第十二話(カイル歴501年:8歳)必死の囲い込み
館に戻った翌日に俺は家宰のレイモンドさんの執務室に向かった。
レイモンドさんは常に多忙だ。だが俺の鬼気迫る様子に、ほどなくして話をする時間を貰えた。
俺の話の要点はこんな感じだ。
〇開拓団の結成
難民をこのまま抱え続けるのは難しいため、解決策として【開拓村】を設けることを提案したい。
希望者の移住先として、ゴーマン子爵の目につかない、そして今後開発できる広大な場所として、領内南部の辺境に開拓村を設けること、それに関して懸念事項や意見を聞きたい。
・候補として大森林(魔境)に近い場所を考えている
・大森林(魔境)近辺は将来的に開発を進めたい場所
・安全を考え天然の要害テイグーン山を候補としたい
〇傭兵団の囲い込み
辺境に開拓村を設置する場合、安全の面でどうしても不安が残る。
現在の兵士を派遣することは厳しいと考え、治安面を担う専門兵を用意する必要があると考えている。
この点について意見が聞きたい。
・これには期間契約できる傭兵が妥当と考えている
・平素は治安維持、戦時は戦力として契約は可能か
・実際に契約する余裕は男爵家にはあるのか
彼らには、駐留し治安維持以外は、平時には本来の業務(商隊の護衛や魔物狩りなど)で収益を得ることを認める代わりに、なんとか予算上の折り合いをつけることができないだろうか?
幸いにも、今エストの街には、双頭の鷹傭兵団がいる。彼らと契約することが可能ではないか?
〇おまけ
団長のヴァイスさんは、人として信用できるだけでなく、剣技にも優れ、軍略にも通じ人望もある。
個人的には、彼から剣を学び、戦術を習うなど、家庭教師として師事したい。
凄い勢いで一気にまくしたてた気がする。
レイモンドさんは、子供の俺でも、ちゃんと大人として扱ってくれる数少ないひとりだ。
そして、これまでも俺の提案を、影日向に後押ししてくれた人だから、今度の提案をする前に、何とかして味方につけたかった。
「気になる点や、修正すべき所についてご意見をいただけないでしょうか?」
不安げに話す俺に、レイモンドさんが何故かニヤニヤしながら話を聞いていた。
あ、そうか!
俺はまだ7歳、一人でお出掛けは許されない。
世話役だけでなく、護衛や嗜め役兼任みたいな役割で、メイドのアンがいつも必ず同行していた。
アンを通じて、昨日のヴァイスさんとのやり取りも、しっかり耳に入っているようだった。
余談ではあるが、アンも今や俺を子供扱いしない。
ちゃんと大人として見てくれているひとりだ。
昨夜もレイモンドさんは、アンから報告を受け、感嘆交じりに俺とヴァイスさんのやり取りを聞いていたとの事。
ヴァイスさんが、信頼できる人物かの判断は時期早尚、と釘を刺されたが、概ね賛成してもらった。
「タクヒールさまは、その開拓村を、将来どうしたいとお考えですか?」
と聞かれたので、将来的に兄が取り仕切るエストール領、ソリス男爵家を支える開拓地として、また南の守りの拠点となるよう、その町を開発し、自身で治めたいと、返しておいた。
翌日になって父と母に呼び出された。
「タクヒール、お前というやつは次から次へと突拍子も無い事を……」
父は苦笑していた。
「レイモンドから話は聞いた。今、我が男爵家には幸いな事に多少の余裕はある。
だが、投資額もこれまでとは比較にならん金額だ。
どの程度の開拓村を作るか、それにもよるが、これでは約束していた利益の1割も払えなくなるが良いのか?」
すかさず母が話題にかぶせる。
「貴方、その利益自体、タクヒールが提案した事から得たものじゃないですか。
この子の提案がなかったら、この領地もあちらの子爵領の様に大変な状態になっていたのですよ!」
母さま、ありがとうっ!
俺は心の中で母に手を合わせた。
「だが子爵との関係をこれ以上拗らせるのも、刺激するのも……」
父の話を途中で母がさえぎる。
「これは貴方の政治の問題であって、タクヒールは関係ありません!
