第百二十八話(カイル歴508年:15歳)一時帰領(対策会議)
秋も深まり、冬の訪れも見えたころ、俺は学園に一時帰領を申請し、テイグーンに戻ってきた。
公の理由は、第二回合同最上位大会実施のため。
裏の事情は、勅令魔法士部隊に関する対策のためだった。
数か月振りだが、地元に戻った余韻を味わう間もなく、早速主要なメンバーと会合に入った。
集まったのは、アン、ミザリー、クレア、ヨルティア、クリストフ、エラン、バルト、ゲイル、マリアンヌ、ラファールの10人だ。
「既に勅令魔法士については、この場にいる皆も聞き及んでいると思う。先ずは皆の意見が聞きたい」
俺の問いかけによって会議は始まった。
「王都側も、余計な事を考えてきましたね。下手をすると我々の戦力低下にも繋がる」
先ずはクリストフが溜息を洩らした。
「ソリス家の魔法士たちで、タクヒールさま以外にお仕えしようとする者は、誰一人としておりません。
これだけは胸を張って言えます。これまでにも、そういう方々を選ばれてきたのですから」
クレアの意見に皆が頷く。そう、俺たちはただ才能の有る者を、魔法士にしてきたわけではない。
「だが、王都の上級貴族が、政治力にものを言わせ強引な手段に出れば、タクヒールさまは窮地に陥る。
それを分かって、この対応策を作って来たのだろう?」
ゲイルの言葉に皆は沈黙する。
「戦場での魔法士の運用。これまでの実績を知っていれば、誰でも活用したくなるのではないか?
特に風魔法士の活躍は突出しているものがあるしな」
ラファールのいう通りだった。
サザンゲート血戦(と呼ばれた戦い)では、彼らの貢献が突出していた。
ただ、王都の者は誰も知らないが、テイグーン防衛線も、様々な魔法士の力を結集した総力戦だった。
「そうですね。恐らく、今一番狙われているのは、風魔法士、それは間違いないでしょう。
その他にも、即戦力でどこでも需要のある聖魔法士と地魔法士ですか。
例外として、ヨルティアさんだけは、露見すれば直ちに奪うため、色々画策してくるでしょうけど……」
エランの言葉に全員が同意していた。
ヨルティアは少し動揺して、こちらを見た。
『大丈夫だ! 絶対に守るから』、言葉にはしなかったが、そういう思いで彼女に向って頷いた。
「今、情報が流出していると確定しているのは26名。
その中でクレア姉さんは、実際問題として奪うことは難しいだろうから、25名。
そして、現在秘匿しているのはヨルティア姉さんを含め11名ですね。
だけど、人の噂や間諜などによっても、いずれ漏れ伝わる可能性もあるしね」
バルトが続く。
もちろん、当然のことだが、この場に居る者は4人の妻たちの事は知っている。
「私たちは、タクヒールさまを、テイグーンとソリス子爵領を守る事しか考えていないのですけどね。
その為なら、どんな敵にも立ち向かうことができますが、それ以外に野心はありません。
この思いが通じないのが残念です」
ヨルティアの言葉は、まさに魔法士たちの思い、そのままだった。
彼らとて、好んで戦場に出ている訳ではない。
守りたいものがあるからこそ、必死になり、時として非情になれるのだから。
「合計で37名もの魔法士が居ると分かれば、彼らは絶対奪いにくるでしょうね。
単に統計上の数字であれば、公爵領の潜在数も既に超えている、そう言わざるを得ません。
権力を持つ者にとって、私たちの思いとは別に、否応なしに脅威となる存在として映るでしょうから」
ミザリーの言葉で、全員が改めて、ソリス家の異常さを再認識する。
「少々悪辣な気がしないでもないが……、勅令魔法士の件、受けざるを得ないだろう。
今の我々にとって、それが唯一の救いとなる」
クリストフが悔しそうに言葉を吐いた。
「そうですね。私たちは皆、タクヒールさまの赴かれる戦場であれば、皆、喜んで付き従います。
最年少のティアラや、ミア、キニア、カタリナなどの年少組ですら、その思いは変わりません」
マリアンヌの言葉は、皆が一番気にしていた事だ。
聖魔法士のティアラはまだ14歳、同じくミアは15歳、氷魔法士のキニアも15歳、風魔法士のカタリナは16歳だった。
彼女たちの他にも、単に年齢だけの理由以外で、性格的に戦場に連れていくには忍びない者たちもいる。
「そうだな、それしか解決策はないか…… どう取り繕ってもいずれは露見する可能性もあるしな」
ラファールも口惜しそうにつぶやいた。
特に諜報を預かる彼にとって、敵の間諜を完全に防ぐことの難しさは、身に染みて理解している。
「私たちの意思はお伝えしたうえで、あとはタクヒールさまにお任せする、それでいかがですか?」
アンの言葉に皆が黙って頷いた。
こうして議論はある程度ひとつの方向に傾いた。
「みんな、ありがとう。皆の気持ちは嬉しいし、危惧していることは俺も同じだ。
道中、色々考えてきたんだけれど、今回の件、俺は学園長と取引をしようと考えている」
ここで初めて、俺は議論に参加した。
「公式には26名を、そして非公式には全員を勅令魔法士として申請しようと思っている。
学園長との交渉次第だが、俺たちを便利屋扱いさせないよう、考えも巡らせるつもりだ。
その点、最終的には、ひとりひとりと話をして確認をした上で進めたいと考えている。
みんな、申し訳ない。皆の未来を俺に預けてくれないか?
