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第百三十三話(カイル歴509年:16歳)二の矢:間諜の暗躍

王都で不穏な噂が一段落する前後、テイグーンでは特に催しもないなか、一気に急増した人の出入りに、行政府や諜報を預かる者たちは、頭を悩ませていた。



宿場町のとある酒場は、夕刻になるといつもの通り賑わいを見せていた。

人足たちが労働を終え、町に帰ってくると、一気に酒場は人で溢れかえる。


その喧騒の中、酒を飲み陽気に騒ぐ人々の様子を窺いながら、怪しく目を光らせている者たちがいた。



「おい、聞いたか? この街の領主の噂。なんでも王都では、その話でもちきりらしいぜ」



酔客に紛れて、怪しげな男たちが、あちらこちらで、所謂いわゆる酒の席での内緒話を、その場に居合わせた他の客に持ち掛けている。



「ん? 何だい。何か面白い話でもあるのか?」



彼らにとって、噂話や女の話は格好の酒の肴だ。

見知らぬ男の話に気安く応じた。



「俺も聞いた話だけどよ、ここの領主は不逞な企みを行っていて、謀反の疑いが掛かっているらしいぜ。

近々審問に掛けられるって話だ。

王都では、そんな噂が広がっているらしいからな

ここ領地は、雲行きがかなり怪しくなっちまった。」



「そりゃ……、どえらい話じゃねぇか! ただ、俄かに信じられる話じゃねぇけどな」



「まぁ聞いてくれ、ここだけの話だ。

俺の仲間が仕えている主人が、審問官でな。そのお方が、領主を捕縛する準備を進めているらしいぜ」



「本当かよ! 俺、ここの領地、食いものは美味いし、俸給も良いから居心地が良かったのになぁ」



「ああ、俺もだよ。

だか、俺たちもそろそろ、先のことを考えねぇとな。俸給の取っぱぐれじゃ目も当てられん」



「……、そうだな。俸給もそうだし、面倒事に巻き込まれるのも嫌だしな。

俺も近々、故郷に帰ること考えなきゃならねぇか……」



酒の席での会話は、自然と大きくなる。

もちろん、噂話を仕掛けている男は、それも狙いの一つだ。周りにいる客を、更に巻き込むために。



彼らの横を、追加のエールを運ぶ給仕の若い女性が通り過ぎる。一瞬だけ、彼らの噂話に聞き耳を立てたが、直ぐに他のテーブルに酒を運んだ。



「マスター、あのお客さん、ちょっと怪しいです。

ちらっと聞こえたんですけど、あの人たち、彼方此方あちらこちらで他のお客さんに、領主さまの悪口を言ってますよ。

わざと噂を広げるみたいに」



「……、そうか、念のためだ。お前、すまんが裏から最上級の酒を持ってきてくれんか?」



そう言われた給仕の女性は、静かに店のバックヤードに入ると、酒ではなく変わった色のランプを手に持ち、裏から外に出ると、店先にそれをそっと掛けた。



宿場町の一番奥の一角には、娼館街が広がり、夜は多くの男たちが、いそいそとその中へ消えていく。


そこで働く彼女は、器量良しで評判の娘だった。

それに加えて愛想も非常に良く、彼女を慕って定期的に通ってくる、常連の男も多いと言われている。



「へっへっへ、大層な器量良しじゃねぇか。今日はよろしくたのむぜ」


どんな男でも客は客だ。そう割り切っている彼女の前には、人相の悪い、野卑な笑い方をする男がいた。



「俺には良くしておいた方がいいぜ。俺はじきに、この町じゃ誰にも逆らえない顔役になるからな」


「えっ、そうなの? お客さんって偉い人なの? 私、強い男の人って惚れちゃうんだぁ」


彼女はそう言って男の手を取った。



「この町の娼館には、今はどこの後ろ盾もないのは知ってるか?

