第百二十四話(カイル歴508年:15歳)学園長の誘い:危険な茶会
外に控えていた者が茶器を持参し、菓子とお茶がテーブルの上に並べられる。
俺は、学園長と共にお茶を楽しむ栄誉を受けた生徒、彼らの目にはそんな風に映っているだろう。
「さて、一旦は休憩じゃ。
先ずはお茶と、茶飲み話でも楽しむとしようかの。
其方は、この国にある【ノブレス・オブリージュ】、この言葉と意味は知っておるな?」
俺はテーカップに口を付け、頷いた。
できれば余計な事を言って、変な言質を取られたくない。
そんな思いもあり、いつもの俺とは異なり、極力無口でいるようにしている。
「先年の、子弟騎士団の結成も、王国貴族に深く広まるこの言葉を、過大に捉えたものが発端じゃ。
どうやら、それを扇動した者もおるようじゃがな。
この言葉自体、初代カイル王が残した言葉での。
まぁ、当時から似たような意味の定めは、他国でもあったようじゃが」
【ニシダ】が生きた現代でも、英国貴族に、過去の日本では皇族ですら、上位に立つ者が自ら範を示すため、用いられてきた考え方だった気がする。
実際、戦前には軍務に就く皇族もいたし、英国王室では現在でもそうだ。
言葉自体は、【この世界】の言語が、自身の脳で勝手に変換されているせいか、違和感なく受け取れる。
「初代カイル王は、王となった後も、自ら先頭に立ち、魔物と戦い民を守ったと言われる。
老齢に至っても、その時開かれた北の国境では、圧政を敷く国の軍と、最前線で戦われたそうじゃ。
彼が定めた貴族にも、同様の責務を課し、貴族の子弟たるもの、国を守る一石となることを、意識付けたと言われる。
そのため、王国成立より200年程度は、王族であれ大貴族の当主、子弟であれ、率先して戦場に出て戦ったそうじゃ。それなりに犠牲者も出たようじゃがな。
貴族が、その務めとして多くの子をなすのも、そうして減る可能性のある子孫を、少しでも補い、血統を残すためかの。
平穏な時代には、それが災いして、カイル王国の貴族の数は一気に増えてしまったがの……」
「はい、私も、貴族の当主は、ひとりでも多くの子を残すこと、これは貴族の務め。そう教わりました」
「貴族の血統を残すこと、子孫を絶やさぬことは、立派な務めじゃからの。
この点、其方達兄弟は、その勤め、しっかり受け継いでおるようじゃの?」
そう言って学園長は、少し含むことのある笑みを浮かべた。
「まあ、其方の兄のほうは、些か間違った方向に進んでおったのでな。
一度しっかり灸を据えてやろうと思っておったが……家中にも、道理をわきまえた者がおるようじゃな?」
ダレク兄さん……、実は色々と、危険な状況だったみたいですよ。
「此方では、色々と足元の隙を窺う者も多いでな。
その点、其方は用意周到じゃの?
その若さで既に4人もの妻を娶り、そのひとりを王都にも連れてきておるのだからな。
妻とすれば、例え上位の貴族といえど、無暗に取り上げることも叶わんじゃろうて」
「……」
やっぱり、この人は油断ならない。
アンたちの件、既に調べ上げているということか。
確かに、後日に備えて、俺はすでに4人の妻の件は、公的に届け出ており、調べれば分かることだ。
だが、領主貴族でもない、たかが男爵の側妻のことなど、気にする人間はまずいない筈だ。
「なぁに、同じ男として、羨ましい話しじゃからの。
ちょっとした茶飲み話じゃ。気に病むことはない」
いやいや、釘を刺しておいて、それはないでしょう?
そう思ったが、公になっても構わない、むしろそれが抑止力になるので、敢えて気にしないことにした。
もう、学園長を警戒するに足る要素は、有り過ぎて、いちいち気にしてられなくなってきた。
「では話題を変えようかの?
先ほどの【ノブレス・オブリージュ】以外でも、初代カイル王からもたらされた、そう言われる言葉は幾つかある。
そうじゃな、お主に関わりのある言葉だと……、【義倉】もそうじゃな。
初代カイル王が飢饉に備え、国策として民のために食料を備蓄する仕組みを作られた。
この時、食料を保管される蔵を義倉と呼ばれたことから始まっておる。
尤も、この仕組みは、国が大きくなるにつれ、それぞれの領主貴族に一任されるようになり、いつの間にか廃れてしまったがの。
其方がエストールの地で復活させたのは英断じゃの」
「それもご存知でしたか! 辺境の男爵領のことまで……、正直、驚きです」
「ほっほっほっ、年寄りは何かと時間があるでの。
色々調べる楽しみもあるしの。
所で其方は、【伯楽】という言葉を知っておるな?」
「ハクラクですか?」
「そうじゃ。
魔法士たちの才を見出す能力、という意味で、初代カイル王が好んで自身に使っておったそうだ。
其方が初めてここを訪れた際、私の【伯楽】に関する問いかけに、的確に答えを返しておったのを、覚えているかの?
隣で、そなたの兄は、ポカーンとしておったがの」
しまった!
