第百二十七話(カイル歴508年:15歳)二回目の呼び出し
リリアから報告を受け、魔法士たちと共有を行った翌日、案の定、学園長より呼び出しがあった。
学園長にはどうせ色々バレている。
そう思って俺は、気負うことなく呼び出しに応じ、学園長室を訪ねた。
「わざわざ来てもらってすまんの。今日は、其方の配下の魔法士について、話をしようと思っての。
其方も、予期しておったのであろう?」
「はい、まぁ昨日の今日ですからね」
「ふむ、で、其方は何を懸念しておる?」
「正直に申し上げます。私の懸念は3つあります。
第一に、最前線を守る身として、手足である彼らをもぎ取られること、これを恐れています。
第二に、新興の辺境男爵として、彼らの実力であらぬ脅威を疑われ、足元をすくわれることです。
最後に、現在の王国の魔法士たちが、彼らの下風に立つのを、良しとするでしょうか?
生徒の多くは、貴族で血統魔法を行使する者、元々身分の高い魔法士たちが、多いと聞き及んでいます。
うちの魔法士たちが、彼らの個人的な妬みや中傷で矢面にさらされることは、耐え難いことです。
ソリス家では、魔法士たちは権威の象徴でも、見世物でも道具でもなく、かけがえのない仲間ですので……」
「なるほどのう。まぁ、もっともな事じゃの。
さてさて、困ったことじゃて……」
学園長はそう話すと、一枚の書類を取り出した。
「この様な手立てはどうかの?」
そう言って、俺にその書類を手渡した。
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勅令魔法士部隊 設立案
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魔法士戦闘育成課程を履修した者は、在学中から【勅令魔法士】へ志願する権利を付与する。
これに志願し、受理された者は、勅令魔法士として、以下の権利を保障し、義務の遂行が課される。
〇勅令魔法士に対する保証
・主の死亡や継承、廃嫡等の事情がない限り、他者による主従の変更は認めず、主の権利を保障する
〇勅令魔法士の権利
・王都騎士団と同等の身分と待遇を、国王の名のもとに保障する
・王国から毎年金貨30枚を、主からの俸給とは別に支給するものとする
・戦闘やそれに準ずる訓練での死亡、療養を要する場合も、見舞金など王都騎士団と同等の処遇を保証する
〇勅令魔法士の義務
・戦時においては、主、又はその代理人と共に、事前に定めた戦域への従軍の義務を負う
・やむを得ない事情で参戦できない場合は、主の責任の範囲で、代替の魔法士を立てることができる
・なお、傷病などで加療中(妊娠や出産後2年を含む)においては、例外的にこの義務を免除する
・勅令魔法士の任期は3年とし、申し出がない限り、その契約は自動更新される
・平時においては主人の申請により、任期途中でも要員の入れ替えや、諸事情による脱退を認める。
・上記に定めた中途脱退は、それまでに支払われた俸給を全て返還することを前提とする
〇補則
・現時点で、魔法士戦闘育成課程を履修しておらずとも、今後その予定があれば、この志願は受理される
・これに定めた志願は、魔法士戦闘育成課程への、次年度以降の入学予定願書の提出を条件とする
・上記の場合、勅令魔法士に対する保証は認められるが、権利と義務は発生しない
・予め定められた内容が改定される際、既に勅令魔法士である者は、改訂内容の拒否、即ち勅令魔法士の立場を辞する権利を保証する
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「なるほど……」
そう呟きながら俺は考えを巡らせた。
この制度によって、俺は手の内を晒すことにはなるが、上位貴族からの収奪は防げる訳か。
最も気を遣った部分は補則にあるのだろう。
一見してもかなり無理があると言うか、こじつけな部分もある。
一読してそう感じた。
ただ、あちこちの戦場で良いように使われる、そんな懸念は拭えない。
「そなたはこの計画をどう思うかの?
以前にも申したであろう。我らは其方の味方じゃ。
其方が王国に忠義を示す以上、悪い様にはせん。
これは陛下直々のお考えでな。この国の魔法士の立場を保証し、主を守ることを主眼にしておる」
『ほんとに……、何が『困ったもんじゃ』だ。この狸爺、既に対策を検討し、準備してるやん!』
俺は心の中で、そう叫んだ。
そして俺は考え込んだ。
この案のメリットとデメリットについて。
「王都には、其方を陥し入れる一環として、其方の『かけがえのない仲間』を、取り上げようと画策しておる者共もおるでな。仲間を守る手だてともなろう」
それは十分理解している。
今の時点で、具体的な対抗策がない以上、その点だけは、非常にありがたい話だと思っている。
「先ずは非才の身にも関わらず、格別のご配慮に感謝します。
思うに、今の私の置かれた状況では、私に拒否する権利は無いようですね……
志願する者については、本人と相談のうえ決定したいと考えています。
私は魔法士の安全を最優先する、これをお認めいただけるなら、学園長の期待に添える様にいたします。
ただ、魔法士の中には、戦場に連れて行くのは忍びない者もおりますので……」
「ほっほっほっ、よかろう。さすがは兄弟じゃの。
かつて其方の兄が言った言葉にそっくりじゃの」
「ありがとうございます。
そして、この義務について、一文を補足いただくことは可能でしょうか?