もうすぐ、この町を搾取している領主が追い出されることになっててな。まぁ、自業自得ってもんだが。

そこで俺たちの組織が裏で牛耳ることが決まってよ。俺もその幹部として、ここに乗り込んできた訳よ」


「そうなんだ! 私、全然知らなかったぁ。お客さん凄い人なんだね? 他の領地から来たの?」



「ああ、王都では既にその噂でもちきりよ。俺たちはさるお方の後ろ盾を受け、遣わされているからな。

今のうちに、俺に気に入られるようにしておいて、損はないぜ」


「そうなんだぁ。なら私、今日は頑張っちゃうかな。これからもぜひ、ご贔屓にしてくださいね。

私から記念に、今日のお酒を奢らせてくださいな」



そう言って彼女は呼び鈴を鳴らす。そして現れた男の影に一言告げた。



「最上級のお酒をお願いします。私のツケでねっ。あと、次のお客さんは断って頂戴ね」



そう言って、彼女は男に向き直ると、商売上得たスキルを使い、最上級の笑顔で媚びを売った。



「今日はゆっくりしていってくださいね。美味しいお酒を飲みながら、もっとお話し聞きたいなぁ」



「そうだな。話の分かる賢い女は俺も好きだぜ。今日は、ふふふ、じっくり……な」


男は相好を崩し、彼女の脇に座った。



呼び鈴で呼び出された男は、足早に外に出ると、変わった色のランプを店の入り口の脇に、静かに掛けた。



警備詰所の一角では、夜も更けたというのに、打ち合わせをする2人の男女がいた。



「お話中失礼いたします!


自警団の夜警担当から報告が入り、町の酒場と、娼館に、それぞれ赤灯が燈っています!

これより確認のため二班に別れ出動いたします」


その彼らに対し、緊急と思しき報告がもたらされた。



「ちっ! こんな時にか。たまたま俺のいる時に限って。しかも二か所同時とはね。俺も応援に出るか……


あねさん、すまねぇ。ちょっと行ってきます」



「あら、忙しくなりそうね。せっかくだし、私は娼館の隊に同行しようかしら?」



「いや、姉さん! それは危な……、くねぇか。

どうか、お手柔らかにお願いしますよ」



「ええ、任せてちょうだい」


そう答えると、彼女は微笑んだ。



そんなやり取りの後、彼らは、それぞれ兵士を連れて足早に警備詰所を出て行った。



件の酒場では、酔客たちに向けて、男たちが引き続き、酒の席での内緒話を続けている。



「よう兄弟! なんか面白い話をしてるって聞いてな。俺からも、是非一杯奢らせてくれよ」


その男の酒まで持ち、突然気さくに割って入った男は、いかにも荒くれ者の人足、そんな雰囲気だった。



「おう兄弟、あんたは話がわかるねぇ。遠慮なくいただくぜ」


そう言うと男は、それまでしていた話を繰り返す。



荒くれ者の男は、この領地に余程不満があるのだろうか? 絶妙の相槌で、男の話を更に引き出す。



「兄弟! あんたも色々あるようじゃねぇか?

俺と結構気が合いそうだし、仲間にしてぇぐらいだ」



「おうよ兄弟、俺も実はこの領地には、色々と思う所もあってな」


不敵に笑う荒くれ者に対し、男は上機嫌で話を続け、それを聞いていた荒くれ者は、更に話を煽る。



「まぁ、そろそろ……、いいか? クロだしな」


そう呟くと、その荒くれ者は、ごく自然な動作で、片手を掲げた。



それを合図に、一気に踏み込んできた兵士たちに、男とその仲間達は取り押さえられる。



「兄弟、続きは場所を変えて、じっくり聞かせてもらうとするよ。この先の……、警備詰め所でな」


突然のことで、驚きに口をパクつかせる男に対し、荒くれ者は笑って言い放っていた。



「邪魔したな。今後ともよろしく頼む」


店主にそう告げると、店に飲み代と手間賃を置いて、荒くれ者、いや、ラファールは店主に挨拶した。



「近いうちに飲みに来るよ。その時はよろしくな」


給仕の女性の脇を通り抜ける時、ラファールは優しい笑顔で言葉を掛け、店を後にした。



彼が去った店の中には、黙々と仕事を続ける店主と、ボーッと赤い顔をして、立ちすくむ少女が居た。



娼館では、人相の悪い男の相手をしていた女性の部屋の脇で、小さく、だが透き通る音の鈴が鳴った。



「あら、お風呂の用意ができたみたいね。この娼館の特別室には、大きくて綺麗な風呂もあるのよ。

お風呂に入りながら、2人で飲むお酒は最高よ!」


そう言って女性は、にやけた男の手を引いて、浴場まで移動する。



「私はお酒の準備をするから、ちょっと待っててね。その間、どっかに行っちゃ嫌よ」


浴場にニヤつく男を残し、女性は別室に姿を消した。



「ふぅ、胡散臭い男で疲れた……、あらっ?

