第百二十話(カイル歴508年:15歳)王都カイラール② 新しい拠点
学園長への挨拶を済ませ、兄の居館に戻ると、アンを始め俺と王都に滞在する者たちが、入居準備を進めていた。
兄の身の回りを世話する者や、従卒達は既にここを引き払っており、俺たちが直ぐに入れるよう準備を進めていてくれたからだ。
こちらに滞在する者は、年初に決めた人選から少しだけ変更された。
<騎士育成課程>
・タクヒール
・シグル(ハストブルグ辺境伯推薦)
・カーラ(ゴーマン子爵推薦)
<文官育成課程>
・メアリー(地魔法士)
・サシャ (水魔法士)
<魔法士戦闘育成課程>
・マルス (火魔法士)
・リリア (風魔法士)
・アストール(地魔法士)
<医療学校>
・ローザ (聖魔法士)
<従者>
・アン
・ゴルド (風魔法士)
・ダンケ (火魔法士)
・ウォルス (水魔法士)
・アラル (風魔法士)
なお、俺と同じ騎士育成課程に入る、シグルとカーラは、学園の入学に関する推薦について、ハストブルグ辺境伯とゴーマン子爵から快諾をもらい、それぞれの推薦のもと入学が許可された。
当面彼らは、俺との関係は秘匿し、学生用寄宿舎で生活することになる。
まぁ、すぐに俺と仲良くなった学友として、その輪に加わってもらう事になるんだけれど。
シグルは16歳で、領内の農村から人足として出稼ぎにテイグーンに来ていた。
見た目は、短髪で茶目茶髪の朴訥とした感じだが、体格も良く膂力にも恵まれている。
手当が出ると聞き、初期の頃から自警団に志願し、先の防衛戦でも志願の上、帝国軍と戦っている。
結成当初の自警団ではラファールと同じ組に配属されていた事もあり、彼を兄貴分として慕っていた。
ラファールも、この素朴で真面目な少年には目をかけて、何かと面倒を見ていたらしい。
ラファールからも、為人に問題がないこと、将来は常備兵を志していると聞き、スカウトにはうってつけの人材だった。
カーラは15歳。彼女も移住者の娘だったが、カーリーンに憧れてクロスボウを始めたらしい。
テイグーン防衛戦の前夜、ヨルティアの言葉に感動し、間諜に対するクレアの毅然とした態度を見て、心を動かされ、防衛戦当時は自警団員ではなかったが、志願して戦に参加し、その後は正式に自警団の一員となった。
なんとなく、少し前のアンを彷彿とさせる赤毛のショートヘアーであるが、実は正式に自警団に入った際、訓練に邪魔だからと、あっさり長髪を切ってしまったらしい。
当初クロスボウを扱う、弓箭兵を志していたが、訓練でたまたまアンの剣技を見て、剣の道にも興味を持ったらしい。
アンとクレア、ヨルティア、カーリーンを尊敬し、お姉さまと呼び、憧れつつ慕っているようだった。
こんな経緯を持つ2人だったが、一番の課題は基礎教育だった。
元々、正式な教育を受けていなかったので、団長の特訓の合間に、促成ではあるが基礎教育を受けてもらった。
そして、団長の激しい訓練の成果か、剣の才能を無事開花させ、2人とも【剣豪】の腕前に急成長している。おそらくカーラはもう一段階伸びる筈だ。
※
メアリーとサシャは、予備要員として名前が上がった際、どうせ王都に行くのであれば、この機会に学園で専門的な都市計画を学び、今後の開発に役立てたい、そう強く希望してきた。
結局、王都の住まいでアン以外の女手が足らない事もあり、従者兼学生としてソリス子爵の推薦を受け、王都の学園から入学が許可された。
ローザはグレース神父が紹介した、王都の司祭が推薦してくれたため、医術学校の入学許可が下りた。
彼女は俺たちとは別軸で、疫病対策の手がかりを探ることになる。
彼女は、俺が領内に射的場を設けた時からの仲間で、俺にとっても気心の知れた仲間のひとりだ。
将来的には、ソリス家のお抱え医師として、活躍できるようになってもらいたい、そう思っている。
ゴルド、ダンケ、ウォルス、アラルは、従卒、兼、警備要員、兼、次年度の魔法士戦闘育成課程の候補として、王都に同行してもらっている。
その他にも、兄がこれまで世話になっていた料理人や、清掃員、警備要員を引き続き現地採用していく事が決まっている。
こうして俺たちの、王都での拠点と人員は定まった。
※
翌日、兄の推薦があった文官候補者全員と面会したあと、俺は領内から同行した皆を連れて、学園内の案内と、王都一帯のおのぼりさんツアーを行った。
「王都に来ることができるなんて、夢のようです!」
「こうやって、ゆっくり王都を巡ると、改めて実感しますね」
「なんか……、自分が場違いだと思っちゃいます」
メアリー、サシャ、ローザの女性3人組は、仲良く王都見物を楽しんでいる。
メアリーは三つ編みにした茶髪を躍らせなながら、サシャは明るい茶髪をポニーテールに、ローザはプラチナブロンドの髪を風になびかせて、夢中で俺の少し前を歩いている。
アンは以前にも俺と共に王都に来ているので、平常運転、俺の隣で護衛として周囲に目を光らせている。
「物量と種類は、テイグーンと比較になりませんね。ただ、物価はやはり高いですね」
リリアは、元テイグーンの商品取引所に居ただけあって、販売されている商品、特に食品について興味を持っているようだ。意思の強そうな印象の、整った切れ長の瞳は、左右の店舗の商品に注がれている。
他の男性魔法士たちは、一様に緊張している。
彼らは常日頃から、兵士という立場で動いていることが多く、アンに倣い、見物を楽しむというよりは、不審者がいないか常に周りに目配りをする、そんな様子だった。
俺との関係も、彼らの中では、主君と配下の兵卒、そんな線引きが強くされている様に感じた。
俺も日ごろ、共に行動することも少ない彼らと、せめて王都滞在中はもう少し、親しく接することができるよう努力しようと思った。
因みに、彼らは全員、論功行賞の際に、一度王都に来ているので初めての地ではない。