【戦場での配置、魔法士たちへの指揮命令権は、その主が優先する】と。
因みに、事前に定められた戦域、これについても確認させてください。
私の場合、サザンゲートの防衛戦、テイグーンの防衛戦がそれにあたります。一度帝国が侵攻してくれば、サザンゲート方面だけでなく、テイグーンも最前線として配置先に含む、そう考えてよろしいでしょうか?」
そう、戦闘時の指揮命令権や配置決定の自由がなければ、実際には奪われたことと同様だ。
魔法士を軸とした、戦術の運用などができなくなってしまうと元も子もない。
更に、この約束を逆手にとって、様々な戦場で便利屋として使われたらたまったものではない。
俺が従軍の義務を持つ場所以外、魔法士を派遣するつもりは一切ない。
「あと、これは直接関係ありませんが、今後、学園の魔法士戦闘育成課程で、戦闘訓練を行う際にも、この志願者と、それ以外、2つに分けて、実施内容を変える事を提案します。
戦に無用な者に、戦術を教える愚挙は避けたく思いますので……」
「ほう! 鵜呑みにするだけでなく、条件を追加してくるところも同じじゃの。
追加の件は承知した。また訓練内容もな。
確かに、身内の敵を育てる必要は無いの。
其方が領地とそこに住まう民の事を考えている様に、儂等は王国の未来を考え、大切に思っておる。
その事、其方にも分かってもらえるとありがたい」
俺は黙って頭を下げた。
この狸爺、もし俺が入学許可を受け、嬉々として大量の魔法士を学園に送り込み、その戦力を誇示するような愚か者なら、きっと別の対応をしただろう。
先ほど言っていた『王国の未来と安全を守るため』、そう称して、逆に学園長側が魔法士を取り上げる。
そういった可能性も十分あった気がする。
こちらが用心して、極力手の内を見せないから、懐柔策を採ってきた、そういう事なのでは?
邪推かも知れないが、この点、俺にとっては最もナーバスな問題で、気が抜けない。
「先ず、魔法士については、このあたりでよかろう。
我らが条件を飲んだ以上、其方が今課しておる制限、これを外してもらえるとありがたいの」
「承知いたしました。魔法士たちにはそう伝えます。
正直、魔法士たちからも状況を聞き、私なりに思うところもあります。
他の魔法士たちは、先ず意識改革、これが必要だと思います」
「それゆえ、制限の解除じゃよ。
実際、他の風魔法士たちは、相当な衝撃を受けておるらしいのでな。教官を含めて……」
確かにそうだろうな。一気にレベルの違いを目の当たりにしたんだから。
教官の方々には申し訳ないと思うが。
「所で話は変わるが、騎士育成課程で、能ある爪を隠した当主の方はいかがするかの?」
「私は評判とは異なる凡庸な者です。また、そうであった方が、皆さまにも都合が良いのでは?」
「ふむ。まぁ、それは……、今はそれで良しとするかの」
ちぇっ! 俺の事も全てお見通しということか。
やっぱりこの人は油断ならないよなぁ。
兄さん、よく3年も頑張ったなぁ……
そう思い俺は少し気が滅入ってしまった。
「お主は何故自身が学園に呼ばれたのか、未だに理解に苦しんでおることだろう。
そして儂らが、無理難題を押しつけているとも。
そう思うことも無理なき話じゃが」
「とんでもございません!
ですが……、正直、一時の脅威は去ったとはいえ、帝国への備えは大事な時期、それなのに何故?
そう思ったことはあります」
「それも道理じゃな。
だが、あのまま辺境にいては、恐らく……、数年のうちにお主を取り巻く環境は激変したであろう。
悪い意味でな。
それほどまでにお主たちは、政治や上位貴族の思惑に対して無防備じゃった。
辺境に逼塞していれば、見えぬことが多すぎる。
事態は深刻なこと、己の欲に走りこの国の先が見えぬ馬鹿共が多いこと、此方に居れば自ずとそれらも見えてこよう。
それが理解できれば、対処に動くこともできる。
そして、お主が手元におるからこそ、儂らとしてもお主に対して、できる算段がある。
今日のような話を含めてな。
用心しておれば済む。その段階は既に終わっておる。
ま、これらのことは、いずれ分かって貰えると嬉しい限りじゃがな」
そう言って学園長は話を終えた。
この時点で俺は、まだ何も知らない井の中の蛙、暢気で迂闊な愚か者だった。
後日巻き起こる騒動に接し、改めて自らを恥じいることになる。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【一時帰領(対策会議)】を投稿予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
※※※ご報告※※※
一時的ではありますが、間もなく(2月10日予定)
毎日投稿を復活する予定です。
この先王都編は急展開となる予定で、それに合わせて一時的に毎日投稿できるよう準備を進めています。
それまでどうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。
毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。
誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。
本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。