ヨルちゃんじゃないの。来てたんだぁ! 久しぶりだよねっ。元気にしてた?」



別室に待機していたヨルティアに気付くと、その女性は彼女に駆け寄って抱きついた。



「はい、姉さん。凄く良くしてもらってます。私も姉さんに会えるなんて、嬉しくてびっくりです!

あ、あと、今回は通報ありがとうございます」



ヨルティアも満面の笑顔で応える。彼女が知る、数年前のヨルにはなかった、とても幸せそうな笑顔で。



「ヨルちゃん、本当に幸せそうで良かったぁ。

それに、私もヨルちゃんに負けないくらい、この街が好きだしね。

しかもヨルちゃんの大事な旦那様の治める街だもん。これくらいの協力、当たり前だわ」



「姉さん、これは行政府からの手間賃です。

お店の分は既に渡しているので、これは姉さんに」



「そんなの、気を遣わなくても良いのに。

所でアイツ、絶対クロね。

他でも色々とヤバいことやっているみたいよ。高い酒で、調子に乗ってベラベラしゃべってたから……」



「ありがとうございます。後ほど、詳しくお聞きしますね。じゃあちょっと、行ってきます」



「うん、気をつけてねっ」



浴室では、女と酒の到着を待ちかねている男がいた。



「おいっ、遅えじゃねぇか! ん?

おおおっ! とびっきりの美人じゃねぇか!

この女も追加してくれるのか? あの女もなかなか、いや、とびきり優秀な奴だな……」



浴室に入って来たヨルティアを見て、喜色満面で下品に表情を崩した男は、浴槽から手招きした。



「お前もたっぷり可愛がってやるからな……、ほらっ! さっさとこっちに来るんだ!」



そう言って、待ち切れなくなった男は、浴槽から身を乗り出し、ヨルティアに近づこうとした。


その瞬間……



「気持ち悪いもん見せるんじゃないわよっ!」


「ぶへっ!」



ヨルティアの言葉と同時に、男は無様な悲鳴を上げて、押さえつけられるように突然床にへばり付いた。


屈強な男が、馬車に轢かれた蛙の様な異常な格好で、身動きひとつできないでいる。



「さぁ皆さん、この男を詰所まで連行しましょう。余罪もたくさんあるようですし、遠慮は要りません」



こうして男は、裸体に布を一枚巻きつけただけの、見るも哀れな格好で縛り上げられ、兵士たちに連行されていった。



その後、警備詰所では、酒場の男たちも、娼館の男も、厳しく詮議が行われた。

そして後日、隠れ家や一味もろとも検挙された。



ヨルティアが中心となって構築された通報網と、ラファール配下の警ら隊は、見事に連携して、街の治安と、間諜の蠢動から日々テイグーンを守っている。



こうして検挙された者の中には、夜盗の類から、他の領地より潜入した間諜など、様々な者たちがいる。

もちろん、こうした捕物の中には、復権派と称する一派が送り込んだ、謀略部隊も含まれていた。



彼らの活躍と、住民たちの協力で、その後もテイグーンの安寧は保たれることになる。

ご覧いただきありがとうございます。

次回は【時間との戦い】を明日投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※


皆さまの温かいお声をいただきながら、ある程度予約投稿のストックも蓄積できました。

第百三十話以降ストーリーの展開も早く、それに合わせ2月一杯は毎日投稿を復活させて頑張りたいと思っています。


ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

凄く嬉しいです。

毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。


誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。

本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。


また感想やご指摘もありがとうございます。

お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。


今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはり最強の情報源は領民
[良い点] ちょっと前に、停戦協定の折に家族と一緒に間謀が入り込みそうなのを対処してたテイグーンの防諜ならこの程度のことはそれほど苦労することはないですね [気になる点] 復権派の連中に切れ者はいない…
[良い点] 娼館のやつは絶対処さないとまずい 重力魔法見られたし CIA的なの組織して情報戦で無双しないとまた復権派とかに因縁つけられちゃうね 開発初期のプロ領民なら一笑に付す噂でもこれだけ人口増え…
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