多少の土地勘はあるようだった。
一番ガチガチだったのは、シグルとカーラだ。
「私たち……、本当にここに居ても良かったのでしょうか?」
「俺……、いえ、私も、なんか圧倒されて……」
そんな事を呟きながら、最後尾を付いて来ている。
学園に入学後は、しばらくの間は彼らとは別生活のため、あまりフォローもできない。
できる限り早めに慣れて欲しかった。
第四区で街の見物をした後、全員を第三区に連れていき、兄お勧めの服飾店に入った。
先ずは全員の服を買うためだ。
第三区の貴族街を歩いても、浮かない程度の普段着2着と、礼典用の服を1着、それぞれ3着を俺のほうで用意した。
因みに王都へ向かう途中、エストの街に立ち寄った際には、母から女性たち全員に、夜会用のドレスがプレゼントされていた。
「男性は、そういう所は気が回らないでしょうから」
母はそういって、俺の至らぬ部分をフォローしてくれていたのだ。
俺は母に感謝して、ありがたくその好意を受けた。
※
一通り街中を見物した後、全員でこれから通う学園を下見に出かけた。
当面は学園に通わない者も、俺たちへの連絡などで、学園を訪れる機会もあるかも知れない。
また、魔法士として来年以降に入学してもらう可能性もあり、一度、学園内を案内しておく必要があった。
因みに学園には、生徒本人とその従卒(基本1名)しか入れないが、シグルとカーラを除いても、生徒が6名いるので、それぞれの従卒という名分で、全員が入ることができた。
彼らはまず、学園の広大な敷地に驚いた。
更に、3学年の生徒の総数は軽く数千人規模であり、最早、日本の大学と同等の規模の学園に、俺とアンを除く全員が驚くことになる。
こうして、俺たちの学園での生活の第一歩が始まった。
※
王都の学園、正式には王立子弟教育学園は、カイル王国建国初期から設立されたと言われ、その歴史と格式は他の学校の追随を許さない。
今日、学園には大きく3つの課程がある。
・騎士育成課程
この課程はその名の通り、将来は王都騎士団の入隊を目指す者が学生の中心となっている。
定員3万人の騎士団では、平時でも毎年500名前後の退役者が出る。戦時なら格段に多い。
基本的には、貴族の子弟の中で選抜された腕に覚えのある者達が、毎年、新たに入団する。
その一方で、学園は騎士団への登竜門、平民や準貴族にとっては数少ない士官の道として、志す者も多い。
この課程は、推薦枠なら無条件で入学が認められるが、一般枠には戦闘能力を問われる試験が課される。
9割以上の生徒は男性だが、一部、高位の女性の護衛要員として、女性の生徒も存在している。
・文官育成課程
この課程は、王都の文官や、各領主貴族の文官を志す者への登竜門で、貴族の次男以下が王都の官僚を志して入学する場合や、平民や準貴族が地方領主の行政府へ採用されることを目指し、学びに来ている。
貴族からの推薦枠と、試験を受けて入る一般枠があり、文官以外にも専門職(技術者)を育成する専攻もある。
この課程には、いくつかの専攻があり、行政運営、商業財務、都市開発などの専攻が代表的である。
サシャやメアリーが通うのも、この課程の都市開発専攻である。
・家令侍女育成課程
この課程は、貴族の子女が行儀見習いや、更に高位の貴族の世話をする侍女になるため、入学してくる場合が多く、その殆どが女性、かつ、推薦枠で占められている。
学生は王都周辺の下級貴族の子女が多く、平民にとっては、最も肩身の狭い場所となっている。
また、この課程の唯一の例外は家令専攻で、平民まで門戸は開放されているが、入学前から高い教養を求められ、厳しい選抜試験を合格しないと入学ができない。
・魔法士戦闘育成課程(新設)
国王陛下の肝いりで新設された部門で、初年度の生徒はある程度事前に打診の上、集められていた。
戦場での集団戦闘に、魔法を活用することを目的とし、教員も不足しているため、他の課程と比べ著しく生徒の数は少ない。
大量の魔法士を抱え、実際に戦闘でも運用している、タクヒールに対しては3名以上を選出し、入学させることを求められていたが、それはむしろ例外であり、特に下級貴族では、1人も生徒を送り出せない家が殆どであった。
それを補うためか、適性確認を経て魔法士となった者だけでなく、各家の固有スキル、血統魔法を行使する者も、この課程の募集対象に追加されていた。
仲間たちは全員、新しく始まる王都での生活に、不安と期待で胸を躍らせる一方で、主人を守る役割の重さに身を引き締めていた。
俺もこの先、歴史チートもない策謀の渦中に投げ込まれたことで、彼らには決して見せる事のできない不安でいっぱいだった。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【王国建国史】を投稿予定です。
やっと次話以降から色々な謎や、これまでの経緯が徐々に明らかになります。
今まで、ご質問に明確に答えることができなかった内容も、一部お答えできるようになりました。
この先数話は、個人的にも最も悩み、力を入れた部分となります。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お詫び※※※
第百十五話まで、毎日投稿を続けて参りましたが、執筆済の次話が10話分を切ってしまいました。
当面の間、隔日投稿となる旨、ご容赦ください。
20話分までストックできたら、毎日投稿に戻す予定です。
それまでどうぞよろしくお願いいたします。
※※※
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お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。