第百二十六話(カイル歴508年:15歳)学園生活
学園に入学してあっという間に2か月が過ぎた。
正直言って……、俺は学園では浮いていた。
学園に通う貴族の子弟は、その多くが貴族といっても、当主ではない。
一部、ソリス家のように家内で複数の爵位を持つ家は、俺や兄と同じように領主貴族ではないが爵位を持っている者もいる。
たがそれは大概が大貴族の場合で例外と言っていい。
そのため、下級貴族の男爵とは言え、当主であり戦功を立て、国王との謁見も許された俺に対し、多くの者が遠慮しているようだった。
もちろん、上級貴族の子弟は遠慮などしないが、下級貴族の俺には見向きもしなかった。
こうして身分制度上、上からも相手にされず、下からも遠慮され、いわば、ぼっちでいることが多かった。
そのため、華やかな学園生活とは決して言えない日々を過ごしていた。
授業について、これも色々問題があった。
学生は一般過程の授業と専門課程の授業を受ける。
1年目はその割合も半々だが、2年目以降徐々に専門課程の割合が増えていくようだ。
ただ一般課程の授業は、既に基礎教育を受けている事が前提で、ある程度の教養、事前知識が要求されており、そうでない者はついて行けない。
メアリーやサシャは、エストの街に住んでいた時代、そしてテイグーンでも、教育を受ける機会があったため、さほど苦労はしていない。
だが、シグルとカーラはこの課題に直面していた。
彼らには、入学前に半年程度の準備期間があったが、与えられた猶予の多くを、団長の率いる騎士団で戦闘訓練に費やしていた。
建前上と彼らが潜入した目的上、俺とは縁のない、他領地の出身となっているため、フォローもしづらい。
やむを得ず、専攻は違うが、メアリーやサシャに依頼し、入学早々に彼らと親友になってもらった。
建前上そういうことにして、彼らの勉強をみてもらうことで、2人をフォローしてもらうことにした。
ちなみに、専門課程については、全員が問題なく優秀な成績で評価も高い。
メアリーやサシャは、元々王都で学ぶレベルに近い専門教育を受けていたことに加え、テイグーンでは都市開発の実践も経験している。
まだ入学初年度ではあるが、時には、質問で講師を困らせるレベルになっている。
シグルやカーラも、初年度で戦闘訓練が中心の間は、問題ない。いや、優秀でむしろ評価は高い。
ただこの先、用兵や戦術論になると、一般課程と同様に、ついて行けなくなる可能性も高い。
まぁ、その頃になれば、仲良くなった同級生ということで、俺がフォローできるかも知れないが……
※
こうした滑り出しで俺たちの学園生活は始まった。
「何だその様はっ! そんな事では其方の兄に顔向けできんぞっ!」
騎士育成課程の実戦訓練で、教師からこの言葉、何度言われただろうか?
俺は既に数えるのを止めていた。
一応、毎回気を付けながら、同級生と同等程度の成績を残すよう、調整はしているつもりだが、それでも何かと兄と比較される。
そりゃあね……
軍略は団長の一番弟子、剣術は王国全土でも最上位の【剣聖】、用兵は天賦の才を持つと言われる、兄と比較されても……
俺は敢えて、剣術の授業や模擬戦闘では、実力を隠して凡庸を装っていたから、余計に風当たりが厳しい。
実際のところは、対人戦闘の経験こそ乏しいが、魔物相手の戦闘はびっちり仕込まれていたし、幼少から団長の指導も受けてきた。
正直、現時点でなら、全力でやればシグルやカーラ以外、どの生徒も相手にすらならないレベルに、成長していると思う。
王都騎士団でも、剣の技量は【達人】や、せいぜい【剣豪】クラスが中心で、【剣鬼】は数名、【剣聖】に至っては、ゴウラス騎士団長以外に居ない。
その多くがまだ実戦を経験していない、騎士育成課程の同級生は、【剣士】や【猛者】程度、上級者でもせいぜい【達人】レベルだ。
全力でやれば俺でも、彼ら(同級生)を一蹴できてしまうため、俺自身は敢えて、授業で【猛者】レベルの実力を装っている。
「なんだ、弟の方は見かけ倒しか」
