第百二十三話(カイル歴508年:15歳)学園長の誘い:隠された歴史
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学園長の誘いは、今日、明日、明後日と毎日投稿となります。
王国の歴史について、俺が質問で教師を困らせた数日後、学園長から呼び出しがあった。
以前に兄と一緒に挨拶に行ったものの、学園長の執務室に赴くのは、気が重い。
「学園長の呼び出しには気をつけろよ。俺も毎回、碌なことじゃなかったからな」
兄からはそう注意も受けていた。
憂鬱な気持ちで、重い足を引きずり、やっと扉の前まで来た。
「ソリス卿よ、その旺盛な知識欲で、教師を困らせておるようじゃの」
室内に招き入れられ、開口一番、学園長は笑ってそう言った。
俺は警戒を保ったまま、無言で一礼した。
「そもそも、他に類を見ない、いや、あり得ないと言って良い確率で、魔法士を次から次へと発掘しておる其方には、納得がいかんかったかの?」
「いえいえ、辺境にあっては知る由もない話ばかりで、ついつい興味を持ってしまいました」
やはりその話か? 今回は何を探るつもりだ?
「そう身構えんでもよい、今回呼び立てたのは、其方の疑問に少しばかり答えてやろう、そう思ってな。
そこに座って、暫くは老人との世間話でも、付き合って貰えんかの?」
「ご配慮ありがとうございます。私の様な者で良ければ、喜んで」
「そうじゃな、先ずは何を話そうか。
先日、王国の歴史について、授業でも話があったであろう? あれについて、補足するかの。
カイル王国も、建国されてからはや500年、この国にも隠された歴史というものは、多々あるでの……」
「その……、このような場所で、しかも私などが、そんなお話を聞いても、問題ないのでしょうか?」
いきなり物騒な話が来た。これが老人との世間話?
そんな裏事情、変に聞いて関わりになる方が怖い。
「ふむ、問題は……、大ありじゃの。
だが、隠された王国の歴史の一端を知れば、其方の疑問も解け、我々への警戒心も和らぐであろう?
ここは学園内でも最も密談に適した場所での、余計な者が聞き耳を立てることも適わん。
其方に秘事を話すことで、我らの疑問にも素直に答えてくれるようになれば、それで重畳じゃろうて」
「皆さまの疑問とは、どういったことでしょうか?」
「先を急ぐでない。先ずは儂の話を聞き、我らが其方の味方だと、理解してもらうことが先じゃ。
その後、こちらの質問にどう答えるかは、其方自身が判断すれば良いことよ」
「畏まりました」
「では先ず、初代カイル王について、教師たちも知らん、王族にのみ伝わる秘史をお主に話そうかの」
そう言って学園長は話し始めた。
学園長は今は王家を離れ、公爵となっているが、ずっと以前は先々代国王の末弟で、王族の一員であった。
そのため、王家の事情にも通じている。これは、兄からの引継ぎで得た情報だ。
「初代カイル王の出自については、全く記録にも残っておらず、よく分かっておらん。
ただ伝承では、それまでの世界とは異なる、慣習、知識を持っていたと言われている。
ある日忽然と、今のグリフォニア帝国領内の、人外の民が住まう里に現れたそうじゃ。
そして、そこに住まう人外の民、かつては魔の民であった彼らに、再び魔法をもたらしたそうじゃ。
言い換えれば、氏族の独自性を失い、人の世に交じり彼らが失ってしまった魔法、それらの適性を見出し、魔法士として再び活躍できる機会を与えた。
この辺り、授業で話されていたかの?」
「はい、その点は触れられていました。
授業では、魔法士を復活させ、迫害された人外の者や、人界の民を率いて旅に出て、幾多の危難を乗り越え、この地まで辿り着いた。そして魔境を切り開き、この国を建国したと。そう教わりました」
「そうじゃな。
初代カイル王の特筆すべき能力のひとつ。それは【付与の力】だと言われておる。
その能力は、特定の魔物の核にある魔力を使い、それを魔法適性のある者へ付与する。魔力を受けた者の血は活性化し、元々備わっておった力、魔法を行使できる能力を取り戻す。
どこかで聞いたことのある話とは思わんか?」
「それは今、教会が行っていることでは?」
「その通りじゃ。
もうひとつ、初代カイル王は、未来の危機を予測する力を持っていた、そうとも言われておる。
歴史ではその力、彼の導きにより、旅をした女子供を含む一行が、国境あたりからこのカイラールまで、無事に辿りついたとなっておる。
だが、南の国境からこの地まで、魔境の中を抜けて辿り着くなど、常識的に考えれば不可能じゃ。
其方は、多数の魔法士の部隊を含む3百の兵で、女子供を抱え、その距離の魔境を抜けることができるか?」