そもそも両子爵との不和、難民の対処、大森林から得られる貴重な魔物素材の入手、全て貴方が悩み考えていたことでは?」
ですです!
どう見ても母さまの勝利ですっ!
父も理詰めでは母に敵わない。
「……わかった。詳細はレイモンドに一任するから、2人で話を詰めなさい。なお、開拓地を治めるかどうかは、お前が15歳になるまで判断は保留する。また剣術教師については、一旦は却下とする」
ちぇっ、そこはダメかよ……
ちょっとむくれた俺に対して、父は取り繕う様に言った。
「なお、これまでの献策の報酬の一部として、金貨50枚を支給する。大事に使うように」
これは一般の領民なら年収の数年分に匹敵する。
たかが男爵領の、7歳の子供が自由に使えるお金としては破格といえた。
まぁ今回は、これで良しとするか。傭兵団の件もレイモンドさん預かりなら安心できるし。
そう思っていたら、数日後、思わぬ味方が現れた。
兄のダレクだった。
今11歳の兄は、周りの11歳と比べ物にならない程大人びていた。
精神年齢で合計約80歳の俺とは比べようもないけど。
前回の史実でも、兄は……
13歳を過ぎる頃から突出した剣の才能の片鱗を見せ
14歳で初陣、剣技と軍才が際立って目立つ様になり
16歳になると、剣聖と呼ばれ近隣からも警戒される
そんな存在だった。
最近、11歳になった時点で、固有スキルが発現し、カイル王国でも珍しい光魔法の使い手になった。
その頃には、子供ながら大人に混じって剣の鍛錬を始め、剣の才能の片鱗を見せ始めていた。
なんか、前回の歴史より、成長がかなり速い気がするが、気のせいだろうか?
後日、自信を獲得した兄から言われた事がある。
弟が自分より優秀過ぎて、自分の居場所が無くならないよう、必死になって努力したとのこと。
すいません、見えない所でもやらかしていたようです。
その兄が父に突撃した。
「正式に剣術の師につきたい。弟と二人でヴァイスさんに師事することを許可して欲しい」
このように、猛烈な勢いで父に迫ったそうだ。
エストール領内には、優秀な剣術使いは少ない。
もちろん、猛者レベル(熟練兵級)は沢山いるが、剣豪レベル(軍団隊長級)は、父以外は領内に2人しか居ない。
しかもそれぞれが騎士爵として他の町を統治しており、彼らに師事することは物理的に無理だった。
剣士は、強さに応じた階位がある。
剣の修行を始めると、最初は誰もが修行中となる。
ステータスとして見える訳ではないが、領主権限や固有スキルと同様、なんとなく、声が聞こえて階位が上がったことが、本人には分かるらしい。
・修行中 見習兵クラス
・剣士 一般兵
・猛者 熟練兵
・達人 上級兵
・剣豪 隊長クラス
・剣鬼 一騎当千クラス
・剣聖 別格
・剣神 超別格
因みに今の兄はまだ【剣士】クラスの腕前だが、俺の知る前回の歴史では、最終的に、16歳になる頃には、【剣聖】まで腕を上げるはずだ。
ヴァイスさんは現在、【剣鬼】らしい。
エストール領では、父を含め【剣豪】が最上位なので、彼が一番剣の腕が立つ人材となっている。
カイル王国でも剣聖クラスは、現在の騎士団長含め、数人しかいないそうだ。
剣神クラスは数世代にひとり、そんな階位の剣士は、残念ながら現在のカイル王国にはいない。
父は人手を使って、ヴァイスさんの事、傭兵団の事を色々調べさせたようだ。
比較的確度の高い、信頼できる情報が集まった時点で、ヴァイスさんが受けてくれるのであれば、との前提で、兄と俺の剣術指導について許可が下りた。
今回は兄の思わぬ援軍に救われた。
先ずは、ヴァイスさんを囲い込めたこと、取り敢えず、破滅フラグを今のところ回避できる、そんな見通しがついて、ほっとした。