「所詮武勲も、運が良かったのさ」
「私、ちょっと期待してたのになぁ〜」
そんな嘲笑や噂も広がっているらしい。
想定通りなのだが、素直に笑えなかった。なんとなく……、気持ちがもやもやする。
だが、学園内では、極力モブに徹する。俺はそう決めていたので、仕方がないと自身を慰めていた。
ちなみに最初こそ兄の七光りで、特に上級生からチヤホヤされたが、いつの間にか人は離れていった。
男爵という立場以外で、美男で気さくな性格、天性のカリスマ性を持つ兄と比べ、俺は派手さに欠ける。
授業以外でも『弟の方は期待外れ』、そんな言葉も耳にした。
気を付けてはいたが、学園長の指摘通りだ。
俺の周りには人が集まらない。
そして、特に同級生の男性から人気のない理由が、もうひとつあった。
一般課程の授業、そして昼食時や休憩時間の多くは、サシャとメアリーが傍らに居る事が多かった。
「2人とも、もっと同級生と交流を深めて欲しい」
俺は何度もそう言ったが、いつも教室でひとり、所在なさげにしている俺を見ると、彼女たちは側に寄ってくる。
「ふん! 男爵さまとは良いご身分だな。領地から女も一緒に学園に連れてきているのだからな」
「羨まし過ぎるぞ、爆ぜよ!」
「ハーレム野郎がっ!」
そんな陰口も叩かれているらしい。
そういった、男性生徒のやっかみがあるのは事実だ。
正直、彼女たちだけでなく、仲間の魔法士たちは皆、容姿が整っている。特に女性の魔法士たちは。
以前に母も、彼女たちの魔法士というスキルだけでなく、容姿でも貴族たちに狙われる事を心配していた。
そして、彼女たちを引き連れている(周りからはそう見える)のは、凡庸な容姿の俺だから。
もちろん、容姿だけでも多くの女性を魅了した兄とは、本当に兄弟? そう思われても仕方ない。
「はぁ、覚悟はしていたけど、3年間これはキツイなぁ……」
思わずそんなため息を漏らした。
俺の学園生活は、前途多難な滑り出しとなっていた。
※
ちなみに、魔法士戦闘育成課程の、マルス、リリア、アストールについても、授業では敢えて実力は隠すように指示していた。
あくまでも平均よりちょっと上、そんな程度に。
彼らが本領を発揮すると、周囲の貴族たちに、要らぬ警戒心を煽ってしまうからだ。
そしてある日、予想していたことが起こった。
授業も終わり、王都の居館に戻ると、いきなりリリアから平伏された。
「申し訳ありません、やっちゃいましたっ!」
どうやら魔法戦闘の訓練で、風魔法による防御壁を構築する際、必要以上の成果を出してしまったそうだ。
リリアを始め、王都に同行した魔法士たちは、既に実戦で命がけの魔法行使を経験している。
中途半端な威力では、自身や味方に矢が当たるため、防御時には常に全開で対応することに慣れていた。
更にリリアは、仲間の風魔法士の中でも、極めて優秀だ。
まだ魔法士になったばかりの、彼女の訓練を見た団長が思わず、傭兵団に欲しい逸材と評したぐらいに。
その彼女が、授業で行われた風魔法による防御壁展開で、その才能の片鱗を見せてしまった。
本来は周りの訓練生(風魔法士たち)が担当し、彼らが防ぐべき矢も全て、彼女はいとも簡単に魔法で叩き落としてしまったらしい。
団長の訓練では、矢面に身を晒し、視界を確保した上で防御の風壁を発動する。
だが、授業ではそんな過激な訓練は行われない。
射られた矢を、安全な防御陣地に隠れ視界の悪い中、風魔法を展開するため、魔法を展開する範囲と強度を誤ってしまったらしい。
本来教官は、未熟かつ不十分な風魔法では、辺り一帯に降り注ぐ矢を、到底防ぎきれないこと、戦場での矢戦の厳しさを教える予定だったようだ。
生徒の風魔法士たちに、敢えて負荷の高い状況を設定し、戒めとするため行った訓練なのに、彼女は一人で、全ての矢を完璧に防いでしまったらしい。
その結果、教師だけでなく、他の生徒たちも唖然となり、言葉を失ってしまったそうだ。
「たまたま、という事で、その後は取り繕いましたが、余計な疑念を与えてしまったかも知れません……
