いがあった。そのため先を急ぐ彼女に先行し、急使を放っていた。



「まさか…‥、先日お話のあった、我ら魔法士に関わる件で、緊急の事態でもあったのだろうか?」


召集に応じ集まった部屋で、クリストフが懸念の声を上げる。



「タクヒールさまの元を離れ、アンさまがお越しになる。普通の事では無いような気がして、心配です」


ミザリーの表情も冴えない。



「いやいや、それなら聖魔法士全員ってことにはならないだろう。違う事情、多分そういう事だろう?

我らが浮足立っても仕方がない、まずは落ち着こうぜ」


ラファールは腕を組んで、静かに目を閉じた。



「団長とエランはどうなった?」



「ゲイルさん、2人とも魔境の建設現場です。一番に使いを走らせたので、間もなく到着しますよ」


クレアが質問に答えていた。



その後、暫く経って、アンが到着した。

街の城門で落ち合った、団長とエランを伴って。



「皆さま、先ずはお忙しい中、急な招集を掛け、誠に申し訳ありません。


まず最初にお伝えするのは、今回の招集は今起こっている【凶事】ではありません。

それは既に、王都でタクヒールさまのご英断により、無事回避することができました。


ただ、それを上回る危機が迫っております。

これに関する対応は、テイグーンのみならず、エストール領全土を挙げて実施しなければなりません。


今回はそのためのお話、そうご理解ください」



冒頭のアンの言葉に、皆は一様に安堵の顔を浮かべ、その直後には、厳しい顔に表情を引き締めた。



「まずは、先に王都に戻った後の出来事について、お話します。もちろんこれは、他言無用です」



そう言ってアンは、タクヒールが王都に戻ってからの出来事を説明した。


復権派の策謀と王都に広がった噂について。

学園長と結ばれた密約について。

その後の主人の立場について。


彼らはそれぞれ、思うところを言葉にしたかったが、敢えて自制し、アンの言葉を遮るのを避けた。



「ここからが本題です。

ローザさんが、王都の教会で発見したいにしえの文献に記載された内容と、今後、私たちが、急ぎ行わなければならないことをお話しします」



アンはここで初めて、タクヒールがこれまで危惧していた、疫病に関する内容を話した。

聖魔法士たちが、それに対して特命を受け、確証が出るまでは内密に動いていたことも。


そして、ローザの活躍でそれが裏付けられ、対処法のカギとなる発見があったこと。

それに対して大至急動く必要があることを伝えた。



「教会への対応は、私たちで別途行うとして、最優先は魔境での薬草の確保です。より早く、より多く。

ここに居る全員を含め、多くの命に関わることです」



「私、多分その薬草知っています! 教会にある薬草と同じ物が、魔境のどこにあるかも……」



全員がミアに注目した。


年少の頃から聖魔法士となり、ローザに懐き、常にローザと行動を共にしていた彼女が見てきたものは、実際にローザが見てきたそれに近い。


更に、エストの街に居た頃から、ローザやクリシアと共に薬草学を学び、ミアは薬草にも精通している。



「先ずは、ミアさんを基軸とした、魔境での採集部隊と、他に採取可能な場所がないか、調査部隊を派遣する必要がありますね?」



「クレアさん、採集部隊には辺境騎士団の人間を護衛に付けましょう。私から手配しておきます」



「団長、ありがとうございます。

クリストフさん、貴方は調査部隊を複数結成して、魔境を調べてもらえるかしら?


教会が聖水の増産を受けたとして、エストール領に住まう全員分、そうなれば莫大な量が必要になるわ。

そして恐らく、同じく魔境に接する地域、サザンゲートの砦から、ゴーマン子爵の領地まで、必要量は膨大になると思うの」



「辺境伯には、私から知らせを入れておきましょう。

そのマニュアル、というものは、お渡しできるのでしょうか?