この返事は、ここでしなくていい。後で一人一人と話す機会に率直な気持ちを伝えて欲しい」
こうして全体での共有と意見確認の場は終わった。
この後、この会議には参加していない、全ての魔法士たちとも個別に面談し、それぞれの意思確認と今後の心づもりを話した。
そして、魔法士たち全員が、その運命を俺の手に預けてくれた。
因みに、魔法士のなかで、ローザ、サシャ、メアリー、ゴルドなど、現在王都に残留している者たちには、出発前に彼らの意向は確認済である。
あとは、俺が彼らをいかにして守るか、俺に残されているのは、狸爺との交渉だけだ。
その後、各責任者と個別に分科会を行い、その後の進捗などを確認しあった。
特に疫病対策については、母に情報を共有するため、作成してきたマニュアルの最終確認や、資料、現物の手配など、夜遅くまで対応は続いた。
テイグーンでの滞在はわずか4日間しかない。
王都からの移動は、騎馬の通常行程で7日間、往復だけでも多くの日数を要してしまう。
この事が、俺にとって一番頭の痛いところだった。
有事の際は、連絡を受けてからでは遅すぎる事態になりかねない。
※
もうひとつ、筋を通しておかなければならない人物がいた。
グレース神父には、事の経緯と俺の考えを共有し、ある意味、仁義を切っておく必要があった。
俺が教会を訪れる途中で改めて思った。
当初は、金で動く小物、そう思っていたが、王都の派閥リストといい、魔法士の秘匿といい、ローザの推薦なども、神父は対価を払えば、想像以上の成果をきっちり出してくれる。
依頼には、金貨が介在するだけで、十分信頼に値する人物だと思っている。
俺は、王都での学園長とのある会話を思い出していた。
『其方は教会が何故、金を欲するか理解しておるかな?
教会はもともと、聖魔法を司る氏族たちで構成されておる。
他の氏族は、開拓を進め、領地を広げてゆくことで、一族を貴族に登用し勢力を広げていった。
だが彼らの一族は、教会という限られた場所でしか、勢力を広げることが許されんかった。
教会が抱える、秘密の役割のためにな。
そのため、彼らは領地の代わりに対価を求める。そういうことじゃの」
彼らにとっての金貨は、教会というものがその存在を示し、維持するために必要な血液だ。
今の俺はそう思っている。
俺を迎えたグレース神父は、いつもの様に満面の笑みを浮かべていたが、話を進めるうちに、顔は青ざめ、額には汗が浮かんでいた。
「万が一、ことが露見したとしても、我々は全力でグレース神父をお守りします。
これは神に誓ってお約束させていただきます。
そして今後も、グレース神父の力になるよう、務める所存です。
こちらは、万が一の際の運動費として、ご活用ください」
そういって、金貨の詰まった袋を渡した。
「追加の運動費が必要になった際は、是非遠慮なく仰ってくださいね」
そう言ったあと、グレース神父は安堵のため息をつき、落ち着きを取り戻していた。
これで取り急ぎ、テイグーンで今やらなきゃいけない事は片付いた。
あとは学園長と話をまとめ解決させれば、それでなんとかなるだろう。
王都を遠く離れたテイグーンで、俺はそう思っていた。
この時王都で何が巻き起こっているかも知らずに……
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【一次帰領(第五回最上位大会)】を投稿予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
※※※ご報告※※※
一時的ではありますが、間もなく(2月10日予定)
毎日投稿を復活する予定です。
この先王都編は急展開となる予定で、それに合わせて一時的に毎日投稿できるよう準備を進めています。
それまでどうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
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今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。