あれだけ注意されていたのに、申し訳ありません」
そう言ってリリアは激しく落ち込んでいた。
「うん、まぁ、仕方ないよ。
もしかしたら、余計な勧誘とかで、リリアの周りが騒がしくなるかも知れないけどね。
今後はそっちの方が心配かなぁ」
俺が一番懸念しているのは、優秀かつ即戦力である彼女たちを、【政治】で取り上げられることだった。
改めて、魔法士全員を集め、授業内容や参加者についての情報を共有してもらった。
新設課程に集まった、約100人の魔法士の情報には興味もあった。
ただ、魔法士を送り出す側の多くは、一部の上位貴族を除き、俺と同じ懸念を抱いていると思われる。
どの貴族も、数少ない権威の象徴である魔法士を、政治で取り上げられたら、たまったもんじゃない。
なので、上位貴族以外は、最低限の人数しか魔法士を送ってこなかったらしい。
そのため、この課程は、入学前になんとか無理やり定員までかき集めた、そんな現実もあったらしい。
送り込まれた魔法士も、約半数は固有スキルで血統魔法を行使するもの、即ち各貴族の血族だそうだ。
「他の魔法士たちの能力はどんな感じかな?」
「はい、風魔法士については、ただ風を力として振るう、そんな事に特化した者ばかりです。
突風を起こし、攻撃や防御の支援を主眼にしていて、個人や少人数の相手しか効力を発揮しません。
更に、その出力や風向きの調整や矢の誘導など、細かい魔法の修練を積んだ者はおりませんでした。
あくまでも個人的な推測ですが、本格的に戦闘訓練を受ける前の私と、ほぼ同じレベルです」
リリアの報告で、現状では他の風魔法士たちでは、弓箭兵との連携などほど遠い、それがよく分かった。
「地魔法士は私から報告します。
全体的に、土木工事の経験者が多いせいか、それなりに地魔法を使いこなせる者も多いと思います。
工事の一環として、地魔法を操ること、その点では優秀だと思います。
ただ、戦場での応用、速やかに陣地を構築することや、掘る、削る、固める、隆起させるなど、臨機応変に調整することなどは、現状厳しいと思います」
アストール自身、サザンゲートで実際に戦場での地魔法運用を経験している。
彼から見ると、厳しく言えば他の者たちは、大雑把で不器用でしかも遅い、そんな感じだった。
「火魔法士については、どちらかというと個人技能に偏っています。
対個人戦、そういう前提であれば、私より力を発揮すると思える者も、それなりにいます。
ただ、彼らが力を発揮できるのは、個人戦や少数人数戦であり、それしか考えていないようです。
大軍同士がぶつかる戦場では、恐らく全く役に立たないでしょう」
そう、マルスの発言が、今の王国の課題を的確に突いていた。
魔法の力を集団戦に活用できなければ、大きな戦では、戦局に大きな影響を及ぼすことはない。
そして、王国の魔法士たちは、もともと身分の高い者が多く、最前線に出ることなど殆どない。
例外として地魔法士が挙げられるが、彼らの担務ですら、前線の裏方仕事だった。
その概念を改め、前線で戦える魔法士の育成が、この課程の目的だったが、話を聞いている限り、その前途は多難に思えた。
そしてこの後、予想通りの出来事が起こり、俺は対処に頭を悩ますことになる。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【二回目の呼び出し】を投稿予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お詫び※※※
第百十五話まで、毎日投稿を続けて参りましたが、執筆済の次話が10話分を切ってしまいました。
当面の間、隔日投稿となる旨、ご容赦ください。
20話分までストックできたら、毎日投稿に戻す予定です。
それまでどうぞよろしくお願いいたします。
※※※
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