それと、ゴーマン子爵にも、騎士団の者を通じて、お知らせしておくべきでしょうな」



「はい団長、今回の情報を加え、一部内容を更新する必要はありますが、時間的な問題はないと思います。

アンさま、王都に戻られた際、タクヒールさまにその許可を取っていただきたく思います」



「マリアンヌさん、その点は大丈夫よ。既にその許可はいただいているわ。

タクヒールさまが仰るには、


『ヒヨリミ領の民には申し訳ないが、こちらの用意が整うまでは、情報は出せない。邪魔をされると元も子もないからね。だが、魔物の大発生に接して、最も危険度の高い他の2地域には、マニュアル含め、事前に情報を伝えて準備してもらう事が必要だ』


そう仰っていたので」



「これで決まりだな。


では我ら自身、各部隊の結成と編成の手配、そのマニュアルに応じた対応の準備、急ぎこれに取り掛かるとしよう。


マリアンヌ殿には、この対応の準備と、聖魔法士から採集や調査に出せる人員の選定に掛かってもらい、アン殿、ミザリー殿、クレア殿、ヨルティア殿には、教会の対応を進めていただく。


これでいかがであろう?」



「ゲイルさん、了解しました。皆さまもそれで構いませんか?」



アンの言葉で、全員が動き出した。

来るべき災厄に向けて。



「アンさま、教会はどう言ってくるでしょうか? 私、グレース神父って少し苦手で……」



教会へ向かう道中、アンはタクヒールの言葉を思い出していた。


『ミザリーは行政官として、類をみないほど優秀だ。

だけど身内の曲者、グレース神父などの相手は、その真面目さが災いしてやり辛いだろうからね。

アンが居る時は任せるけど、その後は、クレアとヨルティアを窓口にした方が適材適所かもね』



「ミザリーさんは、私たちのお目付け役と必要経費の金庫番、そんな感じでどうかしら?

交渉は、私やクレアさん、商取引に慣れたヨルティアさんが担当する形にしましょうね」



アンの提案に、ミザリーは安堵のため息をつき、同意した。



何としても、タクヒールさまの期待に応え、今回の交渉を成功させなければならない。


アン、思い出すのよ!

これまでタクヒールさまと共に行動して来たことを。

グレース神父とタクヒールさまのやり取りを。


教会の門前で、アンは自分自身を叱咤した。



「これはこれは、皆さま、お揃いでいかがいたしました?」



笑顔で出迎えたグレース神父に招かれ、4人は教会の中に入って行く。

これから始まる、彼女たちの戦いに勝利するために。



4人が教会に招き入れられて、しばらくした後、教会から明るい顔の4人が出てきて、行政府へと向かうため、再び移動し始めた。



「それにしてもアンさま、流石です!

最初は渋った神父も、最後は目の色変えてましたね」



「いいえ、クレアさんとヨルティアさんのひと言で、大きく流れが変わりました。

そしてミザリーさんが、お菓子(金貨)を差し出すタイミングも、絶妙でしたよ!」



4人は明るい笑顔で笑った。



そう、薬草と清めの儀式に関すること、これに関して当初はグレース神父の態度は頑なだった。

長年、教会が秘匿している内容なので、当然といえば当然だ。


だが彼女たちは、神父に対して、絶妙のコンビネーションを組んだやり取りで、結果を出していた。



「お話は了解しました。教会としても協力したいのですが、何分辺境のこの地では、思うに任せず……」


グレース神父の態度は途中まで、一貫してこんな感じであった。



「儀式と製法については、教会の権利を侵すことはない、タクヒールさまはそう約束されております。

大量に制作された在庫のうち、余った物は儀式と同じ対価で引き取ると、そう仰っています」


このアンの言葉に、グレース神父が僅かに反応した。

そして、これを見逃さない者がいた。


「えっと、エストール領とその一帯、全部を賄う量って言えば、凄い金額になりますね。驚きました!

タクヒールさまも大盤振る舞いですね」


クレアの言葉で、神父の目つきが変わった。



「でも、もしグレース神父が主導となって、エストール領、いいえ、辺境地域一帯の人々を救ったとなれば……、グレース神父を始め、テイグーンの教会の評判は、もの凄い事になりますよね?