既に俺は大きなミスを犯していたという事か。
「この【伯楽】と言う言葉、初代カイル王の御代ならまだしも、それ以降は使うものもおらず、今の時代となっては、その意味と共にほぼ失われた言葉じゃ。
なのに、其方は知っておった。これは誠に興味深いことじゃて……」
「……」
拙い。非常に拙い!
俺はいつものごとく、脳内で自動変換された言葉として、まして、【この世界】の人間から出た言葉なので、安心して反応してしまっていた。
初対面の時から既に罠を張っていたということか!
激しく動揺し、口に含んだお茶を吹き出しかけた。
全身から一気に汗が吹き出すのをかんじる。
俺は自身の甘さと迂闊さを、つくづく思い知った。
もうここまでくれば、無駄に足掻いても仕方ないだろう。俺は俎板の上の鯉となる、この覚悟を改めて決め、一呼吸つくと冷静さを取り戻した。
「いやはや、おみそれしました。勉強になりました」
俺は正面を向き、開き直り、真っ直ぐな笑顔で笑って答えた。
もう言葉少なくして下手に警戒すること、失態を取り繕うことをやめた。
「ほっほっほっ……、先ずは不合格じゃが、合格になるための余地はありそうじゃな」
学園長は愉快げに笑った。
「これは其方の味方として、其方を見守っている者としての助言じゃ。
先ず第一に。
初対面の時から、相手との会話には気を配り、迂闊に反応しないよう、気を付けるべきじゃ。
王都には、儂の様な狸爺もたくさんおるでな。
ちょっとした会話のやり取りで、其方を推し量ろう、いや陥れようとする者が、今後は出てくるであろう」
「はい、只今のお言葉のありがたさ、自身の迂闊さを思い知りました」
「よろしい。
第二に。
茶飲み話、そう言っておるにも関わらず、そなたはずっと儂への警戒を解かなかったな?
警戒をするのは良いことじゃ。だが、それを相手に見透かされては意味をなさん。
自然体で話すこと、相手が油断する隙を与えることも肝要じゃ。
そして致命的だったのが、儂の誘い通り動揺し、それを全く隠せなかったことじゃな」
「はい、仰る通りです。返す言葉もありません」
「うむ、素直なのは良いことじゃ。
其方は兄と違い、知恵が回る。だが、小手先の知恵など、慣れた相手からすれば見透かされる。
今までは、其方の相手は【子供】として見ており、先方が勝手に油断しておった。
だが、最初から油断のならない【大人】として、注意して対峙しておれば、おのずと結果は違ったやも知れん。
一方、其方の兄の方は、良くも悪くも自然体じゃ。
変に細工をしないが故に、たまに儂から見ても、その思惑と真意が読み取れんこともある。
そして、良い意味での隙もある。
結果として、あの者は人に好かれ、その周りには人が集まる。
兄を真似ろ、とは言わん。むしろ逆じゃの。
自身の甘さを戒め、大人としての立ち振る舞い、これを意識することかの」
痛い所を突かれた気がする。正にその通りだった。
今まで『〇〇歳の子供が!』、そんな反応をよく目にし耳にしたが、もう俺は見た目も子供でなくなる。
そうすると勝手に油断していた相手も、そうでなくなる。
また、兄には人望がありその元には多くの人が集う。
俺には決して敵わない、いや、真似できない力だ。
「では最後じゃな。
痛いところを突かれ、一瞬だけ酷く動揺した後、即座に覚悟を決めたな。
やっと其方が、儂が味方と申しておる事を受け入れた、儂にはそう思えたぞ。
たちどころに動揺を抑え、覚悟を決めたこと、これは将来の合格への足掛かり、そんなところじゃな」
「ご指導いただき、感謝に堪えません。
学園とは常に学びを得る場所、不肖の身にその契機をいただいたと思っております」
「そうじゃな。儂は直接会ったことはないが、先年グリフォニア帝国の使者として訪れた、ジークハルト・ケンプファーという男、非常に危険な男と見ておる。
そなたが入れ知恵した、ハストブルグ辺境伯以外の者は、総じて皆、空気を読めぬ愚か者、惰弱で覇気を感じれぬ無能者などと評しておるがな。
もちろん、直接対峙した其方であれば、分かっておろう?」
「はい、ごく自然体で、その言葉に裏はあっても、不思議と悪意は感じられませんでした。
今回の全権代理も嫌々やっている。そんな風にさえ思える節もありました。
ですが、彼の本質は政戦両略の、何を企んでいるか分からない、本当に油断のならない男である、そう感じました」
「そうであろうな。将来、奴に対峙できるのは、其方ら兄弟しかおらん、儂らはそう期待しておる。
幸いにも、時間の猶予は貰った。
その間、学園にて存分に研鑽を積むと良かろう。
さて、これで茶飲み話を終えるとして、そろそろ本題の話に戻るかの」
本題? これより重い話があるのか!
俺はかなり驚いたが、その表情を隠すのはやめた。
もう覚悟は決まったので、後は学園長の思惑にのるしか無い。そう考えていた。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【学園長の誘い:教会の秘密】を投稿予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お詫び※※※
第百十五話まで、毎日投稿を続けて参りましたが、執筆済の次話が10話分を切ってしまいました。
当面の間、隔日投稿となる旨、ご容赦ください。
20話分までストックできたら、毎日投稿に戻す予定です。
それまでどうぞよろしくお願いいたします。
※※※
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