いや、絶対無理だ。
戦闘に長けた精強な軍が、十分な補給物資と数で、細心の配慮をして行軍しても、恐らく無理だろう。
まして、足手まといがいれば、先年のブラッドリー侯爵の軍と同じ運命を辿るだけだ。
「では、先日の授業で教わった歴史も、事実ではない、隠された部分があるという事でしょうか?」
「そうじゃな、歴史とは真実と、権力者にとって都合の良い虚構、それらが絡み合い織りなすもの。
其方には、その歴史の中に埋もれた真実、そのひとかけらを知ってもらおうと思ってな」
この先の話は十分に危険な香りがする。
だが、俺の好奇心が勝り、頭の中で危険を告げる警鐘を抑え込んだ。
「カイル王が遺したもので、今、この国の誰もが知るものが3つある。分かるかの?」
俺は首を横に振った。
「これは調べれば、其方でもいずれ分かるものじゃ。
一つ目は、教会じゃの。
カイル王国の教会は、他国のものとは成立も背景も全く異なる。初代カイル王が自ら設立したからじゃ。
これについては、後ほど改めて説明するとしようかの。
2つ目は度量衡じゃ。
500年前は、国ごとに、いや地域、それを運用する組織によっても、基準が異なり混乱しておった。
そこで王は、自身の身の丈の長さを17等分し、そのうち10を1メルと定め、1000メルをキルと定めた。
重さについても同様じゃ。カイル王ご自身の体重を60等分し、そのひとつを1キルグとした。
こうして王国では統一したものが定められ、運用されていった結果、今では複数の国にまで浸透しておる。
3つ目は、氏名のありかたじゃの。
お主はカイル王国が何故、他国とは異なり家名を名の先に名乗るか、疑問を持ったことはないかの?
実はこれも、初代カイル王の慣習に従ってできたもの、そう言われておる」
ここまで話を聞き、初代カイル王って俺と同類、または近しい存在であったんじゃないだろうか? そんな仮説が頭をよぎった。
現実問題、この世界の度量衡は、俺の知る異なる世界の度量衡に極めて近い。
なんとなく気にはなっていた事だが……
今の話で仮定すると、カイル王は身長170cm、体重60kgということだ。西洋人にしては少し低いし軽い。
だが、500年以上前であれば、その単位自体がまだ存在しなかったはずだ。どういう事だ?
「さて、そろそろ本題に入ろうかの」
学園長の声色が変わった。
俺は考えるのをやめ、話に集中することにした。
『貴族制度を定め、氏族の血脈と固有の魔法を保て』
『教会により、魔の民が持つ魔法の確保に努めよ』
「どちらも、初代カイル王が遺した宣言と言われておるがの。さて、ここで、そなたの質問の回答じゃ。
この国では、代々領主貴族となるもの、王宮にて誓いの印綬を、自らが押印すること、存じておるか?」
「はい、その儀は存じております」
【前回の歴史】で16歳の時、王宮でこれを行った。
【今回の世界】の俺は、男爵号は得ているものの、ソリス子爵家預かりの身。この儀式に該当していない。
領地はあくまでも、子爵領の一部として、運営を任されているに過ぎない。
公式に固有の領地を持つ者は、領主貴族である父だけで、俺は王国に任命された領主ではない。
「領主貴族となった者にだけ発現する【権限】、あれを不思議に思った事はないか?」
「あれは……、領主の能力、治世の成果などを反映して発現する、そんなものではないのですか?」
「誰がそんな物調べておる? そんな数値を管理できる者がいるのであれば、見てみたいわ」
「では、その話も、治世者に取って都合の良い虚構だと?」
「理解が早くて助かるの。あれは、一旦預けた領地を、後日になって召し上げるための方便じゃ。
そもそも、権限の効果なんぞ、実際には気休め程度のものじゃからの」
「……」
確かに、一般に言われる権限、生産力向上、商業発展、兵力強化、そんなものがあるが、具体的な効果となると非常に曖昧だ。
結局領地は俗人的な理由、治める者の能力で変わる。
気休めと言う表現は、概ね正しい。
だが俺の領地鑑定は、気休め程度では済まない、かなりチートなものだ。俺だけが例外だったのだろうか?
【前回の歴史】では、俺は死の直前、最後の瞬間に、何らかの条件を満たし、権限が発生したはず。
この2点、学園長の説明とは矛盾する。
何故だ?
俺だけ特殊なのか?
学園長の話を聞きながら、俺は考え込んだ。
「なにより大事なのは、【権限】に伴い発現する、固有スキルと呼ばれている、【血統魔法】じゃな。
先ほどの初代カイル王の宣言を思い出してみよ。
氏族の固有魔法、これが、血統魔法であり、古の魔の民の血統を継ぐ証なのじゃ」
「それは?」
「この国の貴族も、元を辿ればカイル王と12氏族に繋がる。これは聞いておろう?