グレース神父は昇進しても、ずっとテイグーンに居てくださるんですよね?」


ヨルティアの言葉で、神父の顔は紅潮し、何かを妄想してるが如く恍惚状態になっていた。



アンはずっとタイミングを図っていた。

そして、今がそれと理解した。



「神父にご紹介いただいたローザも、王都にある教会関係の方々にも非常に良くしていただいて……

切っ掛けを作っていただいた、神父には彼女も大変感謝しています。


今は彼女も聖魔法士として公開され、王都の教会関係者の方々にも、発言をできるようになりました。

きっと彼女も王都の教会に対し、災厄に備えるよう働きかけていることでしょう」



「そうですか……、えっ、今! 何と仰いましたか?」


グレース神父の表情が一気に青く変わった。



「ええ、王都の教会関係にも、働きかけて助力を請うているのでは……、と」



グレース神父は、見るからに動揺し、大粒の汗が額に浮かんでいるのが見て取れた。


本当に……、優秀だけど凄く分かりやすい人だ。

アンはそう思った。



「あっ! 神父、失念しておりました。

こちらは、もし対応を進めていただけるのであれば……、タクヒールさまからお預かりした物です」



ミザリーは神父の前に金貨詰まった袋を2つほど差し出した。

そして神父は、それをひったくる様に飛びついた。



「すぐ対応を進めましょう!

事は重大です。ただ、伝承にあると言っても、確実ではないことも事実です。

ある程度は極秘裏に信のおける者を揃え、内密に、でも最大限の準備を進めるのが良いかと思います。


王都は……、仕方ないとして、こちらの地域では、一括して私にお任せくださいますか?」



グレース神父は決断した。

時間の猶予はない。そして他者に功績を奪われては、元も子もない。


彼は、目先の利益に釣られ、その優秀さを最大限に発揮することになる。



その日の内に預かった運動費きんかを元手に、テイグーンの教会から、八方に使者が飛んだという。

暫くして、彼に所縁のある教会の者たちが、テイグーンの教会に続々と参集する。


魔境で採取された素材が、行政府より頻繁に届けられるようになると、テイグーンの教会では、清めの儀式に使用する聖水を作る作業が、日々、夜を徹して行われたといわれている。

テイグーンの教会は、まるでその聖水の一大生産工場、そういった様相を呈し活況を極めていた。



行政府に戻ったアンは、今回の使者として、残された最後の役目に取り掛かった。



「ここに来た際もお話しましたが、近いうちにタクヒールさまは戦地に赴かれる可能性があります。

厳しい戦いが予想され、聖魔法士の助力は不可欠、そうお考えです」



「では、私も?」



「はい、出征が確定したら、マリアンヌさんと、あなたが望む補佐役と2人で、是非同行して欲しい。

そう思っていらっしゃいます。ただ、こんな時期で、非常に心苦しい。そう悩んでおられるようです」



「今お任せいただいている内容は、ほぼ全て目途が付いております。

今のうちに、情報の共有をしっかり行っておけば、大丈夫です!」



マリアンヌの自信を持った回答に、アンは決意した。



「ミザリーさん、クレアさん、ヨルティアさん、忙しいなか申し訳ないのだけれど、今後マリアンヌさんと情報の共有と引継ぎをお願いできませんか?

彼女がいつでも出立できるように」



「承知しました。私たちでお引き受けします」



彼女たちが快諾してくれたので、アンはやっと肩の荷が下りた思いで、安堵のため息をつく事ができた。



『これでタクヒールさまの元に、胸を張って帰ることができる。


十分に期待に応えることはできた筈だ。

王都に戻ったら、いっぱい褒めてもらって甘えよう。

少し前は私の方が、ずっとお姉さんだったのにね』



そんな事を考えている内に、自然と彼女の頬は緩み、表情が崩れていた。



だが、アンは嬉しさの余りすっかり忘れていた。

そこにはまだ、4人が同席していたことを……



クレアたちは、いつもは冷静沈着、凛とした雰囲気のアンが、我を忘れてデレている姿を見て、余りに意外な様子に絶句してしまい、暫く固まっていた。

ご覧いただきありがとうございます。

次回は【緊迫する東部国境】を明日投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※


皆さまの温かいお声をいただきながら、ある程度予約投稿のストックも蓄積できました。

第百三十話以降ストーリーの展開も早く、それに合わせ2月一杯は毎日投稿を復活させて頑張りたいと思っています。


ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

凄く嬉しいです。

毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。


誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。

本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。


また感想やご指摘もありがとうございます。

お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。


今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここに来て、今までタクヒールにとって ・手伝ってくれる部下 ・敵か味方か解らない関係者 ・歴史修正による未知の災厄 が一気に ・自分では知り得ない情報を齎してくれる仲間 ・自分を利用しつつ…
[良い点] 神父みたいな人は扱い易くていいね!
[一言] ちょっと神父や教会ががめつ過ぎだよね……
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