だが、時代とともに氏族の血は薄れ、それを恐れたカイル王が、その宣言のもと、貴族の婚姻を統制し、各氏族が持つ魔法(血統魔法)を維持するよう努めた。
そのため、不適格者の【権限なし】は、一代限りで領主の地位を追われ、領地は召し上げられる。
そうして、王国の弱体化に歯止めをかけるため、この仕組みを定められたのじゃ」
「では、魔の民の血を強く引いていれば、領主としての【権限】は発現するということですか?」
「それは、正解であり、正解ではない。
カイル王の治世より500年、異なる氏族同士の婚姻も進み、更に人界の民の血も交じっておる。
仮に魔の民の血を強く引いていても、特定の氏族の血が薄ければ……、混じり物が多いと権限は現れん。
現実問題として、既に全ての貴族が持つ固有の氏族の【血】は、残念ながら相当薄くなっておる。
そのため補助なしには、権限は発現せんのじゃ」
俺はもう一度、頭の中を整理した。
・権限が発動するには、魔の民の血統が必要
・その血統は特定の氏族の血が十分濃いことが条件
・現在に至っては、血はかなり薄くなっている
・そのため補助なしに権限は発現しない
「その補助が、領主に対する王都での任命式ですか?」
「良くわかったの、正解じゃ。
正確には、任命式において、各貴族が王家への忠誠を誓う証として、自らの手で宣誓文書に印を押す。
この際に形式として授与される、実際は任命式の時だけ、一時的に王から貸し出される【印綬】じゃがの。
この印綬は、各氏族より預かった何かに、カイル王が付与の力を込めて作られておる。
そして、これを手にした者は、いや、それぞれが受け継ぐ血が反応し、本来あった力を呼び覚ます」
なるほど!
印綬は、それを手にした者にだけに作用する。
いわば、能力を引き出す魔道具のような存在か。
そしてトリガーは、印綬に触れること。
領主貴族の任命式、押印の儀式でそれが行われる。
「印綬により、その血は活性化され、本来あった力、血統魔法が目覚める。
当主が血統魔法に目覚めることにより、近しい家族の血も活性化し、その家族にも血統魔法を発現させる者が現れる。
まぁ、全ての家族や近親者、という訳ではないがな。
この点、其方の質問にあったであろう?」
「はい、ございました。
ありがとうございます。それが……、発現の鍵、いや仕組みだったとは驚きました」
「この事は、領主である親の影響で、既に血統魔法を持つ者にも言えることじゃ。
例えばお主の兄じゃな。既に光の血統魔法を持つ。
だが、印綬の影響がなければ、その先には伝播せん。
今のままでは、今後生まれる兄の子たちは血統魔法に目覚めることがない。
本人が血統魔法を使えても、その者が任命式を受けてなければ、その子供や、近しい者に血統魔法が受け継がれることはないのでな。
印綬の力を受けて初めて、その影響は伝播する。
まぁ、発現するまでの時間や、その伝播の広がりには、それぞれ差異があるようじゃがの」
「……」
これも、非常に危険な情報だ。
こんなこと、簡単に口外できるレベルの話ではない。
俺は慎重に言葉を選んだ。
「この仕組み、王国に離反した貴族がいた場合、世代交代しても、印綬の補助が受けれない。
即ち力を失うということですね?
だから、貴族は王国を離反する事ができない……」
「ほう、そこに気づいたか。
それがいま、この王国を支える、大きな仕掛けとなっておること、貴族たちは知らん。
王国には、離反した者の種を途絶えさせる仕組みがある事をな」
最悪、この話が流出すれば、この国の貴族制度の屋台骨を崩しかねない。
王家は誰にも知られず、貴族の生殺与奪の力を、仕組みとして持っているという事だ。
そんな情報を聞かされ、俺は踏み入れてはならない場所に、迂闊に立ち入ってしまった事を自覚し、戦慄した。
そして、俺の権限の発動は、たまたま時間がかかった個人差なのだろうか?
自分ことはさておき、ここまでの情報は重過ぎる。
「ほっほっほっ、この情報の重み、そして男爵に対する我らの期待も、理解してくれたかの?」
いや、笑い事で済む話ではないんですけど……
この先、何を望まれるか、非常に怖くなった。
「さて、話も長くなることじゃし、儂も話しすぎて喉が渇いたでな、一旦はお茶の時間としようかの」
そう言うと学園長は呼び鈴を鳴らした。
ご覧いただきありがとうございました。
今回長くなってしまいお見辛い点、失礼しました。
本来は今回を含むこの先の3話が、元々は1話の中身を分割したものです。
そのため、続きの部分は、明日、明後日と毎日10時投稿で予約しています。
次回は【学園長の誘い:危険な茶会】を投稿予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
※※※ご報告※※※
これまで暫く隔日投稿になっていましたが、2月中旬以降は暫く毎日投稿に戻れる予定です。
※※※お礼※※※
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。
毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。
誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。
本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。